21世紀TS少女による未来世紀VRゲーム実況配信! 作:Leni
「ヒスイさん、本当にこの格好でいくの?」
「はい、お似合いですよ」
「ヒスイさんも一緒に着るのは……」
「着ません」
レイド配信の当日。俺は『Stella』にログインし、ファルシオンの始まりの町で配信のための衣装合わせをしていた。
本日ヒスイさんお勧めの課金アバター装備は、フレンチメイド服。露出の多い改造メイド服のことだ。
ちなみにフレンチとはフランス風という意味らしい。ここでいうフランスとは、イギリス人から見たフランスのことで、下品という意味を込められているようだ。過去のイギリス人、どんだけフランスを見下していたんだ……。
「なんでまたメイド服なんだ?」
「グリーンウッド卿は、メイド長のラットリー様と同伴すると言っておりましたよね。そして、クルマ様の所属クランにはメイドのロールプレイヤーがいて、今回クランメンバーは全員参加すると聞いております」
「へえ、そうなんだ」
「となると、我が陣営にメイドが足りません。ですので、ヨシムネ様がメイドです」
「ヒスイさんじゃダメなのかよ!」
「ダメです。配信の主役の一人はヨシムネ様なのですから、可愛らしさを存分にアピールしませんと」
「メイドって主役どころか、むしろ従者ポジションだと思うんだけどなぁ……」
仕方ないので俺はごねにごねて、ヒスイさんに執事服のアバター装備を着させた。ヒスイさんの男装いいね!
そんなことをしていると、待ち合わせ場所に閣下とラットリーさんがやってきた。前提クエスト攻略から三日が経過しているが、その間にラットリーさんもしっかりキャラクターを作成してきたようだ。
閣下は以前と同じ戦乙女風のアバター装備、ラットリーさんはこだわりがあるのかメイド服を着ている。
「待たせたのじゃ!」
「いや、今来たところだよ」
俺は、彼女ができたら言ってみたかった台詞ナンバーワンの受け答えをして、閣下を出迎えた。ちなみに21世紀の頃に彼女ができたことは一度もなかった。学生時代は男だけでつるんでいたし、大学を卒業してからはほぼ家と畑の往復しかしていない。
そんな俺が未来にやってきてしまって、跡取りがいなくなった実家は大変だろうなぁ……。
それはさておきだ。
俺達は配信前の最後の確認を互いにした。
「クエストの手順は完璧に覚えてきたよな?」
「うむ。ボスの行動パターン以外は完璧じゃ」
今回、ボスの攻略法までは調べていない。レイドの入門ボスだという話だし、ぐだぐだにならない限りは初見プレイの方がよいリアクションが取れるだろう、という判断だ。
クエストの流れを口頭で言い合い、俺達はレイドに参加する視聴者の集合場所である、砂漠と宝石の『星』シミターに向かった。
星の塔を使い、次元を跳躍する。そして、砂塵の町へと到着すると、俺達を待っていたのは……。
「うおー! 閣下、閣下ー!」
「ヨシちゃーん!」
ものすごい数の人の群れであった。
「……マジか」
「うむうむ、盛況じゃの。これは、成功が約束されたようなものではないか」
驚く俺に、喜ぶ閣下。配信者としての格の違いを見せられた感じになってしまった。
星の塔の周辺を埋め尽くすかのように集まる人々。その数は……。
「ヒスイさん、何人くらいいると思う?」
「エリア検索ですと、この町に2315名いるようです」
「多いな!」
ここは配信専用のチャンネルなので、今回の配信に関係ない一般プレイヤーが紛れ込んでいる可能性は低い。
つまり、これ全員がレイドの参加者である。
俺が尻込みしていると、閣下が人々に向かって手を振って言った。
「我が下僕どもー! そしてヨシムネの民よ! 今日は来てくれてありがとう!」
その台詞と共に、「わーっ!」と大きな声援があがる。
「こんなに来てくれるとは私は嬉しい! 今日は存分に楽しもうではないか!」
閣下がさらに言葉を続けると、再び声援が星の塔前の広間を埋め尽くした。
うーん、明らかに広間に人が入りきっていない。よくもまあこんなに集まったものだ。俺のSCホームに人を集めたときはこれ以上の人が来たが、今回はあくまでこのゲームをプレイしている人が集まっているのだ。それがここまでいくとは、圧巻だな。
「場を温めておいたのじゃ。さあ、配信を始めようではないか」
閣下がそう言いだしたので、俺も覚悟を決めて配信者モードに頭を切り替える。
今日のライブ配信は、閣下と俺の配信チャンネル両方で同時に流すことになっている。失敗などしてしまったら、いつもの二倍以上恥ずかしいことになる。どうにかこなさないとな。
「では、開始五秒前ー。四、三……」
ラットリーさんがカウントダウンをし、そして配信が始まった。
「私の下僕どもー、そしてヨシムネの民よー、配信の時間じゃぞー」
「どうもー、21世紀おじさん少女だよー」
『待ってた』『わこつ』『うおー!』『来たわぁ』『わこわこ』
ライブ配信開始と同時に、視界の端に表示されている、閣下と俺の配信チャンネルを合計した視聴者数が、爆発的な増加をする。うおお、閣下とのコラボ効果すごいな。
「本日は、ウィリアム・グリーンウッドと助手のラットリーと」
「ヨシムネと助手のヒスイさんが『Stella』のプレイをお届けするぞ!」
『ヨシちゃんメイドさんや』『エロメイド!』『なんでメイド服?』『閣下の下僕になったの?』
「これには深いわけがあってな……まあいつものヒスイさんの悪ノリなわけだが」
「フレンチメイドなど我が家にはいらんのじゃ!」
「閣下の心証が悪い! まあガチで公爵やっていてメイドが家にいる人にとっては、邪道も邪道か」
「うむ。じゃが、今日のヨシムネは、視聴者に奉仕するという心構えができておるということじゃな。今回は、我らの視聴者がわざわざ参加しに、多数この場に訪れておるのでな」
「ああ、みんなー、今日はよろしくー!」
俺が背後の参加者達に呼びかけると、「わーっ!」っと返事がきた。元気でよろしい。
「では、本日の趣旨を発表するのじゃ。ラットリー、頼む」
「はいはーい」
閣下の後ろに待ち構えていたラットリーさんが一歩前に出て、説明を始める。
「本日は、MMORPG『Stella』で、レイド攻略をしまーす。対象は、要塞鯨という砂漠地帯のボスです! 名前からして大物ですね!」
『レイドボスかぁ』『参加人数がちょっとすごいんだけど、瞬殺しちゃわない?』『すぐ死んだらそれはそれで面白い』『どうせなら閣下の見せ場がほしいなぁ』
「そこはご心配なく! 要塞鯨は、レイド参加人数に応じて最大HPが上がるボスなのですよ。みんなで存分にタコ殴りできますね!」
そんなラットリーさんの説明に、閣下は満足してうむうむとうなずいた。
「今日やることは、そんなところじゃな。それでは、早速進めていくぞい。ヨシムネ、頼むのじゃ」
「おう。それじゃあ参加者のみんなー! ユニオンを募集するから、メニューの
俺はMAP全域に言葉を届けるシャウト機能を使って、参加者全員にそう呼びかけた。
ユニオンとは、複数のPTが集まった大集団を形成するこのゲームの機能だ。ユニオンを組むことで、大集団のままインスタンスエリアやインスタンスダンジョンに入ることができる。インスタンスダンジョンというのは、インスタンスエリアのダンジョン版だな。関係ないプレイヤーに干渉されることなくダンジョン攻略ができるという、MMOというよりMO的な遊び方だ。
今回のレイドも、フィールド型インスタンスダンジョンで要塞鯨と戦うことになるという。フィールド型は、屋内ではなく屋外ってことだ。
事前に作成していたユニオンに、続々人が参加してくる。
五分ほど雑談して待つと、ユニオン参加者が2315名に達した。先ほどヒスイさんが言ったエリア内にいる全ての人が、ユニオンへ参加したことになる。
「それでは、隣町まで移動するのじゃ!」
「砂上船乗り場へ行くぞー!」
俺と閣下は、人の群れをかき分けて目的地へと向かう。
「しかし、この人数が一斉に砂上船へ乗れるものかのう……?」
閣下が、今更になってそんな疑問を口にしてきた。
「言われてみれば……何回かに分けて船が往復するのか?」
俺と閣下が歩きながら悩んでいると、近くにチャンプが寄ってきた。
「大丈夫ですよ。これはゲームですから、無限に新しい船が出てきます」
「おっ、そうか。今日はよろしくな、チャンプ!」
俺がチャンプにそう言うと、視聴者達がチャンプコールを始めた。相変わらず人気だなぁ、この人。
チャンプの後ろには、クランメンバーなのか、闘技場の皇帝控え室で会った人達がついてきている。その中には先日のメイドさんの姿と、ミズキさんの姿も見えた。
「ミズキさんって、チャンプのクランに入ったのか?」
「ええ、グラディウスでPvPに明け暮れていたようなので、誘ってみました。なかなか他のメンバーに打ち解けてくれないんですけど……」
「気難しい人だからな……」
『俺知ってる。ヨシちゃん用語でツンデレっていうんでしょう』『それはまた違うような……』『ヨシちゃん用語で言うとコミュ障だな』『ミズキの評価が散々である』
「おう、21世紀の日本語スラングをヨシちゃん用語って言うのやめーや」
俺、コミュ障って単語、一度も配信で使ったことない気がするんだけど!?
そんな馬鹿話を交わしながら、俺達は砂上船乗り場に到着。そして、皆が続々と砂上船に乗り込んでいく。
船の搭乗料金は、事前に告知した参加条件に含めてあったので足りないという人は出ないだろう。多分。一応、最後尾にはヒスイさんに残ってもらうようにしてあるので、遅れる人は出ないと思う。
「ぬわー、大量の船が後ろに続いておるのじゃ」
砂上船の甲板で、閣下が船の後方を見ながらそう言った。
おお、これは確かにすごい。十隻を超える砂上船が並ぶようにして砂の上を進んでいる。
2315人分の船がチャーターされると、こういうことになるのか。珍しい光景が見られて満足だ。
そうして俺達は隣町に到着し、クエスト発行場所である狩人ギルド前に集まった。
「それじゃあ、クエスト受けてくるから、みんなここで待っていてくれ!」
「行ってくるのじゃ!」
俺と閣下は、食堂の店員から貰った紹介状をインベントリから取りだし、狩人ギルドに入っていった。
すると、インスタンスエリアに入った旨のシステムメッセージが流れる。
ギルドの中は……狩人らしいNPCの姿は見られず、がらんとしていた。受付カウンターらしき場所には、年若い受付嬢が一人いるのみ。
「ふむ、すいておるの」
ギルド内を見回しながら閣下が言う。
「前提クエストで、狩人が怪我しているって言っていたから、それじゃないか?」
俺はそう答えながら、受付嬢の前に立った。
「いらっしゃいませ。何かご入り用でしょうか。あいにく、肉の在庫はございません」
「紹介状を持ってきた。要塞鯨を狩らせてくれ」
受付嬢に告げながら紹介状をカウンターの上に置くと、受付嬢は椅子を倒しながら勢いよく立ち上がり、紹介状も持たずにカウンターの奥に引っ込んでいった。
「マスター! ギルドマスター! 要塞鯨を狩りたいという渡り人が来ました!」
「なんだって!?」
カウンターの奥が騒がしいな。
俺は、受付嬢が戻るのを待ちながら、閣下に向けておどけるように言った。
「参加者が2000人以上いるって言ったら、どんな反応するかな?」
「くふふ、楽しみなのじゃ」
『その人数でのレイドとか、定期開催のイベントボスでしか経験したことないなぁ』『参加すればよかったかなー』『今からじゃさすがに間に合わないか』『私は戦い苦手なので見ているだけで満足』『ゲームによっては10万人規模のレイドとかもあるよ』
へえ、レイドもいろいろあるんだな。興味が尽きないが、まずはこの2000人超という大規模レイドを楽しんでみることにしよう。
俺は、これからどんな戦いが待ち受けているのかと、VR上の仮想ボディの胸を高鳴らせるのであった。