鬼滅から小鬼殺しへ   作:清流

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誤字報告ありがとうございます。ちゃんとチェックしてるはずなのに……。
チェッカー変えた方が良いのかな?



06:休日

 「ううむ、こいつは……」

 

 工房の親方である鉱人(ドワーフ)と見紛う老爺は、想像以上の業物に唸り声を上げた。隣で見ている徒弟の青年も、その黄色に彩られた刀の美しさに息を呑んだ。

 二人が釘付けになっている刀は、ある冒険者の持ち物だった。

 朝早く武具店ではなく、工房の方を訪ねてきたその冒険者は、『鬼斬り』と呼ばれる人喰鬼殺し(オーガスレイヤー)だった。両者共、噂は聞いていたが、正直眉唾物だと思っていたのは否定出来ない。

 

 だが、実物と会って、それが真実であることを老爺は見抜いた。

 涼しげな表情とは裏腹に、一見細身に見える体躯は鍛え抜かれており、大小二本差しの刀はこの上なく、その冒険者に似合っていた。

 彼が研ぎを頼みたいと差し出したのは、なんの変哲もない偃月刀(シミター)だったが、老爺の興味は『鬼斬り』の刀に向いていた。

 

 普通なら、工房に冒険者を招き入れたりしない老爺であったが、恐らく人喰鬼の首を一刀で刎ねたというその刀見たさに『鬼斬り』を中へと招き入れた。

 そして、研ぎの料金を伝えると、その刀を見せてくれと頭を下げた。徒弟の青年が驚愕しているが、老爺からすれば、人喰鬼すら殺せる剣士に頭を下げるのは恥でも何でもない。

 それに何よりも、明らかに業物であるその刀に惹かれていた。

 

 「……これは鉱人の作じゃねえんだよな?」

 

 手に取って鞘走らせたその刀に完全に魅了されていた老爺は、絞り出すように問う。

 

 「ああ、俺の故郷の只人(ヒューム)の鍛冶師によるものだ」

 

 その答は衝撃だった。けして己が世界一の鍛冶師などと自惚れていたわけではない。上には上がいるし、自分以上がいることなど理解している。

 しかし、この刀はどうだろう。目の前の冒険者のためだけに作られたと言わんばかりのその刀は、全ての面において彼の作品を凌駕していた。

 いや、これ程のものを鍛てるなら、それは生涯における最高傑作となるに違いなかった。

 

 「どうやったら、こんな色彩を出せるんでしょうね?」

 

 徒弟の青年の方は、刀の色彩の方が気になるらしい。

 

 「さてな、それは知らんが、この刀は『日輪刀』といい『色変わりの刀』とも呼ばれる。色は、最初に抜いた使い手によって変化する代物だ」

 

 「使い手次第で、色彩が変わる!?そんな馬鹿な!」

 

 『鬼斬り』は律儀に名称と共に教えてくれたが、到底信じられる話ではない。

 

 しかし、老爺は別だった。

 この人造の魔剣とも言うべき刀ならば、そういうこともありえるだろうと思えた。

 『日輪刀』には、鍛冶師の魂が篭もっていると彼は感じたのだ。

 

 ――――折れるような鈍ではない!

 

 そんな強烈な声ならぬ声すら聞いた気がした。

 

 「それと同じものとは言わない。同等か、少し劣るレベルでも構わない。刀を鍛つ事は可能か?」

 

 「……」

 

 『鬼斬り』の問に、老爺は黙り込んだ。

 彼にも鍛冶師としての矜持がある。こんなものを見せられて、できぬとは言いたくなかったからだ。

 

 しかし、人喰鬼の首を刎ねたであろう『日輪刀』の輝きがそれを許さない。お前に俺の代わりが鍛てるのかと言わんばかりだ。

 何より、この業物とそれを使うに相応しい腕を持つ剣士の前で、嘘をつくことは出来なかった。

 

 「……今の俺には無理だ。王都の鍛冶師に紹介状を書いてやる。偏屈な野郎だが、そいつならそのものとはいかなくても、少し劣るレベルのものであれば鍛てるだろうよ」

 

 老爺は絞り出すように答えた。

 

 「そうか、感謝する。折を見て、行ってみよう」

 

 『鬼斬り』は礼を言うと、刀を回収して背を向けた。

 工房から去ろうとするその背中に、老爺が声をかけたのは、未だ彼が枯れていない証左であったのかもしれない。

 

 「おい、いつか俺が鍛った刀を使ってくれるか?」

 

 「それが振るうに相応しいものであれば」

 

 剣士としての強烈な自負が篭もった痛烈な返答に、老爺は我知らず震えていた。

 それは怒りや屈辱によるものではない。この剣士に満足させるものを鍛ってやるという奮起の震えであった。

 

 「ああ、必ずお前の満足いくものを仕上げてやるさ!」

 

 「……楽しみにしている」

 

 背を向けたまま言葉を返し、『鬼斬り』は去ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 三女にとって、侍は気に入らない人物であった。

 命の恩人ではあるが、小鬼被害を受けた自分達姉妹に同情し哀れんでいる鼻持ちならない男であった。

 そもそも、身近に男がいるというだけでも嫌なのに、同居を強いられているのだから、たまらない。

 

 しかし、実際にはその庇護下になければ生きていけない現実があり、今の生活を支えているのは、間違いなくその男なのだ。

 男が借り受けた家は、かつての家より広いもので、三女は個室すら与えられていた。食べるものにも苦労することはなく、むしろ、村にいた頃より豪勢になった感さえある。ある程度の小遣いさえ与えられていることを考えれば、本当に破格の扱いであろうことは、流石の彼女も理解しているし、その点は感謝もしている。

 

 だが、長姉を奴隷にしているという点で、どうしようもなく拒否感があり、同衾している姉と肌を重ねているであろう事を思うと嫌悪しかわかないのだ。

 無論、それが正当な対価であり、文句をつける筋合いではないことは、彼女も理解している。

 

 なれど、納得と理解は別だ。

 頭で理解出来るからといって、自分と同様に小鬼共に穢された姉が、自分と次姉の為に見も知らぬ男に抱かれることを、彼女は断じて許容することは出来なかった。

 

 ――――お姉ちゃんだって、触られるのも嫌なはずなのに……。

 

 三女は、身内以外に触れられることが駄目になっていた。

 小鬼禍のトラウマから、姉達以外とは、接触する事が出来ないのだ。

 

 そして、これは三女だけの問題ではなかった。

 次女は、小鬼と同じくらいの身長である子供が駄目になっていたし、長女は我慢こそ出来るものの、やはり他者に触れられること自体に恐怖を覚えるようになっていた。

 

 故にこそ、そんな状態の長姉を抱く男が許せない。

 傷ついている姉を、さらに傷つける男が――――何よりも、それを許容するしかない己の弱さが許せなかった。

 

 ――――今日こそは、ガツンと言ってやるんだから!

 

 明日、護衛依頼で街を離れるので、今日は休日だと珍しく家にいた男の存在によって、三女の鬱憤は頂点に達していた。

 男は日頃、気を遣って基本出ずっぱりで、家にいることが少ないだけに、顔を合わせるのは食卓だけだったので今まで爆発することはなかった。

 一日中疎んでいる存在が側にいるというのは、彼女にとって予想以上に酷いストレスであり、長姉を困らせるだけだというのも頭から消えるほどであった。

 

 男は明日は早めに出るということで、早々に寝室へと引っ込んだ。

 勿論、奴隷である長姉も一緒だ。夜伽も含む彼の身の回りの世話が彼女の仕事なのだから。

 

 感情の命じるままに、三女は気づけば寝室の扉の前にいた。

 いざ、踏み込もうと扉に手をかけた時、聞こえてきた懺悔するような長姉の声が彼女の足を止めた。

 

 「本当にゴメンなさい。貴方の個室案を蹴って、貴方と寝室を共にすると決めた時に覚悟は決めたつもりだったのに……」

 

 男と寝室を同じにするのが長姉の提案だったというのは、初耳だった。

 てっきり、男の欲望による要求だと、三女は思い込んでいたのだから。

 

 「気にしなくていい。俺に恐怖に震える女を抱く趣味はない。

 まあ、最初は君に一室、妹さん達で一室、俺で一室と想定していた。部屋割りを任せたのは俺だが、貴女が寝室に入ってきた時は、本当に驚かされたよ」

 

 今度こそ、三女は完全に固まった。

 なにせ、彼女が想定していたものとまるで状況が違うのだから、それも当然だった。

 

 「契約書に身の回りの世話に夜伽も含む形で明記したのは、私だって言うのに、本当に情けなくて……」

 

 「構わない。貴女は十分によくやってくれている。家の管理は勿論、家事にあの娘達のケアに文字や慣習の教授、俺は貴女の働きに十分に満足している」

 

 扉越しで聞く男の声は、信じられないほどに穏やかで優しげなものだ。

 もしかしたら、三女は初めて己の偏見というフィルターを抜きに、彼の声をきいたのかもしれなかった。

 それが真実であるかのように、話す内容も優しいものだ。どう考えても、姉をいたわっているようにしか思えない。

 

 「それでは私の気が済まないんです!」

 

 むしろ、駄々をこねているのは長姉の方で、普段見せないその態度は衝撃でさえあった。

 

 「無理をするな。貴女とて、妹達に負けず劣らず傷ついているのだから。あんな目に遭えば、貴女の反応は当然だ。

 妹達の為に普段は気を張っているんだろうが、俺の前では必要ない。良くも悪くも、俺は全てをこの目で見て知っているのだから」

 

 「ゴメンなさい、本当に……。

 世話をするのは私の方であるべきなのに、眠るまで手を握って貰ったりして」

 

 「いい。何度も言うようだが、気にするな。

 貴女には、今しばらくの休息が必要だ。少なくとも貴女が独りでも安眠出来るようになるまでは」

 

 ――――――お姉ちゃんが独りで眠れない!?私、知らなかった。

 

 初めて知る驚愕の事実に、三女は何度目かの衝撃を受けた。

 言われてみれば、男が帰ってこなかった時、次姉の部屋から朝出てきた時があったことを思い出して、あれは次姉と一緒に寝ていたのだと今更ながらに悟る。

 当初は自分同様に反発していた次姉が、男を受け容れたような態度になったのは、これを知っていたからなのだろう。

 

 「もう、休め。

 心配は無用だ。ここに貴女を脅かす者はいない。いたとしても、俺が全て斬り捨てよう」

 

 「ふふ、そうね。貴方は、私のご主人様は、とても強いものね」

 

 男の力強い声に、おどけるような声で長姉が応じる。

 きっと今、姉は笑みを浮かべているのだろうと、三女は確信できた。

 

 故に、彼女は耐えきれなくなって自室へと戻り、ベッドに突っ伏した。

 頭の中はグチャグチャで、溢れる感情も制御出来ない。己の無様さに、彼女は叫びだしそうですらあった。

 

 しかし、ようやく安寧の眠りに入れたであろう姉を思うと、そんなことは出来ない。

 三女は、朝まで有り余る激情を持て余すほかなかったのだった。




鬼鬼コソコソ話
長女の心の傷は結構深い。普段は妹達がいるので気を張っていられるが、いなくなると途端に崩れ出す。誰かの体温を感じないと安眠出来ない。それでいて、身内以外の他者に触れられるのもアウト。普段は必死に我慢しているだけで、男に抱かれるなんてもってのほかだったり。

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