21世紀TS少女による未来世紀VRゲーム実況配信! 作:Leni
10月31日。ハロウィン当日だ。
昨日の約束通りの時間にハマコちゃんが部屋へやってきたので、出かけることにする。
ハマコちゃんの格好はいつもの行政区の制服ではなかった。ジャック・オー・ランタンのカボチャを模したキャスケット帽を被り、オレンジ色のファンシーな服を着ている。
一方、俺は昨日よりもひらひらの多い魔女の衣装だ。ヒスイさんも、昨日よりもふわふわした感じの黒猫になっている。
今日は料理の予定がないので、装飾多めでの仮装である。
そんな仮装で部屋の外に出て、タクシー的な無料自動運転車であるキャリアーの乗り場に向かう。
正直こんな格好で外を歩くのは、恥ずかしい。人と会って指でも指されたら、立ち直れなくなるぞ。
だが、外を出歩いているような人はいなかったようで、無事にキャリアーに乗れた。
そして俺はハマコちゃんに、今日の行き先である養育施設について話題を振ることにした。
「21世紀人としての感覚からすると、子供を親元から離して集団生活させるのって、なんだか想像がつかないよ」
「太陽系統一戦争が起きる前は、富裕層や中流家庭を中心に子育てのできる家事ロボットが、一家庭に一台存在したそうですよー」
「今もそうしないのか」
「全戸に養育ロボットを配給できるほどの余裕がなかったというのもありますが、それよりも重要な役目を養育施設は持っているんです!」
ハマコちゃんは、ぐっと拳を握って言葉を溜めた。
「それは……現実世界での出会いの場! 今の全世界人が、年中ソウルコネクト内で遊んでいるという状況は、現実での友人や恋人を作るのに必要となる、出会いの場が生まれえないのです」
……ああ、それは確かにありそうだ。
この時代だと、二級市民は部屋から一歩も出なくても、何不自由なく生活できるもんな。
「かつての人類は、学校や職場という場でそれを実現していましたが、今、人類は脳に直接情報を入力して物事を学ぶため、学校を必要としていません。職場は言わずもがなです。もちろん、行政側も知り合いを作るためのマッチングアプリを推奨するなど、涙ぐましい努力はしているのですが……」
「でも、ゲーム内で出会いがあるなら、別にリアルに友人作る必要なかったりしないか?」
ゲーム内にリアルと
「友人ならそうでしょうけど、恋人はどうでしょうか? 遠い場所にいる恋人と結婚して同居し、子作りをしようと思えるでしょうか?」
「ああ、子作り。要は、人類の存続の話か」
「その通りです! もちろん、今の技術であれば、ゲームのNPCをアンドロイド化して伴侶とし、人工性器や人工子宮、人工精子、人工卵子等を使って子作りも可能です。でも、そこまで機能を拡張したアンドロイドってどうしても費用がかさみますので、性機能をオミットすることになり、人工授精を選択しがちです」
人工授精に何か問題でもあるのだろうか。
「しかし、行政側としては自然な子作りの仕方で繁殖してほしいのですよ。子作りをシステマチックにすると、人間を工場生産するのが最適とかになってしまいますので!」
「あー、なるほどなー」
人間の工場生産。いかにもディストピア系SFにありそうな光景だ。
「なので、養育施設は将来の伴侶を見つける、幼馴染み製造施設なのですよ! 時代は幼馴染み属性! ボーイミーツガールはもう古いです!」
「お、おう……」
施設で生活させると、仲のいい幼馴染みが大量に増えすぎて、幼馴染み属性は逆に薄れそうにも思えるけども。
「でも、子供を養育施設に預けちゃうのに、子供って欲しくなるものなのか?」
「預けて『はい、関係終わり』、じゃないですよ? ちゃんと定期的に連絡を取って、親子の絆を深めるんです。ソウルコネクトがありますから、距離とか関係ありません」
「そっか。会おうと思えば、椅子に座るだけで会えるのか」
「まあ、成人の15歳になって養育施設を出る時が来たら、親元に戻らず、一人暮らしを選ぶ子が多いのですけれど」
「それは、ずっと集団生活をするから、反動で一人になりたくなるんじゃないか?」
「それはありそうですねー」
そんな会話をするうちに、キャリアーが停車した。
ハマコちゃんがキャリアーを降りたので、俺とヒスイさんもそれに続く。
降車して、あらためて周囲の風景を確認。すると、目の前に入ってきたのは……とにかく巨大な建物であった。
「うわ、でか! ハマコちゃんとの会話に夢中で気づかなかったけど、これが養育施設か!」
俺が驚いていると、ハマコちゃんは愉快そうに笑ってから答える。
「0歳から14歳の子供、約2000人が暮らす、ヨコハマ・アーコロジー第一養育施設『はまはま園』です!」
はー、2000人。お菓子を事前に用意するにあたって昨日ハマコちゃんから人数を聞いていたが、それなりの数の子供がいるんだな。
それだけ、ちゃんとヨコハマ・アーコロジーにも、独り身じゃない夫婦が存在しているってわけか。
「では、行きましょう! ヨシムネさんがお相手するのは、6歳から10歳までの子供たちです」
「お、全員じゃないのか」
「さすがに2000人全員に、トリックオアトリートされたくないでしょう? 11歳以上の子達にはまた別の有名人が会いに来ていますよ」
ああ、確かに2000人にお菓子を配るのは骨が折れそうだ。
まあ、数百人でも十分多いんだが。
そして、ハマコちゃんに案内されて向かったのは、第三運動ホールという場所だ。学校でいう体育館みたいな場所かね?
自動ドアをくぐり、運動ホールに入る。それと同時に、ハマコちゃんは服のポケットから何か機械を取りだし、それを宙に放った。なんだろう? ああ、空を浮いているから、配信用のカメラか。つまり、これから配信開始だな。
運動ホールの中では、子供達が特に整列することなく、自由に過ごしていた。
「みなさーん、ヨシムネさんを連れてきましたよー!」
ハマコちゃんがそう言うと、子供達が一斉にこちらに振り向いた。
俺はそんな子供達の様子を見て、一つ気づいたことがあった。子供達の集団は、歳が上になるほど男女に分かれている傾向にあるようだ。
「わー! ヨシちゃんだー!」
「ヨシちゃーん!」
「ヒスイ!」
「トリックオアトリート!」
俺は子供達に手を振りながら、ふと考える。
魂に性別はないと、配信の視聴者達はよく言っていた。
VR内で容易に異性キャラクターを使えるこの時代、人が己の性別をどう捉えるかは、全てその人の性自認に任されるわけだが、多くの人は肉体を失うまで生まれつきの性をまっとうするようだ。性からの解放の本番は、ソウルサーバに入ってかららしい。
つまり、こんな子供のうちはまだ、肉体から受ける性の精神への影響が大きいうえに、相手を肉体の性別で判断するわけだ。
集団は男女に分かれるし、男女の間に溝ができたりする。21世紀の学校で見られたその光景が、この養育施設でも子供達を見て確認できた。
……学生時代の幼馴染みと結婚する人って、昔もそこまで多くなかったし、ハマコちゃんの言っていた幼馴染み製造施設の狙い、本当に上手くいっているんだろうか?
と、そんなことを考えていたときだ。
「おかしちょうだーい」
そう言って、一人の子供がこちらに駆けてきた。
俺はそれを見て、「待て!」と前に手を出して制止させた。
子供は素直に動きを止める。
「まずは、挨拶からだ。……ハッピーハロウィン! 21世紀おじさん少女のヨシムネだよー!」
「ハッピーハロウィン。助手のヒスイです」
ヒスイさんも乗ってきてくれたようで、いつもの配信のように口上を述べてくれた。
「うわわ、すごい視聴者数……あ、ヨコハマ・アーコロジー観光大使のハマコちゃんです! 今日はヨコハマ・アーコロジー第一養育施設『はまはま園』のみんなと、ハロウィンパーティーです! 子供達のみんなー! ハッピーハロウィン!」
ハマコちゃんがそう言うと、子供達はみんな一斉に「ハッピーハロウィン!」と返してきた。
うん、この年頃の子供は元気でよろしい。
「では、早速お菓子を配りますよー。職員のみなさん、ヨシムネさんが送ってきたお菓子の用意をお願いします!」
ハマコちゃんがそう言うと、運動ホールにエプロンのついた制服を着たアンドロイドが複数人入ってきて、箱を運び入れていく。
お菓子の入った箱だろう。今回は、ヒスイさんに頼んで、お菓子が複数入ったバラエティパックを俺のクレジットで購入してもらった。一応、この養育施設のお菓子を食べられる歳の子供全員に、行き渡るようにと頼んである。
クレジットはどうせ余っているから、ここで放出してしまっても惜しくはない。ハマコちゃんは経費で落ちると言っていたが、せっかくなので寄付感覚で自腹を切ることにした。
アンドロイド職員が箱を開けていき、俺とヒスイさんの後ろに箱を並べていく。
「さあ、みんな覚えていますね? トリックオアトリートをヨシムネさんとヒスイさんに言って、お菓子を貰いましょう! 小さい子優先で順番に並びましょうねー」
ハマコちゃんがそう言うと、子供達は行儀よく俺達の前に並び始めた。
俺の前とヒスイさんの前にそれぞれ列ができる。
と、あれ?
「俺の方が並んでいる子多いな」
「配信のメインはヨシムネ様なのですから、子供達に人気なのは当然です」
ヒスイさんは特に悔しがる様子も見せずにそう言った。
そうなのかなぁ?
「トリックオアトリート!」
おっと、お菓子を配らないとな。
俺は、職員さんからお菓子を受け取り、それを子供に渡していく。
「ほら、いい子にはお菓子のプレゼントだ」
すると、子供は嬉しそうにはしゃぎながら列から外れていった。しつけがしっかりされた行儀のいい子供だなぁ。あれで、6歳くらいだぞ。
「トリックオアトリート!」
そうして、俺は次々とお菓子を渡していく。
できるだけ一言話しかけてあげるようにして、少しでも俺のことを覚えてもらおうとしながらである。子供でも貴重な視聴者候補である。もしかしたら、すでに視聴者かもしれない。
「トリックオアトリート……」
「おう。……ん? お目々が真っ赤だぞ」
赤ずきんちゃんの仮装をした女の子が前に来たのでお菓子を渡したら、服だけでなく目も赤くなっていたのが気になった。
「あのね、アナザーが怖くて泣いちゃったの」
「アナザー?」
聞いたことあるような、ないようなワードに疑問を浮かべるが、女の子は後ろからせっつかれて列から外れていった。
そして、お菓子を配ることしばらく。ようやく俺は受け渡し作業から解放された。
はー、大変だった。握手会をやるアイドルって、こんな気分なのかね。『アイドルスター伝説』では経験したことあるけど。
……いや、子供にお菓子を配るのと一緒にするのは、違うか。
さて、お菓子も配ったし、ここから本格的にハロウィンパーティーの始まりだ。さらに気合いを入れて、子供達の相手をしていくことにしよう。