21世紀TS少女による未来世紀VRゲーム実況配信!   作:Leni

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35.アイドルスター伝説(女性アイドルシミュレーション)<2>

 ヒスイさんが母親になるという衝撃の展開を経て、俺は玄関で靴を脱いで家の中に入り、二階にある自室へと向かう。

 部屋の扉を開けると、飛び込んできたのは女の子女の子した部屋だった。

 

「うっ、これが中学生女子の部屋! 色彩からして可愛いぞ」

 

 そう俺が怯んでいると、後ろからヒスイさんが入室を急かしてくる。

 

「ゲーム内一日にはしっかり時間制限があるので、早くしましょう」

 

「お、おう」

 

 そして俺は鞄の中からCDケースを取り出すと、机の上に置かれていた丸くて可愛いフォルムのCDラジカセに、8センチCDをセットした。うーん、ラジカセか。この時代、まだカセットテープが現役だったんだなぁ。

 

 そうして俺は、CDラジカセを使い曲を再生した。CDラジカセの使い方は視界に情報が表示されていたが、この程度なら補助がなくても使える。

 

「ふーん、ゲームのオリジナル曲だっていうけど、90年代J-POPっぽく仕上がっているじゃないか」

 

「28年前にリリースされたゲームですが、どうやら本格的に日本史の研究をしてゲームに組み込んだようですね」

 

「90年代が日本史の研究対象かぁ。現代史扱いじゃないんだよな……」

 

 俺は改めて、未来に来てしまったんだと実感する。

 そうして曲を聴き終わったところで、視界に文字情報がポップアップしてきた。

 

『カラオケボックスに行き、歌の練習をしよう!』

 

 なるほど、そういう流れね。

 

『カラオケボックスとは――』

 

 と、カラオケボックスについても情報が視界に流れてくる。

 

「未来にはカラオケボックスがないのか?」

 

「居住区の個室は完全防音ですから、歌うなら自分の部屋で歌えばいいのですよ。それと、わざわざ現実世界で歌わずとも、ソウルコネクトしてゲーム内で歌えばシステムアシストが利きますからね」

 

「うーん、楽しいんだけどな、カラオケボックスに行ってみんなで歌うの。あの狭い閉鎖空間がいいというか」

 

 そういうわけで、俺は家を出て、商店街にあるカラオケボックスへとやってきた。

 受付をしてマイクをもらい、個室へと向かう。料金表の類はなかった。ゲーム内マネーの概念が存在しない作品なのだろう。主人公は未成年だし、自分で稼いだ歌唱印税で何かを買うっていうゲームでもなさそうだな。

 

 ちなみにヒスイさんも同伴している。なんでも、カラオケボックスは商店街にあるため、母親NPCの行動範囲として自由に移動できるらしい。

 そのうちゲームの改造範囲を広げて、芸能事務所とか仕事現場にも出没しそうだな、ヒスイさん。母親同伴の芸能活動かよ。子役か!

 

 しかし、カラオケボックスで歌の練習かぁ。

 

「この主人公、アイドルに憧れているのに、歌手の養成スクールとかに通っていなかったのかね」

 

「そこはゼロからのスタートでないと、憑依型主人公としてプレイヤーと足並みを揃えられませんから」

 

 そんな言葉を交わして、個室に入るとまた視界に情報が表示される。カラオケの使い方だ。

『冊子で曲番号を調べて、リモコンで番号を入力しよう!』とある。

 

 21世紀のカラオケと違い、タッチパネル式の曲選択端末なんてものはない。分厚い冊子で歌いたい曲を探し、リモコンでその曲の番号をカラオケ機材に入力してやる必要がある。時代考証本格的すぎるな……。

 

 さあ、早速、課題曲の練習だ。

 リモコンを操作して曲を入力すると、個室内の高所に据え付けられたモニターに曲名が表示される。『アイドルスター!』だ。

 そして、先ほどラジカセで聞いた前奏が流れ始めたので、俺はマイクを持って、胸ほどの高さに設置されたもう一台のモニターの前に立つ。

 

「それでは聞いてください、『アイドルスター!』」

 

 ゲームが始まって一曲目。どうせヒスイさんは編集なしで動画にするのだろうから、視聴者向けに前口上を短く述べて、俺は歌い始めた。

 このゲームの中でも、やはり俺は音痴なままだった。

 設定をいじればシステムアシストが利いて上等な歌声になるのだろうが、ヒスイさんがそれを許してくれるわけもない。

 

 やがて、歌は終わり、俺は部屋に備え付けられたソファに座り込む。

 

「はー、これ、歌詞を覚えるまでやればいいのかな」

 

「いえ、このゲームでは歌唱時、視界に歌詞が自動表示されますので、歌詞を覚える必要はありませんよ。この部屋ではモニターがあるので、表示されませんが」

 

「あー、じゃあ、もう練習は終わりでよくね」

 

「はい、そうですね。学園祭で歌いさえすれば、芸能事務所からスカウトが来る流れですので」

 

「マジかー! さすがゲーム、条件がゆるすぎる」

 

 しかし、そうなるとどうするかな。せっかくカラオケボックスにいるのだ、一曲だけというのも味気ない。

 俺は冊子を開くと、とあるアーティストのページを探し、そしてリモコンで番号を入力した。すると、モニターに曲名が表示された。『愛は勝つ』だ。

 

「うお、マジで入力できた! もしかして、この冊子に書いてある全曲、ゲームに収録されているのか?」

 

「そのようですよ」

 

「本格的すぎるだろ、このゲーム……」

 

 本格的だが、そういうところはきっと歴史マニアにしか評価されていないんだろうなぁ。

 

 俺は再びマイクを持って立ち上がると、始まった伴奏に合わせて、『愛は勝つ』を熱唱した。

 うん、実は俺、歌うのが好きなんだ。音痴だけど。

 だから、もしかしたら音痴が改善するかもしれないという今回の収録に、結構乗り気だったりする。

 

 そして歌い終わった俺は、再び冊子を開こうとして、俺は一つ思い立ったことがあって、部屋の壁に備え付けられた電話の受話器のような物を手に取った。

 

『はい、受付です』

 

「ジンジャエール二つとフライドポテトお願いします」

 

『かしこまりました』

 

 飲み物と食べ物注文できちゃったよ。テーブルの上にメニュー表あったからもしかしてと思ったんだ。

 そして、俺はソファに戻り、また冊子を開いて次の歌を探す。

 

「うーん、やっぱり1994年以降の曲は載っていないっぽいな」

 

「ゲーム上の暦が存在するモードですと、月日の経過で曲が追加されたりもするようです」

 

「こだわりすぎだろそれ……」

 

 そうして俺は、その後も思いつくままに曲を入力して、歌を歌い続けた。『君がいるだけで』『Bohemian Rhapsody』『YAH YAH YAH』『モンキーマジック』その他いろいろだ。俺が子供の頃の曲とか、生まれる前の曲ばかりだが、意外と歌えるもんだな。

 歌っている途中に店員さんが飲み物と食べ物を持ってきて、微妙な空気になるというのも完全再現された。

 

 ヒスイさんにも歌わせようと思ったのだが、遠慮したのでデュエットを頼み込んだ。

『3年目の浮気』を俺が男性パート、ヒスイさんが女性で歌う。

 さらにアイドルゲームをプレイしているので、アイドル曲から『UFO』を選んで二人で熱唱した。

 

 20世紀というこのゲームの時代から考えると、あまりにも古すぎてヒスイさんは曲を知らないはずで、きっとダウンロードなりインストールなりでなんとかしてくれると俺は思っていた。そうしたら、期待通り彼女は美麗な歌声で歌いきった。当然のように歌が上手かった。

 

 そうして二時間ばかり歌いきり、俺達は家に帰る。

 家に帰るとすぐに私室に入り、操作画面から一発でパジャマに着替えて、ベッドに潜り込む。夕食やお風呂は省略されているようだ。まあ、ゲームジャンルは生活シミュレーションではないしな。

 

 そして翌日。ブレザーに着替え、学校へと移動。空のMAP選択画面から直接教室に送られると、そこはお化け屋敷になっていた。なるほど学園祭だからか。でも、クラスの一員だというのに俺、昨日特に手伝いとかせずに帰ってたぞ。

 そんなことを思っていると、昨日の女子NPCが俺に気づいて近づいてくる。

 

『来た来た! ステージすぐだから、更衣室でこれに着替えて!』

 

「え、衣装とかあんの?」

 

『あるに決まっているじゃない! 学園のマドンナ、ヨシムネのワンマンショーよ!』

 

「学園のマドンナとか、古典的な創作要素をぶち込んできたな……」

 

 俺は学校内のMAPを移動し、更衣室で操作画面をいじり、ふりふりの衣装に着替える。『夏のお嬢さん』とか歌いそうな、昭和アイドル衣装だ。

 しかし、今の俺は銀髪なので、昭和アイドルって雰囲気じゃないなぁ。

 

 着替えたところで女子NPCが登場して、体育館のステージの上に連れていかれる。そして、マイクを手渡された。

 もう始まるようだ。ぶっつけ本番すぎる……!

 

『それでは、二年B組が誇る我が校のアイドル、ヨシムネさんに歌っていただきます』

 

 前奏が流れ始め、視界に歌詞の補助表示がされた。

 いいや、やってやろうじゃないか。

 

 そうして俺は、音程の外れた『アイドルスター!』を熱唱した。

 観客の生徒達は、音痴かどうかなど気にしていないのだろう。ノリにノリまくっていて、大いに盛り上がった。

 なんだこれ、気持ちいい。

 

 気づけば曲は終わっていて、俺は観客に向けて「ありがとー!」と叫んでいた。

 そして舞台袖に引っ込むと、女子NPCが大はしゃぎで迎えてくれた。

 絶対アイドルになれるよ、などと言ってくれるが、このNPCには歌の上手い下手を判別する機能が実装されていないのだろうか。

 

『今後登場しなくなるNPCですしね』

 

 俺の内心の疑問に、そうヒスイさんが補足を入れてくる。

 オープニングイベント限定キャラかよ! CDまだ返してないぞ!

 

 そんな突っ込みを内心で入れていたら、舞台袖に新たな人物が入ってきた。

 大人の男性だ。教師だろうか。

 

『ヨシムネさんだね?』

 

「はあ、そうだが。あんたは?」

 

『おっと、失礼。僕は、スターオオタケ芸能プロダクションの大竹というものだ。これ、名刺ね』

 

 さっと名刺を渡されたので、俺はそれを受け取った。

 

 スターオオタケ芸能プロダクション 音楽事業部アイドル課 芸能プロデューサー 大竹歳三(オオタケトシゾウ)

 

 その名刺を女子NPCが横から覗き込む。

 

『プロデューサー! もしかして、スカウト!?』

 

 女子NPCの驚きに、大竹プロデューサーは、ああ、と頷いた。

 

『君の歌は、ひどかったが……』

 

 そう彼は苦笑しながら言う。なるほど、こちらのNPCは歌の上手さ判定をできるAIが組み込まれているのか。

 

『でも、君には光る何かを感じた。僕達のプロダクションでは、失われてしまった昭和のアイドルを復活させようとしている。ヨシムネさん、僕に付いてくる気はないかい?』

 

 なるほど。便利な言葉だな、光る何かを感じたって。それだけ言っておけば、プレイヤーも納得して話を受けるだろう。

 で、ヒスイさん、この話、受けていいわけ?

 

『はい、受けてください。そのスターオオタケ芸能プロが、歌姫ルートのシナリオ分岐をする場所です』

 

「ああ、解った。その話、受けるよ」

 

 俺の返事に大竹プロデューサーは笑顔になり、俺の手を取って握手をしてきた。

 そして、また連絡すると言い残し、彼は去っていった。そこで、視界がだんだんと明るくなり、一面真っ白に。

 やがて視界が晴れると、俺は見知らぬ大きな建物の前に立っていた。服装もいつの間にかブレザーへと変わっている。

 

『おつかれさまでした。これでオープニングイベントは終了です。引き続き、芸能事務所での顔見せに入ります』

 

 そうヒスイさんの説明が入る。

 いよいよ、本格的にゲームが始まるのか。俺は、はたして音痴を直すことができるのか。ゲーム期間に終了期限がないのが、逆に不安になってくるぞ!

 


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