21世紀TS少女による未来世紀VRゲーム実況配信! 作:Leni
帝都に到着した俺達二人は、MAPを頼りに闘技場へ向かった。
そして現れたのは、あまりにも巨大な建造物だった。広大な敷地面積を誇り、高さも十分あり、上部は弧を描いた屋根におおわれている。
闘技場と聞いて古代ローマのコロッセオを想像していたのだが、これはむしろ東京ドームとかそういう類だな。多分東京ドームよりでかいが。
建物の大きさに圧倒されつつ、俺は閣下と一緒に闘技場へ入場しようとする。
すると、視界にポップアップウィンドウが開き、注意書きが表示された。
なになに?
闘技場内では、チャンネルがなくなり、全プレイヤーが一堂に会するようになっている?
さらに、闘技場内ではスクリーンショットや動画の撮影、ライブ配信が全面的に許可されており、闘技場内にいるプレイヤーは他者の撮影する画像、映像、配信等に映り込む可能性がある、と。
なるほどなるほど、最初から配信用のチャンネルにいた動画勢の俺達二人には、一切関係のない注意事項だな。
「しかし、なんでこんな仕組みになっているんだ、ここ」
俺がそんな疑問をつぶやくと、同じく注意書きを読んでいた閣下が答えた。
「闘技場という場を考えると、皆が同じ試合を眺め、観客席を埋めるという仕組みになっておるのであろう。観客のいない興行ほど虚しいものはないじゃろう」
「ああ、なるほどなー」
「撮影うんぬんは、まあ当然じゃろうな。PvPとなると、みな動画をアップしたがるものじゃ。ロボットゲームでの知識じゃがの」
PvPとは、プレイヤー対プレイヤーを意味する言葉で、要は対人戦のことだ。
このゲームでは路上でPvPを行なえる決闘機能が実装されているが、この闘技場はそのPvPを大がかりな見世物として公開している場所であると推測できる。
なにせ、この世界は強者と剣闘の『星』であり、強ければ強いほど偉くなれるという社会制度がある場所だ。皆の前で勝利し、名声を高めていくのも、この世界の強者には求められるのだろう。
さて、闘技場についたが、ここからどこに向かえばいいのか。俺はチャンプに再び連絡を取った。すると、すぐさまショートメッセージが返ってくる。
『すみません、これから試合です。せっかくですので試合見ていってください。会場は一番コロッセオです』
「一番コロッセオとかいう場所で、チャンプが試合をするみたいだ」
「ほう、ならば応援をしにいくとしようか」
俺達は再びMAPを表示し、建物内部の構造を確認する。
そして、途中にある案内板も使い、一番コロッセオなる会場に到着した。
観客席への入場にお金を取られたが、これも共通通貨で問題なく支払えた。
指定された席へと向かい、改めて周囲を眺める。
「すごい人の入りだな……」
「チャンプと呼ばれているのは、伊達ではないようじゃの」
観客、一万人はいるんじゃないか? PvP観戦がこれほど人気という事実に、俺の21世紀で
ふーむ、ゲームが身近なこの時代では、PvPの試合ってラスベガスで行なわれる、ボクシングの興行みたいなものなのかもしれない。
閣下と一緒に席で待っていると、軽食販売のNPCが歩いていたので、ポップコーンとコーラを注文する。
うーん、この感じ、明らかに古代ローマのコロッセオと違うぞ。ビール販売もされていたし、完全にドーム球場での野球観戦気分だ……。
『皆様、大変お待たせしました!』
おっと、場内アナウンスだ。いよいよ始まるようだ。
『長かった戦いも、これが最後。幾人もの猛者達を打ち負かし勝ち上がった一人の戦士が、至高の闘技皇帝に挑みます。はたして今回も皇帝の防衛はなるか? さあ、『Stella』で一番強い奴は誰だ! これより今期のグラディウス闘技皇帝決定戦、最終試合を始めます!』
そう宣言すると同時、観客席が歓声で揺れた。うおお、すごいな。
MMORPGで一万人が一堂に会するということ自体、21世紀ではサーバやネット回線の事情的にありえないことだったので、新鮮な気分だ。
『選手の入場です! 俺は強い、なぜなら力が強いから! 俺は強い、なぜなら動きが速いから! 無敵の脳筋ビルドが、全てをなぎ倒してここまで登り詰めてきた! 東門より挑戦者、キングスエナジーの登場だ!』
階段状の観客席に囲まれるように配置された、四角い舞台。その一方向にある入口から、激しいBGMと共に一人の男が出てくる。
どでかいハンマーを肩に担ぎ、とげとげしい鎧を着込んだ巨漢の竜人だ。
ここはゲームの中なので、でかくて重い人間が強いというリアルの法則は、そのまま単純に適用されているわけではない。
身体のサイズによる当たり判定の問題やリーチの問題、歩幅の問題があり、当たり判定の問題はサイズが小さい方があまりにも有利すぎるので、サイズが大きいと腕力・耐久力補正がかかるなど、細かいバランス調整がされている。
それらの要素を考慮の外に置いても、彼の見た目はその鎧も相まって、いかにも強そうという印象を俺に与えた。
『対するは、グラディウスを支配する闘技皇帝! 素手というリーチの短さをものともせず、第一期から今まで皇帝の座を常に守り続けてきた男がいる! 最強の武神がここに降臨する! 俺達のチャンプがやってきた! 西門よりチャンピオン、クルマエビの登場だーッ!』
割れんばかりの歓声が、コロッセオを埋め尽くす。
相変わらずの革鎧姿のチャンプが、挑戦者とは反対の入口から入場する。歓声と一緒に聞こえてくる入場曲は……これ、21世紀に放送されていた、世界最強の男の息子が最強を目指すアニメのOP曲じゃねーか! なんでこんなの知っているんだよ、チャンプ!
『試合時間は無制限、一ラウンド制、HP回復不可、HP全損で決着となります!』
挑戦者の竜人とチャンプが舞台の上で向かい合う。
すると、俺の目の前に、チャンプ達がアップで映った画面が開いた。なるほど、観客席から眺めると遠くて見づらいから、こうして映像も見せてくれるのか。
画面の中のチャンプ達は、何やら会話を交わしていた。
『他の事には目もくれず、ただひたすらにキャラを鍛えてきた……それは今日この日のため! 闘技皇帝の座、いただくぞ!』
挑戦者が、そうチャンプに宣言する。
対するチャンプはというと。
『俺が勝ちます』
おおっと、短い言葉だが、試合前の挑発としては十分だ。
挑戦者の男は顔に青筋を立ててチャンプに詰め寄ろうとするが、システム的な制限を受けているのか、一定以上の距離を進めない。
チャンプはそれを面白そうに眺めており、それがまた挑発に繋がっていた。
うーん、盤外戦ではチャンプの勝利って感じだ。
『両者とも準備はよろしいですね? それでは、全『Stella』民は刮目して見よ! グラディウス闘技皇帝決定戦、ファイト!』
アナウンスと共に、ボクシングのそれと同じゴングの音が響いた。
それと同時に、挑戦者が一瞬でチャンプの目の前にせまる。そして、両手持ちのハンマーを牽制も入れずに真っ直ぐ振り下ろした。
単純だが、速い!
『おおっといきなり挑戦者が先制! ラッシュ! ラッシュ! ラッシュ! チャンプは防戦一方か!?』
挑戦者の連続攻撃がチャンプを襲う。だが、アナウンサーの言うとおりの防戦一方には見えない。彼は明らかに隙を狙っている。
と、ああ、チャンプの突進正拳突きが挑戦者を吹き飛ばした。
『ああー! 初手を当てたのはチャンプ! 挑戦者ダウン!』
あの突進正拳突き、空手の道場で俺もよく練習させられているなぁ。
そして、ダウンしたからといって、ボクシングではないので試合は止まらない。倒れた挑戦者に、チャンプの追撃が襲う。起き上がろうとしたところへの顔面踏みつけで、挑戦者のHPがゴリっと削れた。急所判定になったんだろうな。
さらに追撃が入ろうとしたところで、挑戦者はアシスト動作で跳びはねるように距離を取った。
『強い! 強いぞ、闘技皇帝! たった二発で、挑戦者のHPを大きく減らしました!』
このゲームはRPGだ。その常として、武器には攻撃力があり、よりレアで入手難易度が高い武器の攻撃力が高くなる傾向にある。
一方、チャンプは素手だ。篭手を装備してはいるが、篭手の攻撃力はさほど高くないと聞いた。
しかし、格闘というスキルは、適切な身体運びやアシスト動作をすることで攻撃力が加算され、急所攻撃をした場合のダメージ倍率が高くなるようバランス調整されている。
チャンプの攻撃は、どちらもみぞおちと顔面という急所攻撃で、それがこのダメージ結果に繋がっていた。
ただし、当たったのはまだ二発だ。挑戦者も気力が落ちておらず、再度チャンプに向かっていく。
そして繰り返されるハンマーによる、高速のぶん回し。
俺はヒスイさんと一緒にこのゲームをプレイしてしばらく経つが、この挑戦者の攻撃の速さはヒスイさんでも出せない領域にある。
おそらく、スピードを上げる複数のスキルを育て、極限までキャラクターを成長させてきたのだろう。アナウンサーの言葉を信じるなら、パワーも相当なはずだ。
だが……チャンプという人間は、キャラクターの性能差で勝てるような存在ではない。
『ああっと! チャンプのカウンターが、当たる、当たる、当たるー!』
性能差で勝てるようなら、俺だって『超神演義』でチャンプに勝てていたはずだ。
でも実際には、俺はボコボコにされて負けた。
彼は、性能差を覆すだけの〝モノ〟を持っているのだ。
『負けるかー!』
挑戦者が叫びながら、大上段からハンマーを地面に叩きつける。
すると、舞台が割れ、地面から炎が噴き出した。
『出たー! 挑戦者のスーパーアーツ、グラウンドインパクトだー! 数々の対戦相手を
あー、範囲攻撃ね。でも、先日チャンプが投稿していた、『超神演義』の超能力なし宝貝なし最高難易度素手縛りプレイ動画を見たけど、チャンプはその程度、普通に回避するぞ。
チャンプは地面から噴き出す炎の合間を縫うように進み、挑戦者に肉薄した。
そして、ハンマーを振り下ろして隙だらけの挑戦者の顔に、正拳突きを叩き込んだ。
正拳突きは派手なエフェクトをまき散らしながら命中し、挑戦者が舞台端まで吹き飛ぶ。ごっそりHPが削れたので、あの正拳突きは格闘スキルを鍛えることで習得できる
さらに、チャンプは両手を右の腰に当て、何か力を溜めだした。
エネルギーが両手に集まっていくようなエフェクトが、チャンプの周囲に走る。
そして。
『波ぁーッ!』
ってうわー! 波が出たよ波が!
両手を前に突き出したチャンプによる遠距離攻撃技が、舞台の壁に叩きつけられて
それと同時、ゴングの鳴り響く音がコロッセオに広がる。
『決着! 決着です! 『Stella』最強の栄光をつかんだのは、無敵の闘技皇帝、クルマエビだー!』
最初の宣言通り、チャンプが勝った。
そんなチャンプは一通り観客席に勝利アピールをすると、舞台端でうなだれている挑戦者に近づいて、言った。
『キャラを鍛えるのは結構ですが、プレイヤー自身の腕も磨くことですね。また挑戦お待ちしております』
煽りよる!
でも、指摘にあった腕というのが、チャンプの持っている〝モノ〟の正体だ。ゲーム用語でそれをプレイヤースキルと呼ぶ。
以前ミズキさんと対戦したときは、このゲームはキャラクターの性能差があるRPGであり、純粋な腕の差で決着が付くわけではないという趣旨のことをチャンプは語っていた。つまり、キャラ育成もプレイヤースキルを高めるのも、両方やれということだな。
さて、一連の戦いに集中していた俺は、今の言葉で試合の終わりを感じ、ふう、と息を大きく吐いて身体から力を抜いた。
そして、ほとんど飲んでいなかったコーラを一口飲み、隣の閣下を見た。
すると、閣下はポップコーン(大)を全て食べきり、コーラも飲み干し終わっていた。
俺と目が合った閣下は、俺の手元を見て言った。
「食べぬなら、ヨシムネのポップコーン貰ってもよいか?」
こ、こやつ、今の戦いに全く興味持ってねえ! 21世紀でよく見た、MMORPGのPvPとかどうでもいい勢だ!
仮にも、『MARS』ではロボットPvP戦で最強のマスターランク様をやっているというのに……!
俺はのんきにポップコーンを食べる閣下を見ながら、興味の対象は人それぞれなのだなと実感するのであった。