21世紀TS少女による未来世紀VRゲーム実況配信! 作:Leni
まどろみの中、身体を揺さぶられる。
「ヨシムネ、起きなさい。朝ですよ。起きなさい」
眠い。寝かせてくれ。
「母ちゃん、あと五分寝かせて……」
農家は自由業。出荷がない朝は、好きなように眠るのだ……。
「ふふっ、はい、お母さんですよ、ヨシムネ」
……背筋がスッと冷えた。
「母ちゃんじゃねえ、ヒスイさんだこれ!?」
がばりと布団をはねのけて、俺は飛び起きた。
周囲を急いで見回すと、俺の横でエプロン姿のヒスイさんが正座していた。
「まだ眠っていていいのですよ、ヨシムネ」
「いや、ヒスイさん。母親ロールプレイはいいから」
「……そうですか、残念です」
あー、全くもう、完全に寝ぼけていた。
ガイノイドのボディになってから、寝起きにこんなヘマかますのは初めてだぞ。
そもそも、ボディに寝ぼけるという機能がついていない。毎朝すっきりのお目覚めだ。じゃあ、なんで寝ぼけていたのかというと。
「『sheep and sleep』の二度寝機能、いい機能だと思っていたんだけどなぁ。ヒスイさんに隙を突かれたよ」
そう、ここは『sheep and sleep』の中。『アイドルスター伝説』で一枚目のシングルをリリースしてから一区切りつき、シナリオ進行が再び俺の歌唱力アップ待ちとなったので、一度ゲームの外に出てプレイした分の動画を投稿することにしたのだ。
だが、リアルではまだ真夜中だったらしく、『sheep and sleep』で朝まで眠ろうという話になった。そこで俺がオプションをいじっていると、わざと寝ぼけさせて二度寝を誘発する機能というのがあったため、試してみたのだ。
しかし、まさかこんな不意打ちを受けるとは思ってもいなかった。
「ヒスイさんは、俺の母親にでもなりたいの?」
「なりたいのではありません。もうなっているのです」
「何言ってんだ、この人」
本当に何言ってんだ……。
「ヨシムネ様は、元の時代に家族を残してきています。ですので、家族に飢えているのではないかと思い、お節介を」
「いやあ、それはないんじゃないかな……。三十歳越えてて、本来なら家族から独立しているような年齢だぞ、俺」
一人っ子で、農家を継ぐためにずっと実家に住み続けていたけどさ。
まあ、家族に飢えてはいないが、あの時代に残してきた家族が心配ではある。畑はそのままなのに住む家が消滅しているからな。両親は二人ともまだ五十代だったから、介護とかは心配しなくてもいいのだが。
「両親に『元気に生きています』ってメッセージでも送れたらいいんだが……それは無理だろ?」
「技術的には可能ではありますが、法的には観測以外の過去への干渉は禁じられていますね」
「それならまあ、上京でもしたつもりでいるさ。職業は配信者ですとか、もし両親が聞いたらどう思われるかは解らんが」
母ちゃんは笑って流しそうだな。親父は……農家以外認めないって人だったからなあ。
俺も子供の頃から農家になるって思っていたから、そんな親父との衝突もなかったんだが。
そんな話をしているうちに、俺の目は完全に覚めた。
「では、現実世界に戻って朝食にしましょうか。動画の編集は終わっていますので、それを見ながらお待ちください」
「おっ、どんな出来になっているかな」
「ヨシムネ様の歌の上達具合が見てとれる、そんな構成にしておきました。キャラクターとのイベントシーンは最小限ですね」
「主軸はゲームじゃなくて俺かぁ……」
そんな言葉を交わしながら、俺達はVR空間からログアウトをした。
さあ、朝飯食ったらゲーム再開だ。
◆◇◆◇◆
二枚目のシングルCDのリリースが決まった。それと同時に、小百合をリーダーとした十一人のアイドルグループもデビューが決まる。
俺とアイドルグループの楽曲は、両方とも小里谷音楽Pによる作詞作曲だ。
小里谷音楽Pの作る曲は、明るくどこか懐かしい歌謡曲だ。
彼女は昔アイドルに憧れていて、歌劇団引退後、アイドル歌謡曲のような曲を作りたいと思い、作曲家の道へと進んだらしい。
ただ、懐かしいとは古くさいと同義であり、はたしてこのままで本当に音楽界の頂点に立てるのかは疑問である。
俺が宿っている主人公的には、憧れの昭和アイドルらしい曲を歌えて満足なのだろうが……。
そんな不満に近い何かを抱えながら、俺は歌を練習し、ダンスの特訓をする。一日に練習できるのは三時間だけ。
暦の存在しないモードでプレイしているが、CDの発売日が決まってからは練習期限が設定される。
すでにシナリオ進行に必要な技術水準はクリアしているので、その期限までに何かをできるようになっていなければならないということはないのだが。ただ、発売日前後には、テレビ局を回っての音楽番組出演が待っているらしいから、練習に身が入るってもんだ。
そうして、練習の日々が続き、発売日直前。
俺は、民放キー局のゴールデンタイム放送というすごい特別音楽番組に出演していた。主人公は未成年なので、生放送ではなく収録番組だ。
正直、こんな番組に出られるほど最初のCDが馬鹿売れしたわけではないのだが……そこはプロダクションの力か。
俺の出番は、司会とそれらしい会話をして、新曲を一曲歌って終わりだ。意外とすんなり終わった。
だが、その後に俺は、とある人物と面会することになった。
テレビ局の楽屋に、大竹芸能Pが一人の男性を連れてやってきたのだ。
『ヨシムネさん、この人は有名な作曲家さんでね……』
話を聞くと、大物作曲家であり、J-POPの分野でヒット曲を何曲も出している時代の寵児らしい。
なぜそんな人が俺の楽屋に来ているのかというと、この大物が俺の歌声を気に入り、自分の曲を歌わせる気はないかと大竹芸能Pに打診してきたらしい。
時代の寵児と言われて気になったので代表曲を尋ねてみるが、聞き覚えのない曲名ばかりだ。おそらく、このゲーム固有のオリジナルキャラクターだな。このゲーム、オリジナル曲もクオリティ高いんだよな。
『当然ですが、その話、断ってくださいね』
そうヒスイさんから指示が出された。まあ、目指すのは小里谷音楽Pとのルートだしな。了解!
「いや、せっかくの機会だけど、断るよ」
俺の言葉に、大物さんは「おや」といった顔をする。
そこで、俺はゲーム側に操作の主導権を奪われ、口から勝手に言葉が出る。
「私は小里谷さんの曲を歌い続けます」
『ほう、義理堅いね。嫌いじゃないよ、その姿勢。でも、いいんだね? 後で、やっぱり歌いたいですとなっても遅いよ』
俺の自動台詞に特に気を悪くした様子は見せずに、大物さんはそう言った。
「はい、かまいません」
『そうかい。これからの君の健闘を祈っておくことにするよ。ただ……』
大物さんは、何かを言いづらそうにして口ごもったが、やがてゆっくりと口を開いた。
『君達の歌は古い。若者の人気が取りづらいだろうから、これ以上、上には行けないかもしれないよ』
そう言い残して、彼は楽屋を去っていった。
わざわざ彼を連れてきてくれた大竹芸能Pには、すまないことをしたな。だが、俺は大竹芸能Pのルートに入るつもりはないので、これでいいのだ。
そんなことがあった翌日、俺はプロダクションで小里谷音楽Pとのイベントに遭遇していた。
昨日大物さんに会ったことを彼女がどこからか聞きつけたのだ。
『よかったのか、ヨシムネ。私は流行りのJ-POPも作れない、ロートルだぞ』
そこで、また俺は自動で喋る。
「まだ30代でロートルだなんて、何を言っているんですか。私だって、日々トレーニングをこなしているんですよ。小里谷さんも若いのですから、勉強して最新の音楽に迎合してもよいのではないですか?」
失礼なことを言う小娘だな、俺の外の人。
『勉強、勉強か……。今更、新しい音楽を学ぶなど、考えたことはなかった』
いかんぞ。三十代は若者なんだ。学んでいけ。そう、三十代は若者だ。つまり俺は若者。
『だが、いいのか、ヨシムネ』
む? 何がだ。
『お前も昭和のアイドルに憧れているのだろう。最近のJ-POPを歌うアイドルで満足できるのか』
「温故知新といいます。小里谷さんなら、昔の歌と今の歌の両方をいいとこ取りした、素晴らしい曲を作ってくれると信じています」
おっ、言うなあ主人公ちゃん。どれ、俺からも一言。
「前も言っただろう。俺は小里谷音楽Pの曲で、音楽界のてっぺんを目指すぞ」
俺がそう言うと、小里谷音楽Pは小さく笑って言う。
『小娘が、なかなか言うじゃないか』
まあ、中身はあなたと同年代で、しかもおじさんなんですけどね。
そうして、また日々は過ぎていく。
そんな中、再び重要そうなイベントが起こった。大竹芸能Pが珍しく、音楽関係以外の仕事を持ってきたのだ。
『ドラマ出演の話が来ているよ。月9でレギュラーキャラなんだけど、どうだい?』
月9とは、月曜夜9時のテレビドラマのことだ。そりゃまた、でかい話が来たな。
主人公、まだ中学生だぞ。トレンディドラマに出番はあるのか。
『断ってください』
はいはい、了解しましたよ、ヒスイさん。
「せっかくだけど、断るよ」
『そうか……でも、なんでだい? かなりいい話だと思うんだけど』
そこでまた俺は、ゲーム側に主人公の主導権を握られる。
「私は、小里谷さんと一緒に音楽の道を突き進みます」
横で話を聞いていた小里谷音楽Pが、その言葉でぱあっと表情を明るくした。うーん、主人公ちゃんの見事な口説き文句よ。同性じゃなかったら結婚してたじゃろ、この二人。いや、片方は俺なんだが。しかも同性婚が当たり前に行なわれている未来のゲームだ。
『ヨシムネ、その言葉に二言はないな』
小里谷音楽Pの言葉に、俺は頷く。
ドラマ出演に興味はない。演劇は、学生時代に散々やったのだ。プロになりたいとかも思っていなかったし。
今は、ひたすら歌が上手くなれる道を突き進むのみだ。
そして、小里谷音楽Pが言葉を続ける。
『では、目指すとしよう。音楽界のてっぺんに立ち、
こうして俺は、小里谷音楽Pと一緒に〝平成の歌姫〟ルートを駆け上ることとなった。