鬼滅から小鬼殺しへ   作:清流

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断章02:深奥なる鋼の秘密

 「いらっしゃい……って、あんたか」

 

 武器屋の店番をしていた青年は入ってきた客に顔を顰めた。

 その客は白髪の少女を連れた只人(ヒューム)の剣士だ。首には銀等級の認識票をつけているのが見える。

 青年にとって、色々な意味でどうにも気に入らない客であった。

 

 「あんた、昇格したのか?」

 

 前回、この剣士が訪れた時は、まだ銅等級の冒険者であったはずだ。

 

 「ああ、今回の依頼で昇格がちょうど認められてな」 

 

 剣士はなんでもないことのように答えるが、在野最上位と呼ばれる第三位銀等級は、伊達や酔狂でなれるものではない。

 明らかに自分より年下である剣士の偉業に、青年はますます面白くなかった。

 

 工房と武器屋を繋ぐ扉が乱暴に解き放たれたのは、その時だった。

 

 「おう、帰ってきたか!早速、見せてもらおうじゃねえか」

 

 扉を開けて飛び込むように入ってきたのは、青年の師である鉱人(ドワーフ)の鍛冶師だった。

 その顔は常にない笑顔でありながら、目は爛々とギラついていた。

 

 「約束通り、この刀で斬ってきた。斬った数は54、相手は混沌の軍勢の残党である蜥蜴人(リザードマン)の群だ」

 

 「……これで50以上の蜥蜴人を斬ったって言うのかよ」

 

 渡された数打ちの刀を鞘走らせて見つめる師の声は、青年からしてもはっきりと震えていた。

 そして、青年はその刀の状態を見て、絶句した。刃こぼれ一つなかったからだ。

 

 「ああ、その通りだ。何かおかしいか?」

 

 ――――おかし過ぎるわ!

 

 青年は、心の底から叫びたかった。師匠の作る刀は最高だと彼は、常々思っている。それが数打ちとはいえ、自分の打つ刀とはものが違う。

 しかし、しかしだ!いかに師匠の刀とはいえ、50以上の蜥蜴人を斬って、刃こぼれしないはずがない。ましてや、専用に作った銘刀でもなんでもない数打ちだ。物理的に不可能だとしか思えなかった。

 

 「お前は、本気でトンデモナイ奴だな。あいつがあんな手紙を書くくらいだから、相当なもんだとは思ってはいたが……」

 

 「師匠、信じるんですか!?」

 

 青年には、ホラ話としか思えなかったが、師は信じるというのだ。驚くのも無理もないだろう。

 

 「馬鹿野郎!信じるも何もねえ!お前にはこの鋼の声が聞こえねえのか!

 ……これだけの血を吸った刀を見るのは、本当に久し振りだぜ」

 

 だが、師には信じるに足る確たる証拠があるらしい。

 師は、剣士の言葉をまるで疑っていなかった。

 

 「で、でも、刃こぼれ一つしてないんですよ。そんなことありえるんですか!?」

 

 「無礼な!主様の言葉に嘘はない。主様は、その刀をもって確かに群を全滅させたのだ」

 

 それでも信じがたいと声を上げた青年に対して、強い口調で口を挟んだのは、それまで沈黙していた白髪の少女だった。

 真紅の瞳が、青年を鋭く射貫き、それ以上の言葉を封じた。殺意すら篭もっていそうなその眼光に、青年は完全に縮こまった。

 

 「悪いな嬢ちゃん、こいつはまだまだ未熟者でよ。鋼の声を聞くどころか、剣士の腕の良し悪しも見抜けねえのさ」

 

 それを宥めたのは、師だった。自分より遙かに年下の少女にあっさりと頭を下げて、詫びてみせたのだった。

 

 「……次はない」

 

 師の行動に、少女は誠意を感じ取ったのか、それだけ告げると再び剣士の後方へと下がった。

 儚げな見た目とは裏腹に苛烈な意思を宿した少女だと、青年は思い知った。

 

 「これ程のもんを見せられたら否はねえ。ちょっと待ってろ」

 

 そう言って、師は工房へと戻り、二振りの刀を持って帰って来た。

 

 「まず、研ぎが終わったお前さんの日輪刀とやらだ」

 

 そう言って、剣士に渡された刀こそは、日輪刀。

 預けられて以来、師と青年を魅了してやまなかった至高の芸術品とも言える刀だった。

 斬ることを骨の髄まで追求した機能美と、芸術品を思わせる刀としての美しさ。どうやって、染色しているかも分からない色彩も含めて。

 

 ――――ああ、あれを自分の物にできたならどれほど良かっただろうか。

 

 青年がそんな風に思えてしまうほどに、日輪刀は素晴らしい刀だった。

 同じ物は絶対に打てないだろうが、己の最高傑作であると飾っておくだけで箔がつくのは間違いないであろうから。

 

 「確かに」

 

 剣士は鞘走らせて、刀を確かめるとすぐに納刀して、腰へと差した。

 青年には、非常に気に入らないことに、そこにあるのが自然であるというように、剣士に日輪刀は似合っていた。

 

 「そして、本題はこっちだ。

 ……情けねえが、ほぼ模倣になっちまった。お前さんの刀はそれくらい完成している。お前のために作られたお前のためだけの刀だ」

 

 この一ヶ月、師が日輪刀に勝るとも劣らない刀を作ろうとして、寝食を忘れて苦心してきたのを青年は知っている。

 何本の刀を作り出して、これでは駄目だと炉に放り込まれたか。工房の炉が、魔法の力を持った特殊なものでなければ、たちまちに工房の財政は傾いていたであろうレベルだ。

 そして、その積み上げた犠牲の上に、今朝作り上げた最高傑作が、その刀だった。

 師は自虐するが、青年から見れば、それは日輪刀に劣らない代物だ。

 

 「ふむ」

 

 鞘走らせて、刀の出来を確かめる剣士に、青年は沸々と怒りが湧いてくる。

 

 ――――こんな奴に、刀の良し悪しが分かってたまるものか!師匠の刀は、お前などには勿体ない!

 

 「どうだ?そいつはお前が振るうに足るものか?」

 

 「試し斬りがしたい」

 

 「おう、勿論だ!そう言うんじゃねえかと思って、用意はしてある」

 

 代金を貰う前に刀で試し斬りなど、本来正気の沙汰ではない。

 普通の両手剣や直剣などに比べ、正しく振るわれなければ折れやすいのが刀というものだ。

 だというのに、師は剣士の腕に全幅の信頼をおいているのか、嬉々としてそれに応じた。

 

 果たして庭に設えたそれは、巻き藁などではなく、騎士のつけるような板金鎧(プレートアーマー)だった。

 断じて試し斬りに使うものでもないし、けして安いものでもない。

 

 「おう、来たか。確かに注文通り用意したが正気か?俺の鎧はちょっとやそっとの代物で斬れるようなもんじゃねえぞ」  

 

 準備を頼まれていたであろう武具店の主が呆れた顔で言う。

 大枚叩いて、自分では使わないであろう最高級の板金鎧の使い途が、あろうことか試し斬りなのだから、そうも言いたくなるだろう。

 青年は全く同感だった。

 

 「いいから、お前は黙って見てろ!テメエの自信作が、ぶった斬られるのが見たくねえっていうんなら帰ってくれてもいいんだぜ?」

 

 「ぬかせ!その兄ちゃんが、どれ程の遣い手か知らねえが、俺の鎧が易々と斬れるわけがねえ」

 

 師の言葉に、武具店の主は鼻で笑って下がった。彼にも己が作品への自負があるのだろう。

 そして、庭に残されたのは、剣士だけだった。

 

 「では、参る!」

 

 一声、そう発すると共に剣士の雰囲気が変わった。まるで別人になったかのようであった。

 空気すら影響されたのか、肌にピリピリしたものすら青年は感じた。

 

 上段に構えられた刀が振り下ろされ一閃、まるで雷鳴がはしったかのようであった。

 パチンという納刀の音がいやに大きく響いた。

 

 「……嘘だろう」

 

 茫然自失の武具店の主がどうにか絞り出したその声は、明らかに震えていた。

 青年も、そして師も、あの白髪の少女さえも言葉を失っていた。

 目の前には、縦から真っ二つにされた板金鎧があったからだ。

 

 「良い刀だ、確かに注文通り。代金は言い値で払おう」

 

 その偉業を成し遂げた剣士だけが、何の感慨もなくそう言った。

 

 「……金貨10枚でいい。久方ぶりに満足いく仕事をさせてくれたのと、いいものを見せて貰った礼だ。

 ただ、次があるなら50は貰う」

 

 師がつけた値段は金貨50枚であっても、明らかにかけた費用や労力と釣り合っていなかったが、師の顔はどこまでも満足気で、到底口を挟める雰囲気ではなかった。

 

 「……感謝する。次があるかどうかは先約があるのでな。どうなるか、分からん」

 

 「ふん、あいつか。面白え、あいつが俺を超えられるかどうか楽しみにしてるぜ。

 また王都に来ることがあったら、顔を見せな。次こそはお前を満足させるに足る刀を作ってやる」

 

 青年は、今度こそ絶句した。

 これだけの結果を出して、尚、剣士は刀の出来に満足していないのだと知って。それを当然のことのように受け容れて、雪辱を誓う師の有様に。

 鋼の秘密というのは、なんと奥深く深淵なものなのだろうか。

 

 「楽しみにしていよう――――行くぞ」

 

 「はい、主様!」

 

 儚げな雰囲気はどこへやら、目をキラキラと輝かせた白髪の少女が、剣士に続く。

 遠ざかる二人の背中を、青年は見つめることしかできなかった。

 

 「お前もちょっとは理解出来たか。あれが自分の鍛えた刀を振るって欲しいとすら思える達人ってやつだ」

 

 師の言葉に青年はようやく理解する。

 なぜ、あれほど師が打ち込めたのか、採算度外視だったのかも。

 あれ程の剣士に、自分の鍛えた刀を振るって貰えるのは、鍛冶師としてどれだけの誉れだろうか。もし、自分の刀を振るって偉業をなしたならば、それだけで鍛冶師として生涯の誇りとなろう。

 

 「いつか、お前もあいつに使って貰える刀が鍛てるようになりな」

 

 「……」

 

 自分より遙か高い腕を持つ師の現状における最高傑作でも満足させられない剣士が振るうに足る刀……。

 あまりにも遠すぎる師の言葉に、青年は黙って頷くことしか出来なかった。

 

 後に刀匠として名を馳せることになる男の若き日の出来事であった。




鬼鬼コソコソ話
鉱人の鍛冶師は、刀剣に特化した変わり者。それでも王都に店を構え、食っていけるだけの腕はある。弟子である青年は、師匠の刀に一目惚れして弟子入り。なので、そんな尊敬する師匠が、自分より年下の雲柱さんを認めているのが面白くなかったというお話。
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