妹の友達と同居することになりました。   作:黒樹

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妹の友達とデートした件

 

 

 

七月十四日。デート当日。

 

駅前の広場で一人、時間を潰していた。

待ち合わせの時間まであと一時間。

何故、待ち合わせることになったか無粋なことは言うまい。

恋愛系の漫画や小説を愛読していて多少の理解はしているつもりだが、それでもやはりわからないことはある。

例えば、同じ家に住んでいて態々待ち合わせをするとか。

昨日から瑞樹は実家の方に泊まり込んでいて、奈緒と今日の準備をしているらしい。

 

だから、昨日の夕方ぶりに俺は瑞樹と会う。

 

思えば自分も弱くなったものだ。たった一日、一人暮らしに戻っただけなのに思いの外寂しく感じて、部屋の広さに打ちのめされ、今は待ち遠しく感じているのだ。

 

スマホを開けば、連絡用に登録してある瑞樹とのチャット画面を開き、最終履歴を見つめていた。

『おはよう』と待ち合わせの場所と時間の念押しが送られている。

待ち合わせは午前九時、駅前の広場。

生活習慣故に早起きした俺は一時間も前から集合場所に来ている理由は待ち遠しさもあるが、どちらかと言えばよくあるテンプレをやるためである。彼女より先に早く着き、今来たところと言う。一見意味のない行動をするためだけに早く来たのだ。家にいるとそわそわして落ち着かないとかそういう理由じゃないぞ、勘違いするなよ。

 

残り時間をプランの最終確認に費やした。半分は行き当たりばったりだが、予定の場所が定休日じゃない事も確認しているし、臨時休業もないと思う。

 

「えっと、あの、青葉さん……待った?」

 

約束の十分前。ふと視界に純白のサンダルに包まれた美脚とも呼ぶべき白い肌が映った。女性の美しい素足を曝け出したそのサンダルはまるで魅せるように作られており、俺の目もその足の美しさに見惚れる。

声に反応して顔を上げると、膝丈ほどのスカートが目に入り、辿っていくと健康的な首筋や鎖骨が見えており、詳しくはないがそれがオフショルダーワンピースなるものだとわかった。

金髪が陽光を反射して天使の輪っかを作っている。俺の目には天使に見えた。今すぐお持ち帰りしたい。

 

「……」

「あの、青葉さん?」

「ごめん。瑞樹が可愛すぎて見惚れてた」

「っ、そ、そう」

 

妹曰く、女性の服装は褒めるべきだと教わっている。漫画や小説にもよくある事なので素直な感想を述べると瑞樹は頬を赤くして照れ隠しに髪先を指で弄り回す。その仕草でさえ可愛く見えて、心臓は逐一反応してしまう。

 

「じゃ、じゃあ、行こうか」

「何処に連れて行ってくれるの?」

「ん。定番のスポット」

 

手を差し出せば瑞樹はおずおずと握り返してくれる。その手がやがて恋人繋ぎに絡み合うのを俺は黙って受け入れた。

 

 

 

「あれって…水族館?」

 

電車を乗り継ぎ俺と瑞樹は街でも有名な水族館にやってきた。盛り上がりに欠ける、かもしれないが遊園地と比べた結果こちらの方が良いと判断した。その理由は暑くなり始めたこの時期、アトラクションの待ち時間を考慮してである。瑞樹も俺も会話が少ない方のため待ち時間がどうしても無言になってしまう。

 

「私、水族館って初めて来るわ」

 

当の本人が少し期待の篭った目で水族館の外観を見つめている。それだけでも連れて来た甲斐があるというもの。ありきたり過ぎて面白くないかと思ったが、意外にも来たことはなかったか。

 

予め購入しておいたチケットで入場する。その際に手を離さなければならず、名残惜しそうに渋々といった感じで手を離した瑞樹だったが、ゲートを潜った後で再度手を繋ぎご満悦の様子。安い幸せである。

 

「凄い魚の数ね……」

「どれも美味そうだな」

 

入り口に大きな水槽が一つ。その他、小さな水槽で区切られているが、此処にいるのはよく知る魚ばかりで珍しい魚やメインは奥にいるらしい。入口で買ったパンフレットにはそう記されている。

 

「あ、そうだ。今日の晩御飯は実家の方に帰って来なさいって、青葉さんのお母様が言ってたわよ」

「……嘘だろ」

「その……私のお祝いをしてくれるみたい」

 

瑞樹は恥ずかしそうに言う。そんな気恥ずかしくもほんのりと嬉しそうにされれば、俺も帰らないわけにはいかず、仕方ないと諦めることにした。

 

「まぁ、それまでは二人きりで楽しむか」

「そ、そうね」

 

気を取り直して次のフロアへ。その道には深海魚やら珍しい魚が展示されており、名前も知らないような深海生物が一定間隔毎に水槽に分けられており、瑞樹が物珍しそうに眺めていく。ロードを抜ければ、ペンギンやイルカなどの女性受けのする水性生物が集まるフロアとなっていて、可愛らしい動物を見て瑞樹の表情筋が僅かに緩む。

 

「ねぇ、見て青葉さん、ペンギンよ」

 

こんなにはしゃぐ瑞樹を見たのは子供の頃以来だろうか。微笑ましく思っていると瑞樹がキョトンと首を傾げる。

 

「……楽しくない?」

「そんなことはないけど」

「嘘。さっきから上の空じゃない」

 

瑞樹の頰が不機嫌そうに膨らむ。

 

「ごめん。瑞樹が可愛くてつい」

「…も、もう、そんなこと言って…私が喜ぶと思ってる」

 

館内は暗い。だが、その暗さでも瑞樹の顔が赤くなっているのを隠しきれるものではなかった。

 

 

 

程よい時間になるとシャチショーが始まる。どうやらショーは時間帯交代制でイルカやセイウチにペンギンと交代でシフトしているらしく、その中でもシャチショーはとてつもなくカップルに人気があるらしい。

最前列から三列目、程よい場所を取ることができた。もう間も無く始まるとウエットスーツのお姉さんは宣言している。

開演の挨拶代わりにシャチを呼ぶと水槽の底から黒と白の巨大が顔を出す。びっくりするほど大きなシャチに僅かばかり緊張をみせる瑞樹はちょこんと服の袖を握ってきた。ちょっと怖いのだろうか。

 

「飛び出して客席に突っ込んで来ない限り、危害は加えてこないから大丈夫だって」

 

まぁ直接ダイブされたらあっちもこっちも死ぬけど。それ以外、水槽に落ちなければ大丈夫だ。

 

「もう、変なこと言わないでよ」

「悪い悪い」

 

今度はがっしりと腕を掴んでくる。僅かに胸が当たり、意識せざるを得ない状況になっていた。視線を胸元に向ければ僅かに谷間が覗いており、目のやり場に困ってしまう。慌てて目を逸らすが時は既に遅し。

 

「……その、少し露出が多くないか?」

 

無言でニヤニヤとした表情を向けられて言い訳がましく口にするも、それこそ狙いだったようで俺は完全に掌の上で踊らされていた。

 

「十五歳の女の子の胸元をエッチな目で見てるんだ」

「うぐっ。いや、まぁ……刺激が強すぎやしないかなぁと」

「誘惑してるの、青葉さんを」

「……効果抜群だから、できれば控えて欲しいんだけど」

「あら、どうして?」

 

今日の瑞樹は攻めてくる。前兆はあった。普段は何もしてこないからと油断していたら今日仕掛けてくるつもりだったとは。

口を開いたその時、言葉を遮るべく大きな水音が鳴った。

ふと視線を向ければ、シャチが尾びれを大きく水面で打ったらしく大きな水飛沫が上がっている。……それも俺達の客席目掛けて降り注ぐ形で。

 

直撃。

 

突然、襲い掛かってくる大量の水。暑くなり始めた体温を下げるべく降りかかった水は冷たく、全身に浴びた俺と瑞樹は無言で会話を中断した。大丈夫かと声を掛けようとして、それに気づく。

 

「……瑞樹、これ着てろ」

「?……っ!」

 

瑞樹が纏う白のオフショルダーワンピースが体に張り付き透けていた。遅れて気づいた瑞樹の頰が赤く染まり、いそいそとパーカーを受け取って羽織るとチャックを胸元まで締める。そして、フードを被って俯いてしまう。

 

「その、あまりそういう姿を見せるなよ」

「ええ。そうね。家だけにしておくわ」

 

……それもそれで困るのだが。

 

 

 

シャチショーを観覧して濡れた服を着替え一通り水族館を楽しんだ後、近場で調べておいた喫茶店で昼食を食べていた。普段は口数少ないが先ほどの水族館での件もあって話題が尽きることはない。あれが可愛かったと瑞樹は嬉しそうに語るが俺の返事は何処か同調めいたものだった。それもそのはず、俺が一番見ていたのは楽しそうな瑞樹で、他のものを見ている余裕がないほどその可愛らしさに目を奪われていたのだから。

ショーの途中、横顔を見ていればバッチリと目が合ったり、ふと視線を感じれば瑞樹の方がこちらを見ていたり、少しだけぎこちなくなったもののすっかり話すのに夢中で忘れているのか、忘れようとしているのかは定かではないが。

 

「青葉さんって妙なお店を知っているわよね」

「妙ってな……」

「他の女の人と来たことでもあるの?」

 

瑞樹がそう指摘してきた理由はただ一つ。俺が選んだ喫茶店が女子受けのいい美味しい洋菓子や紅茶を振る舞う店だからである。もちろん他の女性と来たことなどなく、噂で知っていただけであるが。

 

「……来てみたかったんだよ。男一人じゃ入りにくいだろ」

 

本当の理由を気恥ずかしくも語れば、瑞樹はクスクスと微笑んで言った。

 

「じゃあ、今度からはいつでも二人で来れるわね」

「そうだな。それじゃ、そろそろ出ようか」

 

会計をして退店し近場のショッピングモールを目指す。

これからの予定は殆ど計画もない。瑞樹へのプレゼントを探すだけ。

これでなんとか上手くいったか?と安堵の溜息を密かに吐く。

手を繋ぎ歩く道すがら、瑞樹の手は温かいなぁとそんな感想を一人思考していると不意に瑞樹がよろけて体を預けるような形で倒れ込んでくる。慌てて受け止めると瑞樹はぴたりと停止したまま何処か朧げな表情。

 

「大丈夫か?」

「……平気、よ。少し眩暈がしただけ」

 

だが、一向に寄り掛かったまま離れようとしない。これはおかしいと思って額に手を当てる。しかし体温を測る術を使っても少し熱っぽいかと思っただけで、確信に至らない。ならばと額と額を合わせて体温を測ってみる。

 

「って、あつくないか?」

「全然あつくないわ。いつも通りよ」

 

離れようとして今度はふらふらとよろめいた。倒れそうなところを抱き留める。

 

「病院行って帰ろう。瑞樹」

「っ!?それは嫌」

 

頑なに拒否してくる瑞樹だが、その体には力など入っていない。体では抵抗できないと判断したのか、その瞳に涙を浮かべて彼女は駄々を捏ねる。

 

「まだ帰りたくない…!」

 

そんな言葉をこの状況で訊くことになろうとは過去の俺は思わなかっただろう。こんな状況で言われてもドキッとするはずもなく、俺は瑞樹を安心させるようにぎゅっと抱き締めて耳元で囁いた。

 

「デートならいつでもしてやるから、帰ろう」

「だって初デートはこれっきりよ」

「そうかもしれないが俺にとってはお前の方が大事だ」

 

乙女心を理解しろと言われても、今の俺には無理だろう。

その言葉の意味を頭ではわかってはいるが、心は遠く及ばない。

共感はできない。……少し残念だとは思うが。

無理やりにも抵抗できない瑞樹を抱き上げ、そのまま駅へ歩こうとしてふと足を止める。

頼りたくなかったが緊急事態だ仕方ない。奈緒の電話番号を選択して、電話を掛ける。

 

『あれ、デート中じゃなかったんですか兄さん?』

 

開口一番にからかってくる妹へ、俺は取り次ぎを頼んだ。

 

「親父か麻奈さんはいるか?」

『ママならいますけど……』

「車で迎えに来て欲しいんだ。瑞樹が体調を崩してな」

『わかりました。すぐに行きますね』

 

こうして誕生日デートは予定外の終わりを告げた。


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