21世紀TS少女による未来世紀VRゲーム実況配信!   作:Leni

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202.al-hadara(文明シミュレーション)<6>

 さて、『al-hadara』配信三日目だ。

 ちなみに『al-hadara』はアラビア語で『文明』を意味するらしい。なんとも簡素なタイトルである。さすがワンコインゲーム。

 

 ゲームの方はというと、処女航海は無事に終わり、エルフ達の住む大陸をぐるりと一周してきたようだ。

 確かにその方法なら、星図や海図がなくても迷わずに済む。

 

 その航海の間にも、ゼバ様は研究者に新たな研究をさせていた。

 まずは、天文学の研究だ。この世界は昼夜の概念がなく、太陽もない。空に輝く星が無数にあり、その光で大地が常に照らされている。

 そのため、天体観測をするには空はまぶしすぎて、専用の観測器具を用意してやる必要があった。

 

 さらに航海術の研究も進み、海図を自在に描けるようになった。

 

 農学や栄養学も発展し、船に積みこむ保存食の開発や、壊血病などの病気に対する研究も行なわれ、いよいよ大海原へ飛び出す準備が整った。

 

「いやー、大航海時代、いいね。冒険心が刺激されるね」

 

 エルフ達が船に荷物を積みこむ様子を空の上から眺めながら、俺は言った。

 

「冒険心か。私が生きていた頃は、敵対種族との戦争に明け暮れていたため、未踏の地を探索するなど夢のまた夢だったが」

 

「それが今や、ギルバデラルーシは、空の上に宇宙ステーションを打ち上げるほどまでになっているな」

 

「うむ。あれには驚いた」

 

 ゼバ様とそんな会話を交わすと、視聴者達も宇宙ステーションの打ち上げにどんなに苦労したかを語ってくれた。

 どうやら、ゲルグゼトルマ族もあの宇宙ステーションの運営に関わっているらしい。

 

「エルフ達も、そのうち空の向こうまで飛び出していくのだろうか……」

 

 感慨深げにつぶやくゼバ様の台詞を受け、俺はゲームのメニュー画面を覗く。

 

「今のところ、宇宙船どころか、飛行機の研究項目すら出てきていないなぁ」

 

「飛行機か。ヨシムネや宗一郎が移動に使っているな。言ってくれれば、あのようなものを使わずとも、テレポーテーションで送り迎えするものを」

 

「あの飛行機、めっちゃ速いから移動時間は気にならないよ」

 

『送り迎えは待ってくれ』『飛行機には来てほしい』『生で飛行機をもう一度見たい』『飛行機には私達も乗れるのか?』

 

 おや。なにやら、視聴者達が飛行機に興味津々だな。

 

 と、エルフ達が航海を始めるようだ。

 大きく張った帆に風を受け、海に船が乗りだしていく。その周囲を友好種族である人魚族が泳ぎ回って手を振っている。

 

「さて、航海の結果に期待するとして、さらなる文明の発展に邁進(まいしん)するとしようか」

 

 モノリスのもとへと瞬間移動し、気合いを入れたゼバ様がメニューを操作し始めた。

 

 エルフ族の海への理解が深まったので、さらなる食糧確保のために漁船を作らせる。

 今や海岸も支配地域のため、海岸線にエルフの住居が建っているのだ。食糧や資源に余裕ができると、新たに研究できる項目が増えることがある。なので、海での漁はぜひとも実施したかった。

 

 造船所がフル稼働し、漁船が次々と海岸に接舷される。

 港も新たに作られ、海洋都市ができあがっていく。うーん、ヨコハマ・アーコロジーの港を思い出すな。ハマコちゃん、元気かな。

 

 海洋学の研究がされるようになり、エルフ達は海への関心を高めていた。

 そんな中、海の向こうへの遠征に向かっていた船が、とうとう新たな陸地を見つけた。

 

 その陸地は、少なくとも小さな島ではない、果てしなく広がっている大地だ。

 エルフ達は、船を降り、拠点の製作を始めた。周囲を探索して食糧を確保し、船に積んでいた農具で小さな畑を作り出す。

 

 拠点に幾人かのエルフが留まり周囲を探索する一方で、船は陸地から離れ、港に帰還し始めた。航路が確立したので、探索の応援を呼ぶ気のようだ。

 

「よきかな。船を増産しておくとしよう」

 

 すると、研究所で外燃機関を用いた船の動力が、新たに発明された。

 スクリューを回して船を動かす他、水の魔法で水を噴射させて加速するらしい。外輪船をすっ飛ばしたな……。

 

 ゼバ様は当然のごとくその船を増産させ、新大陸(大陸かはまだ判明していないが)に船団を送った。

 

 そして……。

 

≪エルフが新たな種族を発見しました! 彼らは自らをドワーフと名乗っています!≫

 

 人魚に続く、新たなヒト種族を新大陸で見つけたのだった。

 

『ドワーフ』『これも架空の種族なのか?』『背が低い』『顔の下からも糸が生えている』『エルフよりも体格はよいな』

 

「ドワーフか。ファンタジー文学に出てくる、架空の種族だな。金属加工技術に優れていることが多い」

 

 俺が視聴者に向けてそう言うと、それを聞いていたゼバ様が、エルフにドワーフとの交易を指示した。

 

≪ドワーフはエルフを意味なく嫌っています! 交流をより深めましょう!≫

 

「なんだと」

 

 ゼバ様からイラッとした雰囲気が伝わってくる。うん、怒らない、怒らない。

 

「交流を深めると言われたが……何をすればよいのか。ヨシムネ、何かあるか?」

 

「ドワーフだろう? 酒でも渡せばいいんじゃないか?」

 

「酒? 酒とは?」

 

「アルコール飲料のことだね」

 

「アルコールを……飲むのか?」

 

「うん。人間はアルコールを飲むと、気持ちよくなって酩酊する。ドワーフは、そのアルコール飲料である酒を何よりも好むというのがファンタジーの定番だ」

 

「ふうむ、人間にそのような習性が……」

 

『キュイキュイ』『人間は面白いな』『私達がアルコールを得ようとしたら、地底にこもらなければいけない』『気持ちがよいのか。それは音楽よりもよいものなのか?』

 

 あー、惑星ガルンガトトル・ララーシは気温の関係上、水すら液体として存在できないから、より沸点の低いアルコールが液体として存在するわけもないか。

 人類基地の中は人類が生存できる環境に整えられているから、酒も飲めるけど。

 

「では、酒の研究をさせようか」

 

「というかゼバ様、今まで酒の研究させていなかったのか」

 

「項目にはあったが、なんの意味があるか理解できていなかったからな」

 

「あとで研究しそびれている項目チェックしておこう……」

 

 そうして完成したトウモロコシ酒。ドワーフ達の主食は麦のようなので、トウモロコシの酒は珍しがられるだろう。

 トウモロコシ酒の樽を大量に船へ詰め込んで、船団は再び新大陸へと出発した。

 

≪エルフがドワーフとの友好を深めました! ドワーフとの交易が可能になります!≫

 

「よきかな。では、こちらからは酒を出して、ドワーフの自慢の品と交換することにしようか」

 

 ゼバ様が早速、交易の指示をエルフに出す。

 そうして、ドワーフから受け取った品々を船に積み込み、エルフ達が拠点の大陸へと帰還した。

 

 ドワーフがエルフに渡した品の正体は、いかに。

 

「へえ。アルミニウムとアルミニウム合金かぁ」

 

 なんと、ドワーフはアルミニウムの製錬技術を持っていたのだ。

 その結果を受けて、ゼバ様が「ふむ」とつぶやく。

 

「アルミニウムは、武器として使うには弱いのだが」

 

「でも、アルミニウムは軽くて熱伝導率がいいから、調理器具に便利だぞ。それに、アルミニウム合金ってジュラルミンじゃないか?」

 

「ジュラルミンか。それならば、使い勝手がよさそうだ」

 

『ドワーフもなかなかやる』『アルミニウムがあるなら電気を使えるのか』『エレクトロキネシスなしでか』『魔法に電気を生み出す力はあるのか?』

 

 おや、そういえば、アルミニウムはボーキサイトを電気で加工してできるんだったかな。

 

「視聴者達よ。人間の文明をもう一度思い出すのだ。彼らは、電気を多用する。それも、エレクトロキネシスを使わずにだ」

 

『おお』『人類基地は電気にあふれていたな』『明かりを確保するのにすら電気を使う』『フォトンキネシスいらず』『ソウルコネクトチェアも発電所という場所から電気を受けて動いているぞ』

 

 AI達、ゲルグゼトルマ族の都市に、発電所作っちゃったのか。まあ、そりゃあゲームやらせるなら必要だろうけどさ。

 超能力文明に侵食していく電気文明よ……。

 

 さて、ドワーフとの交易は成された。

 エルフ達は新大陸の探索を進めるため、ドワーフの都市に大使館を置き、彼らからの協力を取り付けた。

 さらに、モノリスの拠点にドワーフの大使館が建てられ、幾人かのドワーフがこちらの大陸に移住してきた。

 

 そのドワーフ達の働き先として、研究所が選ばれた。

 

 すると、メニューに今までになかった研究項目が増える。

 その中から、『魔法と合金を用いた新型動力の開発』なんて項目をゼバ様が喜々として選んだ。

 さらなる乗り物の進化に期待しているらしい。

 

 そうして、開発に成功したのが、四属性魔法混合エンジンだ。

 水と土の魔法の合成で非常に燃えやすい液体を生成し、火と風の魔法でそれを爆発させ、その勢いでシリンダーを上下させるという仕組みらしい。

 

 その新エンジンを用いた自動車や船が多数造られ、新大陸の探索は一気に進んだ。

 さらに、ゼバ様は空飛ぶ乗り物の研究をエルフ達に指示する。

 

 やがて完成したのは、ジュラルミン製の四属性魔法ジェット機。

 プロペラ機とかの初期段階を余裕ですっ飛ばした、高速飛行機だ。

 

「キュイキュイ」

 

 エルフが空を飛ぶ様子をゼバ様は楽しげに眺めている。視聴者にも大受けだ。

 

「昨日、ウィリアム・グリーンウッドが、フライトアクションというジャンルのゲームをドルバヌント族に配信してな。その内容のテレパシーを受け取ってからゲルグゼトルマ族の間では、飛行機ブームが来ている」

 

「ゼバ様達、影響されやすいってよく言われない?」

 

「私達は開明的なので、新しい物を拒まない性質だと自認している」

 

 飛行機の登場により、空から地上が観測され、新大陸はモノリスの大陸の五分の四ほどの大きさだと判明した。

 地図も作られ、それをもとにゼバ様はエルフを派遣して支配地域を広げていく。

 そして、飛行機は海の上も飛び、他の陸地が存在しないか探索された。すると、エルフ達は驚くべき光景を目の当たりにする。

 海は高い山脈にぐるりと囲まれていて、山脈の向こうには何もない空間が広がっていたのだ。

 

 エルフ達の住む大地は平面だった。

 そして、大地には果てが存在した。

 

 さらに、ドワーフの研究者がエルフの研究者に語ったある情報が、モノリスへと伝えられた。

 大地を深く掘ると、真っ黒い岩石が埋まっている。そして、その黒い岩石は、黒い怪物の死骸と同じく、隕石と反応してエレメントを生み出す特性を持っている、と。

 

 その話を受けて、メニューに新しい研究項目が出現した。

 

「ふむ。レアメタルの生成か」

 

 世界の始まりについて研究させた成果により、このエレメントに満ちた大地は闇の大地と光の星の衝突で創られたということが、エルフ達にも広まっている。

 鉄とチタンの鉱脈も、この大地と星の衝突によって生まれた。

 

 ならば、黒い岩石や怪物の死骸と空から落ちてきた隕石があれば、稀少な物質を生成することも可能ではないかと、エルフの研究者が主張している。

 

「よかろう、残りの研究項目もほとんど残っていない。許可しよう」

 

 エルフとドワーフの研究者が喜々として研究所に籠もり、そして成果を出した。

 

 生み出されたのは、四属性魔法混合金属アンオブタニウム。

 四つの魔法を絶妙に調整することで生成される、新たな金属だそうだ。

 

「アンオブタニウム……? ミスリルとかオリハルコンではないんだ」

 

 困惑して俺がそうつぶやくと、ゼバ様がこちらを向いて言う。

 

「今言った物質の名は、どれも知らないな」

 

「あー、ミスリルとかオリハルコンは、現実に存在しない架空の金属だな。ファンタジー文学に魔法金属として出てくるやつだ」

 

「アンオブタニウムは?」

 

「聞いたことないな」

 

『アンオブタニウムは、入手不可能な金属という意味の言葉で、フィクションに登場する架空の金属名です。ファンタジーではなく、SFに登場します』

 

 解説サンキュー、ヒスイさん。

 しかし、魔法文明シミュレーションゲームなら、そんなSF用語使わず素直にオリハルコンを採用しておけばよかろうに。

 

「架空の金属か。私も昔は、最強の防具の材料となる架空の合成結晶を妄想したものだ」

 

「戦争中だったもんな、ゼバ様の生きていた時代」

 

「しかし、そのような防具は生まれず、岩の鎧を狙撃で貫かれ、私は死んだわけだが」

 

「……死亡ネタは反応に困るのでスルーするぞ!」

 

『キュイキュイ』『大長老が最前線に出た結果があれである』『最大で最後の決戦だからと、気合いを入れすぎたのか』『急に大長老に抜擢された先代大長老が、よくそのことに愚痴をこぼしていたらしい』

 

 視聴者スルーする気ねえ! しかし本当にこのゼバ様、祖霊として信仰されているのか?

 まあ、配信者としては、軽度のいじられネタを持つのは、割と美味しいんだが……。

 

「さて、ヨシムネよ」

 

「おう、なんだい?」

 

「研究項目が、とうとう残り一つになった」

 

「おおー、そろそろゲームも終わりに近いか?」

 

「ロケット工学というのだが……ロケットとは?」

 

「ああ、簡単に言うと、宇宙船だな」

 

「なるほど、最後の冒険の先は宇宙か。……エルフ達も、よくぞここまで文明を発展させたものだ」

 

 ぽつりとそうつぶやきながら、ゼバ様はメニューにそっと触れ、研究の指示を出した。

 

 研究成果はすぐに出て、アンオブタニウムを用いた無人ロケットの設計図が用意される。

 それをすぐさま建造させると、モノリスの近くにロケット発射場が建てられた。そして、流線形の格好いいロケットが見事に立った。

 

「これがロケットか」

 

「うん、俺が想像するロケットそのまんまだ。燃料は何を積んでいるんだろうか」

 

「隕石の欠片と怪物の死骸を粉末にして搭載しているようだな。それを反応させ、エレメントが存在しない宇宙空間でも推進を可能とする、だそうだ」

 

「なるほどなー。そこらへんは、完全にゲームオリジナルの要素なんだな」

 

「では、ロケット発射だ」

 

 轟音をたてて、ロケットの底部から炎が吹き出る。

 そうして、ロケットは勢いよく飛んでいき、空の向こうに消え去った。

 

『宇宙への進出! バッヂ[アポロンの奇跡]獲得!』

 

 おお、バッヂ獲得だ。だが、エンディングが始まる様子は見えない。

 

「新たに軌道力学が研究項目に追加されたな」

 

「あー、多分、エルフが直接宇宙へ行って帰ってくることを想定した研究かな」

 

「エレメントのない世界へ直接踏み出すのか。航海以上に辛い旅路に見える」

 

「でも、ロマンはあるぞ」

 

「そうだな。よき冒険だ」

 

『よきかな』『冒険はよき』『よきよき』『強きエルフに栄光を』

 

 そうして、研究は進み、幾度かの無人ロケット発射実験を得て、とうとう有人宇宙飛行が実施されることになった。

 モノリス近くのロケット発射場に新しい魔法ロケットが作られ、空に向いて直立する。

 そのロケットに、宇宙服を着た三人のエルフ達が乗りこんでいく。

 

「よき冒険を」

 

 ゼバ様がそう告げると、ロケットは火を吹いて空の彼方へ消えていった。

 

『宇宙魔法文明の誕生! バッヂ[al-hadara]獲得!』

 

 視点が変わり、大地から遠ざかっていくロケットが見える。遠い宇宙から見える大地は、青い板のような美しい場所で、それを宇宙飛行士達が一心不乱に眺める。

 そして、一人のエルフが何かをつぶやくと、不意に静かなピアノの旋律が流れた。

 宇宙船を操作する宇宙飛行士達の様子を背景に、スタッフロールが表示され始める。

 

 燃料を使い果たした部位が切り離されていき、ロケットはどんどん小さくなっていく。

 ロケットの先端にある操縦室に残されたエルフ達の表情は、明るい。帰還の成功を確信しているのだろう。

 

 俺とゼバ様、そして視聴者達は、しんみりした曲調のエンディング曲に浸りながら、エルフ達の冒険を最後まで見守った。

 


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