21世紀TS少女による未来世紀VRゲーム実況配信!   作:Leni

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29.Stella(MMORPG)<7>

「よーしお前ら、日が暮れる前に飯の時間だー! 各自、用意してきた物を好きに食べていいが、帰りの分の行動食を確保しておくのも忘れずに! 他の人達との料理交換には、気軽に応じてやってくれ! 俺もいろいろ見て回るぞ! それと、聖魔法使いは念のためモンスター避けの結界をよろしく!」

 

 そう大雑把に指示を出して、俺達は食事の用意を開始する。

 リュックサックからコッヘル(アウトドア用の調理器具だ。鍋やフライパン的なアイテムである)を取り出し、さらにストーブ(アウトドア用のコンロ的なアイテムだ)を二つ取り出す。

 ストーブはなんと魔道具で、ガスではなく火魔法のスクロールを燃料にして火を出すらしかった。さすが剣と魔法のゲーム世界である。

 

「よし、じゃあまずお米を炊こうか」

 

 俺がそう宣言すると、ヒスイさんがインベントリから研いだ米と水袋を取り出してくれる。

 インベントリには重量制限があって、ヒスイさんと俺は物を手分けして持ち運んでいる。インベントリは、そのままずばりのインベントリというスキルのレベル上昇で持てる量が上がっていくようだ。

 

『出た、お米』『また会ったなお米ちゃん!』『ヨシちゃんの異様なお米推し』『インベントリに入れるならパンも軽くて悪くないよ』『ポリッジもいいよ!』

 

「お米は日本人のソウルフード!」

 

 そう視聴者にアピールして、コッヘルにお米と水を入れる。水の量はちゃんと量って水袋に入れてきた。

 今朝の下ごしらえで上がっていたであろう料理スキルの時間加速技を最大に使い、米に吸水させる。

 そして、ストーブの上にコッヘルを載せ、フタをしてストーブを点火した。

 

「おお、これが魔法の火! 感動だ!」

 

『感動するようなことか?』『リアルで使う火の方がすごいぞ』『リアルの料理と違ってヒヤヒヤしなくて済む』『いや、ゲームの方が身体の耐久力低いから、燃え移ったら死亡しますよ』『リアルよりゲームの方が弱い人初めて見た』

 

 く、視聴者達め、好き勝手いいよってからに。

 

「さて、お米を炊いている間に、本日のメインディッシュを用意していくぞ! ヒスイさん!」

 

「はい、こちらをご覧ください」

 

 ヒスイさんがインベントリから取り出したのは……ナチュラルチーズだ!

 

「今日の登山飯は、チーズフォンデュだ!」

 

『マジか』『俺も食いてえ!』『チーズフォンデュって何?』『聞いたことない』『美味しいよ』『ヒスイさん解説よろしく』

 

 解説の要望が来たので、俺はヒスイさんに目配せをする。

 ヒスイさんは小さく頷き、視聴者に向けて解説を始めた。

 

「チーズフォンデュとは、チーズを溶かし液状にしたものに、下茹でした野菜や肉、魚介類などを絡ませて食べる料理です。今回、溶かしたチーズには白ワインとミルク、小麦粉を混ぜ、薄く延ばして具に絡ませやすくします」

 

『何そのチーズの暴力任せの料理』『美味そう』『美味いぞ』『また満腹ゲージ減ってきたわ』『くっ、今回は料理回か! ここは危険だ! 俺に任せてみんな逃げるんだ!』『その材料ならリアルで用意できるわ。期待』

 

「じゃあ作っていくぞー。まずは大きめのコッヘルに白ワインを入れて、沸かす」

 

 と、その間に米の方が先に沸いたので、フタの上にそこらで拾った石を載せて、弱火にした。

 料理スキルのアシストが有効なので、炊飯が失敗する可能性は低いだろう。

 

「料理スキルって便利だよなー。そりゃあみんなリアルでの料理なんてできない訳だわ」

 

「自動調理器は時間操作機能のおかげで時間のかかる料理も一瞬で完成しますから、現実世界での料理をするときに必要となる調理時間を煩わしく感じる人も、多いのではないでしょうか」

 

「はー、時間操作機能」

 

 そういえば、この時代の人達は時空観測実験とか言って、過去に干渉したり次元の狭間から人をサルベージしたりできるんだった。国民的猫型ロボットが出てくる漫画の未来技術に片足突っ込んでいやがるな。

 

 そんな雑談で時間を潰している間に、白ワインが沸騰してきた。これでも、料理スキルのおかげで、だいぶ沸くまでの時間が短縮されている。

 

「沸いた白ワインにナチュラルチーズを削って入れていくぞ。ヒスイさんお願い」

 

「お任せください」

 

 ヒスイさんがアウトドアナイフでチーズの固まりを削って、白ワインの中に入れていく。

 チーズはみるみるうちに溶けて、いい香りがしてくる。

 

「うーん、この時点で美味そう。よし、次はミルクを入れるぞ。山羊乳が市場で売っていたから、今回はそれだ」

 

 水袋に入れた山羊乳をさっとと投入。スプーンでかき混ぜ、さらに小麦粉を混ぜると、いい感じのとろみがついてくる。

 

「塩胡椒を少々入れて、完成だ!」

 

「おおー!」

 

 と、そこで視聴者コメントではなく、周囲に集まっていたテント泊登山の参加PC達から歓声があがる。

 料理している間に、いつの間にか集まってきていたのだ。

 

「あんたら、自分のとこの料理はどうしたー?」

 

 PC達にそう尋ねると、彼らは口々に自分達の料理事情を話し出した。

 

「網で肉焼いて食うだけだから、飽きてこっち見にきました」

 

「カレーできたから、ヨシちゃんも食うかなって」

 

「料理スキル育てている奴がいないから、わびしく持ち込んだできあいの料理です……」

 

 なるほどなー。

 

「そっかそっか。じゃあみんなここで一口チーズフォンデュ食っていくか? カレーは少しだけもらうな! 網焼きにもお邪魔しよう。できあい料理のあんたらは、料理持って他のところに混ぜてもらいな!」

 

 そう一方的にまくし立て、俺はインベントリから野菜と肉を取り出した。

 全て一口大に切って、下茹でしてある。

 下茹でしていないとひどいことになるぞ! 登山飯を扱った漫画で、下茹でしないで食う人が出てくるシーンみたことあるな。

 さらに俺は、大量の竹串を取り出して広げた。竹串は料理人ギルドで安く売っていた。

 

「串の先にこうやって具を刺して、このチーズに絡ませて、食う。よし、やってみな!」

 

 俺が手本を見せて食べ方を教えてやると、PC達もおずおずと竹串を手に取り、具を選び始めた。

 その間に俺は、チーズを絡ませた手元の具であるブロッコリーをぱくりと口にする。

 うーん、これはまさに先ほどコメントでもあった、チーズの暴力って感じだ。実に美味い。

 

『幸せそうな顔しやがって……』『んほおおお! 満腹ゲージ減るのおおお!』『チーズか……ピザでも食べるかな』『チーズそんなに食べたことないけど、これ見ると食いたくなってくるわ』『ヨシちゃんが幸せそうで何よりです』

 

 俺の食べる様子に、PC達はごくりと喉を鳴らし、思い思いの具を竹串に刺してチーズに絡ませた。

 そして、それを口へと運ぶ。

 

「こりゃ美味えっす」

 

「チーズ! って感じだ」

 

「料理スキル俺も育てますかねぇ」

 

 うむうむ。好感触のようだ。

 彼らはさらに食べたがったが、他の参加者達にも食べさせたかったので遠慮してもらった。

 彼らの拠点の場所だけ教えてもらい、俺は米を炊いていたコッヘルを見る。そろそろ時間だと料理スキルが告げているのだ。

 俺は重石にしていた石を除け、フタを取って中身を確認した。

 

「うん、つやつやしているな」

 

 炊き上がったご飯を少し取り出して、口に含んでみる。よし、芯も残っていないようだ。

 俺は用意していたしゃもじでご飯を混ぜ、もう一度フタをして蒸らしをさせる。これも料理スキルで時間加速をして、手短に済むようにしている。

 

「さて、蒸らしが終わるまでチーズの時間だ!」

 

「ヨシムネ様、こちらの海老がお勧めですよ」

 

「ぷりぷりしたいい海老だな。……うん、最高だね。美味しいよ」

 

 そうしてしばらくヒスイさんと二人でチーズフォンデュを楽しむ。竹串一本だと具材がくるくる回って食べづらかったので、串は二本使って食べることにした。

 チーズフォンデュを食べたがっていた視聴者のために、味覚と嗅覚の配信機能を使って視聴者に食事データを送ったりもした。

 VRに接続している視聴者なら、一緒にチーズフォンデュの味を楽しんでくれたことだろう。

 

 ときおりテント泊登山参加者のPC達が寄ってくるので、一口チーズフォンデュを食べさせたら、少し雑談してから帰している。混み合わないよう、長話はしないよう注意しながらだ。料理を置いていく人もいるので、それも食べつつ時間は過ぎる。

 やがて、ご飯が蒸らし終わったので、俺は手を拭いてそれをおにぎりにした。

 

『熱くないのそれ』『そうやって作るんだ』『具はないの?』『ずいぶんダイナミックな料理だなぁ』

 

「具はないよ。これは、焼きおにぎりにするんだ。網で焼くんだが……せっかくだから、さっき網焼きしているって言っていた人のところに行こうか。ヒスイさん、ここは任せた」

 

「はい。行ってらっしゃいませ」

 

 ヒスイさんにチーズフォンデュの番を任せ、俺はぶらりと周囲を見て回った。

 うーん、いろんな野営料理をしているな。網焼きに鉄板焼き、鍋料理にパスタ。テントとテントの距離が近いので、互いに交流し合っている様子も見てとれる。

 参加者があまりにも多すぎて、俺が全員満遍なく構ってやれはしないから不満に思っているんじゃないかと心配していたが、この様子なら楽しんでくれているだろう。

 そんな風景を楽しんでいるうちに、俺は先ほどの網焼きPCの拠点へとやってきた。

 

「おーい、楽しんでるかー? 楽しんでるなぁ、酒なんて飲んじゃって」

 

「あ! ヨシちゃんじゃーん!」

 

「いえーい! 楽しんでますよー!」

 

「バーベキューでビールが美味え!」

 

「そうかそうか。ちょっと網の一部を借りたいんだが、いいか?」

 

 俺はインベントリからおにぎりを数個取り出し、彼らに聞いてみる。

 

「どうぞどうぞ」

 

「その白いの焼くの? 何それ」

 

「これはさっきじゃんけんで取り合ったおにぎりっていう料理だ。これを焼いて、焼きおにぎりにする」

 

「そのまんまじゃーん! がはは!」

 

 うーん、酒が入ってテンションマックスになっているな。俺は、配信中なので今回酒は無しにしているから、うらやましい。

 ともあれ、俺は酔っ払いをかわしつつ、網の隅を借りて焼きおにぎりを作ることにした。

 

 まずは、両面に焼き色がつくまで焼く。そして、俺はインベントリからある調味料を取り出した。

 小さな壺に入った、焦げ茶色の液体。

 

「ヨシちゃんそれ何? ウスターソース?」

 

「これは、醤油って調味料だ。ヒスイさんが『コンソメックス』っていう料理人クランから入手してくれた」

 

 クランとは、プレイヤー達だけで作る集団のことだ。固定PTをさらに大規模にした集団である。ゲームによっては、ギルドとかチームとか言ったりもする。

 今回は、料理人プレイヤーの集まりである料理人クランにヒスイさんが連絡を取って、この醤油を少量売ってもらったのだ。

 

「料理配信の時に使っていた調味料かー」

 

「おお、配信見ていてくれたんだな。ありがとう。それで、この醤油を焼いたおにぎりにハケで塗って……」

 

 醤油を塗った面を下にして、網で焼いていく。すると、途端に醤油の焼けるいい匂いがしてきた。

 両面を醤油で焼いて、完成だ。

 

「よし、これはインベントリにしまっておいてっと。網、貸してくれてありがとなー」

 

「待ってヨシちゃん、それ食べないの?」

 

 網焼きのPCの一人が、そう俺を引き留めてくる。

 

「ん? ああ、明日の下山時の行動食だな」

 

「なら! 俺達の料理あげるから、それ食わせてくれ! 嗅いだことない美味しそうな匂いがたまらん!」

 

「んー、何と交換してくれる?」

 

「そうだな、串肉とか食べやすいだろうからどうだ? 天界にいる羽牛の肉だ。極上の肉だぜ!」

 

「じゃ、それで」

 

 俺はそうして牛串肉いっぱいと焼きおにぎり数個を交換して、さらに少しだけ網焼きの肉もその場で食わせてもらって、この場を後にした。

 

「いやあ、ただの焼きおにぎりが超美味そうな肉に化けたぞ。得したな」

 

『俺は焼きおにぎりも美味しそうだと思う』『米というだけでも味の想像が付かないのに、謎の調味料も使っていて味が気になりますね』『天界の牛はすごく美味しいよ』『リアルにいないモンスター系の肉って、味データどこから持ってきているんだろうなぁ』

 

 そんな遅くまで付き合ってくれている視聴者のコメントを聞きながら、そこらをぶらぶらとする俺。

 そして、先ほど聞いていたカレーの場所へとやってきた。

 

「って、カレーはカレーでもインドカレーかよ!」

 

 彼らは、カレーライスではなく、チャパティ(薄くて円いパンの一種)を焼いてカレーを食べていた。

 野外飯イコールカレーライスって思い込んでいたのは俺が日本人だからだが、そういえば参加者のプレイヤーの多くは文化が混ざりまくった地球外在住だったな。野外でインドカレーを食べていても、何もおかしくない。

 

「あっ、ヨシちゃん。カレー食ってく?」

 

「ああ、いただこう」

 

 外で食べるカレーは、カレーライスではなくても格別なものであった。

 そうして周囲を一通り巡った俺は、元の拠点へと戻ってきた。

 空はすでに日も落ちて、暗くなっている。そこらで光魔法やら、焚き火やらで、周囲を照らして視界を確保している。

 ヒスイさんも、焚き火台に持ち込んだ薪を敷き、火を灯して焚き火を作っていた。

 

「ヒスイさん、お待たせ」

 

「お帰りなさいませ」

 

 ヒスイさんがそう言って出迎えてくれる。

 そんな彼女の周囲には、料理が複数置かれていた。チーズフォンデュは、すでに具が品切れになっている様子。人がいっぱい来て、料理を交換していったのであろう。

 

「たくさん料理をいただいてしまいました」

 

「うん、いっぱいだね。食べきれない分は、インベントリに入れて普段の空腹度回復用に使おうか」

 

「では、手分けして収納していきましょう」

 

 インベントリは偉大だ。重量制限はあれども、これがあれば登山飯で出てくるゴミも簡単に持ち帰ることができる。

 こうやって、余った料理も冷めることなく収納することだってできる。ちなみにインベントリの中では時間が停止している。すごい。さすがゲーム。いや、リアルでも27世紀の科学力なら時間停止くらいやってのけそうだが。

 

「はー、それにしても、焚き火って見ているとなんだか引き込まれそうになるね」

 

 収納を終え、俺とヒスイさんは焚き火台の前で二人並んで座ることにした。

 ぼんやりとそんなことを呟く俺の横では、ヒスイさんがストーブを使ってお茶を淹れてくれている。働き者だ。

 

「だからといって、焚き火に飛び込まないでくださいね。ヨシムネ様のHPだと、一発で死亡です」

 

「ははっ、さすがにやらないよ」

 

『うっかりやりそう』『大丈夫、ヨシちゃんにはドジっ子属性はない』『これでドジっ子属性あったら、属性盛り過ぎやな』『焚き火いいよね』『いい……』『なんだか落ち着くわぁ』

 

「視聴者のみんなも、長時間配信に付き合ってくれてありがとな。今日は、テントで寝ている間も配信続けるので、好きな時に離れて好きな時に戻ってきてくれ」

 

『まさかの寝顔配信』『『sheep and sleep』の『Stella』出張版ですね』『はっ、つまり配信つけながら寝たらヨシちゃんに添い寝してもらっていることに』『あなた天才ですか?』『ヒスイさんもついてきてお得感満載』

 

 ははっ、こんな時間でも視聴者は元気だな。いや、地域やゲームによっては、今が真っ昼間ってこともあるのか?

 そんな視聴者との雑談を続けつつ、ヒスイさんからお茶を受け取る。

 そして、時折訪ねてくるハイテンションな参加者の相手をしながら、テント泊登山の夜は更けていくのであった。

 


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