21世紀TS少女による未来世紀VRゲーム実況配信! 作:Leni
『ナーイト!』
ゲームが起動した瞬間、視聴者側からそんな声が一斉に響いた。
「えっ、えっ、今の何!?」
俺は視聴者達の謎の行動に、困惑して周囲を見回す。
『ヨシちゃん知らないんだ』『ナイトの配信では、ゲーム起動時に叫ぶのがテンプレ』『ナイトライブ配信参加心得!』『叫ぶの気持ちいいよ?』
「えー、このゲームの他の人の配信チェックしたことなかったから、知らなかった。俺も叫びたいから、ヒスイさんゲーム起動し直して!」
「……かしこまりました」
「ヒスイさんも叫ぶんだよ」
「はい」
そうして一旦背景は真っ白なSCホームに変わり、またゲームが起動する。
「ナーイト!」「ナーイト」『ナーイト!』
ははっ、楽しい。
そして、恥ずかしそうにしているヒスイさんいただきました。コメントでも、ヒスイさんに関する物がいっぱいだ。
「では、気を取り直してオンライン対戦モードを選択していきましょう」
あ、誤魔化した。
タイトル画面でモードが選択され、ヒスイさんの手で対戦用のプライベートルームが用意されていく。
背景がまたもや変わり、20世紀の有名少年漫画の天下一武道会を思わせる武舞台が作られた。というか、あの漫画の武舞台そのものだな……。さしずめ古典文学を再現しているってところか。やっぱり時代を経ても、名作は名作のままなんだな。
そして、俺とヒスイさんは武舞台の真ん中に立っており、視聴者達は観客席に座っている。席に座る猫がシュールである。
「早速対戦を開始していきましょう。『St-Knight』を所持していてキャラメイク済みの参加希望者様からランダムで抽出し、ヨシムネ様と対戦していただく形でよろしいですか?」
『チャンプは?』『チャンプおらんの?』『チャンプVSヨシちゃん見たい!』『うおお! チャンプ! チャンプ!』
「チャンプって人、人気だな! 俺このゲーム詳しくないんだけど、有名人?」
『ご存じないのですか!』『ナイトの年間王者を七年連続で務めたあのチャンプ!』『ハラスメントチャンプ!』
「七年連続って、結構前からあるんだな、このゲーム」
というかハラスメントってなんだ。
「チャンプの方は……いらっしゃるようですね。対戦希望いたしますか?」
『チャンプおるんか!』『いるよー』『わあい、チャンプだー』『チャンプが人前に姿を現すの何年ぶり?』『あんなことがあったらな……』
「チャンプって人の人気に嫉妬」
『嫉妬するヨシちゃんも可愛いよ』『俺はヨシちゃん一筋だから安心して!』『私はヒスイさん派』『二人は一緒だよ』
くっ、視聴者も好き勝手言いよって。
「では、クルマム様を舞台に招待しますね」
と、視聴者と遊んでいる間に、ヒスイさんが何やら話を進行させていたようだ。
ヒスイさんが空中に浮いたパネルを操作すると、武舞台の上に一人の男が転送されてきた。身長180センチほどで、西洋風の革鎧を着込んでいる。
「あ、どうも。クルマムです」
男がそう挨拶をしてきた。チャンプらしき人なのに腰が低いな。
「チャンプさんか?」
「あ、はい。昔、ナイトでオンライン対戦モードの年間王者をしていました」
『うおお! チャンプ! チャンプ!』『チャンプがナイトに帰ってきた!』
「なるほど、チャンピオンってわけだな。相手にとって不足はなし! ……ところでこのゲームはもう引退したん?」
「ええ、今は『Stella』ってMMOにはまっていまして」
『嘘つけ! 恥ずかしくなって逃げたんだろう』『ハラスメントチャンプ!』『ミズキから逃げるな』
「えーと、どういうこと?」
抽出コメントが何やら不穏になってきたので、チャンプに事情を聞く。
「……ええと、王座決定戦でハラスメント判定を受けて失格になったことがありまして、それが原因で引退したって思われているみたいです。本当は『Stella』のサービスが開始したからなんですが」
『マジ?』『『Stella』行けばチャンプに会えるの?』『ミズキから逃げるな』『ミズチみたいなんやな』
ミズキって何?
「ミズキというのは?」
「AIによるハラスメント判定が発動しちゃった相手ですね。すごく扇情的な格好をしていたプレイヤーで、思わずよこしまな考えが……」
「こちらが当時の対戦映像ですね」
ヒスイさんが武舞台に大写しで、動画を流し始める。今とは違い軍服のような物を着ているチャンプと、とてつもなくでかい乳が服からこぼれ出そうなほどの薄着をした、妙齢の女性が戦っている。女性の乳は動くたびにばるんばるんと揺れており、元男として非常に目に毒だ。
そして、チャンプの正拳突きが女性の胸に命中しそうになったところで、AIの判定が下りチャンプは画面から弾き出された。
このゲームは、女性の乳や尻に攻撃が命中したとしても、ハラスメントガードで固い感触しか返ってこない。
しかし、それでもよこしまな考えを持って他者に接触すると、監視AIが試合を中断するようになっているとヒスイさんが言っていた。それで、失格判定となったのだろう。
「……元男としては、ドンマイとしか言えん」
「いえ、もう割り切っているので大丈夫ですよ。正直美味しいネタだと思いますし」
懐が広い……! これがチャンプ……!
『美味しいネタって……確かに笑ったわ』『チャンプ誤解してたよ!』『でもミズキとは決着つけようね』
「では、対戦に移りましょうか。一ラウンド制で時間制限は五分です」
チャンプとの話をぶった切るように、ヒスイさんがそう宣言する。そうだな、雑談ばっかりしていたら、せっかくのライブ配信なのに対戦が全然できなくなってしまう。
「はい、よろしくお願いします」
「よろしく! ……手加減してね?」
「すぐに終わらせないよう注意しますね」
チャンプはそう言ってにかっと笑った。
瞬殺とか動画的にもちょっと困るから、配慮してくれるのは助かる!
『ヨシムネ VS. クルマム』
対戦が成立し、俺達は武舞台の所定の位置に移動させられる。ヒスイさんは舞台袖だ。
俺は腰から打刀を抜き、正眼に構える。チャンプは無手だ。鎧姿だから一応、革製の篭手を装着しているけど。武器格闘のゲームなのに、徒手空拳で年間王者とかすごすぎないかこの人。
『ファイナルラウンド ファイト!』
そして、俺は負けた。
『KO クルマム ウィン』
「だー、強い! 強すぎる! でもちゃんと攻撃命中したからよかった」
「ナイト歴が二週間もないわけですから、それを考えると相当強かったですよ」
チャンプがそう慰めてくれる。性格イケメンすぎるな。俺が女だったら惚れてた。あ、俺、女じゃん。今のなし。
『ヨシちゃんドンマイ!』『『-TOUMA-』の覇者でもチャンプには敵わないのか……』『戦いのレベルが高すぎてびっくりですね』『そうか、ヨシちゃんこのゲーム始めて二週間しか経ってないのか』『ヨシちゃんがここまで強くなって俺も鼻が高いよ……』
「ちなみに、戦ってて気になったところとかある?」
俺はそうチャンプに感想を尋ねてみた。悪いところを潰していくのは、上達の第一歩だからな。
「ヨシムネさんの気になったところですか。そうですね、システムアシストの使い方は見事でしたけど、読み合いがまだまだでしたね」
「ふむう。読み合いか……」
「時間を超加速しての練習の弊害でしょうか。高度有機AIサーバに接続していないから、人間っぽい思考がアーケードモードのAIに反映されてなかったのでしょう」
「そこのところはヒスイさんとの練習でも重視していなかったな。なるほど、ありがとう!」
俺はそう言って、チャンプに右手を差し出した。
すると、すぐさまチャンプは握手に応じてくれる。最後まで気持ちのいい男だった。
「クルマム様、対戦ありがとうございました。では、次の対戦に移りましょうか」
「あ、すみません。一つお願いしたいのですが」
と、ヒスイさんの進行をさえぎって、チャンプが何やらヒスイさんに話しかけた。
「はい、なんでしょうか?」
『おっナンパか』『ヒスイさん結婚してください!』『絶対に許さないよ』
「ヒスイさん、俺と対戦していただけませんか?」
『きたああああああ!』『チャンプよく言った!』『最高のミドリシリーズVS最強のチャンプ』『人類は、はたして最高品質の高度有機AIに勝てるのか!』『人類卒業試験』
な、なんという展開。これは……。
「面白そうだから俺が許す!」
「ヨシムネ様……」
そういうわけで、対戦が成立した。ヒスイさんも苦笑して許してくれた。
俺は舞台袖に移動し、武舞台ではヒスイさんとチャンプが向かい合っている。
『ヒスイ VS. クルマム』
ヒスイさんはエナジーブレード。チャンプは変わらず革の篭手のみだ。はたしてどうなるか。
『ファイナルラウンド ファイト!』
戦いは、互角のまま進み、制限時間の五分が経っても互いの体力は残ったままだった。
決着は判定にもつれこむ。勝負の結果は……。
『クルマム ウィン』
チャンプの勝利だった。
『おおおおおおおお』『人 類 卒 業』『チャンプマジチャンプ』『マジ? ミドリシリーズってスポーツでいつもトップ争いしているよね?』『うおおおおおおおおおっっ!! チャンプッ! チャンプッ!!』
武舞台の上でヒスイさんとチャンプが握手を交わしている。うむ、名勝負だったな。しかしヒスイさん、強いと思っていたけど超有名ゲームの年間王者に迫るほど強かったとは。
だが、そんな名勝負を繰り広げたというのに、ヒスイさんは落胆している。肩を落としてとぼとぼと俺の方に近づいてきた。
「ヨシムネ様、申し訳ありません。負けてしまいました」
「いや、名勝負だったと思うよ?」
「業務用ハイエンドを自負するミドリシリーズのAIが、ただの人類に負けるなど……! こうなったら、ニホンタナカインダストリに『St-Knight』の専用バトルプログラムの発注を……!」
「いやいや、そこまでしなくていいって。強かったね、楽しかったね、でいいんだって。まあ、スポンサー的には思うところがあるかもしれないから、向こうからプログラムを勝手に用意してくれる分には構わないけど?」
ヒスイさんがお金を使って発注するのは、なしだ。ヒスイさん個人が、どれだけクレジットを貯め込んでいるかは知らないけれど。
それに、スポンサーからは「ヒスイさんを活躍させろ」なんて指示は受けていないからな。
「それより、進行進行。チャンプのことも、もう対戦終わったのに武舞台の上に放置したままだしさ」
「はい、そうですね……。では、次の対戦相手を募集します。ランダム抽選で、参加希望者は――」
そういうわけで、気を取り直して対戦会が始まった。
対戦者の腕は皆バラバラ。『St-Knight』熟練者がいたり、MMOのPvPには慣れているけどこのゲームは初めてやったという人がいたり、そもそも人と対戦するのが初めてという人もいた。
「だっしゃおらあ! 勝ったどー!」
『Cランクに勝利とかヨシちゃんやるなぁ』『だんだんヨシちゃんの口調が崩れてきた』『こいつ、戦いの中で成長して……!』『それはない』『ヨシちゃんは反復練習で強くなるタイプ』『その姿勢は見習いたいな』『ゲームは生活の一部だけど、上達させるって発想がそもそもなかったわ』『PvP界楽しいよおいでおいで』『お断りします』
こいつら、抽出コメントで会話してやがる……! 総意を汲み取る形のはずなのに、どうやってんだ、本当に。
それにしても、いっぱい戦ったな。
「んじゃー、俺は十分堪能したから、次はヒスイさんとの対戦な。希望者集まれー!」
『わあい!』『これからが本当の地獄だ……』『助けてチャンプ!』『俺達は人類卒業していないんですよ!』
「そう言いつつも、希望者めっちゃ集まってるじゃーん。ヒスイさん、のしてやりなさい」
「お任せください」
ふんす、とヒスイさんが気合いを入れる。さっきは惜しくも負けたから、今度こそいい姿を見せようと気合いを入れているのだろうか。
そして、ヒスイさんの戦いが続く。
『死屍累々』『やっぱりミドリシリーズは強かったんやなって』『Sランクですら手も足も出ないとかどうなってんの』『さすがヒスイさんです!』
「ヒスイさん、よくやった! さすがだね」
俺は頑張ったヒスイさんを褒めておく。四六時中一緒に居るから、こうやって馴れ合い系コミュニケーションを重ねておくのが仲良くする秘訣だ。
「魅せプレイもある程度意識したのですが、どうでしたか」
「無慈悲な夜の女王って感じ」
「それは褒め言葉なのでしょうか……?」
「うんうん、褒めてる褒めてる」
『二人の会話が尊い』『今期ナンバーワンコンビ』『映画化決定』『惑星テラ遺産』
「お前ら、こういうの好きだなぁ」
俺は唐突に挟まれた抽出コメントにそう呆れて言った。
『大好きです!』『さーせん』『私達は気にせず続きをどうぞ』『友情!』『姉妹愛』
「お楽しみのところ申し訳ありませんが、終了の時間が近づいてまいりました」
『ええー!』『もう終わり?』『早い』『楽しかった』
「ヨシムネ様による『St-Knight』を使ったシステムアシスト練習は先日の動画で終了ですが、今回の対戦会は好評のようでしたので、『St-Knight』のライブ配信はまた開催する予定です」
『また来るよ!』『今度は他の王者とも戦ってほしい』『ヒスイさん対ミズキ?』『ミズキ、ヨシちゃんの動画見ているのかなぁ』『ミズキの知り合いおる?』『いるよー』『チャンプとヒスイさんの対戦動画上がったら見せてやって』『了解いたした』
抽出コメントで何か進行しているようだ。こいつら仲いいな。
「次回は、また別のゲームをライブ配信する予定です。お楽しみに」
『マジで』『またライブか! 予定空けないと』『なんてゲームやんの』
「次のゲームは、ヨシムネ様から発表お願いします」
「ああ、次のゲームは、な、な、な、なんと! あのゲーム!」
『有名作か』『マイナーマゾゲーはどうした』『とうとうMMO来るか?』
「『ヨコハマ・サンポ』だぁー!」
俺がそう言った瞬間、観客席がしーんと静まる。
『なにそれ』『知らん』『聞いたことない』『誰か知ってる?』『検索かけても出てこないんだけど』
「みんな、次回をお楽しみに! 以上、21世紀おじさん少女のヨシムネでした」
「皆様の生活を陰で支える、ミドリシリーズのヒスイでした」
「また見てくれよな」
『待って、詳しく話して』『言い逃げするな』『気になるんですけど!』『ヨコハマって、惑星テラのヨコハマ?』『どういうことなの』
そうして、ライブ配信は盛況のうちに終わったのだった。
めでたしめでたし。