21世紀TS少女による未来世紀VRゲーム実況配信! 作:Leni
マーズマシーナリーに乗り込み、エンジンを起動する。操作パネルのランプがつき、フットペダルのロックが外れる。
準備は万端だ。俺は、地面に座り込んでいる機体をまずは起こす。直立したところで、作業の開始だ。
視界に表示されている作業指示は、『整地をしよう』である。
ここはコロニーの中だが、下はコンクリートやアスファルトで覆われているわけではない。
火星の荒野と同じ地面がそのまま広がっている。でこぼこしていて、岩もある。
どう整地していくかというと、マーズマシーナリーに持たせるオプションパーツを使うらしい。
モニターに映る外の風景の端に、除雪に使うスノーダンプのような物体が置かれているのが見える。これがオプションパーツか。
パネルを操作して、俺は機体にそのスノーダンプもどきのパーツを持たせた。
すると、視界が少し低くなった。どうなっているのかと、ヒスイさんの機体を見てみると、マーズマシーナリーは中腰になってスノーダンプもどきを地面に接した状態で構えている。うーん、不恰好。
「で、この体勢で前進させるわけだな」
『何このパーツ……』『ブルドーザー使えばよくない?』『でかい重機を個別に用意するより、オプションパーツ用意したマーズマシーナリーを使い回す方が安上がりだったって、歴史番組でやってた』『このオプションパーツはブルドーザーよりでかいし大規模にできるだろうな』
使い回しは大切だな。農業用機械もこれくらい使い回しできればよかったのに……。
いや、やめよう。もう俺は21世紀の農業から解放されているんだ。
「行くぞー、前進だー」
フットペダルを踏み込むと、スノーダンプもどきを押すように機体が歩き始めた。
すると、出っ張った地面や岩を砕く音が鳴り響き、コックピットの中まで聞こえてきた。
よく見ると、スノーダンプの先端には回転のこぎりの刃みたいな物体がついていて、それで地面の出っ張りを砕いているようであった。
「おおう、なんとも破壊力のありそうなパーツだこと……」
『マーズマシーナリーの馬力と合わさるとなんでも破壊できそうだな』『間違って地面も掘りそうだな』『人身事故起きそうで怖い』『人を巻き込んだ? いやあ、マルス鹿ですよ』
怖いこと言うなよ!
『大丈夫です。マーズマシーナリーは周囲に人が居ると動かなくなるよう、安全装置が組み込まれています』
ヒスイさんのそのコメントに、俺はほっとした。よかった、火星の開拓史で事故は起きていなかったんだ……。ご安全に!
地面を削りながら、マーズマシーナリーは前進していく。
「特に凝った操作はしていないけど、削った場所は水平になっているんだろうか」
『はい、個別の入力値を与えない限り、水平に削っていきますよ』
未来の重機はすごいなぁ。
『スペースコロニー内の工事でこんだけでかい重機使っていることないから、新鮮だわ』『八メートル級の重機とか邪魔すぎる』『まさに開拓用って感じ』『無人惑星の資源採掘用重機ってどんなのだろう』『1キロメートル級の重機とかあるよ』
ひえー、そんなでかい重機が使われているのか。そりゃあ、惑星や衛星を丸ごと資源にしようって感じだろうからな。周囲に生物も自然も無い状態だと、途方もなくでかくしても問題は起きないんだなぁ。
そういえば、21世紀にも要塞みたいな大きさの採掘用重機が海外にあるってネットで見たことがあるな。
さすがにその重機も1キロメートルはないだろうけども。
そんな会話をしつつも、マーズマシーナリーは前進していき、さらに折り返しでUターンしてさらに地面を削っていく。
ヒスイさんは逆側の端からすいすいと機体を動かしており、互いにUターンを繰り返すことで段々と距離が近づいてくる。
そして、ある程度近づいたところでヒスイさんが中腰の姿勢から直立して、スノーダンプもどきを地面から離し、この場から離脱していく。
俺の機体はそのまま前進を続け、そして、指定範囲は見事に整地が完了した。
「おー、早いもんだな」
『やるじゃん、マーズマシーナリー』『あの荒れ地がこんな綺麗に!』『整地していない周囲とのギャップがすごい』『初心者でもこんなにスムーズに行くもんだな』
初心者でもいけるのは、それだけマーズマシーナリーの動作プログラムが優秀ってことだな。
さて、次の作業は……。『地面を掘ろう』か。どうやら、基礎の形に地面を掘り下げていくらしい。
使うオプションパーツは、小さな角形スコップだな。
『これもショベルカー使った方がよさそうだけど……』『使い回し使い回し』『複数重機使うと、それだけ複数の操作に慣れる必要があるってことだからな』『マーズマシーナリーのプログラム組んだ人すごすぎない?』
万能機ってことは、それだけ多くのオプションパーツを動かせるよう、
21世紀や20世紀で使われていた、全部人力操作で動かす重機とは訳が違うだろうし。
「ちなみに21世紀の山形で開催されていた大規模芋煮会では、芋煮を作るためにショベルカーが使われていたぞ。ショベルカーで超巨大な鍋をかき混ぜるんだ」
『マジで』『どういうことなの』『俺達の知った芋煮会とスケールが違う……!』『衛生面とか大丈夫なの?』
「新品のショベルカーを使っているから大丈夫だ。しかも、可動部の機械油はマーガリンとバターだぞ」
俺がそう言うと、視聴者コメントは笑いと驚きに包まれた。まあ、あの光景はすごくインパクトがあるからな。
そんな会話を視聴者と繰り広げつつ、地面を掘り堀りっと。建物の設計図が機体に入力されているらしく、掘る深さとかは意識しないでも掘り進められた。
「でも、設計図通りに掘ってくれるなら、3Dプリンターみたいに全部自動でやってくれれば、人力操作する必要もないのにな」
『そういう時代だったんだろうね』『今の工事はAI監視のもと、全部自動だよ』『高度有機AI登場前だから、全部機械に自動で任せるのには不安があったんだろう』『この時代のAIはファジーな動きとかできないだろうからなぁ』
マザー・スフィアの登場はまさしく技術的な特異点だったってわけだな。
そして、次の作業は地面への杭打ち。杭打ち機のオプションパーツが運ばれてきて、それをマーズマシーナリーに装着させた。
「『MARS』で見たパイルバンカーに似ている……」
『開発の元ネタにはなったかもしれないな』『でもパイルバンカーみたいに一発では地面を貫けないでしょ』『格好いいなぁ……』『うるさそう』
実際に杭打ちをしてみたら、すごくうるさかった。ロマンとか感じる暇はなかった。
その次の作業は『基礎の上にコンクリートを固める』、だ。
これは、マーズマシーナリーの作業ではないようで、コンクリート車と小さな作業ロボットが掘った土の上で作業を行なっている。
『コンクリートが固まるまで、時間が加速します』
ヒスイさんがそう言うと、ものすごい勢いで底部にコンクリートが敷き詰められた。
ここから立体的にコンクリートを固めるため、コンクリートを流し込む枠組みを作る作業をマーズマシーナリーが担当するようだ。
トラックで角材が運ばれてくる。木材かな? と思ったが、違うようだ。
『砂を素材にした軽量ブロックですね。この時代の火星では木が存在しないため、木材は使われません』
「あ、そうか。木がないのか」
木造建築に慣れた日本人の感覚は通用しないってわけだな。
俺は、その砂でできているという謎の角材を、設計図に従って配置していく。さらに、地下に通す管やケーブルも運ばれてきたので、これも配置だ。とはいっても、マーズマシーナリーで行なうのは大まかな位置に置くだけで、細かい作業は作業ロボットが行なっている。
「21世紀だったら、あの作業ロボットのポジションは人間なんだよなぁ」
『事故起きない?』『重機の近くに人がいるのか』『人を巻き込んだ? いやあ、テラ鹿ですよ』『またそれか!』
そこは熟練の技術でなんとかするんだろう。工事現場の事故のニュースってあまりテレビで見たことはないけど、実際はどうなんだろうな。
さて、配管やコンクリート打ちも終わったので、ブロックの排除だ。周囲に傷をつけないよう気をつけながらよけていく。
これで基礎は完成だ。
『鉄骨を組み立てよう』
次は、そんな作業指示が出てきた。建物のおおよその枠作りだ。これは、ちょっと楽しいかもしれない。
クレーン車の代わりに、マーズマシーナリーで鉄骨を持ち上げ、作業ロボットがボルトを締めて固定していく。
そんな作業がしばらく続き、建物の形が見えてきた。どうやら、四角い豆腐みたいな建物になるらしい。
「屋根は傾斜していないんだな」
『テラフォーミングがなされていない火星開拓初期では、雨が降りませんからね。コロニーにはドーム状の天井がありますので、粉塵が風で運ばれて積もることもありません』
「なるほどなー」
次の作業。鉄筋コンクリートで建物の壁を作るため、コンクリート用の鉄筋を鉄骨の周りに張り巡らせる。
これもまた、作業用ロボットと連携して配置をしていく。そして、砂で作られているというパネルが用意され、コンクリートを流すための型枠を作っていく。
時間が加速されてコンクリートが固まり、建物の形ができあがった。
「おおー、いいじゃん」
『あとは、コンクリートの外側にパネルを貼り付ければ、マーズマシーナリーの作業はほぼ終了ですね』
「しかし、この時代でも鉄筋コンクリートって使われていたんだなぁ」
『現代ではもっと安価で優秀な構造材が発明されていますので、すでに鉄筋コンクリートは使われていませんけれどね』
21世紀から600年も経てばそうなるか。ちなみにシミュレーターの舞台は、23世紀だったかな。
そして作業は進み、左官を行なう作業用ロボットと一緒に建物の外装を整えた後、残りの仕事をすべて作業用ロボットに任せた。
時間が加速し、建物の内部が整えられていき、窓ガラスがはめ込まれ、新築ピカピカの建物が完成した。
音量のでかいファンファーレが鳴り響き、ステージクリアとなる。
『おめでとー』『おつかれ!』『いやー、我々は何を見せられたのか』『ゲーム配信とは一体って感じだね』『これでもシミュレーターの中ではゲーム的な要素がある方だよ』
「えー、建築風景、結構楽しくなかった?」
俺がそう言うと、視聴者達は『楽しくなかったわけではない』と答える。うーむ、みんなシミュレーター慣れしていないんだな。
俺は苦笑しながら、タイトル画面に戻る操作をした。
「さて、時間もほどよい感じなので、今日の配信はここまで! 次回はまた別のゲームをやっていくぞ」
『あれ、全クリしないのん?』『さすがにこれを何日も見せられるのはきついだろう』『見所さんがいないからな……』『マーズマシーナリーが優秀すぎて、ハプニングが起きやしねえ』
「うん、シミュレーターといえば未知のハプニングなんだけどな。さすが安全に気を使われていた実在の重機。何も起きないな」
「数ある安全装置を突破して起きる事故……人死にが出そうですね」
「ヒスイさん怖いよ!」
そのやりとりに、視聴者達が笑いのコメントを流す。これが現実だったら笑いでは済まないが、ただのシミュレーターだしな。
その後、俺はゲームの感想を二、三ほどヒスイさんと交わし、本日の配信を無事終えるのであった。
無事故・無違反なによりである。
◆◇◆◇◆
配信を終了した後のSCホーム。そこには、いつもの通りミドリシリーズの面々がなだれ込んでくるのであるが、その中に、ふとミドリシリーズ以外の面子が混じっているのを発見した。
「マザー、何やっているんですか」
「おや、ばれてしまいましたかー」
「一人だけ名札していませんからね」
「おっと、それは気がつきませんでした」
今日のマザーのアバターは、十五歳ほどの少女の見た目をしている。
「それよりも、『マーズマシーナリー・シミュレーター』、楽しんでくれましたか?」
そうマザーが俺に向けて言う。
「ああ、まあまあですかね。昨日いきなりメッセージ飛ばしてくるから、何事かと思いましたよ」
実は今回、『マーズマシーナリー・シミュレーター』を配信したのは、マザーの勧めがあったからだ。
曰く、『マニュアル操作でロボットを動かしたくないですか?』と。まあそれが、ロボットバトルゲームではなく、工事作業をするシミュレーターだっていうから、とてもコメントに困ったわけだが。
「全ステージクリアまで配信してほしかったですが、ヨシムネさんの視聴者さんでは耐えられませんでしたか」
「よほど訓練された視聴者じゃないと、ライブ配信では無理じゃないかなぁ……」
録画編集した動画を配信サービスに投稿する形だと、好き者が見てくれるだろうが。
「やっぱりロボットは、白熱したバトルがないと」
俺がそう言うと、マザーはニヤリと笑い、言葉を返してくる。
「できますよ、バトル。『マーズマシーナリー・シミュレーター』でもできちゃうんです」
「えっ、本当に? 作業用重機だから、安全装置がかかっているんじゃないんですか?」
「裏コードを入力すると、安全装置が全部除去されるんです。これから一緒にプレイしてみます?」
「ぜひ!」
そうして俺は、マザーと二人でロボットバトルを夕食の時間まで楽しんだ。マニュアル操作の複雑な戦いは、『MARS』の超能力操作とはまた違った面白さがあり、とても満足することができた。
そして、サイコバリアが張られていないマーズマシーナリー本来の脆さも知ることができ、そりゃあ安全装置がないと危険すぎるな、と実感した。
さらに後日、マザーとの対戦動画を編集して投稿したところ、視聴者に『こっちをライブ配信しろよ!』と突っ込みのコメントをいただいたのであった。