鬼滅から小鬼殺しへ   作:清流

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03:雲柱

 長女の侍に対する誤解は、幸いにもすぐ解けた。

 しっかりと目が覚めれば、己の現状を嫌でも思い出すし、荒れ果てた室内の状況や、同様に安穏と寝かされている妹達の様子を見れば、目の前の男が下心などないことはすぐに理解できたからだ。

 

 ――――もっとも、小鬼に穢された今の私達に劣情など抱けないだけかもしれないけど……。

 

 現状を正確に認識すればするほど、助かったという安堵とともに、同じくらいに自分を卑下する気持ちが長女の中に生まれる。

 とはいえ、救い手にして命の恩人たる侍にそれをぶつけるのは筋違いであるし、本当に善意から拭き清めてくれたことも、彼女は理解していた。

 実際、一時でも彼女が自分の境遇を忘れることができ、目覚めが本来よりましなものになったのは、侍のおかげなのは間違いない事実であったのだから。

 

 「救っていただき本当にありがとうございました。……申し訳ないのですけど、少し一人にしてもらえますか?」

 

 冷静になれば、長女としても侍に対しては感謝しかないが、それでも今は一人になりたかった。

 

 ――――隣村との縁談は御破算でしょうね。そもそも村が壊滅したから、縁談の意義が失われてしまったし。いえ、それ以前に、小鬼(ゴブリン)に胎を穢された女を嫁に欲しがるわけないわ。

 

 小鬼禍が、辺境の村々にとって珍しい事ではないとは言っても、それとこれとは話が別である。犯し穢された娘を嫁に欲しがる男はいない。同じ人種であってもそうなのに、相手が小鬼となれば言うまでもない。

 残酷なようだが、これはある種仕方のないことでもある。強引に犯されるなどされた時、母となる機能を喪失してしまうことはままあることだからだ。血を残すことが前提で行われる嫁取りにおいて、これは致命的なものだ。

 まして、長女のように外部との繋がりを強化する為に行われる結婚においては、尚更だ。

 

 ――――ここ三代位、村内での婚姻が続いていたから、頼れる程の縁が外部にない。その為の私やあの娘(次女)の嫁入りだったんだし。

 

 面白いもので、科学技術や医療技術が進歩していなくても、人というものは経験則から答を導き出す。

 辺境の村であれば、血が濃くなり過ぎるのを嫌って、定期的に外部の血を取り入れるとか、近隣の村との婚姻によって、新しい血を混ぜるなどがそうだ。

 彼女達の村も同様で、長女と次女の嫁入りで近隣の村との連携強化する一方で、三女の婿取りで外部の血を取り入れることも狙っていた。

 

 ――――もう、村は滅びた。生き残ったのは、外に出ていた人と私達だけらしいし、村を再興するのは不可能ね。当然、私達の生活を支えてくれた畑や家畜達も駄目。畑は使い物にならないし、家畜達も略奪されてしまったか、殺された。

 

 姉妹全員の命は助かったものの、彼女達を生かすための財産は、小鬼達によって根こそぎ失われていた。嫁入りしようにも、自分達姉妹には、女として致命的な瑕疵があるも同然だ。まして、それをごり押しで通せるだけの権力も、目をつぶらせるだけの財産もないのだから、たまらない。

 

 ――――神殿に入ろうかとも考えたけど、全員生きてるのよね……。

 

 小鬼禍にあった女性が神殿の世話になることはままあることだが、あれは寄る辺がない者が優先される。神殿の予算とて有限なのだから当然だ。

 よりにもよって三姉妹全員となれば、いかに神殿といえどもいい顔はされまい。そういう時は、寄付金を積み上げるのだが、その積み上げるものがないのが現状であった。

 姉妹全員生き残ったことは幸いであったが、国や神殿による保護を求めるという意味では足枷になってしまう。

 

 ――――もう私が娼婦にでもなるしかないかしら?これでも見た目はいい方だと思うし、妹達を養うことくらいは……。

 

 考えれば考えるほどに暗澹たる未来に、自分の身を売りものにすることすら考慮するに到る。

 しっかりとした教育を受けて、なまじ頭がまわる弊害であった。

 

 「誰か来た。小鬼共ではないようだが、俺が応対するので念のためにここを出ないように」

 

 そんな彼女の思考を断ち切ったのは、何者かの到来を告げる侍の声であった。

 

 

 

 

 

 「……」

 

 村が滅ぼされたという一報は、冒険者ギルドにすでになされていた。

 村が滅ぼされるに足る小鬼の群が発生したというのも凶報であったが、それを察知出来ず適切に冒険者を派遣出来なかったことは冒険者ギルドの不手際でもあるだけに頭の痛い問題であった。

 すぐにでも被害や群の確認と討伐の可否を判断しなければならないと、急遽第六位翠玉等級の一党(パーティー)と第七位青玉等級の一党二つを護衛に村に赴いたギルド職員は、村のあまりの惨状に絶句した。

 彼も見極めを任せられる程のベテランであるから、小鬼の被害者というのは何回も見ているが、さしもの彼も滅ぼされた村を見るのは初めてであった。

 そして、その惨状は、彼の想像よりも遙かに酷かった……。

 

 「おい、胸くそ悪くなるのは同感だが、吐いてる暇ないぜ。小鬼共が退いたと思ってたんだが、どうやら違ったらしい。誰か、俺達の前に来たらしい。見ろよ」

 

 翠玉等級の一党のリーダーが指し示したのは、野晒しのままの小鬼達の死体だ。

 それだけならば、村人達の抵抗の結果と考えることもできたが、田舎者(ホブ)呪術師(シャーマン)のものまで混じっているとなれば話は別だ。

 しかも、特異なことにその尽くが斬首されているとくれば、尚更だ。

 

 「これは一体?」

 

 「俺が知るかよ。ただ、相当の凄腕なのは間違いない。他に切り傷がないからな。

 しかし、首切りに拘りでもあるのかね?」

 

 小鬼など斬首でなくても容易に殺せるのだ。巨体の田舎者はともかく、その徹底ぶりは見る者に異様なものを感じさせた。

 

 「……拘りというわけではない。単なる癖だな」

 

 「「!!」」

 

 気配もなく、突然生じた聞き慣れない声に、慌てて振り向くと、そこには奇妙な出で立ちの若い男が立っていた。

 

 「これは貴方がやったので?」

 

 「ああ、ここに来た時にはすでに酷い有様でな。襲撃されたんで返り討ちにしただけだ」

 

 「これだけの数を一人でか?それとも一党のメンバーが他にいるのか?」

 

 翠玉等級の己に気配も悟らせずに現れたことに内心警戒しながら、リーダーは尋ねた。できれば、後者であってくれと願いながら。

 

 「生憎と連れはいない。俺は一人だ」

 

 だが、返答は無慈悲なものだった。

 つまり、この男は田舎者二体に呪術師を加えた小鬼の群を単独で殲滅出来るほどの凄腕であり、殺し方を選べるほどの余裕があるということだ。

 

 「それは凄まじいですね。お話を詳しく聞かせていただいても?」

 

 ギルド職員も警戒はしていないわけではない。

 だが、身なりはしっかりしているし、冒険者にあるまじき清潔感すら感じさせることから、少なくとも無頼の輩ではないと考えていた。

 大体、襲うならさっさとやっていたはずであり、剣に手をかけてすらいない辺り、少なくともこの場でも揉める気はないのだと判断した。

 

 「それを答える前に一ついいか?お前達はこの国の国家機関所属の者という認識でいいのか?」

 

 「ふむ、私はそうですが、彼らは護衛の冒険者ですよ。……もしかして、冒険者をご存じではない?」

 

 ギルド職員の制服は特徴的なものとはいえ、覚えていない者がいてもおかしくはないが、認識票があるにも関わらず、それを理解できないのは違和感を覚えざるをえない。

 見慣れぬ格好からしてあたりをつけていたギルド職員は、内心で納得しながら、一応の確認をとる。

 

 「……冒険者か。<どこまでもファンタジーだな>

 ああ、知らない。すまないが、俺はこことは遠く離れた地の出身なんでな」

 

 「やはり、そうでしたか。では、なぜこちらに?」

 

 「来たくて来たわけではないと言って、信じてもらえるかな?」

 

 「ふむ、なにやら込み入った事情がありそうですね。では、とりあえずこの村であったことについてお話しいただいても?」

 

 ギルド職員は、男の言葉をこの場では言いたくないのだと解釈し、少なくとも大っぴらに話せるようなことではないのだろうと判断した。

 下手に突っついて藪蛇はごめんだったので、上に丸投げすることにする。彼の仕事はくまでも村の調査なのだから、それに協力して貰えるなら問題はない。

 

 「ああ、国家機関所属だというのなら、それについては異存はない。

 後は生存者はどういう扱いになるのか?」

 

 「生存者がいるのか!」「生存者がいるのですか!」

 

 村の惨状からして村人の生存は絶望的だと思っていただけに、それは思わぬ朗報だった。

 

 「ああ、女性三人だけだが助けることは出来た。少なくとも命は無事だ」

 

 「「……」」

 

 その言い回しに、生存者である女性達がどんな目にあったのか、両者は容易に想像出来た。よくあることだからだ。

 

 「大凡そちらの想像通りの状態だ。三人とも疲労困憊で今は休ませている。なので、とりあえず俺からの事情聴取に留めて貰いたい」

 

 女性達に配慮するように言ってくるあたり、相当に育ちも良さそうだと、ギルド職員はあたりをつけていた。

 

 「分かりました。護送する必要がありますし、いずれは聞かねばならないことですが、それは少なくとも今ではありませんから。

 ですが、生存者の安全は確保出来ているのですか?」

 

 「ここからさして遠くない範囲の家屋で休ませている。小鬼共は根こそぎ排除したし、俺の探知範囲内だから心配はいらない」

 

 「探知範囲って、そんなに広くカバーできるのかよ?」

 

 「この程度の村ならば、造作もない」

 

 流石に盛りすぎじゃないかと翠玉のリーダーが疑問を呈するが、男はあっさりと答える。まるで大したことでもないかのように……。

 あまりにもさらりと返されてしまい、追及しようとした側が鼻白む始末であった。

 

 

 

 

 

 

 ――――双月に冒険者と来たか……。これは完璧にファンタジーな世界だな。冒険者ギルドが国営で、冒険者は等級で管理されていると。

 

 侍は、ギルド職員の聴取に応じながらも、この世界の情報収集を行っていた。

 面白いのは、この国においては、冒険者がきっちり社会に組み込まれている点だ。

 駆け出しならば、一山いくらのごろつきとそう変わらぬ扱いのようだが、等級を上げていけば相応に扱われるというのは彼にとっても都合がいい。

 小鬼退治が駆け出しの仕事だと聞いた時は少し驚いたが、同時に納得もした。小鬼単体ではまるで脅威にならないという話は理解できるものであったからだ。

 

 ――――まあ、小鬼と言えど、村を滅ぼしうるほどの群ともなると、流石に放置は出来ないと。

 

 侍にとって幸いだったのは、数少ない生存者である三姉妹の長女が話し合いに加わり、明確に救ってくれた恩人であると証言してくれたことだ。

 おかげで、ギルド職員からの警戒はかなり下がったし、印象もかなり改善したに違いないのだから。

 

 「すぐにでも護送して差し上げたいところなのですが、生憎と馬車は一台しかありませんし、護衛の人員を貴女達の為に割く余裕もないのが実情です。

 申し訳ないのですが、私の仕事は救助ではなく調査なのです」

 

 長女は一刻も早い後方への護送を懇願するが、ギルド職員としても、はい、そうですかと聞いてやるわけにはいかない。

 こう言っては何だが、すでに村は滅びたものとみなされていたのだから、当然だ。生存者がいることなど想定すらしていまい。

 残酷なようだが、彼らの仕事はこれ以上の小鬼禍の拡大を防ぐことであり、被害者の救済ではないのだ。

 

 「……分かっています。ですが、少しでも早くあの娘達をここから連れ出したいのです。

 ここには忌まわしい記憶が染みついてしまいましたし、何よりも私達は処置を早く受けなければなりませんから」

 

 長女の言い分もけして理がないわけではないのが、話を複雑にしていた。

 被害者である三姉妹の精神的な問題は勿論あるが、それ以上に彼女達にはタイムリミットがあるというのが最大の問題だった。

 

 「ごもっともなんですが、うーむ、悩ましいですね」

 

 そして、侍の所業もことを複雑にするのに一役買っていた。

 なまじ、大量の小鬼だけでなく、大駒である大小鬼や小鬼呪術師までも排除しているために、状況を把握した群が別の場所に移動する可能性を否定出来なかったからだ。

 また、大駒と大量の雑兵を失っているということは、群の戦力が激減しているということであり、絶好の攻め時でもあるのだから。

 その為の戦力は手元にあるし、むしろ、条件は想定より良くなっていることを考えれば、ここでけりをつけられるのならつけたいというのも、ギルド職員の偽らざる本音であった。

 

 しかし、現実とはままならぬもので、彼らに迷っている時間は与えられなかった。

 

 「……来たぞ。連中、懲りるということを知らぬらしい」

 

 「「え!?」」

 

 侍の言葉の意味を尋ねるよりも早く、その言葉の意味は説明された。

 

 「旦那、大変だ。小鬼共だ。どうする、戦うのか?それとも、出直すのか?」 

 

 それは外で待機している一党の小鬼の襲来を告げる声であった。

 

 

 

 

 

 

 突然の小鬼の襲撃に対して、侍は手を出す気はなかった。

 なにせ、護衛であるという冒険者達は徒党を組み一党を構成している。つまり、彼らなりの集団戦闘があるということだ。そこに力量どころか、敵味方も定かではない己が参戦すれば、彼らの足並みを乱す可能性は高い。

 故に、ここは下手に手を出すべきではないと考えていた。

 

 侍としても、この世界における冒険者の力量を知りたいと言う気持ちが大きいのも否定はしない。

 無論、助力を求められたり、彼らが苦戦したりすれば、話は別だ。犠牲者を許容してまで、観に徹するつもりはないので、参戦するのはやぶさかではない。

 

 冒険者の手際は、侍から見ても中々のものだ。

 各々に明確な役割分担がされており、前衛と後衛が上手く連携している。特に翠玉等級の一党はそれが顕著であった。

 

 ――――鬼殺隊だと、隊員率いることになっても、全員剣士だからなあ。

 

 鬼殺の剣士の場合、鬼の特質から原則として武器が日輪刀一択になってしまうので、こういう様々な職業ごとが入り乱れての連携は中々に新鮮だった。

 しかし、侍にはなによりも重要な事があった。

 

 ――――ちょっ、小鬼ってここまでやるのか……。

 

 さしもの侍も、小鬼達が弓どころか、毒まで用いていくるのは慮外の出来事であった。

 大型の小鬼を先頭に、弓と魔法による援護を受けながら無数の小鬼が毒武器をふりかざして襲ってくるのだから、防衛側である冒険者はたまらない。

 小鬼が単体でも悪辣でずる賢いことはすでに把握していたが、複数体の場合はさらに認識を改める必要があると感じた。

 

 「冒険者どころか、この国の者でない貴方にお願いするのは恐縮ですが、戦えるのならば彼らに助力して貰ってもよろしいでしょうか」

 

 翠玉や青玉の等級の冒険者一党を過小評価しているわけではないが、本質的に戦う者ではない冒険者ギルド職員から見れば、健闘はしているが多勢に無勢という印象を受けたのは仕方のないことだろう。彼が侍に参戦を要請してきたのも、無理もない話であった。

 

 「俺が手を出さなくても勝てると思いますよ?」

 

 実際、冒険者達の戦いは盤石と言える程ではないが、その健闘ぶりから負けるとも現状では思わなかった。

 

 ――――流石、中堅クラスの冒険者だな。翠玉の方は、多少の数の差をものともしないか。強いて言うなら、青玉の一党の方が少し危なげかな?

 

 「彼らを信頼していないわけではないですが、数が違いすぎるのも事実ですし、戦場では何が起きるかも分かりません。それに時間をかければ増援の可能性もありますから」

 

 さすがに、このような緊急案件の見極めに抜擢されるだけあって、戦闘経験はなくてもギルド職員の言い分は筋が通っていた。

 生存者である三姉妹及びギルド職員の護衛は、もう一方の青玉の冒険者一党がいるので心配が不要なのも、侍の参戦を後押ししていた。

 

 「承知した」

 

 実際のところ、侍にとっても参戦要請は渡りに船ではある。

 ギルド職員も含め、少なからず侍の実力を疑っているふしがあるのを彼は理解していたし、身元不詳の不審人物というのが相応しい自身にとって、少しでも力を見せつけておくのは、今後の交渉の為にも必要なことであったからだ。

 

 故、少しやり過ぎてしまったとしても、仕方のないことであった。

 

 

 

 

 

 

 

 「ちっ、思った以上に数が多い。あれだけ死んでるのに、まだこれだけひねり出せるのか……。」

 

 特別報酬の出る依頼だからと言って、安請け負いしたのは失敗だったと翠玉リーダーは思う。

 冒険者をある程度やっていれば、小鬼退治の割に合わなさは身に染みるものだ。臭い・安い・危険の三拍子が揃っているのが小鬼退治なのだから。

 普段であれば、緊急依頼とは言え小鬼退治など請け負わなかっただろうが、近々昇格試験を控えている一党としては、少しでもギルドの覚えを良くしておきたかったのだ。

 

 ――――小鬼弓兵(ゴブリンアーチャー)も少なくないし、雑兵は数えるのも億劫だ。しかも、呪術師と田舎者どころか、それ以上の奴までいやがるとは!

 

 田舎者二体と呪術師一体の骸は、翠玉リーダーも確認している。普通に考えて、小鬼側の戦力は激減していると思っても何ら不思議ではない。

 実際、通常の小鬼の群なら半壊か、この時点で逃げ出していたことだろう。

 彼もそう考えていたからこそ、小鬼共が逃げ散る前に殲滅するべきだと考え、斥候を奴らの巣穴と思しき洞窟に派遣していたのだから。

 

 しかし、現実は翠玉リーダーの想定したものとは大きく異なった。

 巣穴には未だ十分な戦力があると、這々の体で逃げ出してきた斥候が報告してきたのだ。

 報告を受けた時はまさかと思ったが 、実際に田舎者二体と呪術士二体に加え、さらに上位種が攻めてきているのだから。

 

 村を滅ぼした時点で、この小鬼の群の脅威は相当なものだと当たりをつけてはいたが、完全に翠玉リーダーの予想を上回るものであると認めざるをえない。

 翠玉一党(自分達)に加えて、青玉一党二つなど、たかが小鬼にどれだけ警戒しているんだとギルドの心配性に呆れたものだが、実際にはそれが正しいものであったことを理解した。

 

 ――――今のところ優勢に戦えているが、あの上位種はまずい。

 

 田舎者や呪術師は、現有戦力で遠からず排除出来るだろうが、双方共に健在な状態で後方に控えている小鬼英雄に出てこられるのは非常にまずい。単独ならまだしも、周囲の小鬼共と呪術師の援護を受けた時の脅威を真っ向から止められる戦力は一党にはないからだ。

 

 翠玉リーダーは、上位種である小鬼英雄(ゴブリンチャンピオン)の脅威を正確に感じ取っていた。そもそも、呪術師や田舎者以外の小鬼上位種はそう簡単に見かけるわけでもないので、その脅威を肌で感じとれるだけ彼は優秀であった。

 

 ――――クソ、小鬼退治だからといって甘く見過ぎていたか?いや、そもそもこの依頼が俺達にまわってきたこと自体が蛇の目だったか……。

 

 村を滅ぼしたとは言え、これだけの戦力があるにもかかわらず調査だけなど弱気なものだと内心嘲っていた翠玉リーダーは、自身の認識の甘さと運の悪さを呪う。

 冒険者の中堅上位にあたる紅玉等級に手が届くところまで来ていただけに、尚更だ。

 

 そうこう思っている内に、翠玉リーダーが考える最悪の未来が到来した。

 呪術師も田舎者も健在な状態で、突然何かに押し出されるように小鬼英雄が前に出てきたのだ。

 

 ――――ええい、ままよ!

 

 しかし、翠玉の一党も様々な冒険を経て、第六位までのぼりつめた冒険者一党である。もしもの時の切り札くらいはあるのだ。

 

 「前衛は交代で秘薬を飲め!後衛は温存していた呪文の使用を許可する!」

 

 指示を出すなり、自身も筋力上昇の秘薬を飲む。一つにつき銀貨50枚もする能力上昇の秘薬の一種だ。痛い出費ではあるが、命には代えられないのは言うまでもない。今は少しでも早くあの上位種を倒さねばならないのだから。

 

 決死の覚悟で捨て身で斬り込む翠玉のリーダーの賽の目は、蛇の目ではなく見事に当たった。

 深々と上半身を袈裟斬りにしたその一撃は、まさに致命の一撃(クリティカルヒット)であった。

 

 一党メンバーから歓声が上がり、小鬼達に少なくない動揺がはしる。

 それが次の瞬間、逆転されようとは、誰も思ってもいなかったのであった。

 

 

 

 

 小鬼英雄が只人の戦士によって袈裟斬りにされた時、人喰鬼(オーガ)の苛立ちは頂点に達した。

 ケチのつき始めは何だっただろうかと思う。秩序側に悟られずに巣穴で小鬼達を増やし、まんまと只人(ヒューム)の村一つを滅ぼしたところまでは、全て上手くいっていたはずだ。

 やはり、村を攻め落としてから三日、そろそろ孕み袋となる女を巣穴に移動させようとして派遣した小鬼が全滅したことだろう。

 予期せぬ姿の見えぬ敵の襲来に動きが鈍り、対応が後手後手にまわったことは否定出来ない。

 

 だが、小鬼共は目を離せば、すぐにサボるし統率がとれなくなる。

 自分以外で統率がとれる小鬼英雄は面従腹背なのが丸わかりで、自分が赴けば直ぐさま群を自分のものとするだろう。 

 故に、力の差には忠実な大小鬼共を小鬼呪術師の補佐付で、援軍を村に送り出したのだ。

 

 しかし、その結果は最悪だった。

 いつまでも伝令一つ戻ってこないことに業を煮やした人喰鬼が、小鬼を調査に行かせれば、大小鬼と呪術師も含めた援軍は全滅したというではないか。

 それどころか、孕み袋の女達が奪還された挙げ句、滅ぼしたはずの村には冒険者共が入り込む始末だ。

 

 戦力の逐次投入は愚策とは言うが、実際にはそうするしかない事情があるということも少なくない。今回の戦いはまさにそれであった。

 そもそも小鬼の群は村を滅ぼすという戦略目標を達成しており、勝っていたのだ。彼らが戦勝気分に浮かれていたことも、少なからず影響していた。

 

 大小鬼と小鬼呪術師という大駒を失った上に、少なくない数の雑兵を失っている。

 小鬼はすぐ増えるとはいえ、その数は有限だ。巣穴の孕み袋が限界を迎えた以上、新しい孕み袋となる女の補充は急務となった。

 なにせ、減らされた以上に増やさなければならないのだから。

 

 混沌の軍勢において確固たる地位を確保する為にも、これ以上の兵力の損耗は認められない。

 自身も出ばる村への再侵攻を人喰鬼が決意したのは、そういう経緯だった。

 

 だというのに、なんたる無様か。

 総力で攻めさせていると言うのに、数では圧倒的に劣る冒険者達に阻まれ、村に入ることすらできない。

 いい加減、攻めきれぬことに焦れて、小鬼英雄を投入してみれば、捨て身の一撃を出会い頭に食らってなんの役にも立たない始末。

 相手の冒険者が何らかの水薬(ポーション)を呷ったのは見えていたというのに、何の警戒もせずに突っ込むからそうなるのだと 人喰鬼の苛立ちが頂点に達したのも、無理もないことであった。

 

 「冒険者風情が、図に乗るな!」

 

 とうとう、人喰鬼は、その重い腰を上げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 侍が参戦を決めたちょうどその時、小鬼英雄はあっさりと倒された。

 

 ――――あれの相手は俺の出番と思っていたが、やるものだな。これは俺の出番はないかな?

 

 最初の標的として目をつけていた敵の散り様に、侍はそんなことすら思う。

 初撃で決めるというのは、戦闘においては有効なことだ。それを見事完遂してみせた冒険者達に、彼は感嘆すらしていた。

 その初撃に全てをかける様は、二の太刀要らずと言われた示現流を思い出させるだけに、何か懐かしさすら感じていた。

 

 しかし、そんな侍の心情は、次の瞬間にぶち壊しにされた。

 小鬼英雄を見事に討ち取った翠玉リーダーが、突如殴り飛ばされたからだ。凄まじい勢いで吹き飛んだ彼は、その勢いのまま家屋に叩きつけられて崩れ落ちた。

 そのあまりの惨状に、歓声を上げていた冒険者達は一瞬で言葉を失い、それを成した者を確認して恐慌状態となった。

 

 それは大小鬼や小鬼英雄を遙かに超える5メートル弱の巨人だった。

 巨大としか形容出来ない戦槌をもち、その威容は見る者に畏怖を抱かせる。

 侍も初めて見る敵であった。

 

 「そんな、人喰鬼だなんて……。せめて紅玉、いや、銅以上でなければ!」

 

 後方で、ギルド職員の動揺と恐怖に塗れた叫びが上がる。

 その言葉は、幸か不幸か侍のスイッチを入れることになった。

 

 「人喰鬼(・・・)、人を喰らう鬼か!」

 

 鬼殺の剣士である侍にとって、その言葉はけして聞き逃せないものであった。

 自分で判断した時の小鬼の時の比ではない。なにせ、この世界の者によって、はっきりとそう断言されたのであるから当然だ。

 まして、目の前で人を害したのである。戦う力を持っているとは言え、柱たる彼の目の前で……。

 

 「人喰いの鬼であると言うならば、鬼殺の刃を振るう事に一切の子細なし」

 

 侍の意識が明確に変化する。剣士から鬼殺隊の誇る柱たる己へと。

 『悪鬼滅殺』の四文字が刻まれた日輪刀に手がかかる。自然と呼吸は変化し、疾く早くその言葉の意味を証明なさしめよと言わんばかりに全身に力が滾り、極端な前傾姿勢をとらせる。

 虫の息の冒険者にトドメをさそうと近づいてくる悪鬼は、すでに間合いの中だ。

 

 「鬼殺隊雲柱――――参る!」

 

 《雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃》

 

 次の瞬間、雷鳴が轟いた。いや、そうとしか思えない轟音が響いた。

 そして、人喰鬼の後ろに瞬間移動したかのように現れた侍――――雲柱の納刀の音と共に人喰鬼の首が宙を舞ったのだった。

 その瞬殺劇に、その場にいた誰もが言葉を失い、小鬼でさえも動きを止めた。

 

 そこからは、雲柱の独壇場であった。その様を見ていた冒険者達は、後に語る。

 

 「あれが目にも止まらぬ速さってやつか」「只人ってあんなに速く動けるんだな」「あれって《加速(ヘイスト)》だろう?」

 

 それ程までに雲柱は圧倒的で速く、小鬼達が全滅するまで、雲柱の姿を明確に確認出来た者はただの一人もいなかったのであった。

 

 




鬼鬼コソコソ話
この人喰鬼は、元々小鬼英雄の作った群を後から乗っ取った形です。彼の統制がきいていたからこそ、村を滅ぼせるに足るまで小鬼を増やせたわけですね。村を襲ったのは、無理矢理大人しくさせていた小鬼達の鬱憤晴らしが最大の目的でした。村で小鬼が必要以上に殺しまくったのはそこら辺もあります。巣穴にいる孕み袋が限界だったので、その補充という意味合いも強かったわけですが、ゴブスレさんのお姉さん含め、有力な候補を遊び殺してしまっているあたりが、実にゴブリンですね。

※公式設定ではありません。あくまでも筆者が原作をもとに考察した本作での設定です。

原作者さんのWeb公開シナリオやTRPGのシナリオ使ってもいいかな?

  • OKOK、好きにやれ
  • Web公開だけならOK
  • TRPGシナリオだけならOK
  • 甘えんな!ネタバレとか許されざるよ
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