鬼滅から小鬼殺しへ   作:清流

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13:剣士と戦士

 「力みがないのはいいが、抜きすぎているのも問題だ」

 

 「むっ、こうか?」

 

 そう言って、剣を振るった青年の肉体に触れ、力を入れるべき場所を指導するのは、王国最凶とか、辺境最速とも謳われる『鬼斬り』だ。在野最上級の銀等級冒険者にして、最高峰の剣士たる彼がマンツーマンで剣の手解きをするなど、剣を使う者なら垂涎の出来事だが、生憎と受けている青年は、それを理解しているようには見えず、ぶっきらぼうに応えるだけだった。

 

  まあ、幼馴染みの牛飼娘が見ていたら、緊張でいつもにまして無愛想になっているだけだと笑っただろうが。

 

 「やはり、お前は師より正当な剣術を学んだというわけではないのだな」

 

 青年の剣の振りは、基本は押さえていても、正当な剣術流派にある流れや癖というものを感じさせない。

 本来なら繋げて技とするところを、「振り下ろし」「突き」「薙ぎ払い」などいう風に、一つの動作を抜き出してきて、仕込んだように『鬼斬り』には感じられた。

 

 「ああ、先生が教えてくれたのは基本となる剣の振り方だけだった。後は、自分で工夫しろと」

 

 青年の体捌きは剣士としてのものではなく、剣はあくまでも武器の一つでしかないのだろう。

 というか、骨身に仕込まれている気配遮断や静かな歩き方などの根本にあるそれは、戦士と言うよりはむしろ斥候のそれに近い。青年の師は、恐らく熟練の斥候だったのだろうと、『鬼斬り』は当たりをつけていた。

 

 「ふむ、慧眼と言うべきかな。正直言って、お前に剣一本で生きていけるほどの剣才はない。体格も恵まれた方ではないし、才とは関係なしに本格的に仕込むのには些か歳を取り過ぎているからな」

 

 『鬼斬り』は、青年の剣才がそこそこの水準に留まるものでしかないことを、情け容赦なく断定した。

 彼からすれば、事実を言っただけに過ぎないが、これで相手が剣で身を立てていこうと思っている若者だったら、心がへし折れてもおかしくない物言いであった。

 

 とはいえ、『鬼斬り』は、鬼殺隊の雲柱として、命懸けで鬼狩りをしてきた男だ。才が足らず柱には到れない鬼殺の剣士や、才があっても最終選抜を突破できない隊士候補生、そもそも剣才はあっても、全集中の呼吸を身につけることが出来ない者など、多々見てきているだけに、彼は良くも悪くも才については一切虚飾を用いない。無駄に希望を持たせて、間違った頑張りで時を浪費するなど、害悪でしかないと彼は考えていたからだ。

 

 「……そうか。だが、それでも、俺はやるべきことをやるだけだ」

 

 流石に、無口&無愛想極まる青年も、英雄と言っても過言ではない先輩冒険者である『鬼斬り』から、はっきりと剣才がないと断定されるのは堪えたのだろう。僅かばかり、間があった。それでも、すぐに止まらない旨の意思表示をできるのは、賞賛すべき心の強さであろう。

 

 「まあ、待て。誰も何も教えられないとは言っていない。少なくとも、正当な剣術を仕込んでやることはできるし、冒険が楽になるちょっとした技法も教えてやろう」

 

 青年の剣は、泥臭さの塊だ。けして洗練されたものではない。鬼殺の剣士などとは比ぶべくもない。最下級の癸にさえ劣るであろう剣の業。

 

 ―――それでも絶体絶命の状況で生き延びるのは、こいつの方だ。

 

 だが、そんなものを吹き飛ばすほどの即断即決とも言える判断力の良さと、思考を常に巡らせ創意工夫するその戦いぶりは、『鬼斬り』をして賞賛に値するものだ。

 

 武器が損耗するなら、躊躇なく武器を使い捨て、敵から奪ったものを使えばいい。小鬼(ゴブリン)相手なら調達は容易だし、余計な金もかからない。剣に拘る剣士には、できない発想だ。その場の状況によって臨機応変に武器を変え、棍棒どころか、松明までも武器にする青年は剣士ではなく、正しい意味で戦士であると言えよう。

 

 正直、死んだ後のことを考えて、残った装備を小鬼に利用されぬようにという考えのもと、粗末な装備を使うのは行き過ぎだと思う部分もあるが、至極合理的であることは認めざるをえない。実際、青年がすでに何件ものゴブリン退治を単独(ソロ)でこなしていることと、『鬼斬り』自身の経験も考慮すれば、至極納得のいく結論ではあるからだ。

 

 ―――小鬼退治には、魔剣どころか魔法の武器、いや、真銀(ミスリル)の武器すら過剰ということか。

 

 良くも悪くも、青年は小鬼退治というものをよく理解している。

 小鬼とは、最下位の白磁等級の冒険者どころか、農村の村人が農具で武装して追い返せる程度の存在でしかない。そう、単体では巨大鼠(ジャイアントラット)大黒蟲(ジャイアントローチ)にも劣る脅威に過ぎないのだ。

 そんな程度の脅威を偏執的に狩る。その行為が周囲にどういう風に映るのか、青年は理解している。けして誇れることなどではないことも、多大な評価を得ることがないことも。

 

 故に、青年は相応の得物を使うのだろう。

 安っぽい?汚れている?馬鹿を言うな、小鬼に対する備えとしては十分過ぎるものだ。

 

 ―――あるいは、彼なりの皮肉なのかもしれんな。小鬼程度にはこの程度の装備がお似合いだと……。しかし、まあ、あまりに合理的すぎるというのも問題だろうが。

 

 流石の『鬼斬り』も、小鬼の臓物を引き出して、その血潮を持って臭いを誤魔化すというのは、閉口せざるを得ない。彼とて鬼を斬るためなら、手段を選ばない方ではあるが、選べる手があるなら、マシな方を選択する分別はあるのだから。そこへいくと、青年のそれは経済的で有効な手口だとは言うのは認めるが、いくらなんでも行き過ぎである。いかに風評に無頓着とはいえ、限度があろう。

 そんなわけで、『鬼斬り』が支援として最初に決定したのは、藤から作った消臭剤だったりする。材料費がただ同然なので、一般に売られている消臭剤や香水の類よりは、遙かに安く提供できるし、多少なりとも青年の外見と風評を改善できると考えたからだ。

 ただ、無償でやるという考えは、『鬼斬り』にはなかった。いかに身内扱いの三姉妹の縁者とは言え、そこら辺をなあなあにすると経済感覚が疎かになり易いし、甘えも出易いので、ケジメは必要だと考えていたからだ。

 

 ―――まあ、この男にはそんな心配は無用かもしれんがな……。

 ―――それにしても、不思議な縁もあったものだな。思った以上に世界は広く、狭い。

 

 『鬼斬り』は、青年と不思議な縁があった。

 そもそも、青年はこの世界において最初に訪れた人里である滅びた村の住人であった。あの頃は少年であったようだが、『鬼斬り』が来訪する以前に運良く他の救いの手によって救い出されたので、実際に会うことはなかったが、接点であることは間違いない。

 

 初見は、青年の冒険者デビューの日に、工房で出会った。

 そこで三女との共通点から、また冒険者の先達として、少しばかりの助言と援助を与えた。

 

 しっかり、話し込んだと言えるのは、村の生存者・縁者が一堂に会した牧場の時だ。

 その時は、青年から改めて助言と援助の礼と、彼のやり口について説明を受けた。

 

 この時の話で、色んな意味で衝撃を受けた長女から、可能なら支援してやって欲しいと頼まれて、今日の指導へと繋がったというわけだ。

 

 ―――さて、何を教えたものか。全集中の呼吸はなしだな。素養はありそうな気がするが、確信はないし、恐らく常中は無理だ。寿命を縮めるだけになるだろうからな。

 基本は出来ているから、対人剣術の基礎を徹底的に仕込むか。剣才とは異なり、咄嗟の判断力には秀でているし、肉体操作は悪くないものを持っている。呼吸と歩法も、多少仕込んでやればいい糧になるか。

 

 『鬼斬り』は、四方世界においても、全集中の呼吸については研鑽を続けているし、研究も欠かしていない。教えようと思えば、水と雷の二つの呼吸は間違いなく教えられるだろう。

 もっとも、彼は誰にも教える気はない。全集中の呼吸とは、徒人が鬼という超常の存在に挑むために編み出し研鑽してきた死と隣り合わせの業なのだ。どこの世界に、必要もないのに死ぬかもしれない鍛錬を施す馬鹿がいるだろうか。しかも、そこまでしても習得できないかもしれない可能性があるのが、全集中の呼吸であるのだから。

 

 故に、『鬼斬り』が青年に教えるのは、あくまで対人剣術の基礎であり、独自の呼吸と歩法だけだ。剣技は教えない。教えることで剣に固執しては、一つの武器に執着せず使い捨てる思いきりの良さという青年の長所を殺してしまうからだ。

 無論、独自の呼吸といっても、雲の呼吸ではない。日の呼吸の探求中に一時期迷走していた時期に作りあげてしまったもので、所謂意図的な肉体のリミッター外しを可能とする特殊な呼吸だ。歩法の方も、精々移動する際、速度が上がり、疲れにくくなる程度のものでしかない。

 

 客観的に見れば、それでも十分過ぎる援助であろうが、雲柱たる『鬼斬り』からすると、些か不満であった。なにせ、彼は身内というか、懐に入った者には凄まじく甘いからだ。

 

 ―――余り過度な支援はするべきではないだろうし、この若者は受け取るまい。装備も必要十分なものを揃えている以上、余計なものは不要ときている。

 

 教えるだけではなく、物理的な支援をとも考えたが、余計なお節介になるという確信があるだけに、それもできない。なんとも言えない歯がゆさがあった。

 

 「では、始めようか。言っておくが、俺は厳しいぞ」

 

 そんな諸々の葛藤を断ち切り、『鬼斬り』は指導に専念することにした。

 

 ―――今回のことを糧にするも、捨てるもお前次第。さあ、お前の可能性を見せてみろ!

 

 どの道、なるようにしかならないのだ。ならば、どうするのかは青年自身に任せれば良いと、彼は開き直ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 寝床に倒れるように突っ伏しながら、厳しいと言った『鬼斬り』の言葉に嘘はなかったと心から青年は思った。

 彼の先輩冒険者は、己の肉体的限界を完全に見抜いていた。先生ですら、ここまでは肉体的に疲れさせられたことはない。

 だというのに、同じメニューを平然とこなして、涼しい顔をしている『鬼斬り』の姿は、世の無常をこれでもかと青年に感じさせた。

 

 「無理を意識的にか……」

 

 限界外しと『鬼斬り』は言っていた。人の筋肉は、平時全力を出しているつもりでも、本当の意味で全力を出しているわけではなく、無意識の内に限界を決め、そこに収まるように制御されているのだと。危急の際、思わぬ力が出ることがあるのは、一時的にこの限界が外れる為と、彼は語っていた。

 

 「確かにそれが可能なら、有効なのは間違いないが、果たして可能なことなのか」

 

 生憎と青年は、それ程賢い方ではないと自分のことを思っている。

 故に、説明された理屈は分かっても、それが本当に可能なのかは半信半疑であった。

 

 「いや、呼吸自体にも疲れにくくなる効果はあった。歩法も有効なものだった」

 

 教えられた呼吸は、限界外しだけではない。平常時の呼吸についてもだ。意識的に呼吸することで、多少なりとも恩恵があったのは、青年にとっては結構な驚きであった。歩き方からして、徹底的に仕込まれた歩法などは言わずもがなで、常時出来るようになれば、多大な効果があるのは間違いなかった。

 

 「結局、剣より呼吸と歩法についての指導が殆どだったか」

 

 剣の指導は実践的で、『鬼斬り』は何通りかの構えとそこからの入りについて実地で叩き込んできた。後は、その対応について青年に考えさせて実践。剣技は一つも教えてくれず、ただ基礎の素振りをこれでもかというくらいにやらされたのだった。

 

 「剣士ではなく、戦士か」

 

 剣才がないとバッサリ断定されたのは、流石の青年もショックであった。なまじ、自覚があっただけに、他者からああも言われるとキツイものがある。

 

 「俺の道は間違っていないか」 

 

 だが、同時に青年を真っ正面から肯定してくれたのも、『鬼斬り』であった。

 判断の速さと、臨機応変さ、思考を止めないこと、戦い方の創意工夫については大絶賛してくれたのだ。

 剣は手段の一つでしかなく、才が足りないなら他で補えばいいだけのことで、己の目的からすれば、今のやり方は合致していると評価してくれた。

 

 「もっとも、苦言も呈されたが」

 

 臭い消しに小鬼の臓物の絞り汁を塗りたくるのは、非常時以外はやめろと言われたのだった。

 『鬼斬り』はその有効性と経済的な観点から評価はしてくれたものの、それを非常時以外にやるのは、流石に人として駄目だと。倫理的な問題に限らず、衛生面でも問題があるし、風評をより悪くする。長く続けたいというのなら、そこら辺は配慮すべきであるとのことであった。

 

 もっとも、否定するだけで終わらないあたり、流石は在野最上級の銀等級冒険者と言うべきか。

 自家製の臭い消しを格安で譲ってくれるという。確かめた効果は、一般に売られているものに勝るとも劣らない。それでいて、値段は十分の一にも満たないというのだから、話がうますぎると思わないわけでもない。

 が、『鬼斬り』からすれば、材料費はタダ同然で、調合も彼自身が行っているから、本当に原価は安いらしく、それでも利益が出るというのだから、驚きである。

 

 「俺にここまでして貰う価値はあるのか?」

 

 正直、好待遇過ぎて、青年が色々裏を疑いなくなるのも、無理もないことだった。

 だが、いくら疑ったところで、英雄と言っても差し支えのない最高峰の冒険者たる『鬼斬り』が己から得られるものなど欠片も思いつけなかった。

 

 「唯一あるとすれば――――いや、ないな」

 

 幼馴染みの少女の顔が脳裏を一瞬よぎるが、即座にその可能性を切り捨てた。

 牛飼娘が美人ではないなどとは欠片も思わないが、『鬼斬り』を身内として紹介してくれた姉の親友であった(ひと)は間違いなく美人であったし、『鬼斬り』の従者であるという角を持つ銀髪の少女などは、絶世と言ってもいい蠱惑的な美しさをもっていたからだ。両者共に、『鬼斬り』に向ける好意は明らかであったし、『鬼斬り』が女好きであると言った風聞も聞いたことはない。

 

 「であれば、純粋な好意であるということになるが……」

 

 『鬼斬り』は、長女に頼まれたからだなどと説明はしなかったし、三女とダブって見えたことなどもおくびにも出さなかった。見るに見かねてと言う感すらあった。

 

 「やはり、見るに見かねてということか?」

 

 青年は、何度か小鬼退治に付き合ったこともある同期の冒険者が、『鬼斬り』に指導してもらったことがあることを聞いていた。誰にも言うなと念を押された上での話だったが、まさか己もそれを受けることになろうとは夢にも思わなかった。

 

 「小鬼共には絶対に真似できない只人(ヒューム)だからこそなしえるものか」

 

 歩法と呼吸、いずれも一朝一夕で身につけられるものではない。形になるのに才能があっても最低半年、才なくばその三倍はかかるということであった。但し、毎日欠かさずに訓練すれば、必ず効果はでると。

 

 「……秘伝の類なのではないかとも思うのだがな」

 

 本来、呼吸も歩法も赤の他人に教えるようなものではないことは、いかに世事に疎い青年であっても理解はできた。実際、教えられたことの口外は厳に禁じられたし、他者に教えることも禁じられたのだから、間違いないだろう。

 だというのに、それでも教えた。それは先輩冒険者の見るに見かねてのお節介というには、あまりに逸脱していた。

 

 「あの(ひと)のお陰か……。

 姉さんは、今も俺を助けてくれるのか」

 

 見事、『鬼斬り』の真意に辿り着いた青年は、姉の親友が己を想像以上に気にかけていてくれることを理解するとともに、今も亡き姉が助けてくれていることを実感し、胸が暖かくなった。

 

 程なく眠りについた青年の顔は、とても安らかなものであったという。




鬼鬼コソコソ話
長女とゴブスレさんの姉が親友であったというのは、村では貴重な知識階級であったというところから来ています。ゴブスレさんの姉は、村で一番頭がいいとゴブスレさんに思われているくらいで、子供たちへの読み書き手習いによって糧を得ていました。ならば、当然村長の娘とは交流があるだろうということで。ゴブスレさんの発想と機転が利くのは、後天的に鍛えたのは勿論、お姉さん譲りの頭の良さがあるのかもしれませんね。

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