21世紀TS少女による未来世紀VRゲーム実況配信! 作:Leni
その日の俺は、癒しを求めて一人で『sheep and sleep』をプレイしていた。
というのも、先日まで、改めて高度有機AIサーバなるものに接続した『St-Knight』の難易度ナイトメアをプレイしていたからだ。
通常の難易度ナイトメアとは比べものにならない難しさに、俺は打ちのめされた。高度有機AIというものは、人間の脳を模した仕組みの人工知能だ。有機の単語の通り、インストール先のマシンの材料に有機物を必要としている、らしい。
人間の脳を模している。つまり、戦いの上での読み合いやフェイントなども、人間くさい複雑な物となっている。
それの最高難易度だ。つまり、人間の熟練者と同じ強さを持つということ。ゲーム歴の短い俺では太刀打ちができるはずがなかった。
こればかりは、今の俺ではゲームクリアが不可能だ。
ヒスイさんもクリアまで頑張れとは言い出さなかった。なにせ、高度有機AIサーバに接続した状態では、ゲームの時間加速の倍率をさほど上げられないからな。
どれだけ練習にリアルの時間を費やさなければならないか、分かったものではない。その間、動画配信が遅れるのだ。ただひたすら同じゲームの練習のみを続ける動画を何ヶ月も投稿し続けるとか、確実に視聴者離れを引き起こすだろうし。
そんなわけで、見事に地に塗れた俺は心の安寧を得るため、牧歌的ゲームの世界でのんびりと過ごしているのだ。
「それにしても、この世界は広大だなー」
撮影をしているわけでもないのに、独り言が漏れてしまう。
長いこと撮影を続けた影響で独り言はもう癖になってしまったのだが、配信を続けるならこの癖は悪いことではないので、直していない。考えなしに言葉を口にして、失言する可能性は否めないのだが……。
まあ、それよりもこのゲームである。
よりよい眠りを追求するというコンセプトで、様々なロケーションが用意されている。屋内だけでなく屋外も名所がいくつも用意されていて、行きたい場所を曖昧に指定するだけで、それらしいスポットにファストトラベル(瞬間移動)することができる。
しかも、どの場所も地続きで繋がっており、ファストトラベルを用いなくても自分の足でいろんな場所へ訪れることができたりするのだ。
まあ、世界を巡るのに自分の足で歩いていくのは時間がかかるから、羊や馬に騎乗するのが俺とヒスイさんのプレイスタイルだったりする。
現実では馬になど乗ったことないが、そこらへんはゲームである。しっかりシステムアシストが補助をしてくれた。
そして今、俺は夕暮れの海岸線で一人体育座りをして、日の入りをじっと眺めていた。このゲームは時間帯も自由に決められるのだ。
「はー、絶景だな」
こんな作り込みをするゲームメーカーは、他にどんなゲームを作っていたりするのだろうか。
気になった俺は、その場でウィンドウを開いて、検索をする。むむ、いろいろ作っているな。むむむ!
「代表作は『Stella』……」
ライブ配信中のコメントで、視聴者がプレイしているゲームとしてしばしば耳にする奴だ。
あの『St-Knight』のチャンプもプレイしているという、数年前にリリースされたばかりのMMORPGである。
「このメーカーのゲームというなら、『Stella』でも絶景を拝めることができるかな?」
俺は、そんな期待を胸に抱いた。
いいな。次の配信はMMORPGだ。コンテンツも豊富で、いろいろな動画を撮れるかもしれない。
観光名所巡りをしてもいいし、視聴者のプレイヤーと交流をしてもいい。
MMORPGは、本格的にプレイをするとなると膨大な時間が必要となるジャンルだが、観光客気分でやるなら、そう時間も取られないだろう。まあ、時間で蓄積する強さが足りていないと行けない場所もたくさんあるだろうが……。
「そうだな、前に考えていた通り、観光客プレイでいくか」
そう心に決めた俺は、早速ヒスイさんに相談しようと、『sheep and sleep』を終了するのであった。
◆◇◆◇◆
「『Stella』ですか。評判も非常によく人気も高いですし、いい選択ではないでしょうか。やりましょう」
『Stella』をプレイすることを相談したヒスイさんは、そう快諾してくれた。
「配信方式は、撮影した動画の投稿のみでいきますか? それともライブ配信で?」
ヒスイさんの問いに、俺はしばし考え、そして答えた。
「とりあえず一回目は、キャラメイクの光景とかを視聴者と一緒に眺めたいから、ライブ配信で」
「了解しました。告知しておきますね」
「よろしく」
そう決まったので、俺は『Stella』についていろいろ調べることにした。
初見プレイでいくつもりだが、観光すべき場所の選定とゲームシステムの把握はしておかないと、ぐだぐだになってしまう。ライブ配信だし、編集で誤魔化すこともできない。
ヒスイさんも事前調査くらい完璧にしてくれるだろうが、俺も把握しておかないとな。
ふむふむ。本格的な戦闘システムと生産システムが実装された、多次元時空ファンタジーとな。
プレイヤーは多次元の『星』を渡る能力を持った渡り人と呼ばれる存在で、舞台となる『星』ごとに世界観が異なっているらしい。
中世風の魔法世界。高度文明を築くSF世界。人のいない大自然。水に満たされた星。それらをプレイヤーは自由に巡っていく。
うん、いいね。観光しがいがありそうだ。
そして、登場する文明人には、高度有機AIサーバに接続された
NPCとは、ゲーム側が動かすキャラクターのことを指す。人間のプレイヤーが操作するキャラクターは、
ふーむ、しかし、高度有機AIサーバか。
「ヒスイさん。いまさらなことを聞くけど、高度有機AIサーバってなんなの? サーバに無数の高度有機AIがインストールされているのかな。でも、高度有機AIって人権があるんだよな。サーバにそんなぎゅうぎゅう詰めに押し込めて、働かせていていいの?」
そんな今更な疑問を俺はヒスイさんにぶつけた。
それに対し、ヒスイさんは嫌な顔一つせずに即座に答えてくれる。
「高度有機AIサーバは、高度有機AIが一人インストールされた大容量サーバですね」
「一人だけなんだ。それで無数のNPCを担当できるの? 一人だけだと、みんな似通った性格のNPCになりそうだけど」
「そこで取られているのが、多重人格方式というものです」
多重人格方式……すごい言葉が飛び出してきたぞ。
「現代のMMORPGの中には、本格派の世界観を表現するために、NPCが死亡すると二度とリポップしないという仕様の物があります。ですが、高度有機AIには人権があるため、もしそれぞれのNPCに一人ずつのAIを分け与えたとして、そのNPCが不要になったのでAIを消去する、というわけにはいきません」
「そうだな。それに、新しいNPCが増えるたびに新しいAIを誕生させていたんじゃあ、世の中はAIであふれてしまいそうだ」
役目を終えたAIを新たなNPCに使い回すこともできるだろうが。だが、その方式は取られていないと。
「高度有機AI一人を動かすのにも、それなりにコンピュータの処理能力が求められます。無数にAIを増やしてしまっては、サーバの増設が追いつきません」
この時代のサーバマシンのマシンスペックとかは俺には解らないが、どうやら今の時代でも限界は存在するらしい。
「そこで採用されているのが、多重人格方式の高度有機AIサーバです。高度有機AIサーバへの接続を採用しているゲームは、接続先のサーバ担当をしているAIがたった一人で全てのNPCを担当しています。AIは自分の中に複数の人格を作り、その人格をNPC一人ひとりに割り当てます」
多重人格か。単語から想像するに、それぞれ性格が違うんだろうな。それで、多様なNPCにも対応できると。
「そして、それぞれのNPCの担当人格を主人格の監視下で運用しています。NPCが今後一切不要になれば、その担当人格を消すだけで済みます。人格を消しても、人権を持つAIの主人格に影響は何もありません。まあ、AIが気に入った人格を保存しておいて、他のNPCに使い回すなどといったこともしているようですが」
「なるほどなー」
一サーバに一人だけAIがインストールされており、無数の人格を作りだして、それを各ゲームに割り当てていると。
「高度有機AIには人権があるっていうけど、ゲーム用の担当人格の方には人権は発生するのかな? 話を聞くに気軽に消しているみたいだけど」
「人格に人権はありません。ゲームの仕様上、NPCを攻撃したり殺害する必要が出る場合がありますから、人権があったら問題となりますからね。ですが人格の大元は高度有機AIのため、攻撃するにしろ殺害するにしろ、ある程度人間扱いすることを求める風潮はありますね。ゲームの方針によりますので、利用規約で対応方針を縛ったりもするようです」
「へー」
「ちなみにサーバにインストールされているAIには人権があるため、現実世界でボディを遠隔操作して過ごしているそうですよ」
「肉体が滅んだ後にソウルサーバに押し込められている二級市民より、扱い良いな!」
「AIは働いていますから。人類ではないので三級市民扱いですけれど」
しかし、殺害してもリポップしないNPCか。
元いた時代のMMOのNPCといえば、殺したら数分でリポップするのがお約束だったが。
「NPCが死亡してリポップしないゲームがあるなら、悪乗りして全NPCを殺害しようとする人達が発生しそうだね」
21世紀にあった匿名掲示板や匿名画像掲示板の中には、そういう類の悪乗りをする住民もいたと思う。
「利用規約の穴を突く悪質なプレイヤーというのは、いつでも発生しますからね。ですから、セーフティエリアを設けて、町中ではNPCを攻撃できないようにして、イベント時のみセーフティエリアを解除する等工夫を凝らすようです」
「モンスターに町が襲撃されるとかだね。そのときは、NPCを狩ろうとするプレイヤーとそれを防ごうとするプレイヤーで争いになるわけだ。でも、PKが実装されていないゲームだと……」
俺がプレイしようとしている『Stella』は、
そのようなゲームでNPC殺しが発生した場合は、どう防ぐというのか。
「そういう場合は、プレイヤーがNPCを攻撃できない仕様にして、モンスターのみ攻撃を通るようにするのではないでしょうか」
「そうだね。NPCにMPKを仕掛けるなら、防ぎたいプレイヤーがモンスターを倒せばいいだけか」
MPKとは、モンスターを誘導してPCを殺害しようとする行為だ。
ここでは、PCではなくNPCをモンスターで殺害しようとするという意味で使っている。
「『Stella』のプレイヤーは、その辺どうなのかな。悪人プレイヤーや悪質プレイヤーは多いのかどうか。配信をするなら、妨害も考えられるからね」
「割と牧歌的なプレイヤーが多いようですね。PK制度もなく、悪人ロールプレイに走れるような所属先も少ないようです。NPCは死亡しても一定時間で復活します」
悪人ごっこか。21世紀にいた頃は、海外製のオープンワールドRPGで、暗殺者プレイをしたり盗賊プレイをやったりしたものだが。
ただ、ゲームの中で人生を送ろうとするプレイヤー達が在住している以上、悪人ロールプレイはその人達の妨げになってしまうだろう。平和な人生を送るなら、周囲に犯罪者はいないに越したことはない。
というわけでPKはない。じゃあ、他のPvP要素はどうかというと。
「ふーん、PvPは両者合意での決闘システムがあるのか。チャンプがいる以上、PvPが盛んな場所があるんだろうけど」
「闘技場で強者を決め、強者が支配者層になる『星』があるようですね」
「うわー、王様とかになってるチャンプの姿が想像できる」
そういうわけで、ゲーム内容の確認が済み、ヒスイさんにライブ配信の日時を告知してもらった。
それから数時間後、なんとヒスイさんのSNSアカウントに、チャンプからの連絡があったらしい。
「『このゲームに来るなら、案内しますよ。キャラクター名はクルマムではなくクルマエビです』だそうです」
「クルマエビって、チャンプ、もしかして日本人なのか」
「さあ。そのあたりのプロフィールは公表していないようですね。日本人と推測できる記述はありますが。で、どうしますか?」
「初回配信は視聴者の人と同行するつもりはないから、今回は断っておいて。そのうち闘技場を案内してもらうかもしれませんっていうのも添えて」
「了解しました」
そういうわけで、準備は整った。
MMOをするのは久しぶりだが、はまりすぎないよう注意しないとな。
なにせ、時間加速のできないゲームだ。配信が二の次になっては、今までに積み重ねてきた物が台無しになってしまう。
そこで、俺は『Stella』にはまらないための策を講じることにした。
「縛りプレイをしよう。かたつむり観光客だ」
さあ、新しいゲームを始めよう。