鬼滅から小鬼殺しへ   作:清流

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気づいたら、一年経ってた!?
大変遅くなりました。申し訳ありません。
2/10 20:10 加筆修正。


12:生き残った者達と意外な趣味

 ある時、辺境の農村が滅んだ。村の住人であった生存者は――――僅か五名。

 

 一人は幸運なる少女。タイミングよく村を離れており、唯一小鬼禍そのものから難を逃れたが、彼女は親しい人を全て失って精神に変調をきたし、外界との接触を断つことになった。

 

 一人は不運なる少年。小鬼禍に巻き込まれ、最愛の姉が姉でなくなる一部始終をみていることしかできなかった。自身の無力を許せぬ彼は、小鬼への憎悪で染まり復讐の鬼となった。

 

 一人は責任感の強い女性。小鬼禍により命以外の全てを失い、約束されていた幸福なる未来すら無惨に閉ざされることになった。彼女は妹達の為にその身を奴隷に費やして、強者の庇護を得た。

 

 一人は不屈なる女性。小鬼禍により命以外の全てを失い、恐怖に囚われた。しかし、姉と妹の為に自らが規範とならんと立ち上がり、見事恐怖を克服せしめた。

 

 一人は不幸な少女。小鬼禍により命以外の全てを失い、性への拒否感と小鬼への憎悪と恐怖を刻まれた。彼女は異性を受け容れられず、小鬼の恐怖を忘却することもできなかった。

 

 幸運なる少女が、死んだと思っていた不運なる少年と予期せぬ再会をはたした。

 その結果、少女は少年と共にあるために顔を上げ、再び前へと歩き出した。それは彼女が、隠していた顔を晒し外界へと歩み出したことを意味していた。

 故に、生活圏が重なることになった生存者達は、ついに再会を果たすこととなった。

 

 

 

 

 

 辺境の一大拠点でもある街の郊外にあるその牧場は、常にはない客を迎えていた。

 牧場側の住人は、牧場主とその姪である少女。そして、最近居候になった少女の幼馴染みであり、冒険者でもある青年。

 常にはない来客は、街に住む三姉妹だ。長女は子供達に文字や計数を教えており、次女は地母神の神官であった。三女は戦女神の神官戦士であり、冒険者をしている。

 

 この一見、共通点が無さそうな面子は、一つの大きな共通点を持っていた。

 それは、小鬼禍によって滅びたある村の住人若しくは縁者であるということだ。

 

 牧場主は、親愛なる妹夫婦を失った。少女は、両親と帰るべき家を失った。

 青年は、最愛の姉と夢を見失った。三姉妹は、命以外の全てを失った。

 皆、小鬼禍によって、失ってはならぬものを失ったのだ。

 

 お互いの生存を知っていたのは、牧場主と長女だけであり、彼らは五年もの間、お互いに会わぬ事をよしとした。

 牧場主は姪のことで精一杯であったし、長女もまた生活と妹達のことで精一杯であり、とても他人のことまで気にかける余裕はなかったからだ。

 

 何よりも彼らは、互いの憎悪と深い傷跡を癒やすための時間を必要としたのだ。

 故に、この再会は本来ならもっと後になるはずのものであった。

 

 しかし、己の世界に閉じこもり、牧場から出ようともしなかった少女が、死んだはずの幼馴染みの青年と再会したことで、全ては変わったのだ。

 

 少女は、滅びた村の跡を訪れ、一定の区切りをつけた。顔を隠すように伸ばしていた前髪をきり、目を出した彼女は、伯父の優しい箱庭から外界へと歩き出したのだ。その全ては再会した幼馴染みと少しでも共にあるために。彼女の停滞していた時間はようやく動き出したのだ。

 

 そんなわけで、少女の生活圏が拡がった結果、三姉妹の生活圏と重なり、街で再会することになったというわけである。

 

 「正直、驚きました。まだ生きていた人達がいたなんて」

 

 少女は、恐る恐るではあるが、驚きも露わに口を開いた。

 幼馴染みである青年との予期せぬ再会の後に、これである。彼女の驚きはもっともであった。

 

 「黙っていて、ごめんなさいね。私達も自分のことで精一杯だったの。お互い時間が必要だと思ったの。元気になったようで嬉しいわ。

 ……あなたもよく無事で!」

 

 長女が少女に申し訳なさそうに応える一方で、見知った少年の面影がある青年を見て、喜びを露わにしていた。彼女は、親友の弟である青年が生きていたことを心から喜んでいたのだ。

 

 「姉が守ってくれました。俺は隠れて見ていることしかできなくて……」

 

 それに応える青年の声は低く重い。淡々と話してはいるが、実際には激情が渦巻いているであろうことは、その場の誰にも察せられた。

 

 「そう、あの娘は最後まで……。

 何も出来なかったのは、私も同じだから。結局、妹達を守ることも出来ず、嬲られるだけだった。

 胸をお張りなさいな。あなたが生きていることこそがあの娘の喜びであり生きた証なのだから」

 

 「……そうでしょうか?俺は未だなにもなせていない」

 

 姉の親友であり、少なからず面倒を見て貰ったことのある長女の言葉に、青年は少し考えることこそしたものの懐疑的だった。彼の復讐は、この世から小鬼(ゴブリン)共を根絶するまで終わらないのだから、当然だ。

 むしろ、多少なりとも彼の感情を揺らしただけ偉業と言えよう。

 

 「別に何かを成す必要なんてないのよ。今、ここでこうして生きている、それが何よりも大切で尊いことなのだから」

 

 青年の昏い感情を感じ取ったのか、諭すように言ったのは次女だった。

 その顔には、憂慮がありありと見られた。

 

 「そ、そうだよ。君も私もここにこうして一緒にいられる。それじゃあ、ダメなのかな?」

 

 幼馴染みである少女も勢い込んで言う。

 彼女にとっても、実のところ気が気ではないのだ。居候させることには成功したものの、いつの間にかいなくなっていそうな危ういものを彼は感じさせるのだから。

 

 「ダメではない。だが、俺は…「ああ、もう!」…むっ?」

 

 青年は珍しく言い淀んだ。

 彼としても、幼馴染みの少女と共にあれることは嬉しいことだし、姉の親友であった女性との再会は予期せぬ吉事であることは間違いない。

 

 しかし、それでも青年には譲れぬ事がある、それだけのことなのだ。

 

 「皆して、まどろっこしいのよ!いいじゃない!皆、生きて再会出来たことを素直に喜べば!」

 

 室内の微妙な空気に耐えられなかったのか、暗い顔はうんざりだと言わんばかりに三女は叫んだ。

 

 「……その通りだな。皆、色々思うところはあるだろうが、今はこうして再会できたことを、互いの無事を喜ぼう」

 

 牧場主が、しっかりと年を経た者にしか出せない重みのある声で諭すようにまとめる。

 確かに互いに不幸不運はあるだろう。無論、憎悪も後悔も、そして互いへの羨望も……。

 それを理解しているからこそ、牧場主と長女はあえて会わなかったのだから。

 

 だが、それでも、今この時だけは純粋に互いの無事と、再び出会えた幸運を喜んでもいいだろう。たとえ、それが互いの傷のなめ合いに過ぎないにしても、それは生き残った者には必要な儀式なのだ。

 

 

 

 

 そんなしんみりした室内とは対照的な雰囲気の奇妙な集団が、牧場の一角に陣取っていた。

 

 黒髪黒眼の『滅』とかかかれた黒装束の只人(ヒューム)の男に、これまた漆黒に染め抜かれた司祭服に身を包んだ白子(アルビノ)の妖しげな雰囲気を持った角ある少女。そして、濡羽色の毛並みをが見事な鴉。漆黒に彩られたその集団は、言わずと知れた『鬼斬り』の一党(パーティー)であった。

 

 彼らは、三姉妹たっての希望で、身内兼護衛として同行していたのである。

 

 辺境においては、凄腕の冒険者として最早知らぬ者はおらず、少なからぬ畏怖と羨望をもって語られる存在である『鬼斬り』一党であるが、今はその片鱗は欠片も見受けられなかった。

 なにせ、その中心人物であり、リーダーたる只人の男が腕まくりして料理をしているのだから、然もあらん。

 最高峰の剣士であるはずのその男は、得物を普段の刀から包丁に持ち替えており、常にはない嬉々とした表情で腕を振るっており、普段の厳粛さを微塵も感じさせなかった。

 

 「主様が料理がお得意とは知りませんでした」

 

 竜巫女は、己が主と仰ぐ『鬼斬り』の意外な特技に驚いて、目を丸くしていた。

 

 「そうか?そういえば、醤油や味噌作りはしても、腕を振るったことはなかったか……。

 意外に思うかもしれないが、俺は食にはこだわりがあってな。それが高じて、気づけば趣味になっていたというわけだ」

 

 そう言いながらも、『鬼斬り』の動きは淀みなく、その包丁捌きは見る者に熟練のものを感じさせた。

 まあ、その包丁がそこいらの剣より高いマイ包丁な時点で、趣味どころの話ではないだろうが。

 

 「ふん、意図的に腕を振るっていなかったくせに、よく言う」

 

 そんな『鬼斬り』の言に、呆れたように鴉が口を出す。

 

 「うん?どういうことですか?主様は、これまであえて腕を振るうのを自重してきたと?」

 

 鴉の言に引っかかるものがあったのか、竜巫女は訝しげに問う。

 

 「そうだ、こやつはあえて料理をしなかったのだろうよ。恐らく、いや、十中八九あの娘の為だろう」

 

 推測しているようで、その実確信していたのだろう。鴉の言い様は断定に近かった。

 

 「ああ、そういうことですか。主様は本当にお優しい」

 

 それだけで、竜巫女も大凡のことを察する辺り、『鬼斬り』を含めた彼ら三人の付き合いも長くなったものである。

 

 「そういうのは、言わぬが花というものだぞ。それにそれだけというわけもないしな」

 

 図星であるが、必要だったからそうしたまでで、『鬼斬り』からすれば別に誇るようなことでもなんでもない。

 そもそも、長女との奴隷契約には、長女の意思によって明記された夜伽をはじめとして、言語や慣習の教授に身の回りの世話が義務として定められている。当然ながら家事全般、勿論料理も仕事の内だ。

 だが、夜伽は長女自身の精神的な事情によりどうしようもない。『鬼斬り』からすれば、嫌がる女を抱く趣味はないので問題はないのだが、客観的に見て、対価として最も重要な夜伽が出来ないというのは、大きなマイナスであるのは、厳然たる事実である。

 故に、鴉が断定したとおり、彼女の仕事を取り上げまいと腕を振るうのを自重してきたのは事実であった。

 

 しかし、しかしだ。そもそもの前提が間違っているのだ、

 それは『鬼斬り』が、前世において飽食の国とさえ呼ばれた現代日本を生きていた人間であり、食事の要求する水準の異常なまでの高さであった。

 彼にとって食に拘ることは当然であり、四方世界に来る前から、大枚叩いて味噌や醤油を自作するなどしていたのだ。

 なにせ、いくら同じに国に転生したとはいえ、現代と幕末では、百年以上の歳月がもたらした技術や道具の研鑽など、残酷なまでの差があらゆる意味であるのだから。本当の意味で、『鬼斬り』が満足する食事をしようとすれば、自分自身でやるしかなかったのである。

 幸い、前世では男やもめなこともあって、凝った料理を作るのは趣味だったので、食に拘って手間暇かけるのは苦痛ではなく、むしろ、色々工夫するのは楽しさすら覚えた。もっとも、その飽くなき食への情熱とかけた金額の凄まじさは、親友である健啖家の炎柱にすら呆れられるレベルであったが……。

 

 「ほう、他にどんな理由があると?」

 

 「俺はこれでも凝り性でな。ようやく納得できる水準のものが出来上がったのだ!」

 

 ドドーン!と言う効果音がつきそうな勢いで、『鬼斬り』は二つの壺を誇るようにさした。

 二つの壺には、彼の四方世界に来て以来の苦労の結晶である醤油と味噌が入っていた。

 

 「大豆を大量に買い込んで、何か作っておられたのは存じていますが、これがその成果ですか」

 

 竜巫女が珍しげにそれを見やる。

 実は彼女も魔法の道具の調達などで協力してはいる。だが、貴重で高額なそれらが、まさか味噌と醤油作りに使われていたなど、夢にも思っていなかった。

 

 「ああ、ようやく他者に食べさせてもいいと思える水準になったからな。俺の故郷の料理には欠かせない味噌と醤油だ!」

 

 満面の笑みを浮かべて、満足気に『鬼斬り』が頷く。

 そう、この男、自身の食への拘りから、今まで腕を振るわなかったのである。

 この二つの壺にある醤油と味噌を作り出すまでにかけられた費用は、並大抵のものではない。なにせ、『鬼斬り』の冒険者報酬の半分近くがつぎ込まれているのだから。他者が知れば、絶句するか、呆れるのは間違いない。

 

 「……。とんだ食道楽だな」

 

 鴉は、その様子からこれが出来るまでにかかった費用と労力を察したのだろう。心底呆れた風情であった。

 

 「そう言えば、主様は携帯食の改良や開発にも熱心であられましたからね。なるほど、これもその成果というわけですか」

 

 竜巫女も、主が携帯食の不味さに文句を言い、干し肉を自分で作ったりしているのを思い出し、納得する。かかった労力や費用については考えないし、言及もしない。彼女にとって重要なのは強さであり、趣味で何をしようが、個人の自由である。それに、どうせなら彼女だって美味しいものが食べたいというのが本音なのだから。

 

 「ああ、様々な魔法の道具を用いての最適な環境の作成。(前世の)知識と幕末での経験があったとはいえ、納得が出来るものを作るまでにどれだけ苦労したことか……」

 

 しみじみと苦労を語る『鬼斬り』だったが、鴉は呆れをさらに深くするだけで、右から左に聞き流していたし、竜巫女は中々見ること出来ない主の様子に笑みを深めるばかりで、肝心の話の内容は誰も聞いていないのであった。

 

 ちなみに、この後振る舞った味噌と醤油を使った料理は、鴉と竜巫女は勿論のこと、この場にいなかった六人にも大好評であったという。




鬼鬼コソコソ話
基本的に装備を更新する必要がない&損耗が非常に遅いということで、『鬼斬り』は、経費をかなり浮かしてます。その分を食事関係にぶっ込んでいるわけですね。家の設備投資に金かけたのも、自分が風呂に入りたいというのもありますが、味噌・醤油造りに必要な環境作りのためでもあったわけですね。
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