A,ポケモンの図鑑集めしてたら更新する暇がなかった。
仕事が終わり重い足取りで帰路を歩いている時だった。ポケットに入れているスマホが振動し着信を報せる。誰かと思い適当に出ると電話口から訊こえたのは愛しき愚妹の声だった。
『兄さん、今時間大丈夫ですか?』
「仕事は終わって帰宅中だが」
妹が時間が欲しいというならやるが。できるなら早く帰りたいのと相手の要件にもよるのでそう返しておくと、都合が良いと言わんばかりに声色は明るかった。
『ちょうどいいですね。ところで兄さんや、瑞樹ちゃんの誕生日がいつか知っていますか?』
「んー……知らないなぁ」
何かと騒がしかったせいで互いの事を知らず、知ろうともせず、そんな小さなことを気にする余裕もなかったと解くべきか失念した事に今更思い至った。嘆くべきかは置いておいて、そういうイベントごとには興味がなかったのもあるが廃れつつある文化だったのもある。義妹と義母が出来てから親父が復活させたせいで、プレゼントを贈る風習もまた復活しつつある。
その全ては家族関係を円満に運ぶためのものなのだろうが。
誕生日を祝われた日には気恥ずかしいのなんの……俺には絶対に相容れないイベントであり、憂鬱でしょうがない。プレゼント選びとか。
『七月十四日ですよ』
「……ほー、なるほど。ってもうすぐだな」
『何を呑気な事を……』
「んー、これを機にそういう文化は廃れていいものかと」
決して、プレゼント選びが面倒なわけじゃない。
あと、祝われるのも苦手な俺からすれば合理的解決法である。
きっと俺が祝えばあちらも祝おうとするだろう。
生真面目な瑞樹のことだ、悪いとは言わないが絶対そうなる。
『何を言ってるんですか。兄さんが祝わなければ、誰が心から瑞樹ちゃんを祝ってあげられるんですか?』
ただ、その一言を言われるまでは……。
「……いや、でも、学生ってそういうイベント仲間内でやったりするだろうから、邪魔するのもあれじゃない?」
『その日はちょうど、兄さんも瑞樹ちゃんも休みの日ですし。瑞樹ちゃんの方にも何も予定はないですよ』
さすが妹、手が早い。
「……なぁ、ちなみにだけど、瑞樹の欲しいものってわかるか?」
『そこまでは……瑞樹ちゃんって物欲が薄い方ですし、強いて言うならにいさ……こほん』
「待て、なんて言い掛けた?」
『強いて言うなら愛情ですかね?』
訊いておいてなんだが割と笑えない冗談だった。
『まぁとにかく日頃からの感謝を込めて祝ってあげればいいんですよ。サプライズ性がないのはいつものことですが、デートして欲しいものを買ってあげるのが無難ですかね。兄さんが私にするみたいに』
もちろん、復活した誕生日プレゼントという行事の最初の犠牲者は存在するわけで、俺は奈緒の誕生日毎に一緒に出掛けて欲しいものを買ってあげてるわけだが、やはりそれが一番無難だろうか。言い方は気になるけども。
要らないものを貰って微妙な空気になるよりはマシかと思った打開策だが、自己主張してくれない瑞樹相手には少しばかりの不安が残る。果たしてプレゼントを受け取ってくれるだろうか。
「十四日、か……」
取り敢えず、約束を取り付けることから始めないとなぁ。
帰宅後、いつも通りに出迎えてくれたのは制服の上にエプロン姿の瑞樹だった。
「おかえりなさい」
「ただいま」
「ご飯にする?お風呂にする?」
「……じゃあ、先に風呂で」
それとも、わ・た・し?という選択肢はない。
一日の疲れを風呂で流し、風呂上がりに温かい食事をする。
おかしな話だ。
瑞樹がいること、この生活があること。
それは奇跡と言っても過言ではないだろう。
これを幸せとするなら、俺は彼女に感謝を忘れてはいけない。
「……わかってはいるつもりなんだけどなぁ」
あたりまえになり過ぎて壊れてしまうものもある。と、俺も覚悟は決めなければいけない。
風呂から上がれば温かい食事が用意されていて、これもまたあたりまえではない事を再認識する。瑞樹がいるから今の生活があるわけで、巡り巡って今があるのだから、いろんな不幸があったのは残念だけど、やはり自分は瑞樹に何かしらしてやらないといけないように思う。
「お、今日は油淋鶏か」
「鶏肉が安かったから青葉さんの一番好きな鳥料理を作ってみたの」
いただきます、と伝えるのは瑞樹に対して。
一人では使わなかった言葉だ。
味気なかった食事も改善されて随分と豪勢で賑やかになった。
一人暮らしでも妹が突撃してくることはあったが、それとは違う幸福感がある。
暫く、美味しいだの褒め称えて嬉しそうに微笑を浮かべる瑞樹を眺め食事を終えたところで本題に移ることにした。
食後のお茶を飲みながらタイミングを図ること数十分、勉強を始めた瑞樹に声を掛ける。
「あー、その……十四日って空いてるか?」
「……えっと、空いてる、けど」
できるだけ悟られないよう自然に切り出そうとしたら全てを察した顔をされた。照れたような表情を隠すように俯き、期待したような視線をこちらに向けてくる。
この前の宣戦布告、奈緒のデート発言も相まって余計に言葉にしづらい。
「暇なら……その、一緒に何処か行かないか?」
何処に行くかはまだ決めてないけど。プレゼントを買うならやはりショッピングモールとか?皆目検討がつかないため、もう流れに任せて二人で相談する形になるわけだけど。
「……それってデートのお誘い?」
……男女が二人で歩けばデートとは、誰が発言したのだろうか。
「まぁ、瑞樹がそれでいいってんならそうなるけども」
疚しい気持ちはない。ただの買い物だ。ただの買い物だよな?恨むぞ妹よ。お前のせいで余計に意識しちゃってるじゃないか俺が!
「私、青葉さんとデートしたい」
「おぉう、じゃあ十四日な」
「ええ。楽しみにしてるわ」
「それで何処か行きたい場所はあるか?」
「青葉さんと行くなら、何処でも」
「……なるほど。(自分で考えろということか)」
会話が切れた。それから御機嫌で問題を解き始めた瑞樹を尻目に、スマホで十四日の計画を練り始めるのだった。
『なおー、たすけて』
その三日後には妹に泣きついていた。ある程度、候補は上がったものの上手く纏まらず、件の日は刻一刻と迫っている。追い込まれた俺が取った行動はただ一つ、女性の意見の尊重である。
こういう時にSNSアプリとは便利なもので軽い相談程度であればすぐにできる。大事な相談だが接触する必要もないし時間もないのでこういう時に役に立つ。即既読がついて返信がきた。
『瑞樹ちゃんのことについて何か困りごとでも?』
さすが妹鋭い。話が早くて助かる。
『瑞樹と出掛けることになったんだけど候補地が絞れない』
『なるほど、最近の瑞樹ちゃんの上機嫌はそういう……デートですね』
何故、女の子は何でもかんでもデートに結びつけるのか。男と女が二人きりで歩いていたらデート。その法則性がわからない。だが此処で否定してもしなくても結論は一緒なので敢えて反論はしない。
『で、何処に行けばいいと思う?』
『ある程度候補は絞ったんですよね』
『遊園地、水族館、ショッピングモール』
『まるっきりデートじゃないですか』
『どれも面白味がなくてな、悩んでるんだよ』
ベタな展開と言われればそれまで。瑞樹はお気に召さないのではないだろうかと不安でしょうがない。行き先を決めてくれれば楽なのだが、どうもそういうわけにはいかないらしい。
『別に捻ったりしなくてもいいと思いますけど』
奈緒の助言は尊重するべきか、同じ女子中学生の意見は貴重であるとしてもそういうものだろうか?
『瑞樹の好きなものってなんだ?』
『え、兄さんじゃないですか?』
『もの』を『者』と変換する妹、それは聞いてない。
『ほら、例えば趣味とか動物とか可愛いものとか色々あるだろう』
『兄さんです』
動物のカテゴリに入れられた。まぁ、間違ってはいないのだろうが。
『いや、あのな、今はデートの計画を練っているのであって冗談なく真面目に頼みたいんですが』
『兄さんとの時間が瑞樹ちゃんにとって一番の宝物と思いますけど』
–––心当たりがあり過ぎて辛い。
既に反論の手すら許さず、妹は続ける。
『だから、難しく考えなくていいんです』
『俺は瑞樹に心の底から喜んで欲しくて計画してるんだが』
『ふふっ、堂々巡りですね』
何が、と返すも返信は来なかった。俺もまた嫌がらせのスタンプ連打とかしている暇はないので、スマホをベッドに放り投げて熟考することにしたのだった。