鬼滅から小鬼殺しへ   作:清流

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誤字報告ありがとうございます。
今回は、雲柱さんの過去について。鬼殺隊への影響とか。


断章05:異端なる柱

 「ケホッケホッ、ゴフッ」

 

 産屋敷の屋敷にて、今代炎柱である煉獄の報告を聞いていた当代は、突然酷く咳き込んだ。

 口元を押さえた手からは血が零れており、吐血しているのは明らかだった。

 

 「お館様!誰か、雲柱を――――チィ、あやつはもうおらんか!侍医を呼べ!」

 

 今代における鬼殺隊の柱の一人である雲柱は、優れた医師でもあり、産屋敷の健康維持にも大いに寄与していた男であった。

 

 「大丈夫だよ、煉獄。この程度、いつものことだからね。

 まあ、あの子がいれば、即座に駆けつけて診てくれたんだろうけど」

 

 「あやつ、肝心な時におらんとは!

 何のために、医術を学んだのか、分からんではないか!」

 

 鬼殺隊の隊士として、剣の腕を上げることに専念せず、蘭学医術すら学んだ雲柱は、当初誰もが柱になれるとは思っていなかったし、好かれてもいなかった。なにせ、殆どが鬼憎しで凝り固まっている鬼殺隊である。一般隊士が鬼を殺すこと以外に労力を割くことは、あまり好まれていなかった。

 大体、それをするなら、『隠』になればいいと言う話でもあるので、全く筋違いというわけではない。

 

 「そう言わないでやっておくれ、煉獄。あの子は、柱としての使命を果たしたんだ。

 誰よりも生きるということに貪欲だったあの子が……」

 

 「確かにあの周辺で起こっていた失踪事件は、めっきり起こらなくなりましたが、鬼が逃げ失せただけでは?あやつはそれを恥じて、逃げただけではないですか?」

 

 「自分でも全く信じていないことを言うのはおやめ、煉獄。誰がなんと言おうと、あの子は柱だ。

 鬼を見逃して、自分だけ生き延びるような男ではないよ。何より、あの子が鬼殺隊を捨てることなどありえない!……そうだろう?」

 

 「失礼致しました。どうにも歯がゆいというか、未だあやつの死を消化出来ていないのやもしれませぬ」

 

 煉獄は恥じ入るように頭を下げた。

 彼とて、本当は理解しているのだ。雲柱が鬼殺隊を捨てることなどありえないと……。

 

 「そうまでしても、友に生きていて欲しいという気持ちは分かる。何より、生きたいが口癖の子だったからね。でも、あの子は命の賭け時を誤る男ではない。相討ちであっても、鬼を殺すことが最善と考えたのなら、それを躊躇いなく選ぶ」

 

 生きることに誰よりも貪欲なあの雲柱が命を賭けた以上、相手の鬼は死んでいると産屋敷当主は確信している。

 

 「それは疑っておりませぬ。変わり者ではありますが、あやつも柱ですからな」

 

 そもそもが雲柱と呼ばれた男は、鬼への憎悪を持たない異端な鬼殺隊隊士であった。

 その上で、呼吸の研究や医術の習得など、普通の鬼殺隊隊士ではやらぬことばかりやれば、それは変わり者と言われよう。

 

 「ふふふ、酷い言われようだ。あの子のおかげで色々楽になったし、煉獄も世話になっただろうに」

 

 雲柱が鬼殺隊に与えた影響はけして少なくない。隊全体に及ぶものとしては、医療面での寄与や、藤の有効利用などが挙げられる。呼吸の研究も、雲柱の主観によるものではあるが、それぞれの呼吸について一応の注釈書が作られて、産屋敷の屋敷に納められていた。

 

 「それはそうですが、あやつが変わり者なのは事実でございましょう。

 鬼に身内を殺されたわけでもなく、『育手』に育てられたわけでもなく、鬼殺隊に入ってから、自身の呼吸を完全に変えた者など他には知りませぬ」

 

 甲の隊士であった祖父に水の呼吸を教わり、拉致同然に最終選別に叩き込まれたという異色の経歴を持ち、鬼への憎悪を持たない。しかも、鬼殺隊に入ってから、呼吸を学び直し水の呼吸から雷の呼吸に切り替えるなどという荒業をやってのけた者を、煉獄は他に知らなかった。

 

 「あの子から言わせれば、適性のある呼吸で戦うのは当然だということだけど、やはり、皆、最初に学んだ呼吸への愛着が強い。そもそもが、そう簡単にかえられるものでもないか」

 

 まだ一般隊士であった雲柱自身から、その言い分を聞いた産屋敷当代も、聞いた当初は随分な変わり者が入ってきたと思ったのだから、煉獄の言はもっともであった。

 

 「一つの呼吸を極めることこそが最善と考えるのが普通ですからな。呼吸が適性に合わないにしても、それは自分なりに昇華し呼吸を派生させることで適応させればいいだけのこと。あやつのように全ての呼吸を学ぼうとする者など、まずおりませぬ」

 

 不幸なことだが、適正な呼吸は日輪刀を抜くまでは分からない。どんなに、青色に染まったとしても、修めていたのは炎の呼吸などということがままあるのが現実だ。この場合、自分なりに工夫して、技に適応させていくか、技の方を自分に適応させて呼吸を派生させるのが、今までの鬼殺隊隊士のやり方だったのだから。

 

 「あの子は水の呼吸を捨てたわけでも、軽んじたわけでもないよ」

 

 「それは誰よりも我が知っております。大体、あやつの雲の呼吸の歩法は、水の呼吸から着想を得たものですからな。雷の呼吸の倍、水の呼吸を修練しているのには呆れたものですが」

 

 「適性のない呼吸を実戦で使いこなせるようにするには、それだけの努力が必要だと聞いたよ」

 

 「そこまでやれるのなら、水の呼吸から派生させても良かったのではとも思うのです」

 

 「雲の呼吸は、あくまでも雷の呼吸の派生である生存特化の呼吸だからね」

 

 重ねて言うが、雲柱は誰よりも生きることに貪欲な男だった。

 当然、編み出された呼吸も生き延びることに特化した呼吸であった。

 

 「全集中の呼吸の負担を低減でしたか?言いたいことは分かりますが、あやつは何を考えていたのか、未ださっぱり分かりませぬ」

 

 「全集中の呼吸を身につけること自体が寿命を削るとあの子は言っていたよ。それも使う度に削り続ける決死の技だと。常中に到ることで、肉体が適応して解消されるけど、減った分が戻るわけではないらしいからね」

 

 「常中を身につけられぬ隊士は、寿命が来る前に死ぬから明らかになっていないだけだとも言っていましたね。最初は臆病者の戯れ言だと思いましたが……」

 

 そもそも常人なら死にかねないような鍛錬を経て、ようやく素質のある者が身につけることができるという苦行の末の業なのだ。寿命を削るというのは納得できる話であった。

 

 「全集中の呼吸が肉体に負担をかけるのは修めた者なら分かりきった事実だし、鬼を殺せる能力を得ることが重要で、その部分は真剣に考えてこなかった。あの子はそこら辺をどうにかできないかと悩んでいたよ」

 

 雲の呼吸は、全集中の呼吸の負担を低減することを主眼にした持久力に優れた呼吸だと、雲柱が語っていたのを当代は思い出す。

 

 「呼吸の極みに到れれば間違いなく強くなるが、間違いなく早逝するとも言っておりましたな。呼吸の極みなど夢物話だと思いますが」

 

 「夢物語などではないよ。過去には無惨を追い詰めた剣士がいたというし、あの子は擬似的にそれを再現しようとしていたからね」

 

 全ての全集中の呼吸を学ぶことで、派生元である始まりの呼吸、すなわち日の呼吸を逆算して導き出そうとした試みのことである。雲柱は、始まりの呼吸研究の第一人者でもあった。

 

 「あやつは自分では一つの呼吸を極めることは出来ないなどと嘯いておりましたが、霹靂一閃を三連続で放っておいて言うことではありませんな。先代の鳴柱が驚愕しておりましたぞ」

 

 これが自分の限界だといいながら、雷の呼吸の基本にして奥義である霹靂一閃を三連続で放って見せたのはよく覚えている。驚愕する先代の鳴柱や煉獄を尻目に、「これでは足りない」「足を犠牲にしても四連が限界か……」「やはり、この方向性は向いてない」などと言っていたのだから、本当に理解不能である。

 

 「一つを極めるということに何か拘りを感じたね。あるいはその先が見えていたのかもしれない」

 

 「あれで足らぬと言うなら、どれだけあやつの求める極みは遠いのか……。本当に目標が高すぎて、足が地に着いているようには思えませんでしたな」

 

 実際には、我妻善逸の霹靂一閃八連や霹靂一閃神速を知っているからこその結論なのだが、無論彼らがそれを知る由もない。

 

 「雲の呼吸の究極、それは呼吸の極みに到らずに同等の強さに到ることだと、あの子は言っていたよ」

 

 「トンチですかな?あやつほどの頭もない我にはさっぱり分かりませぬ」

 

 「急激に到るから、肉体に過負荷がかかる。あの子は緩やかに上昇させることで身体を慣らし、負荷を軽減すると言っていたよ」

 

 「鬼との戦いで、そんな悠長なことをしている暇があるとは思えませんがな」

 

 「そこはどうしようもない欠点だとあの子も言っていたよ。独特の歩法と呼吸で調整しているらしいけど、完成には程遠いともね」

 

 「あやつは、あれでも下弦を二体斬っておりますし、その実力を疑うことはしませんが、やはり、考えだけは理解出来ませんな」

 

 「あの子は、自分だけでなく鬼殺隊の仲間にも長生きして欲しかっただけさ。呼吸の研究も医術の研鑽も全てはその為だった。少しそれが徹底し過ぎて病的だったことは否定しないけどね」

 

 「そう言えば、あやつほど休まぬ奴はおりませなんだな。なにかに追い立てられるように、貴重な休暇や傷病による治療期間ですら、鍛錬や研鑽につぎ込んでいましたからな」

 

 原作を知ってる雲柱からすれば、いつ死ぬかも分からない鬼殺隊である。幕末という時代もあいまって、歩く死亡フラグ満載の世界なので、ワーカホリックの如くになるのも致し方のないことであった。

 

 「そういえば、どこでも寝れるのが特技の一つだと言っていたよ。睡眠時の呼吸を工夫して、疲労回復を促すとかもやっていたみたいだけど、完成したのかな?」

 

 「そんな便利なものが完成しておれば、止血同様にあやつは伝えていたでしょうから。何かしら欠陥があったか、未完成だったのでしょうな」

 

 「そうだね。こうしてみると、あの子を失ったのは、本当に痛手だった。

 欠けは鳴柱が埋めたけれど、少なからず失われたものも多い」

 

 雲柱の医療技術や薬剤調合の腕は、鬼殺隊としても是が非でも欲しいものであった。

 

 「どこで学んだのかと思うことを知っておりましたからな。今の侍医もけして悪い腕ではないのですが……」

 

 雲柱は、前世知識による大幅なブーストにより、この時代にはない医療知識を多分に備えていたのだから無理もない。これは侍医が劣っているとかではなく、比べること自体が間違っていると言えよう。

 

 「あの子は特殊だったから、比べてはいけないよ。私は彼の働きに満足しているし、こうしていられるのも彼のお陰だからね」

 

 「申し訳ございません、失言でした。

 結局、今あるもので人事を尽くして天命を待つしかないのでしょうな」

 

 「……そうだね」

 

 そこまで話したところで、侍医が到着したと言う先触れが来る。

 

 「それでは、これにて御前を失礼いたしまする」

 

 煉獄が立ち上がる。

 思いがけない思い出話となったが、報告自体はすでに済んでいるのだ。煉獄は、これ以上当代に負担をかけるつもりはなかった。

 

 「ああ、煉獄ご苦労だったね」

 

 「いえ、それでは」

 

 束の間の思い出話は終わり、両者は再び鬼殺の為に走り出す。

 雲柱も含めた数多の犠牲を無駄にせず、いつか鬼舞辻無惨を滅ぼすために。




鬼鬼コソコソ話
雲柱さんは、鬼殺隊に食育とか衛生概念とかをそれとなく広めている。栄養素とか解明されてないけど、栄養のあるものとか、その調理法とかを書物で残したりしている。藤の香水を作ったりもしている。これは柱以上向けで、藤の香りに反応した奴を選別して、鬼を見つけ出すことを目的としている。見つけ出す前に逃げられる可能性が高いので、実質柱専用。
原作本筋には全く影響ないけど、地味に医療面や食事面では改善されている。

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