21世紀TS少女による未来世紀VRゲーム実況配信!   作:Leni

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今回、著作権の切れている歌の歌詞を掲載しています。


40.開港記念日

 今日、俺達の部屋にはお客さんが来ている。

 視聴者が場所を特定して詰めかけてきたわけではない。いや、ある意味視聴者でもあるのだが、お客さんとはヨコハマ・アーコロジーの観光大使であるハマコちゃんである。

 

 俺ではなくヒスイさんに用事があったようで、何やら二人で「間に合った」とか言い合っている。

 俺は話の邪魔でしかないので、ガーデニングの所に行ってレイクの様子でも見るか、と思っていたのだが……。

 

「ヨシムネ様、こちらへ」

 

 ヒスイさんに呼ばれたので、居間へ素直に戻る。

 ヒスイさんの横に座り、ハマコちゃんと向かい合う。すると、ハマコちゃんが俺に向かって言った。

 

「間に合ってよかったです」

 

「……何が?」

 

「『アイドルスター伝説』のクリアです!」

 

 うーん? ハマコちゃんとゲームのクリアが、何か関係あるのか?

 

「どういうこと? 具体的にお願い」

 

 俺は素直に疑問をぶつけてみる。すると、ハマコちゃんは元気に答えてくれた。

 

「間に合わないかもしれないので、ゲームクリアを急かさないようにとヒスイさんにだけ打診していたのですが、実は、ヨシムネさんにお仕事を依頼したいのです!」

 

「仕事ねぇ。仕事を依頼したかったけど、『アイドルスター伝説』の収録を邪魔したくないから、待ってくれていたってこと?」

 

「違いますね! 仕事の内容的に、『アイドルスター伝説』のクリアが必要だったんです」

 

 仕事にゲームのクリアが必要? ゲームの知識が必要ってことか?

 いや、待てよ。もしかして……。

 

「ヨシムネさんには、歌のお仕事を依頼したいのです!」

 

「やっぱりか! 俺、ただの配信者で、歌手でもなんでもないぞ!」

 

「いえいえ、そう卑下なさらなくてもー。今や、新進気鋭の大注目配信者ではないですか。歌も上達されました」

 

 よせやい。照れるじゃないか。

 そしてなおもハマコちゃんは言葉を続ける。

 

「ゲーム内で横浜市民大会イベントをクリアしているのも、いいですね。つまり、『横浜市歌』の歌唱練習をすでにこなしているということ!」

 

「今回の仕事は、俺に『横浜市歌』を歌ってほしいってこと?」

 

「その通りです! 実は、6月2日はヨコハマ港の開港記念日でしてね! 『横浜市歌』も、開港50周年に作られた歌だったりするんですよ!」

 

 開港記念日。港が完成した日かな? そう疑問に思って聞いてみたが、違うらしい。

 

「鎖国をしていた江戸時代の日本ですが、ある時、アメリカ合衆国と日米修好通商条約を結び、港を開くことになりました。その開港の日が、西暦1859年の6月2日なのですよ」

 

「ペリーさんに開国してくださいよと言われて、開港した日ってことか。なるほどなー」

 

「はい! それで、ヨコハマではアーコロジーが建つ前から、開港記念日に記念祭を開催しているのです! ありがたいことですねー」

 

「めでたいけど、そうじゃなくてありがたいのか」

 

「そうなんですよ。今の惑星テラは、かつて人の住んでいた領域の大部分が自然に還されています。開港記念日や記念祭のような世界各地の催しは、ほとんどが消えてしまったのです。歴史ある文化の数々を代償にして、今の自然は成り立っているわけですね。ですので、今もヨコハマの文化が残り続けていることは、とてもありがたいのです」

 

「そっか、文化が自然に負けちゃったのか。山形県の芋煮文化とかも消えていそうだな……」

 

「東北のあたりはアーコロジーも少ないですしねー」

 

 くっ、これは秋になったら芋煮会をどうにかして開催せねば!

 あれ、そういえば……。

 

「暦とか気にしたことなかったけど、今日って何月何日?」

 

「やだなー。惑星テラ時間で6月1日ですよ!」

 

「……開港記念日、明日じゃねーか!」

 

「ええ、ですから間に合ってよかったなって!」

 

 リハーサルとかしている時間すらないぞ!

 俺達は慌ただしく、会場となるヨコハマ港へ下見に向かうのだった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 記念祭が開催されている間だけヨコハマ・アーコロジー親善大使に任命された俺は、ヨコハマ港に作られた野外ステージへふりふりのステージ衣装を着て立つ。

 観客は、ヨコハマ・アーコロジーに住む市民達だ。このアーコロジーには、一級市民の子孫である二級市民が多数在住しているが、普段はスタジアムでのスポーツ観戦以外であまり出歩くことはないらしい。二級市民の例に漏れず、大多数がゲームの世界で生きているのだ。

 

 だが、そんなヨコハマの二級市民達に、行政区はメッセージを一斉に送信したようだ。

 6月2日は開港記念日。たまにはリアルで祭りに参加してみないかと。

 毎年の恒例行事らしく、部屋を出て祭りを見に来る人はそれなりにいるようだ。何せ、彼らは遊びに飢えているからな。

 

 そんな部屋を出た引きこもり達が、熱気を放ちながらステージの周囲に集まっている。

 正直、すごい迫力だ。だが、この程度の客数は、『アイドルスター伝説』で慣れている。客から伝わる熱気や気迫も、ゲーム内で感じ取れたそれと同じだ。つくづく、未来のゲームってやつはすごい。

 

「それでは、ヨコハマ・アーコロジー親善大使である、大人気配信者のヨシムネ様に歌っていただきます。皆様もよろしければ、ご斉唱よろしくお願いします。曲はもちろん、『横浜市歌』!」

 

 大人気は盛り過ぎじゃねーかな、ハマコちゃん。招いた手前、人気がある人物ってことにした方が、都合はいいんだろうが。

 そんな脳内突っ込みをしているうちに、音楽隊が伴奏を鳴らし始める。

 

 俺は、雰囲気作りとして用意された21世紀風のマイクをしっかりと握り、客席に向けて歌い始めた。

 歌詞は視界にAR表示されているので、間違えるということはないので安心だ。

 

 わが日の本は島国よ

 朝日かがよう海に

 連りそばだつ島々なれば

 あらゆる国より舟こそ通え

 

 ――地球から国という枠組みがなくなってしまった宇宙3世紀。それでも島国日本の横浜港をたたえるこの歌は、今も残り続けている。

 

 されば港の数多かれど

 この横浜にまさるあらめや

 むかし思えば とま屋の煙

 ちらりほらりと立てりしところ

 

 ――古い横浜の文化がこの時代にも残り続けているのは、運がよかったからだろうか。それとも、横浜という立地が特別よかったからだろうか。ハマコちゃんは言っていた。文化が残っているのはありがたいことだと。

 

 今はもも舟もも千舟

 泊るところぞ見よや

 果なく栄えて行くらんみ代を

 飾る宝も入りくる港

 

 ――そう、俺のいた時代から600年も経っている。それでもなお、俺が理解できる日本の文化が残り続けているのは、どこかほっとする。たとえ、俺が21世紀にいたころ、横浜に来たことが一度もないとしても。このヨコハマ・アーコロジーで過ごす毎日は、すこぶる楽しい。

 

 歌い終わり、俺は手に持ったマイクを下げ、客席に向かってお辞儀をする。

 すると、客席からわっと歓声が上がり、大きな拍手が返ってきた。

 

「ヨシムネ様による、『横浜市歌』でしたー!」

 

 ハマコちゃんのアナウンスを聞きながら、俺は客席に手を振り、そしてゆっくりと舞台袖に帰っていく。

 舞台袖では、ヒスイさんが笑顔で俺を迎えてくれた。

 

「おつかれさまでした」

 

「ありがとう。ヒスイさんもステージに上がればよかったのに」

 

「私はあくまで助手ですから」

 

 うーん、ヒスイさんと二人で歌うというのも悪くないんだけどな。まあ、いいか。

 

「さて、じゃあ着替えたら、二人で祭りを見て回ろうか」

 

 開港記念日の記念祭は、近代的な催し物らしい。つまり、伝統的衣装に身を包んで屋台を見て回り盆踊りを踊る……という類ではない。レジャーイベントやステージイベントが各所で開かれており、それに気軽に参加することができる。

 

 ステージ衣装から着替えた俺は、ヒスイさんと一緒にそんな祭りをぶらぶらと見て回る。声をかけてくるような人もおらず、スムーズに進めている。

 

「お、ヒスイさん、エンジンボート試乗だって。乗ってみる?」

 

「危なくないですか?」

 

「ミドリシリーズは水中でも無呼吸で活動可能なんだろ?」

 

「それもそうですね。乗ってみますか」

 

 海を最大限に利用した催し物などもあり、俺とヒスイさんは開港記念日を全力で楽しんだ。

 ちなみにボートは、そもそも落ちないように作られていた。水しぶきとかはこちらにかかるのに、中から外へは出られない不思議な障壁が張られていた。

 

 水族館も無料で開放されていたので、『ヨコハマ・サンポ』の時には時間がなくて見られなかったエリアもじっくり眺めていく。

 もちろん、祭りの様子はキューブくんが同行して動画に収めている。

 

 ステージイベントで、非サイボーグの人間による空手の演武という物があったようで、演者の名前がクルマ・ムジンゾウとなっていたのだが、これはもしやリアルのチャンプではないかと怪しむ一幕もあった。

 

 そうして一日遊びきり、帰ってヒスイさんに動画を編集してもらい、念のためハマコちゃんに動画をチェックしてもらうようヒスイさんに連絡を取ってもらった。そして翌日。

 

「動画問題なしです。配信しちゃってください。いやー、来年以降の観光客増が楽しみですね!」

 

 直接訪ねてきたハマコちゃんから許可が出たので、ヒスイさんに目配せして動画を配信してもらう。

 その間、俺はハマコちゃんの対応をする。

 

「ステージ、盛り上がってよかったよ」

 

「はい、市民の方も歌ってくださった方が結構いましたね! ヨシムネさんの配信で、少しずつ『横浜市歌』が認知されていくと嬉しいです」

 

「今回の動画を入れると、俺の配信で流れたのは三回目か」

 

「もう準レギュラーソングって感じですね!」

 

 別に、ヨコハマびいきしているわけじゃないんだけどなぁ……。

 

「それで、ヨシムネさんは歌手やアイドルを生業にしているわけではないので、今回のお仕事では観光局から特別報酬としてクレジットが支払われます。確認しておいてくださいね」

 

「お、臨時収入だな」

 

 そうして一時間ほど雑談を交わし、ハマコちゃんは観光局へと帰っていった。開港記念日の翌日だというのに、こんなところで暇を潰していていいのかと思うのだが。

 

 騒がしいお客さんがいなくなって、部屋ではまたヒスイさんと二人きりに戻る。いや、キューブくんやイノウエさん、レイクもいるけどね。

 俺は、イノウエさんをじっと眺めているヒスイさんに、横から話しかけた。

 

「ヒスイさん、今回の仕事で報酬が入るみたいだけど、何か使い道あるかな?」

 

「そうですね。ヨシムネ様の趣味に使ってしまっていいとは思いますが……」

 

「うーん、ゲームに使うクレジットは、配給クレジットとスポンサー料でまかなえているよね。それもずいぶん余裕で」

 

「では、旅行などは」

 

「旅行かー。今の時代、旅行先ってどんなのがあるのかな」

 

「それなのですが……ヨシムネ様」

 

 ヒスイさんが、イノウエさんから視線を外して、俺の方を真っ直ぐに見てくる。

 

「一度、ニホンタナカインダストリの本社を訪ねてみませんか? ミドリシリーズの仲間達が、ヨシムネ様に会いたがっています」

 

 他のミドリシリーズか。少し興味あるな。行ってみるか。ヒスイさんの提案に、俺は乗ることにした。

 そうして俺達は、シブヤ・アーコロジーへ近場の旅行をすることになったのだった。

 


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