21世紀TS少女による未来世紀VRゲーム実況配信! 作:Leni
ある日、プロダクションでのトレーニングを終えると、トレーニングルームへ大竹芸能Pが入ってきた。
珍しいな。いつも、彼はアイドル課の部屋で、黙々と何かの仕事をしているのに。俺も、彼のルートには進むつもりはないので、こちらから話しかけることはしていないのだ。
『やあ、ヨシムネさん。少し話があるんだけど、いいかな?』
「ああ、かまわないぞ」
特にヒスイさんが止めてくる様子もないので、俺は快諾して二人でアイドル課へと向かった。
そして、部屋に入り椅子に座ると、改めて大竹芸能Pが話を始めた。
『ヨシムネさん。君は昔、一世を風靡した多人数のアイドルグループがいたのを知っているかな?』
1993年より昔の多人数アイドルグループか。ふむ、あれかな。
「ああ、確か、にゃんこだかわんこだかいうグループ名の。『セーラー服を脱がさないで』のだよな?」
『ああ、そうだ。あれはテレビ番組が主導して作られたグループだったけれど、今回、このプロダクション主導で十人ほどのメンバーを集めてグループを作って、売り出してはどうだって企画が立ってね』
ああ、前にヒスイさんが、多人数アイドルグループのルートがあるって言っていたな。
この時期、有名な女性の多人数アイドルグループは存在しない。有名ロックバンドのボーカルがプロデュースするグループが『モーニングコーヒー』で衝撃デビューするのは、この何年も後だ。
『ヨシムネさん。そのグループのセンターに立ってみる気はあるかな?』
『断ってください。〝受け継がれるアイドルグループ〟ルートは、個人の歌の技量はおまけ扱いされます。絶対に話を受けないように』
と、そこでヒスイさんが見事にインターセプト。絶対に話を受けないようにということは、ここでうなずくと好感度とか関係なしにルートが固定されるわけか。
「いや、俺はソロアイドルを目指すよ」
俺はそう言って断った。ソロアイドル。つまり、ついでに小百合との二人組ユニットも断ったということだ。
たかがアイドル候補生の意見が大手プロダクション相手に通るとは思えないのだが、これはゲーム。ルート分岐はある程度会話で操作することが可能だと、この前ヒスイさんにアドバイスされた。
『そうか。なら、小百合さんに打診してみるかな。ああ、それと、この企画が始動したら、アイドル課の部屋は広くなるよ。楽しみにしていてね』
そう言って大竹芸能Pは俺の対面から立ち上がると、自分のデスクに戻っていった。
ふーむ、こんなイベントが発生したのは初めてだな。今までは、日常のちょっとした出来事のいかにも好感度を上げるためにありますよ、といったイベントばかりだったのに。
これは、もしやメインシナリオが進行したのか? つまり、俺の歌の技量が一定水準まで上がったということか!
『その通りです。引き続き頑張ってください』
ヒスイさん! 俺頑張るよ!
◆◇◆◇◆
今日も今日とて家からプロダクションに通う。
直接ボーカルトレーニングルームへ向かおうと思ったのだが、視界に『アイドル課に寄ろう!』というインフォメーションが表示されたので、アイドル課の部屋へと向かった。
「おはようございまーす」
業界人っぽく、時間を問わずに「おはよう」を挨拶として使い部屋に入ると、何やら大竹芸能Pと小里谷音楽Pが言い争っている声が聞こえた。
二人の話を横で聞いてみると、どうやら、俺のデビュー曲をテレビアニメのエンディング曲にするかどうかで揉めているようだ。
大竹芸能Pは肯定派、小里谷音楽Pは否定派のようだ。
『夕方六時に多くの子供達の目に触れる。子供の人気は、アイドルには欠かせない要素だ。児童向けじゃないアニメも、マニア人気が出るかもしれない』
そう大竹芸能Pが主張する。
ああ、この時代って、幼少の子供向けじゃないアニメは、深夜じゃなくて夕方にやっていたんだったな。
『アニメなんぞで音楽生活をスタートさせたら、この子の輝かしいアイドルとしての未来に、汚点が残るぞ』
そう吐き捨てるように言うのは、小里谷音楽P。
うへえ。さすが90年代前半。アニメへの偏見に満ちている。
でも、後に大ヒット曲を連発するヴィジュアル系ロックバンドが、初期にリリースしたシングル曲『真夏の扉』は、テレビアニメの主題歌だったりしたぞ。確かこの時期の曲のはずだ。
俺自身はアニメをほとんど見ないが、ゲーマーなんてやっているからか、アニメやアニメオタクに偏見の類は持っていない。
心情的には大竹芸能Pを支持したいが、歌姫ルートに進む必要があるから、小里谷音楽Pに同調する必要があるんだよな
『いえ、芸能プロデューサー側に立ってください』
ヒスイさん? それでいいのか。じゃあ、遠慮なく。
「俺は、別にアニメの曲を歌っても構わないぞ」
『ヨシムネさん……!』
『ヨシムネ、お前本当にそれでいいのか』
いいんだよ。とりあえず、うなずこうと思ったところで、口から勝手に言葉が漏れる。
「音楽に貴賤はありません!」
うわ、なんだ。思ってもいないこと喋ったぞ。
『シナリオ上必要となる台詞は、自動で喋ります。自由な行動を取ったとしても、その行動に合わせた適切なシナリオが用意されているわけではありませんからね』
テーブルトークRPGの熟練GMみたいに、ゲーム側が即興でシナリオを考えてくれるわけではないってことだな。
で、今の言葉がシナリオ上必要な台詞だったわけだ。
そんな俺の言葉を聞いた小里谷音楽Pが、ショックを受けたような顔をしていた。
『音楽に貴賤はない……』
そんなに衝撃を受けるような言葉かね?
まあ、彼女には俺から言いたいこともある。
「人間誰しも音楽に好き嫌いはあるさ。俺も一部のジャンルはちょっと苦手だしな。でも、だからといって嫌いな音楽を歌った人が、汚れたりするわけじゃあないさ」
適当にそれっぽいことを言ってみる。何かいい台詞をここで言えるほど、俺は音楽に熱心というわけではない。だが、「汚点が残る」はいくらなんでも言いすぎなので、反論させてもらった。
『じゃあヨシムネさん、デビュー曲はアニメのエンディング曲にする方向でいいかな? ちなみに、アニメはスペースオペラ系のライトノベル原作だ』
そう大竹芸能Pが言う。
ライトノベルか。中高生の若者向け、そしてオタク向けの娯楽小説だ。そのアニメ化というのだから、まさしく児童向けじゃないアニメってやつだな。問題はない。
いよいよデビュー曲が決まるのか。楽しみだなぁ。
「あ、待てよ。俺が歌うってことは、曲を作るのは小里谷音楽P?」
俺がそう言うと、小里谷音楽Pは苦い顔をした。
『……その通りだ』
『原作小説を渡しておくから、しっかり読みこんでおくれよ』
『はあ、どんな曲を作ればいいのかさっぱりだ』
小里谷音楽Pが困ったように言う。
歌劇団出身でアイドル曲を手がけている人に、ライトノベル原作アニメの歌を作れだからな。困惑もするだろう。
「まあ、頑張れ。俺は小里谷音楽Pの曲で音楽界のてっぺんを目指すからな」
『!? ああ、いい曲を用意しよう』
そうして数日後、小里谷音楽Pは新曲のデモテープを用意してきた。仕事が早い。
曲名は『星の海を泳いで』。華やかでアイドルに相応しい曲だった。これが使われるアニメのエンディングも、きっと明るい作画になることだろう。
ちなみに、デモテープに吹き込まれた小里谷音楽Pの歌声は、曲調に合わず勇ましかった。思わず本人の前で笑ってしまったのは、仕方のない事故だったと言えよう。
曲の完成に合わせて、ダンスのトレーニングも始まった。一人で行なっていたボーカルトレーニングとは違い、ダンスの基礎練は、他のアイドル候補生と一緒にやることがある。
オーディションで集まった十人の新アイドル候補生達。それをリーダーである小百合が見事にまとめあげていた。彼女達は、合計十一人のアイドルグループとしてスタートする予定だ。
『いいわね、ヨシムネは。もうデビュー曲が決まったのよね』
俺と一緒にダンスの基礎練を終えた小百合がそんなことを言ってくる。
「ああ、小里谷音楽Pがすごい早さで用意してくれたよ」
『うらやましい! 私達のデビューはいつかしら』
「さてね」
『私もドサ回りってやつ行きたいわ!』
「ドサ回りねぇ。……え、そんなのやるの?」
『大竹から聞いてないの? デパートとかショッピングモールを回って、一曲だけのミニライブでお披露目するって』
「うへぇ。まだ歌に自信がないんだけどな……」
『テレビアニメの放送日っていう期限があるのでしょう? もう逃げられないわよ!』
アイドル斜陽の時代に、ミニライブかぁ。人集まらなくてきついだろうなぁ。
そう思いつつ、俺はミニライブ初日を迎えた。場所はショッピングモールだ。
「現代に蘇ったアイドル、ヨシムネです! 今日は私の歌を聴いていってください!」
俺の口から自動でそんな台詞が飛び出す。うーん、俺はゲーム中でもいつもの口調を止めるつもりはないんだけどな。自動台詞は敬語がお好みらしい。
ともあれ、伴奏が始まったので、俺は散々練習したダンスを踊る。
ダンスとは言っても、一人で歌いながらなのでそんなに激しくはない。以前ネットで見た、北海道を舞台にしたギャルゲーのオープニング曲の声優ライブバージョンみたいな、息切れする激しいダンスじゃなくてよかった。
というかヒスイさん、今回歌唱の練習のためのゲームプレイなのに、なんでダンスにまでシステムアシストが無効になっているのかな?
『今後、ダンスの高い技量が必要になるかもしれないと思いまして』
畜生め!
ともあれ、俺は一曲無事に歌い終わった。
「ありがとうございましたー」
なお、通りかかる人はいたが、最後まで聞いてくれる人はいなかった。ゲームなのに世知辛い!
そんな空振りミニライブをあちこち回ってこなしていく。
中には、アニメのエンディング曲と聞いて、少数のお客さんが盛り上がった所も存在した。秋葉原である。
「うーん、この時代の秋葉原って、オタクの聖地じゃなくてただの電気街じゃなかったか?」
『私には判断しかねます』
まあ、20世紀末の事情なんてヒスイさんには解らないか。俺もこの時代はよく解らん。
そしてミニライブの最中に、今回のデビュー曲の
いかにも低予算といった感じで、小さな倉庫の中で様々な角度や照明を駆使して撮影を行なった。このMVは一度テレビで流してくれることが決まっているらしい。後は、CDの売上がよければいろいろな音楽番組で流れることもあるとか。
はたしてミニライブとMVの効果はどれだけあるのか……。やがてアニメは無事に放送開始となり、CDの発売も始まった。
インターネットの存在がまだ広まっていないパソコン通信の時代なので、エゴサーチして評判を見るということができない。なので、人気があるかどうかの指標はCDの売上に全てが委ねられているのだが……大竹芸能Pによると、売上はこの時代のアイドルにしてはそれなりだったらしい。
『ファンレターが届いているよ。見るかい?』
ある日、プロダクションのアイドル課の新部屋で、大竹芸能Pが紙の束を持って俺の所にやってきた。
「おっ、見る見る」
ファンレターね。このゲーム、そんな要素もあるのか。
どれどれ……うん、いい曲ですって感想ばかりだな。可愛らしいミドリシリーズの容姿に触れないとは、いかにもこの時代の音楽ファンって感じだ。
「このファンレターは、俺より小里谷音楽Pに見せた方がいいんじゃないか?」
『ははっ、もう見せたよ。まあ、世間での評判は良好だ。プロダクションもプッシュしてくれるようだから、今後はテレビでのお仕事もあると思ってね』
マジか! さすが業界大手プロダクション。やるときはやってくれる。
『ヨシムネさんには、是非とも人気を獲得してもらわないとね。君が人気になればその分、後続の小百合さん達を売り込むのが楽になる』
あ、それはどうでもいいです。
俺は、歌を上手くなるためだけに頑張るんだ。アイドルの仕事をしつつも、オフの日は常にボーカルトレーニングを続けている。
当面の目標は、〝平成の歌姫〟ルート突入。歌姫か。なってやろうじゃないか。