21世紀TS少女による未来世紀VRゲーム実況配信!   作:Leni

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164.シリウスのごとく(演劇シミュレーション)<2>

 さて、これから稽古をしていくわけだが、何から始めたものだろうか。

 何しろ、俺達は素人集団。手順書なんてものは持っていない。大海原に小舟で放り出されたかのごとしだ。

 だが、心配はしていない。何しろ、今、俺達がやっているのはゲームなのだ。チュートリアルとかクエストとかがきっと用意されていることだろう。

 

「……と思うんだけど、ヒスイさん、どうかな?」

 

「そうですね。公演までにクリアすべき項目が、確かに用意されています。それを消化せず自由にやろうと思えばできるのですが、今回は項目に従った方がよいでしょうね」

 

「じゃあ、それでお願い」

 

「はい、以後、進行は舞台監督に引き継ぎますね」

 

「トキワにお任せですよー!」

 

 ヒスイさんの前に表示されていたメニューが、トキワさんの方へと移動していく。芸の細かいメニュー画面だな……。

 

「えーと、まずはプリセットの模範演技をみんなで観てみましょう、だって。よーし、みんな、劇場で『ももたろう』観るよー」

 

 トキワさんがメニューに触れると、背景が瞬時に切り替わった。

 年季が入った西洋風の劇場の前に、俺達は集団で立っている。劇場の周辺には、これまた西洋風の建物が建ち並んでいる。

 

「おー、ここって、パリ・アーコロジーのシャンゼリゼ劇場じゃないですか。歴史的建造物ですよ!」

 

 トキワさんがキャッキャと喜びながらそんなことを言う。

 パリかぁ。なんとも本格的じゃないか。で、そんな歴史的な劇場で、幼児向けの『ももたろう』を観ると。ギャップがすげえ。

 

「さあさ、行きますよー」

 

 テンションを上げるトキワさんに先導されて、俺達は劇場に入場した。

 観客席に入り、特徴的な赤い座席に座る。舞台には赤い幕がかけられているのが見える。

 開演を待っていると、俺達の他に観客NPCが次々と入場してくる。

 

「おいおい、本格的だな」

 

「本格視聴モードにしましたのでー」

 

 俺のふとしたつぶやきに、俺の左側に座るトキワさんがのほほんとした声で答えた。

 本格視聴モードか。まあ、本番の空気をミドリシリーズの面々に感じてもらうには、ちょうどいいのかな?

『ネバーランド』のステージが、こんな古風な劇場なのかは知らないが。

 

「おお、始まるみたいですよー」

 

 劇場内に音楽が流れ始め、隣のトキワさんがキャッキャとはしゃぐ。

 って、この音楽、童謡の『桃太郎』じゃないか。歌は流れていないが、メロディがお馴染みのあれだ。

 いいね、いいね。一気にももたろうさんを観る気分になったよ。

 

 馴染みの音楽が流れる中、赤い舞台幕がおもむろに開いていく。

 舞台の上には、和装をしたお爺さん役とお婆さん役がすでに立っていた。

 

 音楽が止み、ナレーションが流れる。『昔々、あるところに』から始まる定番のやつだ。

 俺の右隣にいるヒスイさんが、黙りこくったままそのナレーションに耳を傾けている。実はヒスイさん、劇団ウリバタケではナレーション担当に抜擢されたのだ。

 

 舞台の上では、お爺さんが山に柴刈りに行き、お婆さんが川に洗濯に向かった。

 さすがVRとでも言うべきか、リアルな背景が舞台の上で展開している。俺達は21世紀風の大道具を使うので、これは真似できないな。

 

「そう言えば子供の頃、柴刈りの柴が何か知らなくて、芝生の草でも刈っているのかなって勘違いしていたなー」

 

 この場にはNPC以外は身内しかいないので、公演中でも気にせず口に出してヒスイさんに言葉を投げかける俺。

 話した内容は、柴刈りについて。日本人の子供の九割が、柴刈りの柴の正体を知らぬまま、子供時代を過ごしているんじゃないか?

 

「柴刈り……なるほど、たきぎになる枝集めですか。他言語ではそう判るようになっているようですが、日本語ではただ単に柴刈りと言っていますね。これは台本の修正が必要でしょうか」

 

「いや、様式美だから、なんかよく解んないままでもいいんじゃね? そこを理解したからって『ももたろう』が面白くなるわけでもなし」

 

 そんなやりとりをヒスイさんとしている間にも、舞台の物語は進行する。大きな桃が、川の上流からどんぶらこっこどんぶらこ。包丁で桃を割り、桃太郎がご開帳。おぎゃあ! 桃から生まれた桃太郎!

 

「あれ、包丁で桃の中の赤ん坊、真っ二つになっちゃわないですかー?」

 

「お決まりの突っ込みをありがとう」

 

 トキワさんが、数百年に渡って言われ続けてきたであろう突っ込みを見事に披露してくれた。今度、竹取物語も見せよう。

 

 さて、舞台の上では桃太郎が成長し、スーパーアイテムきびだんごを持って鬼退治の旅へ。

 きびだんごに惹かれてやってきた犬、猿、雉を仲間にし、鬼ヶ島へ向かった。

 そして、最後の山場、鬼と繰り広げられるアクションシーンである。

 

「アクションは派手にいきたいですねー」

 

「観客は五歳までだから、解りやすくね、解りやすく」

 

 念のため舞台監督のトキワさんに釘を刺しておく。

 

「ちなみに刀を使ってのアクションは、刃物ということで子供達が怖がったりしない?」

 

「『アナザーリアルプラネット』で刃物の危険を教え込まれるのは、ゲームと現実の区別がつく六歳以上になってからですので、大丈夫ですよー。そして、ステージイベントの舞台となる『ネバーランド』は、痛みの存在しないゲームの世界です」

 

「なるほどなー」

 

 やがて、鬼は退治され、桃太郎達は鬼の財宝を手に入れ凱旋する。

 

「略奪ですかー。野蛮ですね」

 

 トキワさんは定番の突っ込みを入れないと気が済まないのか?

 

「バトル系ファンタジー小説において、山賊退治は財宝着服とセットだから」

 

「鬼って山賊なんですかね?」

 

「山賊レベル99みたいなものだろ、多分」

 

 適当なことを言ってトキワさんを煙に巻いておく。

 そうして演目は終わり、カーテンコール。出演者が総出で舞台の上に立ち、幕が閉じる。

 俺達は、周囲の観客NPCと一緒に拍手を送った。

 

「はー、面白かった! 演劇って初めて観ましたよー。これを私達もやるのかー」

 

 むむ、トキワさんは意外と楽しんだようだ。

 俺としては、いかにも子供向けだなぁ、って感想しか浮かばなかったのだが。いかんな。子供を相手にするんだ、感受性高くしていこう。

 

「では、稽古場に戻りますね。ぽちー」

 

 トキワさんはメニューを呼び出し、指で操作をする。

 すると、着席していた俺達は、一瞬で稽古場の中央に移動し、立った姿勢に変わっていた。座っていたのにスムーズに立たされて倒れないとか、地味にすごい技術だよな、これ。

 

「それじゃあ、次の稽古プログラムに移行します! みんな頑張りましょうー!」

 

 トキワさんのその号令に、俺達は元気に声を返した。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 役者と裏方で分かれ、初稽古を開始する。

 

 裏方達は、トキワさんと一緒に、背景となる大道具をどう用意するかの話し合いをしている。

 ゲーム側にあらかじめ用意されているアセットを流用するのか、一からモデリングするのか、それとも資材を組み立てるのか。この時代のVRゲームは物理演算が優秀なので、木材を組み合わせ、釘を打って道具を作り出すこともできてしまうのだ。

 

 一方、役者の俺達は、台本を手に円陣を組んで集まっている。

 まずは、各人にどれだけの技量があるか把握するために、台本の読み合わせをするのだ。

 

 台本を見ながら、自分の役の担当セリフを読む。それを通しでやる。

 最初から最後まで劇の内容を展開するので、時間はかかるが、まあ必要な稽古だ。

 

 ヒスイさんのナレーションから始まり、お爺さん役とお婆さん役がセリフを読み上げる。

 おぎゃあと桃太郎が生まれ、場面転換。成長した桃太郎のセリフが続く。

 

 鬼退治に旅立った桃太郎が、きびだんごで犬、猿、雉を仲間に加える。

 そして、この台本では鬼ヶ島へ渡る直前、船頭に船を貸してもらうくだりが足されている。

 その船頭は、鬼がどんな生き物でどれだけ恐ろしい存在かを語る役だ。鬼に馴染みのない文化圏の子供達向けに、解説をする意味があるのだろう。

 

 鬼ヶ島では鬼達とのバトルが待っている。三匹のお供が大活躍し、桃太郎の奮闘もあって鬼達をこらしめることに成功する。

 そして鬼から宝物を奪い、桃太郎は故郷へ帰る。最後にヒスイさんのナレーションで、めでたしめでたしと締められるのであった。

 

「……うん、なんというか」

 

 俺は、読み合わせを終えた役者の面々を見渡しながら、正直に言った。

 

「普通に下手じゃね? どういうこと? それでもみんな、業務用ガイノイドなの?」

 

 俺のその言葉に、ミドリシリーズの子達が、ショックを受けた顔で口を半開きにする。

 

「……違う、違うの、ヨシムネさん!」

 

「これはミドリのやつが!」

 

「全部ミドリが悪い!」

 

「演技プログラムをインストールしちゃ駄目とか言いだして!」

 

 ……うん、どういうこと? 俺は横に立つヒスイさんの方を見た。

 普段の配信でトークに慣れていたからか、上手にナレーションをこなしていたヒスイさんが、俺に向けて説明してくれる。

 

「ミドリが、演劇関連の業務用プログラム使用を禁止しました。ヨシムネ様と一緒に稽古をするのだから、演技プログラムを導入して一足飛びで技術を身につけるのは、よくないとのことです」

 

「んんー、別にプログラム使ってもよくね?」

 

 俺がそう言うと、ミドリシリーズの子達が口々に賛同し始めた。

 

「だよねー」

 

「なんのための業務用ガイノイドだって話ですよね!」

 

「ミドリー! ヨシちゃんの許可が出たぞー!」

 

 すると、どこからともなく声が聞こえてきた。

 

『駄目だよー。ヨシムネと一緒に成長する楽しみを失ってもいいの?』

 

 この声は……ミドリさんじゃん。俺達を監視でもしていたのか?

 

「うっ」

 

「ヨシちゃんと一緒に上手くなる……」

 

「演劇経験者のヨシムネに、手取り足取り……」

 

「時にははげましあい、時には衝突し、繰り広げられる劇団ドラマ……」

 

 ミドリさんの言葉に思うところがあったのか、ひるむミドリシリーズ達。

 うーん、でも、完全素人の状態から仕上げるのって、時間かかりそうだけどなぁ。

 まあ、いざとなったら時間加速機能の倍率を上げてしまえば、解決するんだが。

 

「では、そういうことで。次のプログラムに進むことにしましょう」

 

 舞台監督のトキワさんが裏方の方に行っていて不在のため、ヒスイさんが進行をする。

 メニューを呼び出し指先で操作をすると、円陣の中央が光り、一人の男が出現した。

 老齢の長身男だ。NPCだろうか。

 

『演技指導のカビーアだ。儂は厳しいぞ。しっかりついてこい』

 

 腕を組みながら、男はそんなことを言った。

 

「彼は、漫画『シリウスのごとく』に登場するキャラクターで、劇団シリウス座の演出家カビーア氏です。今回は、演技指導NPCとして配置しています」

 

 ヒスイさんがメニューを閉じながら言う。

 ほうほう、指導役ね。

 

「NPC用の高度有機AIサーバには、接続していないんだよな?」

 

 俺はヒスイさんにそう確認を取った。

 

「はい、10倍の時間加速倍率のため、サーバには接続していません。彼に使われているのは、ゲーム固有の簡易AIですね」

 

「簡易AIでも指導をちゃんとできるのかね……」

 

「そこは最新ゲームですから、しっかりしていますよ」

 

 へえ、新しいゲームなのか。

 

「『シリウスのごとく』は2年前に完結した漫画で、このゲームも昨年に出たばかりですから」

 

「なるほどなー。機会があったらストーリーモードもやってみたいな」

 

「ファン向けのゲームですので、まず原作を読むことをおすすめします」

 

 宇宙3世紀の漫画か。最近は、プライベートでときどき今の時代の漫画をチェックするようになったけど、この作品は読んだことないな。

 

『では、これより発声練習を行なう! 一列に並べ!』

 

 原作に思いをはせていると、カビーア氏が号令をかけた。

 俺達はその言葉に従って、横一列に並ぶ。そして、厳しい指導役による本格的な稽古が始まるのであった。

 

『腹から声出せ!』

 

「うひー」

 

 素人全開のミドリシリーズの子達が、涙目で発声練習を続ける。

 ……ヒスイさん、なんでこの厳しめのNPC選んだのかなぁ。

 

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