21世紀TS少女による未来世紀VRゲーム実況配信!   作:Leni

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14.初めてのライブ配信

 今日の俺は、朝からそわそわとする身体を抑えられないでいた。そう、とうとう予定していたライブ配信の日が来たのだ。

 難易度ナイトメアをクリアしてから三日。俺は空いた時間でゲームもやらずに、動画についたコメントを読んでその時間を消化した。楽しかった。

 

 そんな開始直前、朝食を食べた後はヒスイさんとライブ配信本番の流れを確認した。

 とはいっても、司会進行はヒスイさんにほとんど任せるつもりだが。これでは、どっちがメインの配信者だか判らんね。

 

 ライブ配信の内容は、俺のVRマシンのホーム画面、通称SC(ソウルコネクト)ホームに視聴者を集め、『St-Knight』をプレイ可能な視聴者と共に対戦を行なうというもの。

 俺のSCホームに人を集めると言っても、俺の部屋にあるVRマシンに直接視聴者のアクセスがあるわけではなく、専用の配信サービスを使うらしい。配信サービスのサーバを一時的に借りてそこに俺のSCホームを反映させて、そこに人を集めるということだな。

 

 SCホームに来た人は、設定しているアバター、つまりはVR空間用の姿で表示されることになる。視聴者がいっぱい来たら、人で寿司詰め状態になるってわけだな。まあ、特殊な処理がほどこされて、視聴者は窮屈感を感じないらしいが。

 また、わざわざ俺のSCホームにアバターを使ってアクセスしなくても、たとえばゲームのプレイ中やリアルに戻っている最中でも、専用ウィンドウでライブ配信を視聴することが可能とのこと。そういう人は、SCホーム側ではアバターではなく猫の姿で表示されるよう、ヒスイさんが設定したとのこと。なんで猫かは知らない。

 

 ともあれ、もう少しで開始時間だ。

 俺は、ソウルコネクトチェアに座りながら、気を紛らわすためにヒスイさんへと話しかけた。

 

「いよいよオンライン対戦モードでの配信かぁ。この時代の回線は有線じゃないのに、オンラインって言うんだな」

 

 ラインとは線という意味だ。つまりオンラインとは線で繋がっている状態を言うのではないだろうか。英語詳しくないけど。

 この時代、テレポーテーション通信なる、すごい超能力無線技術で通信を行なっているらしい。超能力がどんな物なのか、俺は未だに何も知らない。

 そんな疑問を持つ俺に、ヒスイさんはにこりとした表情で言葉を返してくる。

 

「そこはもう、語源が古すぎて、ただの慣用句になっていますよ。ヨシムネ様が普段使っている21世紀の日本語ですが、その単語の一部に古い時代の囲碁用語が混ざっていることはご存じですか?」

 

「いや、なにそれ知らない」

 

「駄目、布石、定石、一目置く、序盤、結局……他にもいろいろありますね。これらは本来の用途を超えて使われるようになったわけでして、オンラインという言葉も同じことです。有線でなくとも〝オンライン〟ですし、有線でなくとも〝回線〟なのです。21世紀の時点ですでにそうだったのではないですか?」

 

「なるほどなー」

 

 俺が使っているのは21世紀の日本語だ。この未来の世界から見て古い時代の日本語だが、ゲームをプレイしていてもその古い日本語が普通に使われているように感じる。

 だが、ヒスイさんによると、ゲームに21世紀の日本語モードが実装されているわけではなくて、俺自身に搭載されている自動翻訳機能が勝手に訳してくれているだけらしい。

 

 リアルの世界でも、その自動翻訳機能は有効だ。

 以前、ニホンタナカインダストリのタナカさんと会話をしたが、普通に21世紀の日本語を喋っているように見えた。

 だが、実際のところ、タナカさんは27世紀の日本語を喋っていたらしく、彼が口から発する言葉は俺の内部で勝手に訳され、あたかも21世紀日本語ネイティブであるかのように聞こえていたというわけだ。

 

 ま、600年も経てば言葉も変わるってことだな。そんな昔の言語に対応している自動翻訳機能が、すごいってことでもある。

 

「そもそも、物理的に存在しない架空の経路であっても、繋がっていればそれは線と言えるのではないでしょうか」

 

「それもそうか。……しかし、自動翻訳機能って便利だな。俺が21世紀の日本語で喋っても、宇宙の全ての人に正しく言葉が伝わるんだ」

 

「そうですね。ちなみに私は、誤訳がわずかにでも起こらないようにと、ヨシムネ様に向けては21世紀相当の日本語で話していますよ」

 

「そうだったの!?」

 

 てっきり、銀河標準語なる言語とか使っているのかと思ったよ。いや、そんな言語が存在するかは知らないけれど。

 

「さて、開始十分前ですね。配信サービス側の設定は全て終わりましたから、後は時間まで待つだけです」

 

「お、おう。手が震えてきた……」

 

 ソウルコネクトチェアの肘掛けに載せた手が、本当にぶるぶると小刻みに震えている。ガイノイドボディなのに芸が細かいと言えばいいのだろうか。ミドリシリーズすげえ。

 自分の性能に呆れていると、ヒスイさんがそっと手を握ってくれた。

 そして、優しい声色で言った。

 

「大丈夫ですよ」

 

「ヒスイさん……」

 

「ヨシムネ様が、言葉に詰まっても、話をスベらせても、声を裏返らせても、対戦で負け込んでも、視聴者をののしっても、私がきちんとフォローします」

 

「いや、どんだけ失敗するのが前提なの、俺!?」

 

「ふふっ」

 

 あ、突っ込み入れたら手の震えが止まった。やっぱりヒスイさんは頼りになるわぁ。さすがヒスイさんです!

 

「さて、そろそろSCホームに行っておきますか」

 

「よーし、乗り込めー!」

 

 瓜畑吉宗、頑張ります!

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 やべえ、想定より多い。正直、SCホームは猫だらけになると思っていた。

 視聴者層の大半を占めるであろう二級市民は、MMO系ゲーム内での生活を本当の人生のように感じ、そちらで生活時間の大半を送っているという。だから、ライブ配信のためにゲームの中からわざわざ出ることはせずに、ゲームをしながら専用ウィンドウで配信を見るだけで済ませると思っていたのだ。そういう人は、このSCホームでは猫になる。

 だが、いざ開始時間になってみると、人型のアバターがわんさかわんさか。

 

『人多すぎる』『ヨシちゃんの人気に嫉妬』『生ヨシちゃんとヒスイちゃんさんだ!』『うおー! ヨシヨシヨシヨシ!』

 

 そんなコメントが俺の目の前にポップアップしてくる。

 これは、視聴者のコメントを抽出した物。コメント数が膨大な場合、視聴者の総意となるようなコメントがチョイスされる仕組みになっているそうだ。未来の技術って、配信面でも進化しているんだなぁ。

 

 さて、こうしてコメントが表示されるということは、俺の言葉も相手に伝わる状況にあるということ。

 だから俺は、学生時代の演劇部でやっていたように、丹田に力を入れて言葉を放った。

 

「どうもー。21世紀から死体でやってきて、ガイノイドに魂をインストールされた、21世紀おじさん少女だよー。名前はヨシムネ! なんだかヨシちゃんって呼ばれているみたいだ!」

 

 人は多いが、ここはVR空間。声を張り上げる必要はない。ささやき声だろうが、千を余裕で超える人々全員に届くのだ。

 俺の開幕の挨拶に、どっと歓声が上がった。抽出されたコメントは文字でポップアップされるが、それとは別にアバターの人達の声も届く。面と向かわない相手だと、ボリュームは最小限だけどな。

 歓声が収まったので、俺はヒスイさんに目配せをする。

 

「皆様ごきげんいかがでしょうか。ニホンタナカインダストリの女性型アンドロイド、いわゆるガイノイドの業務用ハイエンド機であるミドリシリーズのヒスイです。今日は司会進行を担当させていただきます」

 

『ヒスイさんマジヒスイさん!』『リアルヒスイさん! いや、リアル世界じゃないけど』『ミドリシリーズと交流できる日が来るとは思わなかった』『嫁に欲しい』

 

 このポップアップ、本当に総意コメントなのか……?

 まあ、いい。

 

「今日は俺のライブ配信に来てくれてありがとう! 人が集まるかどきどきしたけど、ちゃんと集まってよかった。猫だらけになったらどうしようかと思ったぞ」

 

『猫?』『確かに猫いるわ』『なんで猫』

 

「アバターでの接続以外の視聴者の方は、猫として表示されるよう設定しております」

 

「ヒスイさん、なんで猫なの?」

 

「可愛いでしょう?」

 

「あっ、はい」

 

 ヒスイさん、猫好きなんだ……。今度猫型ロボットペットの値段調べておこう。

 

「いやー、それにしても人多いな。殺風景なこの白い空間に、人の海。怖いね」

 

『ヨシちゃん大人気』『初ライブ配信でここまで人集まったなら、なかなかのもんだ』『背景が白すぎる……』

 

「背景はごめんな! また別の日のライブ配信で、視聴者のみんなと一緒にコーディネートしようと思っているんだ」

 

『楽しみ!』『ヨシちゃんの格好に合わせて洋風?』『サンドボックスゲームで鍛えた腕がうなるぜ!』『視聴者のSCホームを訪問して参考にするのも面白いかも』

 

 俺の今の格好は、ヒスイさんがコーディネートしたゴスロリドレスだ。人前に出るからできればあんまり女っぽいものは避けたかったのだが、ヒスイさんに押し切られた。くっ、外側は女の姿に慣らされていっても、心の中は絶対に雌落ちしないからな!

 

「今日は、ゲームの日! とことんまでゲームを楽しもうと思っている。今までの動画を見てくれた人は解ると思うけど、俺も頑張って練習してきたぞ!」

 

『かかってこいやあああ!』『今日のためにナイト買ってきたけど、これだけ人居たら対戦無理そう』『今回だけと言わず、今後も対戦会開催してほしい』『負けて悔しがるヨシちゃん見たいです』

 

「そう簡単には負けてやらん! 熟練者の人は、ちょっと手加減して……」

 

『熟練者から逃げるな』『今日チャンプ来るって言っていたから、ボコボコにされてください』『え、チャンプ来てんの』『マジかよヨシちゃん終わったな』『うおお! チャンプ! チャンプ!』

 

 ちゃ、ちゃんぷ……? なんかすごそうな人が来てるって?

 というかこのポップアップ、抽出しているコメントは総意に該当する物だけじゃないっぽいな。「チャンプが来るって言っていた」というコメントなんて、完全に個人のコメントじゃないか。

 

「場も温まってきましたので、ゲームの説明に移っていきましょうか。今回のゲームは『St-Knight』です」

 

 バスケットボールサイズもあるゲームの起動アイコンを胸の前で抱き、ヒスイさんが説明を始める。

 

「『St-Knight』のジャンルは対戦型格闘で、豊富なアシスト動作が売りの本格派武器戦闘ゲームとなっております。先日、ヨシムネ様はこれの最高難易度ナイトメアをコンティニュー回数多大ながらもクリア。最低限、オンライン対戦モードに出られる用意は整ったと言っていいでしょう」

 

「俺頑張ったよ! 超頑張った!」

 

『動画見たよー!』『ノーコンティニュー挑戦まだー?』『AIサーバ接続版ナイトメアモードもどうぞ』『マゾゲープレイヤーならやってくれるよね?』

 

「俺はマゾゲーの専門家じゃねえ!」

 

『またまたご冗談を』『『-TOUMA-』の後追いプレイヤー、挫折者続出だってよ』『お口悪子さん(だがそれがいい!)』

 

 自動音声で読み上げられる抽出コメントと会話を交わす俺だが、ヒスイさんは気にせず説明を続ける。

 

「今回は、『St-Knight』のオンライン対戦モードの中で、プライベートルーム作成を行なってやります。部屋名は『21世紀おじさん少女』パスワードは『5963』です。ゲームを所持していてアバターでこの配信に来ていらっしゃる方は、ゲームを起動しなくても自動で部屋に入ることができますので、わざわざ配信を切る必要はありませんよ。ゲーム未所持の方も、ここにいれば自動で観客席に送られます」

 

『解りやすい部屋名だ』『パスワードの意味は何?』『惑星テラにあるニホン国区の独自言語でご苦労さん』『こういうのは翻訳されないのか』『あくまでパスワードは文字の羅列だからな』

 

「なお、対戦を希望する方は、対戦の結果がどのようになろうとも、後日配信いたしますゲーム動画に収録される可能性があることをご了承ください」

 

『チャンプの出番だな!』『どんな結果になってもいいならチャンプの出番!』『ナイトの伝説チャンプ』

 

 おいおい、どれだけ話題持っていくんだ、チャンプとやらは。俺のライブ配信だというのに、人気に嫉妬しそうだ。

 ヒスイさんならチャンプとやらもどんな人か知っていそうだが、話を中断して聞くわけにもいくまい。

 

「それでは早速開始いたしましょう。ゲームスタートです」

 

 ヒスイさんがゲームアイコンを頭上に掲げると、真っ白なSCホームが崩れ落ち、ゲームが起動した。

 さて、対戦だ。がんばるぞい。

 


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