鬼滅から小鬼殺しへ   作:清流

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誤字報告ありがとうございます。チェックが甘いと反省します。


02:滅びた村

 その日、ある辺境の村は、小鬼(ゴブリン)の群による襲撃によって滅んだ。

 幸運にも村を一時的に離れていた者など、村民にも僅かな生き残りはいたものの、村としては完全に滅んだと言っていいだろう。

 

 四方世界において、辺境の村が小鬼によって滅ぶのは、そう珍しいことではない。

 小鬼は最弱の怪物であり、単体ならば鍬で武装した農民にすら撃退される実力しかなく、多くの人にとって恐れるに足らないのが実情である。たとえ複数体が集まり、それも巣を構えるようになったとしても、新人冒険者の一党(パーティー)に退治される程度でしかないのも事実である。

 

 だが、小鬼達に数多の偶然と幸運が重なり、巣を構えて繁殖し統率者(リーダー)が生まれたり、渡りや流れ者の田舎者(ホブ)呪術師(シャーマン)などが居着くと、強大な群となる。そうなってしまえば、それは最早小鬼と侮れるものではない。今回のように村を、時には町すらも滅ぼしうるものへと変わるのだ。

 故に、強いて言うならば、その村は運が悪かったのだ。近隣に巣を作られてしまい、村人だけで撃退できる規模の群ではなくなってしまった。端的に言えばそれだけのことで、ある種の天災のようなものだ。

 

 侍が辿り着いたのは、そんな運悪く滅びてしまった辺境の村であった。

 

 

 

 遠目でも分かる村の惨状に、侍は顔を顰めた。

 すでに夜であったが、夜目が利く侍にとっては障害とならず、人による凄惨なオブジェがはっきりと見えてしまっていた。鬼殺の任務で嫌というほど、嗅ぎ慣れてしまった覚えのある血の臭いが漂っていたから予想はしていたが、想像以上に酷い。

 必死の鍛錬と何度も死にかけた経験から身につけてしまった死の気配を感じ取るという特技も、この時ばかりは恨めしかった。

 

 なぜなら、村には死の気配が満ち溢れていたからだ。

 

 侍が知る由もないが、すでに襲撃されて三日が経っていたのだから、それも当然であった。

 すでに大半の村人は、小鬼に惨殺されており、僅かな生き残りがいるばかりであったからだ。 

 

 「<最初の人里がこれか……。>」

 

 侍は、うんざりした表情でぼやいた。

 闇人(ダークエルフ)石巨兵(ストーンゴーレム)を斬滅したあの荒野から、かなりの距離を歩いてようやく辿り着いた人里なのだ。それが明らかに滅びていたのだから、ぼやきたくなるのも無理はないだろう。加えて、分かってはいたことだが、村を滅ぼしこの惨状を築き上げた襲撃者は健在であるらしい。

 

 侍の鋭敏な感覚は、周囲に散らばる複数の気配を感じ取っていた。

 

 「<槍持ちの見張りか?最低限の知恵はあるか――――それにしても醜悪だな>」

 

 侍が小鬼を初めて見た感想は、醜悪の一言であった。

 子供くらいの背丈をした緑の人型の生き物の表情はひたすらに邪悪かつ醜悪で、その所業もあいまって小人とは呼びたくなかった。

 

 ただ、少なくとも見張りを立てるだけの知恵はあること、統率する者がいるだろうこと、篝火のようなものもないので夜目が利くのだろうという情報は得られた。

 

 「<異世界にも鬼はいるか……。小鬼とでも言うべきか?醜悪さだけならこちらが勝るな。

 もっとも、さしもの鬼舞辻無惨も、これと同類にはされたくないだろうがな。

 まあ、民を虐げる鬼であるというならば、世界は違えど俺のやることに変わりはない>」

 

 侍が抜くのは闇人の持ち物であった偃月刀(シミター)であった。とてもではないが、この醜悪な存在に己の魂とも言うべき日輪刀を振るう気にはなれなかったからだ。

 本来の得物ではないが、片刃で曲刀であるならば、振るうのには子細ない。

 というか、この程度の相手ならば、呼吸を使う必要すらない。

 

 トンと地面を蹴った音だけが響き、次の瞬間出入り口の見張りをしていた二体の小鬼の首は宙を舞った。何が起きたのかすら、見張りには理解出来なかっただろう。気づいたら死んでいたというのが正しいのだから。

 故に、見張りからの声は上がらず、侍の侵入は察知されないはずであった。

 

 しかし、今回は間が悪かった。

 小鬼達は、つい先程、数少ない生存者に逃げ出されたばかりか、正体不明の敵に少なくない数の仲間を殺されたばかり。大小鬼(ホブゴブリン)小鬼呪術師(ゴブリンシャーマン)が巣から呼び出され、彼らは厳戒状態にあったのだ。

 

 「……!?GROOB!GROOB!」

 

 表にいた者達が見張りの死体を直ぐさま発見して怒号が響く。

 それが合図となったのか、家屋からのっそりと大小鬼と小鬼呪術師が姿を現し、それ以外の小鬼達も周囲を警戒する。

 

 だが、いくら目をこらそうと下手人の姿は捉えられない。

 既に侍は死角となる家の屋根に上り、村全体を俯瞰していたからだ。

 

 「<死の気配が強すぎて、生者の気配が感じ取れない。小鬼共が邪魔だな>」

 

 侍の死の気配を感じ取ると言う特技は、自身の死についてはこれ以上なく鋭敏で戦闘に役立つものだが、他者については死んでいることしか感じ取れない。

 そして、この村にはそこら中に死が振りまかれていた。槍に突き刺され、無惨なオブジェにされた者や、散々嬲りものにされた後捨て置かれて死んだ者など……。

 

 「<大きいのが二体に杖持ちがいるな。杖の方は魔法使いか?あれから仕留めるべきか――――気づかれたか>」

 

 子供程度の背丈しかない小鬼達には死角でも、巨体を誇る大小鬼にとっては違う。

 怨敵を見つけた大小鬼は、怒号とともに大金棒を家へ叩きつける。辺境の村の家屋に巨人(トロル)並の剛力を誇る大小鬼の攻撃に耐えうる頑丈さはなく、たちまちに壁が崩れ大きく家屋全体を揺るがす。

 

 「GROB!」

 

 「<その大物で振り切れば、隙だらけだ>」

 

 侍は、当たる前に飛び降りており、それどころか大小鬼の首をすれ違い様に刎ねていた。

 自然と首刎ねになっているあたり、鬼殺の剣士としての習性なのかもしれない。

 

 群の中でも相当な強さを誇る大小鬼が一瞬で殺されたことで小鬼達に動揺がはしるが、そうでないものもいた。もう一体の大小鬼と小鬼呪術師だ。もう一体の田舎者は自分なら殺せるという根拠のない自信に溢れて即座に襲撃に移していたし、呪術師の方は冷静に呪文を詠唱していた。

 

 「<なるほど、大した剛力だ。まともに当たれば、常人では只では済むまいが――――温いし鈍い>」

 

 侍は、動揺がはしる小鬼達の首をとばしながら、大小鬼を迎撃した。

 田舎者の攻撃は威力だけは大したものだが、技巧も何もあったものではなく、ただ巨体と膂力にものを言わせた大ぶりでしかない。

 故に、柱であった侍には児戯に等しいものでしかなかった。

 

 またもあっさりと大小鬼の首がおちる。立て続けの惨劇に小鬼達の動揺はここに極まったが、それを吹き消すかのように魔法が侍に飛ぶ。小鬼呪術師の唱えた真言呪文の《火矢(ファイアボルト)》であった。逆転を予期した小鬼達から歓声が上がる。

 

 「<む、撃たれてしまったか。まあ、いい。一度見ておきたかったのも事実だ>」

 

 侍は、自身に迫る《火矢》の猛威を感じながら、素早くその場を離脱する。

 

 「<おお、あっさり追尾された。魔法ってのは厄介だな>」

 

 元の位置から10メートル以上は離れたというのに、方向を変えて高速移動中の己に迫る魔法の脅威に侍は感嘆した。

 

 「<魔法対策は必須だな、これは>」

 

 そう言いながらも、侍は小鬼を一体魔法へと投げつけた。

 ものの見事に侍と《火矢》の進路に割り込むことになってしまった哀れな小鬼は、その身を焼かれて死んだ。予想だにしなかった魔法の無駄討ちに地団駄を踏む小鬼呪術師。直ぐさま次の呪文の準備に移るが、それは遅すぎた。

 

 「<二度目を許すほど甘くはない>」

 

 既に神速をもって距離を詰めていた侍は、呪文を詠唱中の小鬼呪術師の首をあっさりと刎ねた。

 これにより小鬼達の士気は完全に崩壊し、我先にと逃げ出す小鬼達。

 

 しかし、それをみすみす許すほど、男は甘くはない。

 元より速さに特化した呼吸の使い手である侍にとって、逃げ散る死の気配がこびりついた小鬼達を斬滅するのは容易いことであった。

 

 「<これで25は斬ったか?うん、25――後1体はどこに行った?>」

 

 村の外へと逃げだそうとした小鬼は、その尽くを殲滅した。侍に限って討ち漏らしは存在しない。

 で、ある以上、その一体は村内に留まっているはずであった。

 

 「<家屋の中に逃げ込んだのか?こんな状況の村での家捜しとか、嫌過ぎなんだが>」

 

 村から出ていかないなら、家屋に隠れ潜むくらいしか手はない。

 この村の惨状を見ていれば、家屋内の状況も察して余りある。家捜しの過程で、嫌なものを見ることになりそうなことを確信し、心底げんなりする。

 

 しかし、それは思いも寄らぬ事態で覆された。

 とある家屋から、小鬼達に引きずり出されるように連れ出された三人の女性が現れたからだ。

 その三人の女性には、喉に短剣を当てる小鬼が一体ずつついており、それを先導する一体の小鬼が、侍の姿を確認して邪悪な笑みを浮かべた。

 

 「<人質か――――ゲスが>」

 

 侍は、人質をとられたことよりも、三人の女性の惨状に眉をひそめ、そして表情を完全に消した。

 

 

 

 

 

 その小鬼は、他の小鬼達より頭が良かった。長じれば呪術師や統率者にだって成れるだろう個体だった。己達の遊び場兼新しい拠点となった村に侵入者があったのことにも、いち早く気づいたし、早々にその冒険者らしき只人(ヒューム)が強いことも理解していた。

 なにせ、瞬く間に威張りん坊で乱暴者の田舎者が瞬殺され、呪文すら躱してみせたのだ。それも周囲の小鬼を排除しながら!

 

 故に、ただ逃げるだけでは死ぬと彼は確信していた。

 

 そこで閃いたのは、彼に覚知神の恩寵があったのか、元よりずる賢い彼だったからこそなのか定かではないが、苗床にするつもりで生かしてある三人の女の存在であった。

 今も飽きずに遊んでいる連中もいるから最悪囮にしてやればいいし、只人をはじめとした冒険者の連中は同胞の死を酷く嫌がるから、女達を人質にしてやれば動きを止めるくらいはできるはず!

 少なくとも自分だけは逃げることくらいはできるだろうと、そう算段をつけていた。

 

 だから、只人がこちらを見て動きを止めているのを確認した時、彼は人質が有効であると確信して、なんて愚かな奴だろうと嘲笑したのだ。

 ただ、彼には運がなかった。今回ばかりは相手が悪すぎた。相手は鬼殺の剣士であり、その最高位の柱であったのだから、人質など何の足枷にもならなかったのだ。

 本来の歴史ならば、この後の討伐からまんまと逃げおせ、統率者どころか、小鬼の王(ゴブリンロード)にすら到れたはずの彼は、無常にもここで屍を晒すことになったのだ。

 

 

 

 

 彼女達三姉妹が生きていたのは、只単に運が良かっただけだ。

 彼女達が生きていられたのは、生家が村長の家で、村で一番大きな家であったことに加え、偶々三姉妹であり、一所に女が集まっているということで、絶好の苗床になるとみなされたからだ。

 いや、三日にもわたり小鬼に陵辱の限りを尽くされたのだから、ある意味では死んでいた方が幸せだったのかもしれないが……。

 少なくとも生きているという意味では、幸運だった。

 なにせ、村の他の女性達は見るも無惨な有様であったのだから、散々痛めつけられたとはいえ、重傷もなく五体満足なだけマシであった。

 

 まあ、当の被害者である三姉妹からすれば、永遠に続くように思えた生き地獄の時間であったのだから、到底幸運とは言い難いものであったが。

 

 三姉妹の陵辱が中断され、家から外に連れ出されたのは、すでにどれだけ時間が経っているのかも理解できなくなってからであった。

 彼女達は説明もしたくない汚濁に塗れており、その惨状はすでに狂っていないのが不思議なほどだった。それでも辛うじて、三姉妹が正気を保っていられたのは、同様の境遇にある互いが未だに生きていたからこそだ。

 

 それは村長の家に生まれた彼女達は相応の教育を受けており、良くも悪くも現実を知っているが故だった。今回の小鬼達の襲撃が珍しくないことも、自分達の村がとびきり運が悪かったであろうことも理解していた。

 そして、か細い線ではあるが、まだ生き残る目があることも理解していた。未だ誰も死んでいない以上少なくとも姉妹を残して、自分だけ狂って楽になるなんて出来るはずがなかった。

 

 果たして、それは報われた。

 姉妹が狂気に陥る前に、楽になりたいが故に死を選ぶ前に、本来の歴史より早く救援が到来したのだから。

 

 

 

 

 その姿をはっきりと確認したのは、一番肉体的被害が少なかった長女であった。

 二人の妹を庇うように被害を引き受けようとしていたのだが、小鬼達はお構いなしで、二人の妹を容赦なくなぶり者にした。それどころか、長女が庇おうとしているのを理解して、余計に見せつけるように嬲ったのだから、小鬼達の邪悪さは底を知らない。

 結果的に肉体的な傷は一番少なかったが、精神的苦痛をもっとも受けたのが長女であった。

 

 そんな彼女が侍を見た第一の感想は落胆であった。

 なにせ、一人だけなのだから無理もない。いかな冒険者といえども、これだけの小鬼の群を単独でどうにかできるわけがないのだから――――!

 

 そこまで考えたところで、彼女は周囲に散らばる数多の小鬼の屍をようやく認識し、驚愕した。

 ほんの少し前まで親しく話していた村人達の無惨な姿を見たくないという思いから、無意識の内に周囲を見ないようにしていたが、双月の輝くもとであれば、只人であっても夜闇に目が慣れればそれなりに見えるものだ。ぱっと見た感じでも10以上は死んでいる。中にはあからさまに強そうな巨体の遺体もあり、そのいずれも首を刎ねられていることに恐怖を覚え、首筋に寒いものを感じさえした。

 

 しかし、同時に希望が芽生えてくる。この見慣れぬ格好の只人の冒険者は、自分では到底理解が及ばない程の実力者であろうことを理解したからだ。

 自分より激しく嬲りものにされたせいで、既に妹達は肉体的にも精神的にも限界だ。狂えば殺されるだろうし、妹達が死ねば己も正気を保っていられないであろう。

 自分含めて妹達が救われるなら、今この時が限界なのだ。これ以降は、命は助かったとしても、本当にそれだけになるだろう。

 

 だから、体中から死力を尽くして、救いを求める声を捻り出す。それがどんなにみっともなくて、伝わりづらいか細い声であったとしても、彼女はそうせずにはいられなかった。

 

 「……た、助けて」

 

 その言葉が届いたのかは分からない。彼女は喉に短剣を突きつけられて、冒険者であろう存在の反応を確認する余裕はなかったからだ。

 そして、今更ながらに自分達が人質として連れ出されたことに気づき、絶望した。

 なにせ、冒険者が人質を見捨てれば、当然自分達は死ぬ。が、冒険者が人質で動けなければ、自分達も当然救われない。

 

 完全に詰みだ。もうどうしようもないではないか!

 

 内心で壊れそうな絶望の叫びを上げる中、長女は唐突に倒れ伏した。

 無理矢理立たされていたのが、支えを失ったからだ。

 

 突然のことに驚いて周囲を見渡せば、自分に短剣を突きつけていた小鬼が首を失って倒れ伏していた。

 それは自分達を先導して連れ出した小鬼も例外ではなく、少し離れたところで屍を晒していた。

  

 「<《雲の呼吸 参ノ型 疾風迅雷》、貴様らには過ぎた技だが、冥土の土産にするがいい>」

 

 冒険者が聞き慣れない言葉でなにごとか呟きながら剣を納め、こちらに歩み寄ってくるのを見て、救われたことを実感し意識を手放したのだった。

 

 

 

 

 

 人質の女性が絞り出すように呻くようなか細い声を上げる。 

 

 「……た、助けて」

 

 その言葉を聞いた時、侍には何を言っているのか分からなかった。

 それも当然、彼にとってその言葉は異界の言語に他ならなかったからだ。

 ただ、それでも伝わるものはある。幾人もの人の死を、鬼の死を看取ってきたが故に――――それは助けを求める声だと理解出来た。

 

 小鬼が邪悪な笑みを浮かべて、身振り手振りで武器を捨てろと要求してくるのを平然と受け入れた。あえて見えるように堂々かつゆっくりと鞘に収め、中空に放り出す。躊躇いは微塵もなかった。

 そうして、自分以外の者の注意が全て自分から外れた瞬間に、侍は動いた。 

 

 《雲の呼吸 参ノ型 疾風迅雷》

 多数を相手にすることを主眼とした技で、神速の歩法と踏み込みを合わせて、死角から切り崩す連続神速斬撃。相手の認識から己を外し、意識の外から攻撃することを極意とする技だ。

 

 「<《雲の呼吸 参ノ型 疾風迅雷》、貴様らには過ぎた技だが、冥土の土産にするがいい>」

 

 故に、侍が納刀した時、既に全ては終わっていた。

 小鬼達は例外なく首を刎ねられており、何が起こったのかも理解していないだろう。

 当然、彼らには人質に対して、何かする暇が寸分たりとも与えられなかったため、人質は全員無事だ。

 

 精も根も尽き果てたかのように意識を失った女性に即座に歩み寄って、肉体の状態を調べる。

 全員の生存を確認したところで、胸を撫で下ろす。

 

 「<む?もしやと思ったが、やはり無理か……。

 しかし、先の襲撃者の言葉は理解出来たとすると――――>」

 

 肉体の状態を調べている最中、幾度か寝言と思われる言葉が女性達から漏れていたが、侍にはさっぱり理解出来なかった。ある意味、納得でもある。明らかな異世界で、いきなり言葉が通じるとか、ありえないだろうからだ。

 まして、自分は神とやらにもあっていないし、何かしらの力を与えられたわけでもないのから。

 

 だが、そうすると先の戦闘の際、襲撃者の言葉の意味が理解出来たのは逆におかしいことになる。何か種と仕掛けがあるはずだ。

 

 「<すると、やはりこれか?>」

 

 幸いにも、侍はすでに当たりをつけていた。

 襲撃者が身につけていた、襲撃者に似つかわしくない蒼の宝玉がついた美しい腕輪だ。

 石巨兵に命令する為のものだと思っていたが、どうもそれだけではないようであった。

 

 「<試してみたいところだが、生存者は彼女達だけときた>」

 

 三人の生存確認後、村内をくまなく見て回ったが、小鬼の残党も村人の生存者もいなかった。

 腕輪の効果を試そうにも、意識が戻るまではお預けだ。

 

 「<持ってるだけで効果があれば良かったんだろうが、身につけないと無理なようだからな>」 

 

 本来なら、どんな効果があるか推測しかできていない腕輪をつけるなど、自殺行為でしかない。

 なにせ、どんな呪いがかかっているかも分からないし、下手をすれば一生外せなくなる可能性すらあるのだから。

 

 しかし、言葉が全く通じないというのは致命的だ。

 元の世界に帰るしろ、この世界で生活するにしろ、その為の情報収集ができないのだから。

 それどころか、不審者として扱われることすらありうるし、肉体労働以外では職を得ることすら困難であろう。

 まして、この極限状況に置かれていた娘達が、言葉も通じない見も知らぬ男をどう思うだろうか?

 少なくとも碌なことにならないだろうことは、容易に想像出来てしまう。

 

 ならば、多少のリスクをのみこんでも、試してみるべきだと侍は考えた。

 幸いにも腕輪はあっさりとはめられたりし、外せた。肉体的にも精神的にも特に影響はないように思えた。

 

 「<後は試すだけだが、流石に起こすのは忍びない>」

 

 疲労困憊で眠っている女性を起こすほど、侍は無情ではないのだ。

 

 「<……せめて拭き清めるくらいはしてやるか>」

 

 湯を沸かし、家捜しの結果見つけてきた布をつけて固く絞り、三人の女性の体を拭き清める。

 三人とも見目良く美人といえる容姿であったが、その裸を見ても些かの劣情も湧くことはない。

 ただひたすらに痛ましさを感じ、沸々と怒りが湧き上がる。

 

 彼女達がどんな目にあったのか、それを見て取るのは侍には容易なことであった。

 生き延びるために医術を学び、呼吸を研究するために人体を調べ尽くしていたからだ。

 どれ程の地獄であったろうか、辛かっただろう、苦しかっただろう。それを思うほどに侍はやるせなくなった。

 

 だから、侍に恥じ入ることは何1つない。下心があったわけでもないし、劣情を抱いたわけでもない。

 ただ、小鬼共の汚濁に塗れさせたままでいるのは、余りに不憫であったからというだけのことだ。

 

 しかし、しかしだ。善意とは言え、見も知らぬ男に寝ている最中に隅々まで裸を見られ、拭き清められて、感謝できる女性がいようか?

 断言しよう!そんな者はいない!

 まして、長女はようやく訪れた深い眠りで、少なからず寝惚けていたのだから、巻き起こる彼女の反応は仕方のないことであった。

 

 ただ、侍の間が悪かった。それだけの話だ。

 肉体的損傷が一番少なかったことから、長女の診察&拭き清めが後回しになったことに加えて、長女の肉体的疲労では一番浅く、肉体的にも一番耐久力があったが故に、他の二人よりも必要とする睡眠時間が短かったために起きた事故。

 

 「キャー、痴漢!」

 

 ちょうど拭き終わったところで、目を覚ますなり自分の状態を確認して、全裸であることを理解した長女は、躊躇いなく叫んで、侍を容赦なく平手打ちにしたのだった。

 効果は確認出来たけど、初めて聞いた言葉がこれってあんまりだろと内心でぼやきながら、甘んじて平手を受ける侍であった。

 

 




鬼鬼コソコソ話
三人姉妹は、コミック版で出たあの三人。見目良く三人も娘を育てられるなら、裕福な層だろうということで村長の娘になりました。で、ゴブスレさんの姉が苗床にされずにぶっ殺されたのって、他に確保していたからじゃね?と連想した結果、一所に固まっていた彼女達がちょうどいい候補だろうと考えたわけです。
今更ですけど、村が救える可能性はゼロでした。増えるのは生存者だけで、被害者は減らないという鬼畜仕様でした。でも、結果的に村に派遣される冒険者達の死者は出なくなりましたし、逃げ延びてロードになるゴブリンも死んだので、ちょっとはマシになったんじゃないでしょうか。
後、丸わかりかもしれませんが、ゴブスレさんが脱出した後の話です。ホブとシャーマンが巣から派遣されていたのは、その為です。

原作者さんのWeb公開シナリオやTRPGのシナリオ使ってもいいかな?

  • OKOK、好きにやれ
  • Web公開だけならOK
  • TRPGシナリオだけならOK
  • 甘えんな!ネタバレとか許されざるよ

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