21世紀TS少女による未来世紀VRゲーム実況配信! 作:Leni
キッチンバットに入った二つの鶏肉を前に、俺は視聴者達と軽く雑談する。
「好物とは言っても自分で作ったことないんだよな。だから、ちゃんと完成するかは不明だ。主任を信じろ!」
『だから誰だよ』『20世紀ネタは通じませんよ、ご先祖様』『検索した。こんな漫画あるんだというか巻数多い!』『俺はヨシちゃんを信じるよ』
「俺がタイムスリップした時点では完結していなかった漫画が、アーカイブでは完結状態で全巻揃っているのはありがたいわぁ。思わず時間加速機能使って読みふけっちゃうよ」
『何それうらやましい』『漫画読むとか、気の長い趣味持ってるなぁ』『週刊掲載漫画楽しいよ』『『Stella』の公式1ページ漫画好き』
この時代でも、漫画文化は失われていないようだ。古典文学扱いの漫画とかもあるので、少し高尚な趣味になっているかもしれないが。
さて、料理を再開しよう。
「このバットに入っているのは、ヨーグルトに浸けて二時間経った鶏胸肉だ。鶏皮は剥がしてある。このバットに、醤油を少々混ぜ……醤油っていうのは味噌の親戚で、大豆と塩から作る液体調味料だな。しょっぱいぞ」
素手でヨーグルトと醤油と鶏肉を混ぜていく。
「ほどよく混ざったら、十分ほど置く。その間に、タルタルソースを作っていくぞ。まずは、ゆで卵から」
手を洗い、鍋に水を入れ、卵を四つ入れ火にかける。
「ゆで卵はみじん切りにするので、黄身が真ん中にくるよう転がしたりする必要はない。だから、基本放置して作るぞ。さて、ゆで卵ができる間に、包丁のお時間だ」
『うっわ、また包丁か』『怪我しない?』『ゲームの中の刃物は見慣れているのにな』『ゲームの中は痛覚ないからなぁ』『サイボーグにすればリアルでも痛覚軽減できるよ?』
「大丈夫大丈夫。用意するのは、ピクルス……野菜の酢漬けと、タマネギ二玉だ。タマネギは皮を剥いて、半分に切って……後はみじん切りだ!」
勢いよく包丁を動かし、宣言通りタマネギをみじん切りにしていく。
うーん、タマネギなのに目が痛くならないぞ。さすがガイノイドボディ。
『あぶねえ!』『これはあかんでしょ』『料理スキルなしでみじん切りかぁ。練習すれば俺にもできるかな』『ヒスイさん止めなくていいの?』『あああああああああああああ』『駄目だこりゃ』
「危なくないよ! そもそもみんな、俺がガイノイドだってこと忘れてるだろ! ミドリシリーズだぞ! 指に包丁当たったところでびくともせんわ!」
『あっ』『あっ』『言われてみれば』『忘れてた』『……そう言えばそうでしたね』『包丁どころかコンロで全身火あぶりになってもダメージなさそう』
そんなコメントを尻目に、タマネギのみじん切りを終える。
すると。
「ヨシムネ様」
背後から、かかる声が。
「お手伝いいたします」
「ああ、助かるよ。手を洗ったら手伝って。みじん切りにしたタマネギをザルに入れて、水にさらしてからしぼっておいて」
「かしこまりました」
『ヒスイさん参戦!』『お前を待っていたんだよ!』『姉妹で仲良くお料理。これを見たかった』『ヒスイさんがんばれー』
キッチンは広いので、二人で動くスペースは十分にある。
俺はタマネギをヒスイさんに任せ、ピクルスを取り出した。事前に自動調理器を使って漬けておいた物だ。
「このピクルスもみじん切りにする」
「ここは私が」
「ヒスイさんやる? じゃあ任せるよ」
ヒスイさんにまな板の前をゆずり、俺はゆで卵を確認する。ぐらぐらと鍋が沸いている。
火を弱めて、固ゆでになるまでこのまま放置だ。
横では、ヒスイさんが見事なみじん切りを見せていた。俺よりはるかに手際がいい。
『すげえ』『うーん、この安心感よ』『本当に料理スキル使ってないんだよね?』『人型ロボット用の料理プログラムなら使ってるんじゃね?』『そこがアンドロイドの強みだしな』
視聴者のみんなも、騒ぐことなく見守っているようだ。
ちなみにここはリアルだから、ゲーム的な料理スキルなんて物は存在しないぞ! リアルとゲームを混同しないように!
「終わりました」
「ん。ゆで卵はまだできあがりまで少しかかるから、鶏肉に塩胡椒をかけよう。まずはバットから鶏肉を取り出し、ヨーグルトをよく切って、まな板の上に。塩胡椒を振って、下味は全部完了だ」
『ヨーグルト味の肉かぁ。どんな味なんだろう』『ゲーム内で隠し味によく使っているけど、美味いよ』『自動調理器で試せるかな……後で調理器に聞いてみよう』
「ちなみに、鶏肉も卵も培養じゃないオーガニックなものだ。とは言っても、鶏は品種改良が進みまくって、育つのめっちゃ早いみたいだから、そこまでお高くはないよ」
「二級市民の方でも、定期的に口にできる価格でしょうね」
『知らんかった』『正直培養鶏肉との味の違いが判らん』『オーガニック食品は雰囲気を楽しむ物だから』『成分は変わらないですし』『培養鶏肉好き』
養鶏業者が品種改良を頑張っているのと同じように、培養肉業者も頑張っているってことだな。
食文化が豊かなことはいいことだ。ディストピア系SFとかは、食事が酷い描写多いみたいだし。
と、ここで蒸らしていた土鍋ご飯をしゃもじでかき混ぜておく。忘れるところだった。ヒスイさんのヘルプが入っていなかったら危なかった。
「ご飯はこれでOK。そしてゆで卵が茹で上がったので、殻を剥いていくよ。冷水に晒して、水の中で剥こう」
「私におまかせください」
「じゃあ、二人で二つずつやろうか」
『俺、料理スキルなしでゆで卵の殻剥けるぜ』『えっ、お前すごくね?』『なんでわざわざそんな技術を身につけたのか』『使い道のない技だな』『いいだろ、楽しいんだし!』
「そう、料理は楽しいぞ。お、ヒスイさん綺麗に剥くなぁ。俺はちょっとだけ欠けちゃったよ」
つるんとした殻剥きゆで卵が四個完成である。
これもまたみじん切りにして……。
『指切っても大丈夫と理解すると、今度は失敗シーンも見てみたい』『お前……』『ヨシちゃんはドジっ子属性ないからな』『ヨシちゃんの無事を見守り続ける』
失敗は、この後の揚げ作業で起こるかもな……。揚げ物とか慣れていないし。
実家では揚げ物はいつも母ちゃんの担当だった。
「さて、材料は切り終えたので、いよいよタルタルソースを作るぞ。ゲーム的に言うと調合!」
『薬草採取の依頼あります?』『俺の調合スキルが火を吹くぜ!』『うちのMMO、薬草は農家が畑で育ててるんだよな』『ロマンないなそれ』
「ボウルにマヨネーズを入れて、そこに刻んだタマネギ、ピクルス、ゆで卵、そしてワインビネガー。塩胡椒もかけて、混ぜ混ぜ」
『こりゃ調合スキルいらんわ』『俺でもできる』『自慢にならんわ、こんなの』
まあ、混ぜるだけだからね?
「はい、タルタルソースの完成!」
カメラ役のキューブくんに見せつけるように、タルタルソースの入ったボウルを掲げてみせた。
そして、ボウルをキッチンの隅によせ、まな板の上を開ける。そこに、新たに四角いキッチンバットを一つ用意した。
「次は揚げ物。まずは衣をつけるよ。本来揚げ物は具材に粉をつけるために卵液に浸すんだけど、今回はヨーグルトが肉にくっついているから卵液はなしだ」
『残念、卵割り見たかった』『俺、卵割りも料理スキルなしでできるぜ』『もうお前、リアルで料理覚えたら?』『リアルでの趣味持つって、ちょっとだけ憧れるわ』『リアルの怪我は痛いだろうけど、どうせすぐに治るし挑戦はありだな』
おお! 俺の配信を見て、それに影響されて何かを始めるのは、配信者冥利に尽きるね。
「ヒスイさん、粉をバットに用意して」
「お任せください」
ヒスイさんが、キッチンバットに上新粉(米粉の一種だ)と片栗粉を入れて、混ぜていく。
「荒岩流チキン南蛮だと、衣に使う粉は上新粉3:片栗粉1の割合だ。よし、用意できたな。後は、鶏肉に粉をまぶす」
これで用意は完了だ。次は、いよいよ揚げに入る。
鉄鍋に油を満たし、火にかける。鍋には温度計も設置済みだ。目で見ただけで温度が解るほど、揚げ物マイスターじゃないからな。
「油の温度は、160度から165度の間らしい。じっくり揚げると書いてあるから、十分弱くらい揚げればいいかな」
『ドキドキ』『揚げ物は料理スキルも高レベル要求すること多いよね』『160度って、生身だと大火傷だな』『でもミドリシリーズなら?』『安心安全!』
では、一つ目の鶏肉を投入っと。
「おお、油がどんどん跳ねよる……。でも、熱くないな」
「ああ、先ほど痛覚設定をカットしたままでしたね」
「なるほど。じゃあそのままでよろしく」
油の温度が戻ってきたので、二個目の鶏肉も投入。
そして、160度を維持し揚げていく。
「綺麗に揚げるコツは、頻繁にひっくり返さないことだそうです」
「なるほど。俺の助手さんの助言はいつも適切で助かるわぁ。と、ヒスイさん、新しいキッチンバット用意して。網付いた奴ね」
「はい」
鉄鍋の横に、いつでも鶏肉を取り出せるようキッチンバットが用意された。
そして待つことしばし。衣が固まってきたので、鶏肉を裏返し、さらに揚げる。やがて、投入から十分が経った。
「はい、完了。鍋から取り出して、しっかり油を切って、うん、上出来じゃないかな?」
『さすヨシ』『よく頑張った』『いつ油が発火するかと気が気じゃなかったよ』『私は信じていました』
「うん、ありがとう。一般的なチキン南蛮はここで揚げた鶏肉を甘酢に絡ませるんだけど、荒岩流は絡ませないっぽいね。さて、これを包丁で切り分けて……」
その間に、ヒスイさんが皿を用意してくれる。揚げた鶏肉二つを切り分け、二つの皿にそれぞれ盛り付ける。
そこに先ほどのタルタルソースをたっぷりとかけると……。
「できた! チキン南蛮!」
『おおー』『美味そう』『食いてえ』『後で料理クランに頼んでくるわ』『自動調理器、レシピ対応してるかなぁ』
「付け合わせとして野菜が欲しいので、ヒスイさんちょっとキャベツの千切り作ってくれる?」
「お任せください」
ヒスイさんはそう言うと、用意していたキャベツを瞬く間に千切りにしてしまった。
『!?』『なにこれ』『速い』『神業すぎる……』『今日一番の手際だわ』『さすがヒスイさんです!』
ヒスイさんの人気に嫉妬しつつ、チキン南蛮の皿にキャベツの千切りを載せていく。
「キャベツの千切りには、自動調理器に作らせたドレッシングをかけるよ。はい、これで全部完了。後は少し冷めちゃったお味噌汁を少し温め直して……」
温め直したお味噌汁をお椀に注ぎ、土鍋からもしゃもじで茶碗にご飯をすくう。
よし。
「完成ー! 今日のお昼ご飯、チキン南蛮の完成だ!」
『よくやった』『感動した』『人類はやればできるんやなって』『二人はガイノイドですけどね』『リアルで見てたから、めっちゃ腹減った』
ヒスイさんがお盆を二つ用意してくれたので、それぞれ一つずつお盆を持って、上に料理を載せる。そして、居間まで二人並んで移動した。
食卓に料理を並べ、箸を用意して食事の準備は万端だ。
「では、いただきます!」
「いただきます」
いきなりチキン南蛮をぱくり。うーん、これは……。
「ジューシィ。美味いわぁ」
「はい、ちゃんとできましたね」
「この白米が欲しくなる味……チキン南蛮はやっぱりご飯と一緒じゃなくちゃな!」
俺は、茶碗を手に取ると、ご飯を口に掻き込んだ。
そして茶碗を手に持ったまま、チキン南蛮を食べる。さらにご飯を食べる。
おっと、お味噌汁もあるんだった。茶碗を置くと、お椀に入ったお味噌汁をすする。豆腐とワカメも箸で掴み、口へと入れる。
うーん、日本人でよかったって感じだ。
『無言実況』『表情からして美味いんやなって』『人が美味しそうに飯食べている姿って面白いな』『まあ食いながら話されるよりはいいか』
あ、実況してなかったな。でも、グルメリポーターみたいなことは俺には無理だし。
食いながら喋るのも行儀が悪いし、このままで行こう。
『味気になるなぁ』『味覚配信してほしかった』『ヨシちゃんと味を共有したい……』『せめて匂いだけでも』
「あ、そういうことできるんだ」
「できますが、今回は突発的な配信だったため、配信サービス側に申請をしていません」
「そうなのか。まあ、味と匂いは次回以降をお楽しみってことで」
そして十数分後、俺とヒスイさんは見事に料理を完食した。
「美味しかった。久しぶりの大好物に、俺、大満足」
「言ってくだされば、作りましたのに……」
「でも、自動調理器でだろ? こうやって二人で料理できたから過程も楽しめて、より楽しく食べられたんだよ」
「そうですね。前半も手伝えばよかったです」
「キッチン広いんだから、事故なんて起きないさ」
『うちの自動調理器、チキン南蛮対応だった!』『マジで』『羨ましい』『早速食ってるけど、かなり美味いわ』
「だろー、チキン南蛮は美味いんだ」
視聴者の反応に、俺は思わずにっこり。チキン南蛮愛好者増えろ!
『こっちは料理クランに依頼出した』『私も料理スキルで作ってみるよ』『ゆで卵ならリアルでも作れるかなぁ』
うんうん、配信をきっかけにして、何かに興味を持ってくれて嬉しいよ。
ただ、リアルでの料理は完全に趣味の世界だから、自動調理器で作った飯の方が美味いだろうけどな!
「さて、今日の配信はこれで終わりかな。後は片付けがあるけど、食器洗い機に全部放り込んで調理器具をしまうだけだから、絵面も地味だし」
「私に全てお任せください」
「こりゃ、またしばらくはキッチン出入り禁止かな……?」
俺がそう言うと、笑いの視聴者コメントが読み上げられる。
ここで終わるのは名残惜しいが、今日はもうお別れだ。
「では、ゲームもしない突発配信にみんな付き合ってくれてありがとう。21世紀おじさん少女のヨシムネでしたー」
「料理プログラムも完璧な、ミドリシリーズのヒスイでした」
ごちそうさまでした!