21世紀TS少女による未来世紀VRゲーム実況配信! 作:Leni
俺からゼバ様へのクリスマスプレゼントは、アルトサックスに決まった。
楽器店の店員がゼバ様に、基本的な音の鳴らし方まで教えてくれたため、配信時間はごっそりと削れた。ゼバ様と視聴者は喜んでいたのでよしとしよう。
ちなみに、ギルバゴーレムはギルバデラルーシと同じく、繊細な八本指をしている。そして、ギルバデラルーシにはない、呼吸をするための口が頭部にある。問題なくサックスを持って演奏ができるようだ。
そして今、俺達は今後の活動資金を稼ぐため、戦士ギルドに向かっている。
とは言っても、楽器店近くのテレポーターを使えばすぐに着くのだが。
テレポーターの魔法陣が敷かれている場所に向けて歩いていると、突然、ゲーム内のフレンドであるクラブチャウダーさんから、電子メール的な機能であるショートメッセージが飛んできた。
『ヨシちゃん配信していないのに、800チャンネルにいるの? 撮影? さすがに記念祭の準備放り投げて、勝手に遊んでいないよね』
おや。フレンドの現在位置が判る機能で、配信に気づかれたようだ。そりゃそうだよな。今、俺がいるゲーム内のチャンネルは、配信用に使われる800チャンネルだ。人間向けのライブ配信をしていないので、編集動画用の撮影だと思われたのだろう。
だが、その勘違いは都合がいい。
『人見知りの知り合いとお仕事で撮影中なので、絶対に来ないように』
と、クラブチャウダーさんに返信した。すると、すぐさまメッセージが返ってくる。
『人見知りの人を配信に映すとか、ひどくない?』
ぐっ、嘘はつくものじゃないな。返信に困ったぞ。
とりあえず、『来年の配信をお楽しみに!』と、言葉をにごしておこう。多分、記念祭が終われば、今回のライブ配信も編集した動画を俺の配信チャンネルで配信できるようになるはずだ。
そんなやりとりを思考操作でしている間に、いつの間にか俺達は戦士ギルドの前に到着していた。
西部劇の酒場に出てきそうな、ウェスタンドアの木造建築である。相変わらず雰囲気出ているな。
「ここが戦士ギルドだ。猟師ギルドも兼ねている」
「戦士と猟師の……ギルドか。ギルドは、同じ職種を持つ者同士が協力し合うために作った組織のことだったな?」
「そうそう。戦士の戦士による戦士のための組織だ」
配信開始前に、ちょろっとヒスイさんが解説していた知識をゼバ様が披露した。
『そのような組織が……』『必要なのか?』『人間は私達のような群れではないので必要なのだろう』『戦士ギルドがあるなら料理人ギルドなども?』
視聴者達が興味津々だったので、「生産職系のギルドもあるよ」と答えてやり、そのまま戦士ギルドの中に入場する。
すると、フロアの奥の受付に座るスキンヘッドの大男が、ギロリとこちらをにらんできた。
そのにらみも気にせず、俺は受付へと真っ直ぐに向かう。
「おいっす」
「おう、ヨシムネじゃねえか。また有望そうな新人でも連れてきたか?」
「おや、判っちゃった? ギルバゴーレムの新米戦士、ゼバ様だよ」
俺がそう言うと、ゼバ様とヒスイさんが追いついて、カウンターの前に横並びになる。
「ギルバゴーレムったあ、この間発見されたっつう、ダガー星の生物か……ふむ」
受付の大男が、ゼバ様をにらみつける。
これは別に、彼がゼバ様に喧嘩を売っているわけではない。実は、NPCにしか使えないスキルである『看破』を使って、ゼバ様のスキル構成を見抜いているのだ。
「おいおい、超能力者は、うちの管轄じゃねえんだが……」
大男がそう言ったので、ゼバ様が反論の声を上げる。
「私は戦士だ。これでも、数々の戦場を渡り歩いた経験がある」
「あー、お前さんは確かに本来的な意味での戦士に該当するんだろうが、うちのギルドが規定する戦士とは違えんだよな。うちのとこの戦士は、近接武器を使って殴り合う奴らのことだ。それと、猟師は弓と罠を使う」
「ふむ。そうか。人間の戦士はそういう存在なのだな」
「おっ、物わかりがいいじゃねえか。もう少し突っかかってくるのかと思ったぜ」
「私は極めて理性的と評判だからな」
なんだかよく解らないが、話は無事に着地したようだ。
話題が途切れたので、今度は俺が受付の大男に話しかける。
「超能力者ギルドって、この町にあるのか?」
「ねえなぁ」
「じゃあ、とりあえずでギルド員に登録してあげてよ。サイコキネシスで投げナイフを飛ばすんだから、斥候みたいなもんだろ。猟師の仲間みたいな」
「超能力者の斥候なんて、この『星』にゃ一人もいねえよ! いや、お前達渡り人は別だがな!」
ああうん。この世界は剣と魔法の『星』グラディウスだもんね。魔法じゃなくて超能力使うNPCなんていないよね。
「はあ、仕方ねえ……とりあえず短剣ランク1で免許発行しとくぞ」
「ありがとさん。そういう柔軟なところ、嫌いじゃないぞ」
「テメエみてえな、ちみっこに言われても嬉しかねえよ……」
大男は手元のペンで免許証を書き上げると、ゼバ様にそれを渡した。
そう、戦士ギルドのギルド員になると、武器の免許が貰えるのだ。免許がないと狩ることのできない動物とか、免許がないと武器を持って入れない場所とかがあるんだよな。町中での武器の携帯自体は、免許がなくても許されているのだが。
「無くすんじゃねえぞ」
「インベントリに入れておこう」
おっ、ゼバ様、インベントリを使いこなしているな。最初、ゼバ様にインベントリのことを説明するのは苦労したんだ。
専用の空間に物をしまえると言ったら、どのような理論でなしえているのか、一種の次元の狭間なのではないかと気にしだしたのだ。いろいろそれっぽいことを言った後に、「魔法の不思議な力でどうにかしている」でなんとか納得してもらえた。
「じゃあ、新米戦士を連れて、適当に肉でも狩ってくるよ」
俺が大男に向けて言うと、彼は獰猛な笑みを浮かべて答える。
「おう。冬至の祭りでごちそうを作る家が多いってんで、肉は大歓迎だ。高く買うぞ」
「クリスマスかぁ……」
「そうとも言ったな。外では冬至の魔力変化に影響されて、モンスターや動物がおかしな見た目になっているが、気にせず狩ってこい」
モンスターがクリスマス衣装に着替えているんですね、解ります。
「そうそう、お前さん、ギルバゴーレムだよな?」
受付の大男が、またゼバ様に話を振った。
「そうだが?」
「お前さん達の食料品は、町外れの交易所で買えるってよ。空腹になると一時的に衰弱して弱くなるから、金があまっているなら、出かける前に寄って買っていきな」
「そうか。結晶が買えるのだな。さて、どのような品があるのか……」
『ゲームの中でも味はするのか?』『ここまで現実的なら、食感も再現されていそうだ』『もしやゲームの中なら、あらゆる結晶を食べ放題なのでは?』『よき』
そんなやりとりを経て、俺達は戦士ギルドを後にした。
そして、MAPを確認して、先ほど言われた交易所へ。様々な物品が並べられた施設で、商人らしき者達がそれを眺めている。
少し興味があるが、さすがにこれ以上時間を無駄にできないので、受付へ。交易所の受付は、戦士ギルドの大男とは違い、若い娘さんだった。
ゼバ様が受付嬢に結晶加工食品を用意してもらうよう頼む。
すると、持ってこられたのは、以前サンダーバード博士が説明会のスライドで見せた輝く金属のペレットのような物だった。
「ほう、これは美味そうな……」
ゼバ様が思わずと言った様子でそんなことをつぶやくと、受付嬢が「一つお試しになられますか?」と試食を勧めてきた。
「では、遠慮なく」
青く輝くペレットを一つつまむと、ゼバ様は岩の鎧のゴツゴツした外殻にある首の隙間に手を入れ、ペレットを一粒差し込んだ。
「……ふむ、これは高級な結晶にも劣らない、よき味だ」
「岩と結晶の『星』ダガーで産出される、良質の結晶を加工した物だそうです」
「よきかな。手持ちの銅貨を全て出すので、買えるだけ出してくれ」
『金の使い方が雑』『それでよいのか大長老』『大長老には庶民の感覚がわからない』『労働の大変さを思い知るといい』
相変わらず辛辣な視聴者コメントよ……。
さて、準備が整ったので、俺達は町の西門へと向かった。
そして、門をくぐったところで、俺はゼバ様に移動用の騎乗ペットを購入するよう言った。
「マザーの攻略メモによると、ゼバ様にはお試し用のクレジットが配布されているそうだ。人間の現実世界での通貨であるそのクレジットを使って、ゲーム用のアイテムを購入してみよう」
「ふむ。ペットに乗るのか。まるでアグリグムに乗るプリングムのようで、気が進まないのだが……」
『遅れている』『それでは時代に取り残される』『私達は開明的なのだ』『必要ならば、敵の文化も取り入れる姿勢が必要だ』
「そうか、そうだな……」
視聴者に
そして、一分後。
「む! ヨシムネ、もしや、動物だけでなく、道具の乗り物もあるのか?」
「あー、あるよ。空飛ぶ絨毯とか、俺も持っているぞ」
「ん? なぜ絨毯が空を飛ぶのだ?」
「どうしてだろうねえ……」
さらに数分後、ゼバ様は買うアイテムを決めたようだ。そのアイテムとは……。
「どうだヨシムネ。飛行機だ」
それは、翼の付いた空飛ぶオープンカーだった。クレジットショップの説明文によると、重力制御で動く乗り物で、地面から数メートルの高さまで飛び上がることができるらしい。これを飛行機と呼んでいいかは、俺には判断がつかない。
『うらやましい』『私もそのゲームをやってみたい』『いつ解禁なのだ』『私達にもクレジットは配布されるのか?』
あー、そこらへんの詳しい事情は、俺には知らされていないんだよなぁ。
今は、ゼバ様の遊ぶ姿を見て満足してくださいってことで、俺達は騎乗ペットと乗り物にそれぞれ乗って、西の森を目指した。
西の森は、それなりに広い森林地帯だ。
「エルフの密林ほど木が密集していないな」
「初心者向け狩り場だからなぁ……」
初心者向け狩り場なだけあって、木と木の間隔は広く、ゼバ様の飛行機が入っても問題なく動けるだけのスペースがあった。
でも、乗ったままでは狩りができないので、ここからは歩行スキルに活躍してもらう番だ。
森を少し進むと、この森に多く生息する巨大ウサギが登場した。
だが、その姿は少し珍妙だ。なぜか、赤い上着と赤い帽子を着用しているのだ。
「あの触角は、ヨシムネの頭の触角と同じ物か」
が、ゼバ様ここでクリスマスのサンタ衣装をスルー。耳について言及し始めた。
「ああ、この動物はウサギだ。上から生えているのは触角じゃなくて、音を聞くための器官である耳だな。人間だと丸くて、エルフだと尖っていたあの部位が、ウサギの場合二本上に突き出しているんだ」
「ヨシムネはそのウサギの耳を装着しているのか。なぜだ? 音がよく聞こえるようになるのか?」
「いや、ただのファッションだよ……」
その答えを受けて、今度はヒスイさんの方を向いてゼバ様が言った。
「ヒスイのその三角の耳もファッションか?」
「はい、ファッション猫耳です。にゃーん」
「何言ってんのヒスイさん」
手を丸めて猫招きのポーズを取るヒスイさんに、俺は思わず突っ込みを入れた。普段ボケない人が急にボケると、驚くよね!
「さて、これだけ騒がしくしても、ウサギとやらは逃げないのだが……」
「ゲームの初心者用の敵だからね」
ゼバ様の言葉に、俺はそう答えた。うん、ゲームだから仕方がない。視聴者達も、『初心者に配慮する仕組みは素晴らしい』とか言っているぞ。
「では、狩るとしようか」
ゼバ様が号令を出し、俺達はサンタコスプレをした森の動物達を次々と狩っては、スキルで解体した部位をインベントリに収めていく。
クリスマス仕様の動物は、どうやら狩るとキャンディを追加で落とすようで、ゼバ様はそれを興味深そうに眺めた。
「ヨシムネ、この飴という食品、対象種族が『全ての種族』と書かれているのだが」
「えっ、マジで。ギルバゴーレムでも食べられるの?」
「試してみようか」
ゼバ様は
「むっ、これは……」
ゼバ様の反応を俺はじっと待つ。
「なんとも、ヂグいものだ。よきかな」
「ヂグい……?」
そんな日本語あったか?
「ふむ。ヂグ味はヨシムネには伝わらんか。私達の味の感覚だ」
「あー、食性が人間と違いすぎて、味覚に言葉を合わせられないのね」
「美味しいという言葉は伝わると、宗一郎からは聞いたが」
「あー、うん、伝わっているね。さすがに美味しいって言葉は味全般のよさを指すから、伝わるのか」
そんなことを言っていると、追加でゼバ様は一つ、棒キャンディを首の隙間に差し込んだ。どうやら、追加で食べるくらいには美味しいらしい。
「ふむ、これだけヂグいなら、もう少し多めに確保しておくか」
「了解。狩りを続けようか」
『ヂグいのか……』『ヂグ味を食べ放題とか、なかなかよき』『あれは極点付近でしか育たないからな』『やはり、このゲームは今すぐにでもやりたい』
そうして俺達はその後、しばらく森に
戦士ギルドで肉と皮を売り払うと、予想より多くのお金へと変わった。ゼバ様はこの資金をさらなる楽器の購入にあてるか、食料品の購入にあてるか悩んでいるようだ。
配信時間は開始から六時間が経過し、さすがに切り上げた方がいいだろうと判断して、今日の配信は終わりを迎えた。
続きは、惑星ガルンガトトル・ララーシでの明日。銀河標準時での12月25日、クリスマスだ。クリスマス限定クエストが、俺達を待っている。