21世紀TS少女による未来世紀VRゲーム実況配信! 作:Leni
イノウエさんが部屋にやってきて数日後。今日はライブ配信の日だ。
今回は、初回のライブ配信と同じようにSCホームへと視聴者アバターを招いての配信である。配信開始したばかりだというのに、すでに多数の視聴者が詰めかけていた。
「どうもー。21世紀おじさん少女だよー。今回は、VRマシンのホーム画面空間、SCホームの模様替えを行なっていくぞ!」
『わこつ』『わこつです』『わこぽっくり』『ようやく模様替えか!』『あれ、ヒスイさんは?』『ヒスイさんおらんやん』
そう、この場にヒスイさんはいない。これではカメラを回す人がいないので、キューブくんにVR接続してもらってカメラを担当してもらっている。
「ヒスイさんは我が家の新たな住民、猫型ペットロボットのイノウエさんにご執心でお休みです! 代わりに、カメラ役のサポートロボット、キューブくんにお越しいただいているぞ」
『ヒスイさん……』『猫どんだけ好きなんだ』『前から猫欲しい言っていたもんね』『さすがヒスイさんやわぁ』『寝取られたね』『俺も今、猫なのに』『にゃーん』
アバターで直接ライブ配信に参加していない、配信ウィンドウで閲覧している視聴者は、ヒスイさんの設定でSCホームでは猫として表示されるようになっている。
そんなところにも、ヒスイさんが猫好きだという証拠が残されていた。
「今は、大人しく猫と触れあっていてもらおう。ヒスイさんにも休息が必要だよ」
『業務用AIだから働き者だよね』『正直ヨシちゃんより配信への貢献大きいわ』『大丈夫? ヨシちゃん一人でできる?』『ある意味これがヨシちゃんの初配信』
「まあ、会話の相づちは、視聴者のみんなの抽出コメントに頼むことにするよ。よろしくな!」
『会話は任せろー!』『よろしくね!』『これだけ人多いとコメントピックアップされるかどうか』『まあ抽出コメントでだいたい言いたいこと言ってくれる』
合成音声で読み上げられるコメントは、視聴者のコメントの中から総意に近い物を抽出したものだ。たまに変な挙動をするが、今の視聴者の数を考えると手動でコメントをピックアップするのは大変すぎるので、この機能に任せたままにしている。
「さて、先ほども言ったが、今回は模様替えだ。テーマをまず決めて、それからちょこちょこいじっていこう」
そして俺は配信の操作画面を呼び出し、空間に投影されたそれを操作する。
やりたいのは、アンケートだ。
「じゃ、テーマ決めアンケート! 1.21世紀日本風。2.宇宙3世紀スペースコロニー風。3.伝統的和風。4.伝統的洋風。さあどれだ!」
アンケート開始と共に、抽出コメントが活発に読み上げられる。総意を抽出とはいっても、意見は様々。
アバター集団の方からも、わいわいと騒がしく話し合う声が聞こえてきた。VRでのフレンド同士は近くに配置される設定になっているからな。フレンドとアバターで直接会話をしているのだろう。
「はい締め切りー。結果はー。おっ、おお! 意外や意外。3の伝統的和風が選ばれたぞー。なんでかな?」
『『-TOUMA-』で慣れ親しんだヨシちゃんち』『ヨシちゃんといえば『-TOUMA-』のイメージ』『ミズチから逃げるな』『SCホームでも道場稽古しようぜ!』
「なーる。ちなみにアンケートの結果は、3、1、4、2の順番だったぞ。お前らそんなにスペースコロニー風駄目か!」
『当たり前です』『なぜゲーム内でもリアルと同じ風景を見なくてはいけないのか』『せめて惑星の自然風で……』『建物じゃなくて自然の中だったらそれに入れてた』『『sheep and sleep』の大自然睡眠いいよね』『いい……』
なるほど、建物じゃないというのもありなんだな。まあ、今回はアンケート結果の通り伝統的和風をテーマにして作っていくとしよう。
「じゃあ、プリセットからそれっぽいのを選んでいくぞ。えーと、購入画面起動!」
SCホームの家具アイテム購入画面を開き、プリセット――SCホームの運営によって前もって用意された建物の組み合わせ――を選んでいく。
『ノータイムで購入画面を開くヨシちゃんマジ一級市民』『無料分で組むという発想はないのか』『サンドボックスゲームで鍛えた俺の出番かと思ったのに』『まあヒスイさんもいないし、これくらいは仕方ないね?』
そうは言うが、俺には一から部屋の設計とか無理だぞ。
なので、存分にお金様の力を頼ることにする。スポンサーもついていることだしな!
「和風で検索、と。ふーむ。いろいろあるな。城、武家屋敷、長屋、道場、歌舞伎の劇場なんてのもあるぞ」
城は……持てあますなぁ。
武家屋敷も、俺とヒスイさんの二人で使うには大きすぎるのではないだろうか。
劇場は、視聴者を席に座らせて舞台の上に俺達が上がるというのもありだろう。だけど、室内に視聴者を押し込めると視聴者が増えていく様子の観察をしにくいからなしだな。
これからの視聴者増を見越すと客席は、スタジアム程度は欲しくなるな。
「んー、じゃあこれかな。日本家屋」
伝統的な日本の家だ。一階建てで広々としているが、武家屋敷よりは狭い。
俺はそれに決め、すぐさま購入。そして、プリセットをSCホームに適用した。
『あ、ヨシちゃん消えた』『ヨシちゃんが建物に飲み込まれた!』『ヨシちゃーん、カムバーック!』
「ん? キューブくんはここにちゃんといるぞ」
俺は、適用された日本家屋の居間に立っていた。
隣では、キューブくんが浮いて俺を内蔵カメラで映し続けている。
『配信画面じゃなくて』『アバターから見えなくなってる』『ヨシちゃんが見えない』
「あー、家の中だからなぁ。みんなは、どこにいるんだ?」
『なんか庭』『近くに池とかあるわ』『雅な庭っぽいけど、多すぎる視聴者で台無しだ』
「庭ね。了解」
俺はプリセットに付属していた家の見取り図を参照し、縁側へと向かう。
縁側からは日本庭園が広がっているのが見えた。そして、その庭に視聴者達が立っていた。
視聴者の数はどんどんと増え続けているようで、庭に収まりきらず、庭の向こう側の真っ白な空間にまではみ出していた。
「うーん、視聴者のみんなが、庭に入りきれていないな。庭拡張して一面芝生にするか」
俺は縁側から下りて、視聴者達の居る庭へと歩いていく。
『わー、ヨシちゃんが近くに!』『握手して!』『はいはーい、踊り子さんには手を触れないでくださーい』『そもそもヨシちゃんが俺達のアバターを選択しないと、近くに来ても触れられないんだけどな』
人が多数詰めかけているが、視聴者個々人からは自分が常に最前列にいるように見えている。だから、俺から見える最前列の様子と、視聴者から見た最前列の様子は一致しないのだ。
視聴者が俺に触れようと近づいても、俺からはその姿を見ることができない。
仮に特定の視聴者と触れあいたい場合、俺がSCホームの操作画面からその視聴者を選択してやる必要がある。
そういうわけで、俺は密集した視聴者達の中を突っ切って庭の切れ目へと向かう。視聴者のアバターが俺から自然に避けた感じにこちらからは見えたが、視聴者は俺を避けようとはしていないだろう。不思議な感じだ。
「うーんと、白い床パネルを指定して、芝生の生成っと。範囲は無限で」
ぽちぽちとSCホームの操作画面をいじり、白い床から芝生を生やす。
「うーん、草生える。そういえば笑いを草と表現するスラングは、この時代消滅したんだろうか」
『何それ』『草が笑い?』『ちょっと意味解りませんね』『21世紀のスラングが通用する訳ないだろ』『まーた21世紀ネタで視聴者を突き放そうとしているな』
「まあそうなるな……」
パソコン通信で使われた笑いを表現する(笑)が、日本語の入力できない海外製MOやMMOの日本人コミュニティで(warai)になって、さらに短縮されてwになって、wwwと並べるようになって、それを草と言うようになった。そんなスラングの誕生経緯を俺は視聴者達に説明した。
『MMOから生まれた特殊な言語表現かぁ』『自動翻訳がない時代はそんなことが起こるんだな』『今は育児施設によって使っている言語が違うから、スラングも生まれにくいらしい』『実はわこつが配信界で流行りだしてるぞ』『マジか』
「うわ、知らないでわこつ言われた配信者は困惑するだろうな。この配信のローカルネタ持ち出して、他所の配信者のところで使うのはあまりやるなよー」
『了解いたした』『でもわこつは今そこそこの配信者が意味知っているんじゃないかな』『時間関係ない挨拶だから便利』
本当かよ。21世紀でいうと、海外も含めた配信界全体で、みんな「いとおかし」って言葉を使っているようなものだぞ。正気なのか未来人。
俺は思わぬ影響に身震いしながら、縁側へと戻る。そして、先ほどは靴のまま放りこまれていた屋敷に、靴を脱いで改めて上がる。
『靴脱ぐんだ』『そういえば『-TOUMA-』でも屋内は靴を履いていなかったような』『床を汚さないための昔の文化やね』『今はナノマシン洗浄あるからそんなの気にしなくていいと思うけど』『俺も部屋では靴脱いでいるぞ。解放感がある』
「俺はリアルの部屋でも土足禁止にしているぞ。配信では足元まで映してないから、見えていなかったと思うけど」
ちゃんと玄関に靴置き場と靴箱があるしな。
ヒスイさんが言うには、ヨコハマ・アーコロジーの居住区では、靴を脱ぐのが一般的なのだとか。すでに意味をなさなくなった日本文化が、この時代まで残っているということだな。
『建物に合わせて靴脱ぐなら服装も合わせてほしい』『いいねそれ』『『-TOUMA-』で着ていた民族衣装!』『和服! 和服!』『民族衣装いいよね』『いい……』
「ん、着物か。確か『-TOUMA-』のプレイ特典で追加されていたな」
今の俺の格好は、21世紀風の女性ファッションだ。ヒスイさんがコーディネートしてくれたやつである。
俺はそれを着物にチェンジする。『-TOUMA-』でも着ていた、派手な柄の赤い着物である。
ゲーム中ではこの格好にたすきをかけて、妖怪退治などもしていた。着物で派手に戦うとか、ゲームだからこそできる無茶である。オプションをいじれば、暴れても着崩れないのだ。
『民族衣装女子いい……』『実家のような安心感』『『-TOUMA-』のリアルタイムアタックまだー?』『ヨシちゃんならきっとやってくれる!』
「いや、RTAは、ルート調査とチャート作成に時間かかるだろうからやらないぞ。俺がそれに手を出したなら、配信が止まると思え!」
『さーせん』『動画供給止めないで』『ヨシちゃんの配信なくなると暇すぎて死んじゃうよお!』
「大げさだなぁ」
でも、死ぬほど暇なのは、この時代の人間の抱える疾患のような物なのかもしれない。MMOをプレイしている人間の中には、ゲームとして遊んでいるというよりも、ただの生活の場にしているだけの者もいるだろうし。
「さて、じゃあ内装をいじっていくぞ。家屋の中に入るから、アバターで来訪している人は配信ウィンドウを出して、そっちで見てくれ。まあ、別に家の中入ってきてもいいけどな」
縁側からふすまを開けて、室内へと入る。
すると、そこにはイノウエさんと猫じゃらしでたわむれるヒスイさんの姿が!
「……ヒスイさん、いたんだ」
「ようやくイノウエさんが心を開いてくださいましたので、お手伝いしにきました」
こちらに視線を向けずイノウエさんを注視しながらヒスイさんが答える。
「そっかー。よかったね」
イノウエさんもAI搭載のロボットなので、キューブくんと同じようにSCホームへそのまま訪れることができるようだ。
これが生身の猫だったら、俺がソウルコネクトチェアに座ってVR接続しているのと同じように、何かしらの接続媒体を用意する必要があっただろう。
まあ、ヒスイさんのことは放っておこう。彼女には休息が必要だ。
そうして、俺は視聴者と相談しながら、内装をいじり始めた。
和風の建築物に合う無料の家具が少なかったので、クレジットを払って家具を揃えたりもする。
『sheep and sleep』のプレイ特典として、寝具一式が揃っていたのは少し驚いた。とりあえず羽毛布団を選んで、押し入れにしまっておく。
他にも特典として羊を放牧できるようだが、それは止めておいた。
「最後に……この『ヨコハマ・サンポ』タペストリーを居間の目立つところに」
『ありがとうございます!』『おっ、ハマコちゃんおるやん』『ハマコちゃん!?』『ハマコちゃんお仕事は?』『暇なので配信参加と並行してできますよ! これでも高性能ガイノイドですから!』『観光大使……』『暇なのは俺らもAIも同じなのか』『世知辛い』
いや、ハマコちゃんが暇なのはAIの中でも特殊例だと思うぞ。
そんな思わぬ人物の登場にも驚きつつ、内装は一通り整った。
そろそろ配信を終えようと、ヒスイさんのいる部屋へと向かう。すると。
「……完全に猫の遊び場やん」
キャットタワーにキャットウォーク、そして大きな玩具が所狭しに並べられていた。
そんな中、イノウエさんはキャットウォークの高い場所で丸まって大人しくしており、ヒスイさんはそれを満足そうに眺めている。
「ヒスイさん、これクレジットで買ったの?」
キャットウォークを注視してみると、ギフトとして俺に贈られた有料アイテムとの情報が表示された。贈り主はヒスイさんだ。彼女のポケットマネーで買ったのだろう。ここは俺のSCホームなので、わざわざギフトを贈るという工程を挟んだわけだ。
「現実世界では部屋のスペースに限界がありますので、ここを使わせていただきます。よろしいでしょうか」
「まあ、別にいいけどね」
そんなヒスイさんの行動を落ちにしつつ、本日のライブ配信は終わりとなった。
SCホームを改装すると最初に言ってから今日まで、ずいぶんと間を置いてしまった。長らく放置していた案件がようやく片づいて、肩の荷が下りた感じだ。
それにしてもヒスイさん、いつ正気に戻るだろうか。
そう思っていたのだが、夕食後、配信サービスを確認すると、本日のライブ配信をまとめた動画がヒスイさんの手によってアップロードされていた。リアルではずっと猫を構いながらも、裏ではちゃんと助手の仕事はやっていたんだな。
俺の中で下がりかけていたヒスイさんの株が、持ち直した瞬間であった。