鬼滅から小鬼殺しへ   作:清流

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誤字報告ありがとうございます。
今回は、三女の冒険。次はゴブスレさんや牛飼娘との交流かな?


11:深い傷跡

 戦女神の神官戦士である少女は、意気込んでいた。

 憎き小鬼(ゴブリン)共に、五年前の復讐を遂げるのだと。姉達の分まで、己が復讐を果たすのだと。

 

 課題であった、『鬼斬り』からもようやく合格が貰えたのだから。

 規定年齢である15歳になると同時に冒険者になる事自体はすぐに認めて貰えたものの、長姉との約束で、『鬼斬り』から合格が貰えなければ小鬼退治を請けることは許されなかった。

 

 少女にとって誤算だったのは、課題となる『鬼斬り』が想定以上に強すぎたことだ。

 戦い方を多少かじった程度では、足下にも及ばない。正直、武の頂点にいるのではないかと思える程の強さだったのだ。そのせいで、こうして小鬼退治に行けるようになるまでに二年もかかってしまっていた。

 とはいえ、そのお陰で満足のいく一党(パーティー)メンバーを集めることが出来たのだから、その二年はけして無駄ではなかったが。

 

 「奇跡斬るとか、頭おかしいよね?」

 

 「ははは、意外に冗談が上手いよね?いくらあの『鬼斬り』だからって、流石にそれはないって」

 

 少女の言葉に、一党メンバーの混血森人(ハーフエルフ)の女斥候が笑い飛ばす。

 

 「だよねー。いくら強いからって奇跡を斬るとかありえなさ過ぎ!」

 

 同調したのは、同じく一党メンバーである只人(ヒューム)の女魔術師だ。

 魔法第一主義の彼女からすると、魔法や奇跡と言った類のものが、剣で斬られるなど認められるわけがなかった。

 

 「ボクも流石にありえないと思うけど。で、でも、あの人ならありえるかも……」

 

 唯一、可能性があるかもしれないと言及したのは、只人の女武道家だった。

 彼女は一党メンバーで唯一、少女以外で『鬼斬り』と面識のある人物だった。

 

 「ハア、冗談なら、どれだけよかったか……」

 

 少女はメンバーの言い分がもっともだと思いながら、現実の理不尽さを思う。

 昨日、滅多に成功しない《戦槍(ヴァルキリーズジャベリン)》を、あっさりと切り払って見せた『鬼斬り』の絶技は、彼女の目に焼き付いている。

 

 「え、冗談じゃなくて、本当の話?」

 

 先導していた女斥候が、思わず足を止める。

 

 「ありえないでしょ、そんなのは……。本当に?」

 

 女魔術師も表情を硬くして、確かめるように尋ねる。

 

 「ああ、うん。あの人ならやりかねないよね」

 

 一人諦めたように笑う女武闘家。彼女は、『鬼斬り』に挑んで素手でボコボコにされたことがあるだけに、その声には諦観と達観が同居していた。

 

 「そうよ、本当の話。あたしだって目を疑ったわよ!珍しく成功した渾身の《戦槍》だったのに、あいつは理不尽過ぎるわ!」

 

 「「……」」

 

 少女の叫びに、どうやら本当らしいと理解して、女斥候と女魔術師は言葉を失った。

 使用者が未熟な少女とは言え、奇跡を切り払うとか尋常の業ではないのだから。

 

 「うーん、本当なのは分かったけど、常にやれるようなものでもないと思うよ。『鬼斬り』さん、他に何か言ってなかった?」

 

 一方で、良くも悪くも『鬼斬り』を直接知っている女武闘家は違った。

 さしもの彼も魔法や奇跡には、対策なしには対処が難しいと言っていたのを思い出したからだ。

 

 「あっ、そう言えば、運がよかっただけとか、偶々対応出来る技があっただけとか言ってた気がする」

 

 「なあんだ、やっぱり運がよかっただけなのね」

 

 「そうよね、いくらなんでも……」

 

 少女からの追加情報に安心したように胸を撫で下ろす女斥候と女魔術師。

 彼女からすれば、伝え聞く噂だけどこまで化物なんだと言いたくなるレベルなのに、この上術の類まで斬れるときたらもう……。

 

 ――――でも、条件さえ揃えば、やっぱり同じ事ができるってことだよね?

 

 両者の懸案事項は、まるで解決していないことに、女武闘家は気づいていたが、また足が止まったり、依頼前に一党を混乱させるのは避けたかったので、あえて何も言わない。

 

 「そうよ、あいつだって無敵じゃないんだから、今度こそは渾身の《戦槍》をぶち当ててやる!」

 

 ――――その前に、神官修行頑張って、祈念の成功率上げた方がいいと思うけど……。

 

 意気込む少女に、そんなことを思うが、やはり女武闘家は口に出さない。折角気分も新たに決意をしたのに、そこに水を差したくはなかった。

 なにせ、今回の依頼は少女が待ち望んだ小鬼退治であり、黒曜等級への昇格依頼でもあるのだから。

 

 

 

 

 

 

 さて、そんな一党を後方から見やる影があった。

 

 「あれは来るのが分かっていたと言う面が大きいからなあ。

 実際、無詠唱とかされると、どうにもならんからなあ。結局、何もさせずに殺すのが最適解か……」

 

 少女達の話を優れた聴力でそれとなく拾っていた『鬼斬り』は、独りごちる。

 

 「普通はそれが無理だからな?貴様は色々とズレているのを自覚しろ」

 

 それに対し、彼の肩に留まった烏が呆れた様子でツッコミを入れる。

 

 「手厳しいな鴉、いや、言わんとすることは分かるがな」

 

 「それにしても、あの新米に続き過保護なことだ。

 ここで失敗して死んでも、結局あの娘はその程度のものだったということだろうに」

 

 烏は、『鬼斬り』と違い、三姉妹に何の感慨も抱いていない。彼の興味は、あくまでも『鬼斬り』に対してのものであり、ひいては今の世界を知ることに占められている。

 竜巫女とは異なるが、烏は烏で興味がないことはとことんどうでもいいのであり、彼もまた中々に歪な思考形態をしていた。

 無論、同居人のよしみで、目の前で襲われていれば助けるし、他の者よりは特別扱いではあるが……。

 

 「あの娘の傷は、姉妹の中では最も深い。自覚はないだろうが、精神が大人になる前に被害にあった影響は凄まじいものだ」

 

 「だから、あんな高難易度の試験を課したのか?正直、無理難題もいいところだろうに」

 

 「それが、あいつ(長女)の頼みだったからな」

 

 「ならば、なぜ合格にした?いくらでも不合格にすることはできたはずだ」

 

 奇跡を用いるなど、反則どころの話ではない。まして、身内相手に使うなど、本来許されることではない。

 

 「……彼女の時間が進まないからだ。姉達はどちらも自分なりの道を見つけて歩み始めているが、彼女だけは違う。彼女の時間はあの時で止まってしまっている。小鬼を殺すための修練に没頭することで、恐怖を押し殺しているに過ぎない。

 彼女が本当に憎悪に振り切れているのなら、俺が合格を出す以前にとうに小鬼共を殺しに動いていただろうさ」

 

 同じ被害者である姉達を見守ってきた彼だからこそ、それは理解出来たことだった。

 

 「そこまで理解しながら、恐怖の源である小鬼と対峙させるのか?随分と酷薄な真似をするものだな。荒療治と言えば聞こえはいいが、下手をすれば、恐怖で動けなくなる可能性もあるぞ」

 

 「そうなってもいいように、命の危機になれば、身体が勝手に反応する程度には仕込んだ。あれなら、動きが鈍ることはあっても、完全に動けないということはないからな」

 

 無論、それくらいは『鬼斬り』も予想している。鬼殺隊でも鬼に家族を皆殺しにされて、恨み骨髄であっても、実際に鬼と対峙すると、恐怖で動けなくなる者や、満足に剣が振るえなくなる者がいないわけではない。最終選別で落ちるのは、そういう者達なのだから。

 

 だからこそ、『鬼斬り』は理不尽とも言える高さの壁となり、三女の修練が骨身に染みこむだけの時間を費やさせたのだ。

 

 「……もしかしたら、貴様が一番厳しいのかもしれんな。

 まあ、それでもこうしてつけているあたり、貴様も徹し切れてはいないようだが」

 

 「甘いと言われようが、俺には彼女達を助けた責任がある。二度と同じ目に遭わせる気はない」

 

 それは誰に頼まれたでもなく、彼女達姉妹を救った己の責任だと『鬼斬り』は考えていた。

 

 「まあ、貴様がついているなら万が一はあるまい。まして、あの狂信者も近隣の村に配置する辺り、本当に抜かりはないな」

 

 「離れて行動することに、思いきり不満をぶつけられたがな。悪いとは思うが、あの娘は目立ちすぎる」

 

 「クククッ、確かにな……。だが、そういう問題ではないのは理解しているのだろう?」

 

 「さてな……無駄話は終わりだ。行くぞ」 

 

 『鬼斬り』は烏のその問にあえて答えず、歩み始めた。

 

 「やれやれ、難儀なことだ」

 

 烏は溜息をつくと、その後を追うのだった。

 

 

 

 

 ――――大丈夫、あたしはもう大丈夫!

 

 そう自分自身に言い聞かせるが、少女の振るう短槍(スピア)からは常の鋭さが失われていた。

 

 「あっ!?」

 

 今もそうだ、本来一撃で胸を刺し殺していたはずなのに、ずれて腕を貫く。結果的に小鬼の武器を封じる形になり、その隙を逃さず鋭い蹴りを決めようとして、足が動いてくれなかった。

 

 ――――な、なんで!

 

 完全に隙を晒すことになった少女だったが、それでも小鬼の反撃を許すほど甘くはない。刺さった槍を抜くことなく、洞窟の壁へ叩きつけて首の骨を折った。

 死体をそのまま、他の小鬼にぶつけて動きを封じたところを首をつく。今度は狙い過たず首を貫き、女武闘家が仕留めた二体に、女斥候が首を斬った一体と合わせて、都合五体の討伐は終わった。

 

 「ねえ、あんた大丈夫?いつものあんたらしくないわよ」

 

 唯一、戦闘に参加せず状況を俯瞰していた女魔術師が少女に声をかける。

 彼女の目から見ても、少女は明らかに精彩を欠いていた。

 

 「大丈夫よ、あたしは大丈夫……。それより浚われた人がいるんだから急ごう」

 

 そう答える少女だったが、明らかにその声に力はない。まるで自分に言い聞かせるかのようであった。

 

 「村で聞いた話と確認出来た足跡から、恐らく後五、六体ってところかな?この巣穴は元々あった洞窟を利用しているみたいで、そんなに広くないみたいだし」

 

 周囲を観察していた女斥候が、報告する。

 彼女は、只人の混血森人だが、鉱人(ドワーフ)に育てられただけあって、建造物などへの造詣が深いのだ。

 

 「見張りも最低限だったしね。武器もお粗末で毒もない。多分、厄介な頭のいい奴や渡りはいないと思う」

 

 小鬼達の武器を回収して調べていた女武闘家が、そう報告する。

 彼女は一党で唯一少女の来歴を知っている。故に、小鬼退治の情報も『鬼斬り』から収集済みだ。

 

 「やっぱり、小鬼退治に解毒薬(アンチドーテ)は大袈裟だったんじゃない?」

 

 やはり、小鬼が毒を使ってくるなんて杞憂だったのだと女魔術師が言う。

 未だ白磁等級である彼女達一党にとっては、水薬の銀貨10枚の出費は馬鹿に出来るものではないのだ。

 

 「それで油断して孕み袋にされたいの?」

 

 それを冷たい声で諫めたのは、女斥候だった。

 彼女は小鬼達に囚われた女性がどうなるのか、よく理解していたからだ。

 

 「そんな怖い顔しないでよ。あんただって、最初は渋ってたじゃない」

 

 「わざわざ、銀等級の『鬼斬り』が伝えてきた知識なのよ。油断は出来ないわ。それに毒に冒されて尚、貴女は呪文を使えるの?」

 

 女斥候は自身も毒を使うので、その恐ろしさは身に染みている。

 声を出すことが困難になるレベルの毒と聞けば、たかが小鬼とは侮れないのだから。

 

 「そ、それは……」

 

 「あー、やめやめ。こんなところで言い合っても仕方ないわ。呪文も使ってないし、皆怪我もないし、余力もある。さっさと終わらせよう」

 

 頬を叩いて立ち上がった少女に、一党メンバーは顔を見合わせるが、あえて何も言うことはない。

 それが空元気であることは、誰もが理解していたが、一党のリーダーは彼女で、最も腕が立つのは紛うことなき事実なのだから。

 

 「これだけ騒いだから、小鬼達は待ち伏せしてると思うけど、どうする?」

 

 村人から聞いた洞窟の広さは、大したものではない。奥に広まった空間が一つあるだけで、完全な一本道だ。

 

 「《酩酊(ドランク)》をお願い。あたしとこの娘で突っ込むから、後は浚われた娘の確保といざという時の為に呪文の用意を」 

 

 「うん」「任せて!」「了解」

 

 そこから先は、楽なものであった。《酩酊》によって、眠りこけた小鬼達にトドメをさすだけだ。

 幸いにも浚われた女性は無事だった。奇妙なことに暴行された形跡すらない。本当に浚われたばかりのようだった。

 

 「この娘、運が良かったわ。小鬼共に穢された形跡がない。これなら、処置も必要ないわね」

 

 女斥候が女性の様子を確かめながら、言った。

 

 「あれ?浚われたのは昨夜という話だった気がするんだけど……」

 

 女魔術師は、不思議そうに言う。伝え聞いた話ではあるが、小鬼が女をどうするかは知っている。

 半日以上経っているにもかかわらず、無事などと言うことがありえるのか?という疑問が浮かぶ。

 

 「偶々運が良かったんじゃないかな?ボク達だって、朝一で速攻を選んだわけだし」

 

 女武闘家は、そこまで違和感を覚えなかった。単純に運が良かった、そういうこともあるのではないかと。

 

 「……」

 

 唯一難しい顔で考え込んでいたのは、頭目たる少女だ。彼女は小鬼達の悪辣さとゲスさを骨の髄まで知り尽くしている。

 なにせ、自身も小鬼よりこの世の地獄を体験させられたのだから、当然だ。

 

 ――――なにかおかしい……。小鬼達が獲物を嬲りもせずに我慢する?そんなことありえるの?同胞が死んでいても、平気で自分の楽しみを優先するような奴らが?

 

 【いずこかで骰子が振られる。一方の出目は、クリティカル手前の最大値の成功だったが、もう一方はファンブルであった】

 

 それは突然だった。そして、何より間が悪かった。

 洞窟内の小鬼を殺し尽くし、浚われた女性の安全を確保したことで安心し、洞窟内の探索に女斥候が注力していたタイミングであったのだ。つまり、索敵が疎かになっていたその瞬間であった。

 

 その報いを受けたのは、違和感について一人考え込んでいた頭目たる少女であった。

 

 「キャー!」

 

 背後からの棍棒の一撃を受けて、彼女は洞窟の壁へと勢いよく叩きつけられたのだ。

 

 「なっ!?」「嘘!?」「こいつ、どこから!?」

 

 少女を吹き飛ばした犯人は、洞窟の入り口の方からのっそりと顔を見せたのは、醜悪な顔をした大小鬼(ホブゴブリン)であった。

 一党のメンバーが驚愕で声を上げる。彼女達に見落としはなかったのだから、当然だ。

 

 そもそも、この洞窟は一本道で逃げ場や隠れる場所は皆無であり、隠れ潜むのは不可能に近い。一党は道中も含め洞窟内の小鬼を掃討したはずであり、万が一の見逃しや、隠し通路の存在を恐れての女斥候の探索だったのだから。

 

 「なんで?私はここまで見落としてない!どこから田舎者(ホブ)が!?」

 

 女斥候がありえないと叫ぶ。彼女は、けして見落としなどしていないのだから当然だ。

 ただ、彼女達は運が悪かったのだ。まさか、一党が洞窟内の小鬼討伐を終えたタイミングで、渡りである大小鬼がこの洞窟を訪れようとは、夢にも思わなかったのだから。

 それは余りにも不運な偶発的遭遇(ランダムエンカウント)であった。 

 

 「一本道だし隠れ潜んでいたわけじゃない!このタイミングで渡りか、流れ者!?」

 

 「ついていないにも程があるでしょ!」

 

 『鬼斬り』から小鬼退治について、色々話を聞いていた女武闘家は、直ぐ様心当たりを思い出し、間の悪さに舌打ちし、女魔術師は自分達の不運を嘆いた。

 しかし、彼女達の不運は、まだ終わっていなかった。

 

 大小鬼の巨体に隠れて見えていなかったが、その後ろには小鬼呪術師(ゴブリンシャーマン)がいたのだから!

 彼こそが、この巣のトップであり、小鬼達に折角の孕み袋となる女性を壊さぬように、自分が戻るまで手出し厳禁と小鬼達を統制していたのだ。

 

 「――――!」

 

 突如響いた甲高い声が不明瞭なまじないを唱え、小鬼呪術師の杖先から雷電が迸る。

 この時、女魔術師と女斥候の肉体は、不運にもその一直線上にあり、雷電は無情にも二人を容赦なく貫いた。

 比較的に近距離かつ、小鬼の呪術師の存在をギリギリで察知出来た女魔術師は、幸いにも最低限の心構えが出来たが故か、少なくないダメージは受けたものの動くことはできた。

 が、もっとも深部にいた女斥候にとっては完全な不意打ちであり、彼女は雷電をまともに受けて身体が麻痺し、動けなくなってしまったのだ。

 

 「こいつ!……邪魔するな!」

 

 次の呪文を唱えさせまいと、女武闘家が飛びかかろうとするが大小鬼の巨体に阻まれる。

 女武闘家めがけて、容赦なく棍棒が振り下ろされるが、彼女はそれにカウンターを合わせて、喉を突いた。

 流石の大小鬼もカウンターで喉を突かれてはたまらない。完全に動きを止める。

 

 本来なら、ここで誰かしらの追撃が入りトドメをさすのが理想であったが、それをするべき二人が生憎と戦闘不能。

 唯一、手が空いている女魔術師は、魔術至上主義と一撃もらったことで頭に血が上り、完全に意識は小鬼の呪術師に釘づけだった。

 結果、追撃をできるのは、女武闘家以外おらず、致命的な隙をさらした大小鬼にトドメをさすことは叶わず、さらにダメージを重ねるに留まった。

 

 これは女魔術師が悪いと言うよりは、偏に一党の経験が足りていないということにほかならない。

 まず、頭目である少女がやられたというのが大きい。指示を出し、連携の要である彼女が真っ先にやられてしまったことで、一党は完全に浮き足だってしまった。

 次に女武闘家も怒りから冷静に物事がみられておらず、知らず少女が健在であることが前提の動きをしていた。後衛がいるのにもかかわらず、大小鬼を放置して小鬼の呪術師を狙ったこともそうだし、追撃に仲間の誰かが入ってくれると思い込み、動きが遅れたこともそうだ。

 最後に、女魔術師も小鬼の呪術師に固執せず、臨機応変に大小鬼のトドメにまわるべきであった。前衛のいない呪文詠唱者(スペルキャスター)などいい的なのだから、小鬼の呪術師は大小鬼を仕留めてからでも問題はなかったのだから。

 

 だが、経験不足から一党の歯車は噛み合わず、全ては後手後手に回ってしまった。

 その報いは、最悪の現実となって訪れるはずであった。

 

 しかし、今にも次の呪文を唱えんとした小鬼の呪術師の頭を投げられた短槍が刺し貫いていた。

 誰がどう見ても、致命的な一撃(クリティカルヒット)であった。

 

 「呪術師(シャーマン)は仕留めた。二人とも、田舎者に専念して!」

 

 それを成したのは、頭目たる少女であった。彼女は全身を襲う苦痛に耐えて、渾身の投擲を成功させたのだ。

 

 「分かった」「了解!」

 

 頭目の指示を聞いた女武闘家と女魔術師の表情から焦りが消え、応える声にも力が戻る。

 

 「ボクが隙を作る!トドメをお願い!」

 

 「任せなさい!サジタ()……インフラマラエ(点火)

 

 再び大小鬼と対峙する女武闘家だが、今度は完全に意識を大小鬼に向けており、呪術師に気を取られていた時よりも明らかに動きが良かった。

 とはいえ、手痛い攻撃を受けた大小鬼にも、最早侮りはなく、孕み袋として生かしてやろうなどと微塵も考えていない。完全に殺意に染まっていた。

 そんな両者の攻防は一進一退だったが、頭目の少女が投げた小鬼の短剣が大小鬼の目を貫いたことで、形勢は決まった。

 

 「こんの――――今!」

 

 腰を深く落とした女武闘家渾身の正拳突きが、大小鬼の鳩尾に突き刺さり、再び大小鬼の巨体が動きを止めた。

 

 「……ラディウス(射出)!」

 

 女魔術師はその隙を逃さず、すかさず準備しておいた《火矢(ファイアボルト)》を放つ。

 《火矢》は狙い過たず、悶絶した大小鬼に命中し、その身を焼き尽くした。

 

 「やった!」「ええ!」

 

 女武闘家と女魔術師が喜び合って抱き合うが、そこに水を差す甲高い声が響いた。

 

 「GROB、GROB!GROBBR、GROBB!」

 

 一党が見やれば、そこには一体の小鬼が黒い液体を滴らせた短剣を、倒れた女斥候に突きつけていた。

 この小鬼、大小鬼や小鬼の呪術師に一党が意識を囚われている最中、死角からコソコソと近づいていたのだ。

 

 「あ、あんた!」

 

 「GROBB!」

 

 女斥候が人質にとられたことに激昂する女魔術師だったが、直ぐさま小鬼の制止が入り、迂闊に動けなくなった。

 

 「GROOBBB、GROOBBB」

 

 完全に動きを止めた一党のメンバーの様子に、小鬼は顔を醜悪に歪め嘲笑した。

 

 ――――なんと愚かな連中だろう。自分のように囮にして隙を突けばいいものを。

 

 だが、小鬼は完全に見下し嘲笑していたが故に、目をつぶったまま微動だにしない少女の様子に気づかなかった。

 さてどうしてやろうかと腹の内で舌なめずりしていた小鬼は、その身を光の槍で突如貫かれた。

 

 「……あたしの拙い祈りに応えてくれた戦女神に感謝を」

 

 頭目たる少女は、無詠唱で《戦槍》の奇跡を成功させたのだ。神官としての技量はそれ程でもなくても、この四年間で彼女が培った信仰心の賜物であった。それがこの土壇場での活路となったのだ。

 

 「「「ハア……」」」

 

 今度こそ脱力して、一党のメンバーはその場に座り込んだ。

 しばらくはなにもする気が起きないくらい、精神的にも肉体的にも彼女達は疲れていたからだ。

 

 「大きい奴に、呪文に毒……先人の言葉は聞いておくべきだよね」

 

 女武闘家がしみじみ言う。

 

 「ああ、私が悪かったわよ!でも、全部来ることないでしょ!運悪すぎ!」

 

 女魔術師がヒステリックに叫ぶ。

 だが、彼女の言い分はもっともだ。いかに神々の骰子次第の四方世界といえど、蛇の目が過ぎた。

 実際には、クリティカルを出したおかげ上位種が留守にしている間に小鬼討伐ができ、その後の遭遇判定と索敵判定でファンブルが出てしまっただけなのだが……。

 

 「悔しいけど、あいつの言うとおりだった。あたしは……!」

 

 頭目たる少女は、己の現状の情けなさに歯噛みする。

 気強い彼女も、流石に既に己の傷の深さは自覚していた。

 自分が小鬼に直接触ることをどうしようもなく忌避していることを、それどころか、あの甲高い声を聞いただけで身が竦むことを。蹴れなかったのもそうだし、槍が鈍ったのもそうだ。戦女神の神殿で勧められた下着鎧(ビキニアーマー)ではなく、肌の露出が少ない防具を無意識の内に選択していたこともそうだ。

 

 少女は、未だ小鬼への恐怖を克服など出来ていなかったのだ。

 知らず涙する少女を女武闘家が抱きしめる。大丈夫だというように、一人ではないと言うように。

 

 「ちょっと、あんた大丈夫?」

 

 女魔術師はそれを見ない振りをして、女斥候を介抱する。

 

 「あははー、正直厳しいわ。ゴメン、しばらくは動けないわ」

 

 どうにか、声を出せる程度に回復した女斥候が絞り出すような声で応える。

 

 「まあ、《稲妻(ライトニング)》の直撃を受ければ、そうなるか。……ゴメン、正直甘く見てた」

 

 毒らしき黒い液体を滴らせた短剣を見ながら、女魔術師は自身の不明を詫びた。

 伝聞ではあるが、《鬼斬り》から確かに話は聞いていたのだ。巨体を誇る田舎者や呪文を操る呪術師などの上位種、小鬼の悪辣さに毒まで用いる手管。全て聞いていたことだった。彼女は、所詮小鬼だと侮り、話半分で聞いていたのだ。

 

 「いいわ。なんだかんだ言っても、対策をとる準備を否定はしなかったし、銀貨も出してくれたじゃない」

 

 「そう、じゃあ、気にしない」

 

 「ええっ!?」

 

 「……冗談よ。流石にここまでやられて小鬼如きと侮ったりはしない」

 

 女魔術師は笑みを浮かべながらも、目は微塵も笑っていなかった。

 

 「私も小鬼禍のことは知っていたけど、実際にはここまで怖いものなんだね」

 

 女斥候も真剣な表情で頷いた。

 

 「まあ、それにしても運が悪すぎたと思うけど」

 

 「それを言ったら、お終いだよ」

 

 二人は顔を見合わせて笑い合うのだった。

 

 

 

 

 

 

 そんな一党の様子を影から見ている者がいた。

 醜悪な小鬼であった。彼は洞窟の見張りとして置いておかれたもので、呪術師が留守にしていることをいいことに役目をサボっていた個体だった。それが幸いして、少女達の一党とも遭遇せず、難を逃れていたのだ。

 

 流石にそろそろ呪術師が戻ってくる頃だと小鬼が戻って来てみれば、同胞は全滅していた。それも彼らにとっての絶好の獲物である女ばかりの一党の手にかかってだ。なんと情けない奴らだろうと彼は、同胞を蔑んだ。

 

 とはいえ、多勢無勢で小鬼も分が悪いのは理解していた。

 しかし、絶好の獲物をみすみす逃すなんて真似はしたくなかった。

 

 ――――幸い連中は疲れている。呪文も使い切っただろう。不意を打てばやれる!

 

 幸いなことに連中の動きを止める方法は、光の槍で貫かれた間抜けな同胞が教えてくれていた。小鬼は何の根拠もなく自分なら上手いことやれると確信していた。

 

 実際、やれば一人か、二人は殺せたかもしれない。少なくとも一人には痛撃を与えることができただろう。

 今の彼女達一党には疲労で全く余裕がないのだから、尚更だ。それが致命傷になりえることすらありえた。

 

 しかし、その未来は永遠に訪れることはなかった。

 不意を打とうとした小鬼は、何者かによって背後から首を斬られていたのだから。

 

 

 

 

 

 少女達一党が洞窟を脱出し、無事村へと辿り着いたのを見届けた『鬼斬り』は、足早に帰路へと着いた。

 

 「運がいいのか、悪いのか?あの娘も中々数奇な命運を持っているようだな」

 

 そんな彼に烏が愉快そうに声をかけた。

 

 「全くだ。流石に、討伐後に上位種が戻ってくるとは俺も思わなかったぞ」

 

 「ククク、寿命が縮んだか?随分な心配ぶりだったからな」

 

 いやらしい声で笑う烏に、『鬼斬り』は仏頂面で応える。

 

 「最後まで手は出さなかっただろうが」

 

 実際、『鬼斬り』は上位種を洞窟に入る前に斬り殺すこともできたのだ。

 それをあえて見逃したのは、限界まで手は出さないと決めていたからこそだ。

 

 「最後の最後で手を出していれば、意味がないと思うがな」

 

 「流石にあれはな。これ以上は不要だと判断しただけだ」

 

 田舎者に呪術師、毒に人質、少女達は十分過ぎるほどの試練に直面していたのだ。

 流石に、あそこでさらなる不意打ちは、酷すぎると『鬼斬り』は判断したのだった。

 

 「まあ、確かにな。しかし、見張りをサボっていたことが生存につながるとはな。なんともいやな現実だ」

 

 「人生そんなものだ。人間万事塞翁が馬と言うからな」

 

 「なんだ、それは?」

 

 「後で教えてやる」 

 

 そう言って、『鬼斬り』は帰路を急いだ。

 家で待つ少女の姉達に、少女の無事と冒険の成功を告げるために。




鬼鬼コソコソ話
気づいた人もいると思いますが、三女は嫌悪する性行為へとつながりかねないことから異性と一党を組めません。その為、同性でメンバーを埋めています。そして、三女はゴブリンに直接触れることができません。万一触られたら、恐慌状態に陥りかねないくらい、小鬼への恐怖は深いです。彼女が自分の武器に槍を選んだのも、少しでも小鬼との距離をあけるためだったりします。
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