今回は次女のお話。
私には義兄のような人がいる。
――――いえ、姉さんの向ける感情や現在の状況を客観的に見れば、最早義兄以外にどう呼べばいいのかっていうレベルよね。
人の良すぎる男で、私達姉妹の命の恩人でありながら、小鬼禍の被害を受けた私達の面倒を見てくれている。たとえ、それが姉が奴隷になることと引き換えだったにしても、どう考えても釣り合いがとれていないのだから、やはりお人好しが過ぎると思う。
今、姉妹で住んでいる家だって、あの人が買い上げたものだ。それも、ところどころに手が入れられ、快適さは、村に住んでいた頃より遙かに上だ。
先頃、出て行ってしまった妹は理解していないかもしれないが、あの人がどれだけ私達の為に心を砕いていたか、語るまでもないだろう。
姉の目は確かで、遠方からの異邦人であるというあの人は、優れた剣士だった。
――――まあ、常識では到底考えられない速度で、在野最上級の銀等級の冒険者へと駆け上がったことを考えれば、そんな言葉では足らないかもしれないけど。
私達の村で
そういったものに詳しくない田舎娘である私ですら、英雄譚でしか聞いたことのない、いずれ劣らぬ怪物達である。その尽くをあの人は斬って捨てたというのだから、『鬼斬り』の異名も納得の凄まじい戦果であった。
――――つくづく、姉さんは正しかったわ。あの人に賭けたのは間違いなんかじゃなかった。
今や吟遊詩人にすら歌われるあの人は、まさに英雄だった。その庇護を受けられるようにしたのは、間違いなく姉の英断だった。
姉は娼婦になってでも、私達を養うつもりだったらしいが、実際にはそれが不可能であったことは、未だあの人に抱かれていないであろうことからも明らかだ。
姉妹である私達とあの人以外に触られると、その場では耐えられても吐き気すら催す状態だったのが姉だ。それも独り寝もできないレベルで常に怯えていたのだから。
とはいえ、私や妹も姉のことをどうこう言えた義理ではない。
妹は酷い人間不信に陥って姉と私以外の者に触れることすら忌避していたし、私も
勿論、私達姉妹も二年間、ずっと停滞したわけではない。
姉は、あの人に文字を教えていたことがきっかけになって、近所の子供達に文字や計数を教えるようになった。
こうして、あの人が長期留守にしても、私の所に来ないあたり、ようやく独り寝もできるようになったのだろう。
――――まあ、そうじゃなきゃ、あの人もこんなに長期間留守にしたりしないわよね。
妹は、あの人への対抗心からか、はたまた小鬼達への憎悪からか、冒険者になると言い出し、戦女神の神殿に入り浸るようになり、ついには住み込みで修練すると、この家を出るに到った。
――――戦女神の神殿になんの縁故もない貴女が、どうして戦う術を教えて貰えたのか。住む家も、肉親もある貴女が、なぜ住み込みでの修練が認められたのか。そこら辺を考えられないあたり、あの娘はまだまだ子供だわ。
世間知らずの末妹のやらかしに、姉とあの人が動いていたことは知っている。戦女神の神殿に少なからぬ金貨を、あの人が喜捨したことも知っている。
――――当然、私が通う地母神の神殿もよね。あの人、ああ見えてそういう所は如才ない人だもの。
元々信仰していた地母神に帰依し、一応神官と名乗れるようになったのも、あの人のお陰だ。
勿論、私も努力したが、それでも最初から忌憚なく受け容れられたのは、間違いなくそこら辺が影響しているのは間違いない。
なにせ、神殿だって、霞を食べて生きているのではないのだから。特に地母神の神殿は、孤児や小鬼禍の被害者などの保護に熱心であるから尚更だ。
今こうして、曲がりなりにも神官を名乗れるようになってはいるが、未だあの人の足下にも及ばないのは、私自身が一番よく理解している。あの人が持っていた種を庭で育てるとかもしているが、恩返しにはほど遠い。このままでは恩義が積み重なっていくばかりだ。
――――もしかしたら、あの娘もそう思っていたのかしら?
当然ながら、私が内心で抱いたその問に答えてくれる者は、誰もいなかった。
一ヶ月の王都滞在を終えて、銀等級の認識票を携えてあの人は帰ってきた。
ついにそこまで到ったのかとは思ったが、驚き自体はあまりなかった。姉も私も、あの人が銀どころか金等級にすらなれるのではないかと思っていたから。
強いて言うなら、渡された王都土産の上等な絹の服の方が驚いたくらいであった。かなり値の張る物であろうことは一目見て分かった。
サイズはどうしたのかと聞いたら、私達姉妹が利用する服屋に赴いて、縮尺を紙に書かせたらしい。なのであの人自身は、知らないとのことだった。
そこまで気が回せるなら、人間関係にももう少し気を遣って欲しいと、後に切実に思うことになろうとは、夢にも思わなかった。
真の衝撃は、その後だったのだから。
「主様、ここが主様の家なのですか?」
あの人の後から、儚げな雰囲気の美少女が姿を現したからだ。
新雪を思わせる透き通るような白い髪に、鮮血を思わせる真紅の瞳。角が特徴的だが、それは欠点になっておらず、むしろ、同じ女である私にさえ、はっとさせる怪しい色気を放っている。
姉も私も、容姿はいい方だと思うが、この娘に比べられてしまうと一歩劣ると言わざるをえない。知らず、私は息を呑んでいた。それは姉も同様だった。
はっきり言えば、私も姉も目の前の少女に完全に呑まれていたのだ。
「ああ、そうだ。挨拶を、彼女達は俺の――――身内だ」
そんな私達を正気に戻したのは、何気ないあの人の言葉だった。
少し考えるような間はあったが、彼ははっきりと私達を身内と宣言したのだった。
どう表現すればいいのか迷った末の苦肉の策として出た言葉だったかもしれないが、少なくとも彼は他者にそう思われても構わないくらいには思ってくれているということだ。
その時抱いた感情を、私はどう言えばいいか、分からない。
ただ、絶望に沈みそうな顔だった姉が、たちまちに息を吹き返し、喜色満面になるくらいの衝撃があったことは間違いない。
「主様の御身内ですか。初めまして、私は主様に仕える巫女で――――と申します」
少女は、自己紹介すると優美な所作で頭を下げた。その様子からは、こちらを下に見るようなものは一切感じなかったし、私達を排除するような意思も見受けられなかった。
なんのことはない。私達のひとり相撲だったということだ。
その後、私達はお互いに自己紹介を終え、とりあえず一緒に食事でもということになった。
しかし、それにあの人が待ったをかけた。
「おい、いつまで我関せずを貫くつもりだ」
あの人が声をかけたのは、いつの間にか彼の肩に留まっていた烏だ。
普段、街で見かけるような烏とは違って汚れがなく、見事な濡羽色の毛並みが美しい。
「やれやれ、折角人が人間模様を楽しんでいたというのに、無粋な男だな」
なんと、その烏は人語を喋ったのだった。しかも、情緒たっぷりに。
仕草もあいまって、本当に人が喋っているようであった。
「悪趣味なことだ。いいから、さっさと自己紹介しろ。放り出されたいのか?」
「ちっ、短気なことだな。まあいい、私は――――」
珍しく苛立たしげなあの人に促され、烏は自己紹介する。
故あって、烏に宿ることになった元
私達と言えば、目を丸くして聞くしかなかった。
この二人(?)は、以後私達の新しい同居人となった。
後に
――――喋る烏に狂信者……。どこをどうすれば、こんなとんでもない王都土産を用意出来るのかしら?
私が、そう思ったのも無理もないことだった。
鬼鬼コソコソ話
次女は、リハビリを一番頑張った人。人混みに入る事自体きついのに、我慢して地母神の神殿に通った。姉や妹の状態をよく理解していたので、せめて自分は迷惑かけないようにと奮起した。原作女神官をはじめとした神殿の子供達との触れ合いで、大分回復しつつあり、恐怖症も解消に向かっている。
地母神の神官であり、土関係には造詣が深く園芸担当。雲柱が持ち込んだ藤の種から、藤を育てた。