鬼滅から小鬼殺しへ   作:清流

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誤字報告、ありがとうございます。
ついにゴブスレさんの登場だ!ヒャッホー!……エタる前にここまで来れて本気で良かった。

※今回の話以降、原作ゴブリンスレイヤーならびに外伝イヤーワンのネタバレが多量にもりこまれますので、ご留意してお読み下さい。


二章:『小鬼殺し』との邂逅
10:出会い


 漆黒の髪の異邦人

 其は 剣の申し子にして 雷霆の化身

 振るう片刃は 血霧を生み出し 邪悪を刈る死神の鎌となる

 その身は雷霆 神速をもって 敵を討つ

 一度抜けば 魔神を斬り 人喰鬼を斬る

 鬼斬りの刃に 斬れぬものなし

 

 辺境最速と謳われる『鬼斬り』を歌った吟遊詩人の歌より

 

 

 黒き髪に 黒き瞳

 漆黒の喪服に身を包む 其は死神たる剣士

 死を操る烏を肩に乗せ 忠実なる竜の魔女を従える

 剣が抜かば首が落ち 命の灯火を吹き消す

 雷霆の如きその動きは けして獲物を逃がさない  

 祈らぬ者よ 邪悪なる者よ 恐怖せよ

 今宵 死神が 汝の首を命と共に刈り取らん 

 

 王国最恐と謳われる『死神剣士』を歌った吟遊詩人の歌より

 

 

 

 

 四方世界に来てより、早五年。良くも悪くも剣士は名が売れていた。

 王都方面では、『死神剣士』『首狩り』などと畏怖と共に呼ばれ、本拠地である辺境においては『鬼斬り』の異名がすっかり定着していた。

 

 「あの娘も、ようやく翠玉等級。中々に時間がかかるものだな」

 

 この三年で白磁だった竜巫女も、翠玉等級に昇格するに到っていた。

 勿論、通常より早いのは言うまでもなく、『鬼斬り』の感覚がおかしいだけである。

 

 「いや、『鬼斬り』さんの昇格速度が異常なだけで、三年で翠玉等級は十分に早いですから!

 先輩から聞いてはいましたけど、やっぱりちょっとズレてますね」

 

 『鬼斬り』の独白にツッコミを入れたのは、冒険者のギルドの監督官だった。

 五年経てば人員も入れ替わるものであり、彼女の言う先輩は前任者であり、『鬼斬り』専属の受付嬢と化していた女性のことだ。

 

 「彼女がそんなことを?最後まで世話をかけてしまったようだな」

 

 貴族の娘であった前任者は、結婚を理由にすでに職を辞している。剣士は、今も文通する程度の交流はあるが、馴染み深い彼女の顔が見られなくなったことはそれなりに寂しさを覚えた。

 

 「先輩から引き継ぎはされていますので、ご心配なく。『鬼斬り』さんの事情は理解していますので、ギルドに御用命あれば私にお願いします」

 

 どうやら再び監督官である彼女が、二代目の専属受付嬢になるらしい。

 相変わらず、『鬼斬り』は冒険者ギルドにとって、到底放置しておくことができない存在のようであった。

 

 「承知した。面倒をかけると思うが、よろしく頼む」

 

 「こちらこそ、よろしくお願いします。……お願いですから、程々にして下さいね」

 

 「善処しよう」

 

 剣士としては、そんなつもりはないのだが、なにかと騒動の火種になることは否定出来ない事実であった。辺境最速と謳われる程の異例のスピードで在野最上級まで、昇格してみせた剣士は、色々な意味で注目の的だ。良くも悪くも、人を惹きつけるし、騒動が寄ってくるのだ。

 

 「それ、駄目なやつですよね?本当にお願いしますよ!」

 

 監督官は、前任者から聞いた『鬼斬り』にまつわる話を聞いてはいたが、金等級への昇格を蹴ったなんて話もあったので、正直話半分であった。

 だが、こうして実物に会うと、むしろ、割り引いた話だった気がしてくる監督官であった。

 

 ――――もしかして、私、とんでもない貧乏籤引いたんじゃ!?

 

 今更ながらにそんなことを監督官は思うが、最早後の祭りである。

 少なくともしばらくは、彼女はこの支部で監督官を務めねばならないのだから。

 

 「ああ、分かっている。肝に銘じるさ」

 

 そう言って去って行く剣士の背中を、監督官は微妙に信用出来ないという思いを抱きながら、見つめるのだった。

 

 

 

 

 さて、そんな不信の目で見られていた剣士であったが、久方ぶりに工房に呼ばれており、ギルドの帰り道に工房に寄った。

 

 「使える腕も、買う金もねえ奴が寝言言ってんじゃねえ!」

 

 入るなり聞こえてきた怒声に、剣士は目を瞬かせた。この工房の親方である老爺は、ぶっきらぼうではあるが、未熟な駆け出しにもそれなりの対応をするし、かなり辛抱強い方で、こんな風に怒鳴ったりすることは滅多にないのだ。

 

 「お、俺はただ……」

 

 「魔剣だのなんだのは、テメエには十年早い!まして、そいつに触ろうとするとは!」

 

 剣士が見たのは、青筋を浮かべて憤懣やるかたないといった様子の老爺と、怒鳴られて縮こまる青年の姿であった。

 

 ――――普段なら、駆け出しの妄言くらいは流したんだろうが、今回みせてくれる予定の刀に触ろうとしたんで、ぶち切れたと言ったところか?

 

 どうも常とは異なる老爺の手にある刀を見て、剣士は大凡の所を察した。

 この工房の老爺は、五年前剣士が研ぎを頼んで以来、剣士が振るうに足る刀を鍛えようと苦心していたのだ。今日は、その五年の成果のお披露目を台無しにされそうになったのだから、彼が怒鳴り散らしたのも無理もない話であった。

 

 「親方、落ち着け。駆け出しに怒っても仕方がないだろう?」

 

 「……『鬼斬り』来てたのか。すまねえな、みっともないところを見せた」

 

 「『鬼斬り』って、あの!?」

 

 老爺の言葉に、青年が目を輝かせて剣士を見るが、剣士は一顧だにしなかった。

 

 「いや、気持ちは分かる。貴方の五年の集大成、軽々しく扱っていいものではないからな。

 だが、彼にはそれが分からないのも事実。ここは収めてくれ」

 

 「ちっ、確かにあんな妄言吐く野郎に、こいつの価値は分からんか……。

 おい、小僧。さっさと要件を言え。俺はこの後、大事な大一番が控えてるんだ!」

 

 「お、おう。これで買える一番強い武「待て」――――えっ?」

 

 金袋をそう言って差し出す青年だったが、あまりの言い様に見るに見かねて、流石に剣士は口を挟んだ。

 

 「お前は武器を扱った経験はあるのか?」

 

 「いや、ないけど。腕っ節には自信があるぜ!」

 

 自信満々に胸を叩く青年に、剣士は頭が痛くなった。

 

 ――――何の心得もないのに、武器の種類さえ指定しないで、一番強い武器と来たか……。

 

 「お前、死にたいのか?」

 

 気づけば、そんなことを剣士は口にしていた。

 

 「えっ?」

 

 「武器とは使いこなしてこそ意味がある。例えば、あの刀を使えば、俺は十人以上殺せるが、お前では一人とて殺せまい。

 いいか、よく聞け。何のために使うのか、何が敵なのかで、選ぶべき武器は違う。そして、お前は一番強いといったが、どういう意味で一番強いのだ?破壊力か?速度か?切れ味か?リーチか?」

 

 「そ、それは、えっと……」

 

 剣士の問に、青年は答えられなかった。そんなこと、考えもしなかったからだ。

 

 「腕っ節に自信があるなら、それを活かせる得物を選べ。武器を使ったことがないなら、尚更だ」

 

 「……」

 

 これがただの客なら、青年は激昂していたであろう。

 しかし、目の前の剣士は、彼が憧れる英雄そのものなのである。自分がいつかそうなりたいと思う存在の言葉を彼は無視出来なかったし、怒ることもできなかった。

 

 「まずは何のために武器を持つのかを明確にすることだ。それがあって、初めて武器の選定に移れる」

 

 「何のために武器を持つのか?」

 

 「そうだ。例えば、護衛と怪物退治に必要な武器は同じだと思うか?」

 

 「同じじゃないのか?」

 

 「お前は馬鹿か?同じであるわけがない。怪物退治であれば、怪物を倒すに足る威力のある武器を必要とするし、逆に護衛ならば、依頼人を守るために武器の携行性や耐久力が重視される。

 それとも、お前は、怪物退治にリーチも威力もまるで足りない短剣(ダガー)で挑み、護衛のために狭い室内や街の往来で大剣(グレートソード)を振り回すのか?」

 

 「ううっ……」

 

 流石に具体例を出されれば、いやでも理解出来てしまったらしく、青年は己の愚かさをこれでもかと思い知らされ項垂れた。

 新しい客が入ってきたのは、そんな時であった。

 

 無造作な足取りで、ギルドの受付側から入ってきた新しい客は、みすぼらしい格好をした若者だった。

 顔立ちこそ整っているが、無愛想に無表情があわさり、まさに無頼漢の風体であった。

 

 「装備が欲しい」

 

 若者が開口一番に言ったのはそれだった。あまりに端的でぶっきらぼうな物言いであった。

 

 「そりゃあそうだ……金はあんのか?」

 

 「ある」

 

 そう言って若者が置いたのは、彼に似つかわしくない財布であった。

 老爺は、色々気になることはあったが、剣士との大一番が控えていることを思い出し、余計な詮索はしなかった。

 唯一、財布の中身の金貨が本物であるかを確認すると、若者を客と認めた。

 

 「で、何が欲しい?」

 

 「硬い革の鎧(ハードレザー)円盾(ラウンドシールド)を」

 

 「ほう」

 

 まず、武器ではなく防具から、それも明確に物を指定してきた。こいつは先の青年よりはマシな客であると、老爺はあたりをつけた。

 意外に武器より防具を優先するという発想は生まれない。攻撃こそ最大の防御、それはけして間違いではないからだ。

 数多のRPGでもそれは同じだ。効率を重視するなら、敵を殲滅する速度が重要となるのだから。

 

 しかし、現実となるとそうはいかない。武器に全振りして防具を揃えておらず、死に際の反撃で相討ちになったなど目も当てられない。

 現実においては、何よりもまず生き延びることこそが重要なのだ。生きてさえいれば、反撃の目は、再起の可能性はそこに存在するのだから。

 

 剣士もまた、若者が青年の目指すべき有様であることを気づき、黙って若者を見るように青年を促した。

 

 「武器はどうする?」

 

 ――――ここまでは分かってる奴のチョイスだ。それじゃあ、武器は何を選ぶ?お前は本当に理解しているか?

 

 「剣……片手剣を」

 

 「盾持ちなら当然だな」

 

 老爺は、愉快になってきた。青年のような無知蒙昧な輩が来たかと思えば、若者のような分かっている奴も来るのだから。これだから、人生というやつは面白い!

 自分の仕事をするべく、カウンターから剣を選び出し渡す。何の変哲もない鉄の剣だが、その中でも割合マシな出来のものだ。

 若者が剣を腰に差すと剣の重さに負けて重心のバランスが崩れたのか、身体が傾くのがいかにも新人らしかった。

 

 「革鎧は後ろの棚だ。盾はそっちの壁に引っかけてあるのから選べ」

 

 「わかった」

 

 革鎧と盾を引き剥がす動作は、褒められた所作ではなく、見る者に強盗の如き印象を与えた。

 老爺が鼻白み、剣士が苦笑を浮かべたのも無理もないことであった。そんな二人の反応に勇気づけられたのか、青年は若者に声をかけた。

 

 「な、なあ、あんたも今日冒険者登録をしたのか?」

 

 若者は答えなかったが、頷いて見せたので、青年は相手も自分と同じ新人であることに勇気づけられて、さらに続けた。

 

 「あんたは何をしに行くんだ?何のためにそれを選んだんだ?」

 

 青年は、若者が本当に分かっているのか知りたくなったのだ。

 本当は、自分と大差ないのではないか?偶々、注文がいい感じになっただけではないか?と疑っていたのだ。

 

 「小鬼(ゴブリン)だ……俺は小鬼を退治しに行く!」

 

 しかし、青年の望みとは裏腹に、若者の答は明瞭であった。もっとも、低い声で地を這うかの如き声だったが……。

 老爺と剣士は、その声に含まれる重々しい感情を感じ取り、若者の有り様に納得した。

 

 ――――なんのことはない。この若者は……。

 

 他方、青年は、若者に気圧された。彼は小鬼退治なんてと馬鹿にしていた数多くの者の一人だ。

 だが、こうして目的を持って装備を選び、武器だけでなく防具にも金を使い、準備を整える若者を見ると、自分の未熟さを否応なく理解してしまう。

 自分はなんと底の浅い男だったのだろう。伝説だの、魔剣だの言う以前の問題だったと、今更ながらに彼は気づいたのだった。

 

 そうこうしているうちにも、若者は鎧を身につけ、腕に楯を括りつけ、軽く素振りするなどした後、盾を構えて剣を抜き、動作確認していた。

 その様子は、身なりこそ安っぽいものの、青年がなりたかった一端の冒険者そのものであるように思えた。

 

 「貰「待て」……?」

 

 だが、実際にはそうでなかったらしいことに、剣士が若者を止めたことで、青年は気づいた。

 

 「小鬼を殺すなら、小剣(ショートソード)で十分だ。その剣では長すぎる。開けた場所ならいいが、狭苦しい奴らの巣穴では引っ掛けるぞ」

 

 ――――武器を振るう対象はおろか、地形まで想定するのか!

 

 それは思いもしなかった想定だった。武器一つ選ぶのに、これだけの情報が必要なのかと青年は戦慄する。「一番強い武器」などと言った自分の注文は、どれ程滑稽で愚かしいものだったのだろうか。

 

 「むっ」

 

 若者は腰に差していた剣を抜いて振り上げてみた。自身の身長も合わせて、思った以上に高い。確かに洞窟なら、天井や壁につかえそうであった。

 剣士の言葉が正しいことを理解したのだろう。若者は剣を納めた後、腰から外しカウンターに置いた。意味するところは明白であった。

 

 「……ちょっと待ってろ」

 

 老爺は、剣士の方を少し面白げに見やると、剣を元にあった場所に戻し、新しい剣を持ってきた。

 その剣は、長剣(ロングソード)とも短剣とも言えない、なんとも中途半端な長さの剣であった。

 

 若者はそれを黙って受け取り、腰に差す。今度は、身体は傾かなかったし、剣を抜いて振り上げてみても十分に余裕はある。

 

 「これを貰う」

 

 「毎度」

 

 少なからぬ金貨が財布から抜き取られる。青年はぼったくりではないかと思ったが、同じように見ている剣士は何も言わないのを見て、口に出す愚を犯さなかった。

 これ以上、英雄と言ってなんら差し支えのない憧れの存在の前で、醜態を晒したくはなかったのだ。

 一方、若者は残った金貨を数えていた。

 

 「水薬(ポーション)はあるか?」

 

 初めての冒険で小鬼退治。それも水薬まで用意するとは、どこまで用心深いのだと老爺は感心すると共に、こいつは長い付き合いになるとある種の確信を抱いた。

 

 「今回は用意してやるが、次からは受付で買え」

 

 再び財布から金貨が抜き取られ、カウンター裏から二つの小瓶が取り出される。並べておかれたそれは、僅かな薬草臭を漂わせた薄い緑色の液体だった。

 要望に応えた上で、購入場所まで教え、次に言及までしてやる。中々のサービスぶりに、剣士は内心で笑みを零した。 

 

 「解毒(アンチドーテ)治癒(ヒーリング)の水薬だ。間違えるなよ」

 

 「ああ」

 

 若者は首肯してズタ袋に放り込んだ。

 そうして残った金貨は4枚。

 

 「……あと、必要なものはあるか?」

 

 無愛想だが、分からないことを人に素直に聞けるのは長所である。改めて目の前の若者を見直した老爺は、しっかりと答えてやることにした。

 

 「そうさな……冒険者ツールは持っていけ。今は何に役立つのかと思うかもしれんが、冒険に必要なものがおよそ揃っている。それを只の荷物にするか、道具として有効活用できるかはお前次第だ」

 

 老爺はそう言って、大きな袋を置き、金貨を3枚抜き取った。

 

 「もう、不足はないか?」

 

 若者の確認に、老爺は今一度若者を観察する。

 革鎧に円盾と剣、背にはズタ袋。誰がどう見ても駆け出しの冒険者そのものだ。

 

 「そうだな……強いて言うなら兜か」

 

 「兜」

 

 「頭は守れ。他が無事でも、頭を強く殴られれば、それだけで死んじまうもんだからな。待ってろ、ちょうど手頃なのがある」

 

 最後の金貨を手に取ると、老爺は工房奥の倉庫へと向かった。

 一連の流れを見ていた青年は、自分への対応の落差に愕然とした。これが分かっている客と、無知蒙昧な輩への対応の差なのだと、彼は理解してしまった。

 英雄に憧れていたというのになんたる無様だろうか。今の己は、『鬼斬り』どころか、目の前の同期の冒険者に劣るのだから。

 

 「顔を売る気がないなら、せめて兜くらい覚えて貰え」

 

 程なく老爺が戻って来た。手には両側に角が生えた安っぽい兜があり、呪われていると言われても違和感ない古びた代物だった。

 

 「……」

 

 若者は黙って頷いて、兜を手に取った。

 

 「待て、その角は不要だろう。別にお前は見栄えを期待しているわけではないのだろう?」

 

 再び剣士が口を挟む。この若者に余計な装飾は不要だと彼は感じていたし、敵に掴まれるようなものをそのままにしておくのは頂けないと思ったからだ。

 

 「ああ」

 

 「ならば、取っておけ。敵に掴まれて、利用されたくはないだろう?」

 

 「確かに」

 

 剣士の言葉に理があるのを認めたのか、若者は再び兜を降ろした。

 

 「おい、『鬼斬り』。これを加工しろってことなら、工賃で足が出ちまうぞ?」

 

 「ふむ、それならば……ッ!」

 

 瞬間、銀閃がはしった。

 いや、周囲にはそうとしか見えなかっただけで、実際には刀を抜いて斬ったのだろう。

 その証拠に、納刀の音と共に兜の角が二本とも落ちたのだから。

 

 その場の誰もが目を見張る、電光石火の早業だった。

 

 「相変わらず、お前さんはとんでもねえな。断面もやすりかける必要すらないときた」

 

 老爺は感嘆とともに兜を確認するが、それは感嘆を深くするだけだった。切り口が綺麗すぎて、最初からこうだったようにすら思えるのだから。

 

 「これでよかろう。後は老婆心ながら、忠告させて貰うが、お前、水薬をどうやって使うつもりだ。緊急時に、わざわざそのズタ袋を降ろして、取り出して飲むのか?敵がそんな暇を与えてくれるとでも?

 まして背負うものに入れておけば、背後から奇襲された時、背中から倒れた時に割れるぞ」

 

 「む」

 

 若者は唸る。剣士のいうことは、はなはだもっともだったからだ。

 

 「親方、ベルトポーチを」

 

 剣士は、この見所のある若者に、幾分かの支援をしてやる気になっていた。

 小鬼への隠しきれぬ憎悪と復讐に燃える昏い瞳は、彼にとっても身近なものであったからだ。

 

 「払いはお前さんがするのか?」

 

 「ああ、頼む」

 

 剣士は金貨1枚を弾いて渡した。

 

 「おう、確かに」

 

 カウンター下から取り出されたそれが置かれると、若者は訝しげに剣士を見た。

 なぜ、こんなことをしてくるのかと言わんばかりだ。

 

 「俺にはこれを貰う理由がない」

 

 「先輩冒険者から、見所のある後輩への援助というやつだ。

 別に後で返せとも言わんし、そこまで生活にも困っていないのでな」

 

 若者は確かめるように老爺を見るが、老爺は呵々大笑して言った。

 

 「くっ、くくくははは……。いいから貰っておけ。そいつは、お前らが束になっても敵わねえ凄腕だ。この程度、痛くも痒くもねえよ」

 

 「分かった、貰おう」

 

 若者は、ベルトポーチをベルトに通し、水薬を移動させる。

 

 ――――なるほど、確かにこれならすぐ飲める。

 

 先人の知恵に感心する彼の前に、新たに一つ水薬が置かれた。

 

 「これは?」

 

 「強壮の水薬(スタミナポーション)だ。冒険者なら、いざという時の為に一つは常備しておけ。

 それが最後の命綱になることもある」

 

 「分かった」

 

 若者は、素直に受け取るとベルトポーチに収納した。

 

 「世話になった。礼を言う」

 

 そして、兜を被ると彼は、老爺と剣士に頭を下げると、足早に去っていた。

 

 ――――なんとまあ、随分入れ込んだもんだな!

 

 ――――そちらも常にないサービスぶりだったと思うが……。

 

 老爺と剣士は顔を合わせて、お互いを笑い合った。

 あの風変わりな駆け出し冒険者に、幸運があらんことを祈りながら……。

 

 「あ、あのー」

 

 若者のやりとりでいかに無知であったかを理解した青年は、改めてアドバイスをもらおうと二人に尋ねたのだが、勿論先の若者と同様の対応をして貰えるなんてことはありえない。

 

 剣士は素知らぬ顔だし、憤怒を忘れたわけでもない老爺も対応が渋かったのは言うまでもない。それでも、最初よりは余程有意義な買い物ができたのは間違いないので、彼もまた幸運であることは確かであった。




鬼鬼コソコソ話
先代監督官さんは、残念ながら寿退職されました。元々はヒロインいない設定だったから、仕方ないね!
ゴブスレさんに、雲柱さんが好意的なのは、三女の姿がダブって見えたからですね。すでに身内扱いである姉妹を散々に痛めつけた小鬼禍は、彼にとっても忌むべきものとなっています。良くも悪くも依頼を選ばないので、被害者や遺族を大勢見てますからね。ゴブリン死すべし、慈悲はない!

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