21世紀TS少女による未来世紀VRゲーム実況配信!   作:Leni

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31.人の金で贅沢したい!

 本日、俺はニホンタナカインダストリのタナカさんに呼び出され、ヒスイさんと一緒にヨコハマ・アーコロジーの市街地に繰り出していた。

 スポンサーとして何か苦言でも言われるのかと戦々恐々としていたが、いざ会ってみるとタナカさんは穏やかな表情。

 配信を楽しみに見ていると言われ、いい動画だと褒めてくれた。編集はヒスイさんなので、実質ニホンタナカインダストリの手柄なんだけどな。

 

「いやあ、君の配信のおかげで、民生用のワカバシリーズとその廉価版のモエギシリーズの発注が、いっぱい舞い込んできていてね。感謝感激だよ」

 

「俺のおかげかは判りませんけど……頑張った甲斐があります」

 

「おやおや、僕相手にわざわざ敬語は使わなくていいよ。いつもの配信みたいに接してくれたまえ」

 

「はあ、それじゃあ。今回の用件というのはなんだ?」

 

「ああ。カメラロボットは言っておいた通り、連れてきているようだね」

 

 タナカさんの言葉に、俺はヒスイさんに目配せする。

 

「はい、この通り。キューブくんです」

 

 そう答えるヒスイさんの胸には、丸い飛行ロボットのキューブくんが抱えられている。

 それを見たタナカさんは、満足そうに頷いて言う。

 

「よし、じゃあ動画撮影といこうか。向かう先は、産業区の飲食店エリアだ」

 

 タナカさんに促され、キャリアーに乗って話の通りに飲食店エリアへと向かう。

 キャリアーの中で詳しい話をタナカさんにうかがうと、なんでも、ご飯を奢ってくれるらしい。

 向かう先は、なんと寿司屋。ヨコハマ・サンポのライブ配信のときにちらりと映った、オーガニックな養殖魚を扱う寿司屋で、寿司を好きなだけ食べていいというのだ。

 俺は、そんなタナカさんに向けて言う。

 

「寿司を奢ってくれるとは……ガイノイドの販売実績のおかげでボーナスでも出たのか?」

 

「ははは、今の時代、企業で働いても、企業からは給与の類は出ないよ。あくまで行政区からクレジット配給を受けるんだ」

 

 そうなのか。所属企業に帰属意識とかできるのか、それは。

 

「頑張っても給与に反映されないとか、モチベーションの維持ができなさそうだな」

 

 と、タナカさんに言ってみるのだが、タナカさんは小さく笑って言葉を返してくる。

 

「お金をもらわないと維持できないモチベーションじゃ、どのみち仕事は長続きしないよ。僕達は、働かなくていい権利を放棄してわざわざ働いているんだ。働くことそのものが好きじゃないと、やっていけないさ」

 

「なるほどなー」

 

 そうして俺達は、寿司屋『天然みなと』にやってきた。

 店員の小気味いい挨拶に迎えられ、俺達は奥のカウンター席に通される。すでに店側に話は通っているのか、宙に浮いて撮影するキューブくんを見とがめられることはなかった。

 なお、完成した動画を店側に確認してもらう作業が必要あるらしいため、今回はライブ配信ではない。

 

「はあ、この雰囲気、まさしく寿司屋って感じだな。寿司文化が途絶えていないとか、やっぱり寿司は偉大だったんだ……」

 

 俺が木造の店舗内を見回してそう感激すると、ヒスイさんが俺に尋ねてくる。

 

「ヨシムネ様は、21世紀で寿司屋に通っていらしたのですか?」

 

「いや、寿司は出前と回る寿司しか食べたことないぞ」

 

「お寿司が回る……ですか?」

 

「ああ、回転寿司。もしかして今の時代に存在しない?」

 

「はい、私が知りうる限りですと、握り寿司と自動調理器寿司の二種類ですね」

 

「そっかー、ないのかー……」

 

 そんな会話をヒスイさんと交わしていると、カウンター内に立っている寿司職人が興味深そうにこちらを見てきた。耳にアンテナが付いているので、アンドロイドなのだろう。

 

「さすがお客さん。回転寿司をご存じとは。あっしは映像資料で見たことがありやすが、あれはわびさびがありやすね」

 

「ええっ、回転寿司にわびさび……」

 

 そんな驚きの会話を交わした後、俺達は出されたおしぼりで手を拭き、そしてカウンターについているナノマシン洗浄機で手をさらに洗った。おしぼりはきっと、雰囲気作りのために出したのだろう。

 

「さて、何から握りやしょうか!」

 

 職人さんが元気にそう告げてくる。

 うーん、回らない寿司のマナーとか知らないぞ。

 俺は両隣にいるヒスイさんとタナカさんにそれぞれ目配せをするが、どちらからも「先にどうぞ」と言われてしまう。

 

「ううむ、ここは……一度寿司屋で食べてみたい物があったから、それにしよう。寿司じゃないけど、卵焼きで」

 

「卵焼きですか。寿司屋でわざわざ選ぶとは興味深いですね。では、私もそれでお願いします」

 

「じゃあ、僕も卵焼きで」

 

 俺の注文に続き、ヒスイさんとタナカさんも追従してくる。

 

「へい、ギョク三つね!」

 

 職人さんがそう返事をしてくるが、彼が動き出すことはなかった。

 火を使うのでカウンターではなく、店の奥とかでやっているのだろう。

 

 少し待つと、店の奥から卵焼きの皿をお盆に載せた和服姿のガイノイドがやってくる。

 そして、俺達の前にそれぞれ卵焼きが並べられた。

 

「それじゃあ、いただきましょうか」

 

 俺はそう言って、箸を手に取り卵焼きを口にする。

 

「うーん、ほんのり甘くて、複雑な味がする。自分で作る卵焼きとは全然違うなぁ。さすが寿司屋の卵焼き」

 

「ええ、上品な味ですね」

 

「この店には昔から通っているけど、卵の寿司は食べても卵焼き単独は初めて食べるなぁ。美味しいよ」

 

 俺が感想を述べると、ヒスイさんとタナカさんも口々に卵焼きを褒める。動画撮影中というのを理解して、ちゃんとコメントをしてくれているようだ。

 この卵焼きはとても美味しいのでじっくり味わおうと思っていたら、無意識のうちに箸が進み、気がつくと皿が空になっていた。うーむ、半端ないな、寿司屋の卵焼き。

 俺はお茶を一口飲んで、一息つく。

 さて、いよいよ寿司本番である。

 

「何から食べようかな。悩むなぁ」

 

「ヨシムネ様は焼き鮭がお好きでしたよね。鮭はどうですか」

 

「サーモンね。いいのが入っているよ!」

 

 ヒスイさんの言葉に、寿司職人が威勢よく応じた。

 サーモン……回らないお寿司なのにサーモンか……。いや、サーモン好きだけどね? 頼むけどね?

 

 俺はサーモンを握ってもらうと、ヒスイさんとタナカさんもサーモンを頼んだ。

 

「別に同じのにしなくていいんだぞ?」

 

 そう二人に向けて言うが。

 

「いえ、同じ味を共有したいので」

 

「動画撮影しているだろう? それなら、同じ物を食べてリアクションを取った方が解りやすいだろうってね」

 

 そう二人はそれぞれ答えてくる。

 まあ二人がそれで構わないならそれでいいのだが。でも、俺のリードに不満は言わせないぞ。

 そして、俺はゲタ(寿司を載せるための台だ)に出されたサーモンの寿司を素手で手に取り、醤油に軽くつけて口へと運ぶ。

 もぐもぐ。

 

「うーん、やっぱりサーモンはいい。この独特の風味がたまらんね」

 

 横を見ると、タナカさんとヒスイさんは箸を使って上品に寿司を食べていた。素手で食べるのは俺だけか。まあ別にいいが。

 

「脂が乗っていますね」

 

「サーモンはこの脂がまたいいんだ」

 

 ヒスイさんとタナカさんもサーモンを満喫した様子。

 さて、次に行こう。

 

「ううむ、じゃあ、ハマチで」

 

 無難な白身を選ぶ。

 ハマチといえば、育ち方や地域によって、ブリ、イナダ、ハマチといろいろな呼び方をする魚だ。

 ハマチは確か、地域によっては養殖の物を差すんだったか。

 

「そういえば、オーガニックな養殖魚を扱っていると聞いたけど、ヨコハマの港で養殖しているのか?」

 

 俺はふと気になったことを職人さんに尋ねてみた。

 

「うちは、東京湾で養殖した魚を仕入れていやす。養殖地はヨコハマではないですがね」

 

「おお、江戸前寿司じゃないか。本格的だなぁ」

 

 東京湾、東京湾かぁ。

 

「21世紀の東京湾といえば、汚い海として有名だったけれど、今はどうなのかね」

 

「綺麗ですよ。過去、惑星テラに建てられた人工物の大部分を自然に戻す試みがなされ、東京湾はその際にヘドロなども浄化されて美しい海へと戻っています」

 

 俺の疑問に、そうヒスイさんが答えてくれた。

 

「そっか。じゃあ、ここの味にはさらに期待が持てるな」

 

「ありがとうございやす」

 

 職人さんはそう礼を言った後、ゲタにハマチを載せてくる。

 それを一口でぱくり。うーん、これも美味いなぁ。

 21世紀と27世紀で寿司の見た目は変わっていないから、これは27世紀の美味しさというより、回らない寿司の美味しさなんだろうな。

 

「次はイカで」

 

 そう注文して出てきたイカは、何やら透きとおっていた。

 

「おお、なんかイカの身が白くない!」

 

「へい、新鮮なイカは、白濁していなくてこう透明なのでさあ」

 

「はー、新鮮なイカ」

 

 職人さんの説明に、俺はオウム返しになる。

 そこへ、ヒスイさんがさらに補足を入れる。

 

「魚介類は水揚げした後、新鮮さを保つため時間停止をして内地へと運ばれます。ですので、新鮮さを保てているのです」

 

「時間停止」

 

 まーた意味不明な科学技術が飛び出してきやがったぞ。

 俺はさらなる説明で頭がパンクするのを防ぐため、会話を打ち切ってイカの寿司を食べた。

 

 うーん、これが新鮮なイカか。

 ……白くなっているやつとは違うという、新鮮だからこそのポイントが具体的に解らん! でも、回転寿司より美味いのは解る!

 そもそもシャリからして美味しいからなぁ。

 

 さて、次だ。

 ……実はずっと、食べたい物がある。でも、これは奢りだ。はたして頼んで失礼にならないかどうか。

 俺は、ちらりと横目でタナカさんの表情をうかがった。笑顔でイカの寿司を食べている。

 

「タナカさん……大トロとかありかな?」

 

「ん? マグロの? ありじゃないかな」

 

「!? では、大トロお願いします!」

 

 ふおおおお! 全日本人の憧れ(誇張)! 大トロ様が降臨なされるぞ!

 目の前に握って出された大トロは、輝いて見えた。

 

「大トロ様じゃあ!」

 

「ふふっ、なんだい、大げさだなぁ」

 

 俺のハイテンションぶりに、タナカさんが失笑して言う。

 

「21世紀初頭のマグロは品種改良がなされておらず、トロは貴重部位として扱われていたようです。海の魚は陸の動物と比べて個体識別が難しく、当時の技術では品種改良もままならなかったのでしょう」

 

「さすがヒスイさん、解説完璧だわぁ」

 

 俺はそう感心しつつ、大トロを手に取って、醤油につける。

 そしてぱくりと一口で頬張る。

 

「!? んぐ。こ、これが、これが全日本人の憧れの味! マグロのあのおなじみの味に、たっぷりの脂のパンチ。そう、俺は脂が大好きなんだ。大満足です!」

 

「はは、本当に大げさだなぁ。……うん、今日も美味いね、大将」

 

「ありがとうございやす」

 

 職人さんと親しげに言葉を交わすタナカさん。

 タナカさん、このアーコロジーの住民じゃないのに、常連さんなのかぁ。さすが一級市民。贅沢をしている。

 だが、そんなタナカさんのおかげで、今日はただで大トロを堪能(たんのう)できたのだ。後で拝んでおこう。

 

 常日頃から人の金で焼肉が食べたいとは思っているのだが、まさか高級寿司店に招かれるとは、人の縁って大切なんだな。

 そんなありがたみを感じながら、俺達はその後も寿司を楽しんだ。

 

 そして、食事を終え、店を後にする。

 

「またいらしてください」

 

 職人さんにそう送り出される。うん、また来ると思うよ。今度は自分の金で。

 

「タナカさん、ごちそうになりました。ありがとうございます」

 

 俺はそうタナカさんに頭を下げる。

 

「いいさ。これからも配信を頑張ってくれれば、また何かあるかもね」

 

「焼肉ごちそうになりまーす!」

 

「ははっ、現金な人だねぇ」

 

「それにしても、奢ってくれるのはいいんだけど、なぜ今回、動画撮影を?」

 

「ネタの提供、ではなくて、もう少し大将の店は流行ってもいいかなって思ってさ。知る人ぞ知るとは聞こえはいいけど、それで潰れたら常連として困っちゃうからね」

 

「なるほどなー」

 

 そうして、俺達はまたの再会を約束して別れることになった。

 その別れ際、タナカさんがこんなことを言いだした。

 

「ヒスイくんが欲しがっていた猫型ロボットペット、君達の部屋に送っておいたよ」

 

 ……あのヒスイさんが品種選びを悩みに悩んで、購入が延び延びになっていた、猫ロボットを?

 

「スポンサーとしての無料進呈だ。しっかりカメラに映して宣伝してくれたまえ」

 

 キューブくん、ヒスイさんの驚愕した顔、ちゃんと撮ってくれていたかな?

 


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