21世紀TS少女による未来世紀VRゲーム実況配信!   作:Leni

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145.最果ての迷宮(ローグライク)<1>

 ヤナギさんとのカラオケから二日後。昼食を食べ終えた俺は、ヒスイさんが配信チャンネルにアップしたカラオケ動画の反応を見ていた。

 ほぼノーカットの三時間近い動画だというのに、再生数がすごい。肯定的なコメントも山ほどついている。

 やっぱり人気歌手のヤナギさんが出ると、注目度が段違いだ。俺も配信を続けて、人気配信者を目指さないとな!

 

 というわけで、俺はヒスイさんに次の配信ゲームの相談をすることにした。

 

「配信用のゲームですか。特にジャンルの指定がないなら、私の方でお勧めしたい作品がありますね」

 

「へえ、積極的にお勧めしてくるって、ちょっと期待できるな」

 

 ヒスイさんはイノウエさんに向けてぶらぶらと振っていた、釣り竿系猫じゃらしの玩具をしまいながら対応をしてくれた。

 コーヒーを淹れてくれるというので、居間に移動してヒスイさんが戻ってくるのを待つ。

 一分ほど経つと、ヒスイさんがコーヒーカップを二つお盆に載せて、キッチンから戻ってきた。

 

 俺はシュガーポットから角砂糖を二つ入れ、スプーンでかき混ぜてコーヒーを口にする。うん、ガイノイドボディなのでカフェインで脳がしゃっきりすることはないが、このほどよい苦味が気を引き締めてくれる。

 ヒスイさんはブラックのままで一口コーヒーを飲むと、カップをテーブルの上に置いて言葉を発した。

 

「ところで、最近のヨシムネ様は、成功体験を重ねて自信に満ちあふれていますね」

 

 と、ヒスイさんはゲームを紹介してくるのではなく、そんなことを言いだした。

 

「そうだな。結構、頑張っていると思う」

 

 ヒスイさんの意図が読めないまま、俺はそう答えた。

 

「ですが、こうも思うのです。簡単に成功しすぎではないかと」

 

「……どういうこと?」

 

「失敗を重ねて少しずつ成長し、成功をつかみとる。そんな姿もまた美しく、視聴者を魅了するのではないでしょうか。少なくとも、初期の『-TOUMA-』や『St-Knight』、『アイドルスター伝説』ではそうだったはずです」

 

「……そうかな?」

 

 やばい、俺の脳が警鐘を鳴らしている。いや、今の俺には脳はないが、とにかくやばい。

 

「そこで、これです。ローグライクゲーム『最果ての迷宮』。次のライブ配信はこのゲームにしましょう」

 

 正直ほっとした。今回は時間加速機能を使うのではなく、ライブ配信のようだ。

 

「了解。そのゲームをプレイしようか。ローグライクね。うん、ローグライク?」

 

 やべえ、俺、ローグライクをほとんどプレイしたことないぞ。

 一方通行のフィールドマップを右に右にと進行していくフリーゲームと、かたつむり観光客の元ネタになったゲームの二つだけしかやったことがない。

 前者は簡単な条件のエンディングしか見られなかったし、後者のゲームなんて、プレイに慣れるまでにゲームフォルダをパソコンのごみ箱に何度も突っ込んだ。それくらいローグライクには不慣れなのだ。

 そのどちらも、ゲームの難易度としてはかなりのものであった。

 ヒスイさんの言う失敗を重ねてという言葉、かなりガチな感じで来るのではないだろうか。

 

「では、明日からライブ配信を行なう旨の告知を出しますね」

 

 ああ、後戻りできなくなった。

 俺はコーヒーの残りを飲み干し、明日のライブ配信のことを考える。……波乱の予感がする。

 予知能力者の俺がこんな感覚になるとか、いったいどうなってしまうのやら……。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 次の日、俺は予定通りSCホームでライブ配信を開始した。

 いつもの口上を言い、『わこつ』を貰う。うーん、実家のような安心感。少し気が楽になった。

 

「では、今日プレイするゲームはこちら! 『最果ての迷宮』!」

 

 俺の宣言と共に、ヒスイさんがバスケットボール大のゲームアイコンを手に持って掲げた。

 

「『最果ての迷宮』はローグライクゲームだ。正直、俺はローグライクに馴染みがないので、ヒスイさんに解説をお願いしよう」

 

「はい、それでは、ローグライクというゲームジャンルについて説明いたします」

 

 そう言ってヒスイさんはゲームアイコンをSCホームの畳の上に置いた。これは、説明が長くなるってことだな。

 

「西暦1980年に発表された『Rogue(ローグ)』というゲームがあります。『Rogue』はデジタルゲーム黎明期の名作の一つとして数えられており、この作品のゲームシステムを模倣したゲームが多数作られました。その模倣されたゲーム群を『Rogue』風(ローグライク)ゲームと呼びます」

 

『ゲームジャンル名の発祥はどれも古いけど、ゲームタイトルがジャンル名になっているのは珍しいよね』『そのパターンで他にあるのは、アドベンチャーゲームだな』『メトロイドヴァニアなんかも』『みんなよくゲーム史覚えているな』『ゲーム史とか普段使わない知識だから、全部忘れているや』

 

 この時代の人達は、ゲーム史も勉学の一つとして学ぶのだなぁ。ちょっと21世紀人には理解できない感覚。

 

「『Rogue』はダンジョンを探索して、モンスターと戦ったりアイテムを拾ったりしつつ、次の階へと進んでいくゲームです。ローグライクゲームの多くに採用される『Rogue』の特徴の例として、以下のような要素があげられます」

 

 ヒスイさんはそう言って、特徴を一つずつあげていった。

 

・ランダムに生成されるダンジョン。

・ターン制での進行。

・空腹度の概念。

・鑑定するまで正体が不明なアイテム。

・死亡時点でゲームオーバーとなる。

・敵との戦闘時にエンカウント式RPGのような戦闘専用画面に移行せず、ダンジョンマップ上で戦闘を行なう。

 

「もちろん、これらの要素を全て網羅しなくても、ローグライクゲームと呼ばれます」

 

「なるほどなー。もう、見るからに難易度が高そうだ」

 

「難易度を低く抑えて、大衆に広く受け入れられたローグライクゲームの名作も、もちろんありますよ」

 

 そんなものか。

 

「『Rogue』の特徴を数点しか受け継がず、独自要素を強くしたローグライクをローグライトと呼んだ時期も、ヨシムネ様が生きていた時代にあったようですが、今では全てローグライクに統一されています」

 

 ふむふむ。ローグライトは初めて聞く言葉だな。

 

「以上が、ローグライクゲームの説明になります」

 

「ありがとう、ヒスイさん。ちなみに、俺のローグライク経験だが……20世紀末の国民的RPGの商人キャラクターがダンジョンに挑むやつを子供の頃の友達がやっていて、それを横で見ていたことがあるんだが……。正直、死んだらレベル1に戻るという点が合わないなって思って、それ以降ローグライクをほとんどプレイしたことがないんだ」

 

『おや?』『ヨシちゃんに馴染みがないジャンルって、存在したんだ』『てっきり、古いゲームジャンルは一通り修めているのかと思っていました』『大丈夫? クリアできる?』

 

「俺が真っ当にクリアしたローグライクといえば、『Stella』でネタにした、かたつむり観光客が出てくるゲームくらいのものだ」

 

「あのゲームは、基礎的な戦闘システムに『Rogue』の要素を採用していますが、死亡してもレベルや所持品がリセットされない点や、セーブしたところから何度でも再開できる点などのRPG的要素が追加されていますね。……そもそも大元の『Rogue』自体はRPGという扱いなのですが」

 

 どういうゲームか知っているってことは、ヒスイさんもプレイしたのだろうか、あのゲーム……。

 

「さて、それじゃあ次は、肝心の今回やるゲームについての説明に行こうか」

 

「はい、『最果ての迷宮』のストーリーを紹介します。不死の呪いにかけられた1000年を生きる魔法戦士が、呪いを解くためにあらゆる願いが叶うという伝説の迷宮に挑もうとしています。伝説の迷宮は最果ての世界という別世界にあり、その世界に行くには99ある迷宮から鍵を持ち帰り、全ての鍵をそろえる必要があります」

 

『出た、不死を不幸なことと考える古い価値観』『昔の創作物にありがちだな』『200年生きているけど、まだ生きてゲームやっていたいよ』『自分以外の人類が全部絶滅した後とかなら、消滅も考えるかなぁ』

 

 あー、あるよね、不老不死はよくないことで、一瞬を輝いて生き、やがて死ぬからこそ人間は美しいと主張するゲーム。

 次元の狭間に飲み込まれて死んだ後も、ガイノイドボディで生き続けている俺としては、支持できない考え方だ。

 

「話を続けます。99ある迷宮は全て、足を踏み入れた瞬間に無力な凡人になる、すなわち魔法を封じられレベル1に戻されるという、一時的な呪いがかかるようになっています。そして、その困難さから、今まで誰も最果ての世界に辿り着いたものはいないとされております」

 

「で、でたー。誰も行ったことがない場所のはずなのに、その場所に何があるか言い伝えられている的なやつ!」

 

『そこを突っ込んだらおしめえよ』『しかし、99個の迷宮とか配信でクリアできるのか?』『しかもヨシちゃんは初心者』『配信関係なくても99は多すぎだろ』『完全にやりこみゲームだな……』

 

 そんな視聴者の言葉を受けて、ヒスイさんが言う。

 

「もちろん、ライブ配信での完全クリアは不可能でしょう。時間加速機能を使って数ヶ月単位でプレイしていただかない限り」

 

「それはマジ勘弁!」

 

「はい。そこで、今回はゲームのクリアではなく、五日間というプレイ期間を決めて、どこまでヨシムネ様が頑張れるかを配信していきたいと思います」

 

 これは、事前の打ち合わせで決めていたことだ。

 俺のライブ配信は、同じゲームを連続で何十日といった長期間、続けないことが特徴となっているからな。今までの最長配信が、『MARS』のストーリーモードの十四日間だ。

 

「99ある迷宮には、それぞれ異なる呪いが存在しています。ゲーム的に言ってしまうと、迷宮ごとに適用されているゲームシステムが違います。過去に存在した様々なローグライクゲームの仕様が、一つ一つの迷宮に実装されていて、それぞれ違うゲームとして楽しむことができます」

 

「つまり、一つの迷宮で積んだ経験が、他の迷宮では役に立たないとか……?」

 

「そうとも言えますね」

 

 厳しい、厳しすぎるよこのゲーム! 本当に全ての迷宮を踏破して、ゲームクリアした人っているのか、これ!

 はー、五日間という期間切ってくれて、正直かなり助かったぞ。

 

「以上で、『最果ての迷宮』の説明は終了です」

 

「よし、それじゃあゲームを起動しようか。正直どこまで行けるか判らんが、視聴者のみんなには格好いいところ見せてやるぞ!」

 

『久しぶりに死ぬヨシちゃんを見たい』『死ぬのは『超神演義』以来かな?』『ローグライクという時点で運命は決まっておる……』『死に芸を見せてくれるって信じてる!』『ヨシちゃん頑張れー!』

 

 応援してくれる抽出コメント、一つしかないんですけど!?

 俺は、ゲームアイコンを掲げてゲームを起動するヒスイさんを横目で見ながら、どんな試練が待っているのか戦々恐々とするのであった。

 


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