21世紀TS少女による未来世紀VRゲーム実況配信! 作:Leni
「ヒスイさん、諦めて」
「ですが……」
「ホムくんに任せてあげて」
「しかし、半月以上も別れるだなんて……」
「フローライトさんに昨日言われたでしょ! ペット同伴不可だって!」
12月15日。本日は、宇宙暦300年記念祭へ現地入りするための移動日である。
着替えも用意し、おせちもしっかり仕舞って、準備は万端。と思ったところで、ヒスイさんが急に猫のイノウエさんを連れていくと言いだした。
だが、それを予見していた他のミドリシリーズが、ペットを連れていかないようにとあらかじめ俺達へ伝えていた。
置いていくのが心配なのは解る。解るのだが、そもそもイノウエさんは世話をしなくても壊れないペットロボットだ。それに、留守番は家事ロボットのAIを搭載したアンドロイドのホムくんが、全面的に請け負ってくれる。
だから、連れていく必要はないのだ。そして、連れていっては先方の迷惑になるかもしれない。
「イノウエさん、行きましょう……ああっ!」
イノウエさんの胴体をつかもうとしたヒスイさんだが、イノウエさんはスルッとヒスイさんの手をかわし、背中の羽を羽ばたかせた。イノウエさんはスペースエンゼル種という、品種改良された猫がもとになっているロボットなので、背中に羽があるのだ。
「イノウエさんも行きたくないってさ」
「そんなことありません!」
「……はぁー」
対処に困った俺は、とりあえずイノウエさんにすがるヒスイさんを撮影してみた。我がアンドロイドボディは目がカメラになるのだ。
そして、ヒスイさんがバッチリ写った写真を添付ファイルにし、ミドリシリーズのミドリさんに向けてメッセージを送った。写真付きの電子メールを送る感覚だな。
すると、イノウエさんを追うようにふらついていた手が、ピタリと止まった。
「ヨシムネ様、よりによってミドリに……」
「ヒスイさんが悪いんだぞ。俺だって、生き物のレイクを置いていくのは、心配だ」
レイクは動く植物だ。ガーデニング用に買ったが、今ではすっかりペット感覚である。
「ミドリシリーズのネットワークに、私の醜態が広まってしまいました……」
「ヒスイさん自身、今のこれが醜態だって解っているわけだ」
「……はい」
「どうすればいいか、解るよね?」
「……はい」
「じゃ、行こうか?」
「はい……」
そんなこんなで、俺とヒスイさんは留守番をホムくんに任せ、部屋を出た。
こうして俺達は、無事にヨコハマ・スペースエレベーターへと向かうことができたのだった。
荷物は空浮く板、フライングディスクに載せてあるので手元は軽い。だがしかし、ヒスイさんの足取りは重かった。
◆◇◆◇◆
『本日は、ヨコハマ・スペースエレベーターをご利用いただき、まことにありがとうございます。わたくし、本日のアテンダントを担当いたします、トキワと申します』
ヨコハマ・アーコロジーにある軌道エレベーターに着いた俺達は、事前に予約していた時間まで待ち、エレベーターの昇降機に乗りこんだ。
昇降機は、数十メートルほどの細長い箱状の乗り物だ。連結部のない長い列車のような形状とでもいうのだろうか。もしくは、翼のない飛行機か。
昇降機の席は、ヒスイさんの隣となっている。ヒスイさんがそうなるよう席を予約してくれたのだろう。荷物は、事前に預けてあり、昇降機の後部スペースに搬入されているようだ。
定刻となり、
その客室乗務員は、なんとミドリシリーズのトキワさん。以前、ヨコハマ・スペースエレベーター地上部にあるテレポーター施設の案内員をしてくれたガイノイドだ。
偶然とは思えないので、俺の担当になるために裏でいろいろしたのだろう。多分。
『出発時刻になりましたので、まもなく発進いたします。壁側の外装を透過いたしますので、惑星テラから離れていく様子をお楽しみいただけます。高所恐怖症の方がいらっしゃいましたら、ARメニューから設定を変更するか、お近くのアテンダントをお呼びください』
トキワさんがそう言うと、壁が透きとおり、外の様子が見えた。今はまだ、見覚えのあるヨコハマ・スペースエレベーターの建物内部だ。
『それでは、発進いたします』
すると、昇降機はゆっくりと前進し、坂をのぼり始めた。
坂は段々と急勾配になっていく。だが、ある地点から急に、椅子へ背中が押しつけられなくなった。
透過した壁を観察する限りだと、どうやら、坂を登るうちに機体の角度が地面と垂直になったようだが……それなのに後方に身体が落ちていかないあたり、重力制御がされているのだろうか。
昇降機は前進していく。正確には上昇なのだろうか。だんだんとスピードが速くなっていくが、身体に加速時特有の感覚はない。
やがて昇降機は、軌道エレベーター施設の地上部を飛び出した。後方の景色に、巨大なヨコハマ・アーコロジーの建物が見える。顔を昇降機の透明な壁の方向に向けていると、さらにアーコロジーの外にある自然の風景が目に飛びこんできた。
どんどんとアーコロジーが遠ざかっていく。次に前方に向き直ると、どこまでも続く軌道エレベーターの内壁が見た。さらに昇降機の天井へ視線を向けると、半透明になった軌道エレベーターの外壁が見えた。
軌道エレベーターは雲の向こうにまで続いている。あ、今、昇降機が雲の層に飛びこんだな。速い。
そして、すぐに雲の層を突破して、青空の向こうに昇降機が飛びだした。
『本機はただいま対流圏を突破し、成層圏を進んでおります。目的地のヨコハマ・スペースポートへの到着は30分後を予定しております。到着まで、ご自由にお過ごしください。なお、ARメニューから選択できる映像配信1チャンネルでは、わたくしトキワによるヨコハマ・スペースエレベーターの解説を配信します。興味がおありでしたら是非ご視聴ください。映像配信2チャンネルでは――』
「おっ、ヒスイさん。軌道エレベーターの解説だって。聞いてみようか」
「そうですね。そうしましょうか」
俺はARメニューを呼び出すと、その中の項目から映像配信を選び、1チャンネルに合わせる。
すると、視界にヨコハマ・スペースエレベーターの施設ロゴが映る画面が浮かんできた。ご機嫌なBGM付きだ。要は、イヤホンのいらない機内テレビだな。
ロゴ画面でしばらく待つと、画面が変わり宇宙から惑星テラを見下ろす映像になった。その映像の惑星テラからは、一本の長い塔が宇宙へ向けて伸びているのが見える。これが軌道エレベーターだろう。
映像は動き、どんどんと惑星テラから離れていく。
『ヨコハマ・スペースエレベーターは、太陽系統一戦争後の西暦2315年に着工し、西暦2328年に完成した軌道エレベーターです。なお、宇宙暦元年は西暦2332年になります』
そんなトキワさんの声によるナレーションが聞こえる。
『太陽系統一戦争後に樹立した、マザー・スフィアを旗印とした新政府。この新政府は、惑星テラからの宇宙移民政策を円滑に進めることを方針とし、当エレベーターの建築を開始しました』
ロボットゲームの『MARS』のラストでやっていたな、宇宙移民。目的は、崩壊した惑星環境をテラフォーミング技術で元に戻すためだったか。
『ヨコハマ・スペースエレベーターは、軌道リング式の軌道エレベーターです。地表から約10000キロメートル上空にある軌道リングから、地上に向けてケーブルがぶら下がっています』
軌道リング? なんだそりゃ。
『軌道リングとは、惑星テラを一周するリング状の構造物です。ヨコハマ・スペースエレベーターの上空に存在する軌道リングは、ヨコハマ・オービタルリングと呼ばれています。ニホン国区のヨコハマ・アーコロジーと赤道を通り、惑星テラをななめに一周する長大なリングです』
オービタルリングか。21世紀にいたころにプレイしたロボットゲームで名前を見た気がする。
『このヨコハマ・オービタルリングは、惑星テラ上に存在する計五箇所の軌道エレベーターと繋がっています。ヨコハマ・オービタルリングは先ほども説明しました通り、地表から約10000キロメートル離れた位置にあります。このリング上に皆様の目的地であるヨコハマ・スペースポートが存在します』
スペースポート。要するに宇宙港だな。俺とヒスイさんは今回、ここに到着する宇宙船に乗り、宇宙船ごとテレポーテーションして目的の惑星へと向かうことになっている。
地表部のテレポーター施設から直接、惑星ガルンガトトル・ララーシに飛ばないのは、惑星テラの記念祭出場者を一箇所にまとめてからテレポーテーションで飛ばす方針だからだ。まとめる理由は、地上から一人一人飛ばすよりソウルエネルギーの節約になるのと、向こう側の受け入れが楽だから、とのこと。
『現在ご搭乗いただいている昇降機は、リニアモーターで加速し、重力制御と慣性制御で機体内部の環境を保っています。最大上昇速度は約6キロメートル毎秒。地表から軌道リングまで30分ほどで到着いたします』
6キロメートル毎秒って、時速でいくらだ? ガイノイドボディが勝手に計算をしてくれる。21600キロメートル毎時。おおう、確かに30分もしないで着くわ。
『機体移動の安全対策は十八の項目によってなされ、当エレベーター稼働から今日まで、重大な事故は一件も起こっておりません。ご安心ください。それでは、ヨコハマ・スペースエレベーターの各箇所を詳細に見ていきましょう――』
「はえー、すっご。この時代に来て、一番未来を感じているわ」
「建造は300年前なのですけれどね」
俺の感想に、ヒスイさんが苦笑しながらそんなことを言った。
ああ、確かに、太陽系統一戦争の頃の建造物か。
「でも、どうせ昇降機の速度は、この300年で上がっているんだろう?」
「そうですね。当初は地表から軌道リングまでの移動で半日かかっていたそうです」
「それが30分かぁ。はぁー、技術の進歩ってすごい」
俺は映像で紹介される太陽光発電システムの図解を見ながら、思わずため息をもらした。
さらにヒスイさんが言葉を続ける。
「ケーブルの損傷を考慮さえしなければ、地表と垂直に6キロメートル毎秒で飛ぶことはそう難しいわけではないのですけれどね」
「そんなもんか」
21世紀のロケットは地表に対して斜めに第一宇宙速度で飛ぶんだったかな。
第一宇宙速度がいくつかは知らないけれど。
「さて、ちょっと驚いたら、飲み物飲みたくなってきたな。ARメニューで……お、コンソメスープがある。これにしよう。ヒスイさんは何か飲む?」
「では、モッコスを」
俺はメニューから飲み物を二つ頼む。すると、すぐさまロボットがやってきて、コップを二つ差し出してきた。
「アテンダントというか、トキワさんが運んでくると思ったのに」
「そこは、技術の進歩ですから」
完全自動化された状況に俺が感想をもらすと、ヒスイさんは笑って返した。
でも、こういうのって客室乗務員さんから直接渡された方が心がほっこりする気がするのだが……、そう思う俺は古い人間なのかねぇ。