21世紀TS少女による未来世紀VRゲーム実況配信! 作:Leni
意識が浮上する。
ゲームスタートだ。俺は、ゲーム用アバターに憑依したいつもの感覚を覚えていた。
アルフレッド少年になったのだ。見た目はいつものミドリシリーズだけれども。
視界のど真ん中に、「第1話 マルス発進!」と表示される。なるほど、ストーリーは章立てになっているのかね。
ぼんやりと眺めていると、やがて文字は消え去る。俺がいま立っているのは、何かの建物の入口だった。
『あなたはアルフレッド・サンダーバード。若きAI研究者です。ここは、火星の北アメリカ統一国領にある総合第三研究所。あなたの新しい仕事場です』
そんなシステム音声による案内が入った。
なるほど、北アメリカ統一国ねぇ。なんだそれ。
まあ、おそらくアメリカ系の国なんだろう、きっと。確かに主人公は、いかにもアメリカ人って感じの名前だ。
「よう、お前もこの研究所に用事か?」
と、そこで俺に話しかける者がいた。
声の方向に振り向くと、そこには肌が浅黒い二十歳ほどの青年がいて、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「親にでも会いにきたのか? いや、でもその服装は研究員のだよな……」
視界に、自己紹介をしようというメッセージが表示された。『アイドルスター伝説』のときと違って、勝手に喋るということはしないのか? 今回は、高度有機AIサーバに接続してNPCの会話も高度になっているはずだし、対応が柔軟なのかもしれない。
「俺はヨシ……じゃない、アルフレッド・サンダーバード。ここに新しく入った研究員だ」
「おっ、話に聞いていたあの天才少年か! 俺はマクシミリアン・スノーフィールド。お前と同じ新任研究員だ。マックスとでも呼んでくれ」
マックスが握手を求めてきたので、それに応じる。おう、アイドル経験者の握手だぞ、ありがたがれ。
『マックス!』『いい男をなくした……』『この子このあと死んじゃうんだよね』『気持ちのいい男だよ』『マックスぅー!』
「おう、ネタバレやめーや」
「ん? どうした?」
「いや、なんでもない。よろしくな」
『ヨシムネ様。『アイドルスター伝説』のときと同じように、強く心の中で念じたら視聴者に伝わるよう設定しておきました』
おっ、ヒスイさんサンキュー!
『さすがヒスイさんです』『有能』『実況配信とNPC会話あるゲームって、これだから相性がよくないんだ』『コックピットでは存分に喋ってね!』
念じたことがリアルタイムで視聴者伝わるということは、あまり余計なことは考えられないな……。失言は配信者として致命的だ。炎上怖い。
「さて、じゃあ早速入ろうぜ! 楽しみだよな、人間の思考を再現したAIがいるなんてさ! ほら、こいよ、アルフレッド……うーん、フレディって呼んでいいか?」
「ああ、かまわない」
フレンドリーな奴だな、マックス。それともアメリカ人は、だいたいこんな感じだったりするのか?
そうして俺達は、研究所の入口にある扉の前へと立った。
『認証。ようこそ、スノーフィールドさん、サンダーバードさん。総合第三研究所はあなた方を歓迎します』
「おっ、よろしく。俺のことはマックスでいいぞ!」
『はい、よろしくお願いします、マックス』
「話せるオペレーターさんだな!」
『オペレーターではありません。私はスフィア。この研究所で生まれたAIです』
「おお、噂の人間再現AI!」
『ママーッ!』『若き日のお母さん!』『メインヒロイン登場早い!』『勝ったな』『火星軍大勝利です』『ママが生まれたてのロリ……ありだな!』
人気だなぁ、マザー・スフィア。しかも本人じゃなくてゲームのNPCだろ、これ。
いや、もしかしたらゲームが高度有機AIサーバに接続されていると見せかけて、マザーコンピュータに接続されているとか、俺に直接メッセージを送ってきた彼女ならやるかもしれん。
『インプラント端末に接続して道順のARガイドを行ないます。申請を送りますので、許可をお願いします』
視界に、スフィアからAR表示の申請が来ている旨のメッセージが表示されたので、思考操作で許可を出しておく。
しかし、この時代の人類は、もうインプラントで身体に情報端末を植え付けていたんだな。21世紀から300年経過しているが、なかなかの発達ぶりだ。
「よし、行こうぜフレディ」
そうして俺達は、スフィアと会話しながら研究所を進んでいった。
廊下を歩くことしばし。突如、研究所の建物を衝撃が襲う。ほどなくして、鳴り響く警報。
「どうした!?」
マックスが焦ったように叫ぶ。早速のイベント発生だ。
『――我が研究所は敵の襲撃を受けています』
「敵!? 敵ってなんだ!?」
『本国の軍隊です。本国は当研究所を危険な研究機関と認定し、宇宙軍による殲滅を行なうとの声明を先ほど出したようです』
「危険な研究機関だって? 何か危ない研究でもしていたんじゃないだろうな!」
『いろいろ軍事研究は行なわれていましたが、ほぼ本国の主導による物です。危険と判断されたのは……私のようです』
「はあ? AIが?」
マックスとスフィアが二人で会話を進めていく。こりゃ楽でいいな。
『ヨシちゃん無言かよ』『カカシか』『ヒロインアピールして?』『TSヒロインはマックスとママどちらと結ばれるのか』『ヨシちゃんはお嫁に出さないよ!』
くっ、視聴者達め、好き勝手言いよってからに。確かに無言配信はまずいが。
『人間と同じ思考をし、人間以上に賢いAI……それが人間に取って代わる危険性を本国は考えたようです。かつての機械による自動化以上に人間の仕事が失われ、やがて支配者もAIに取って代わると』
「なんだそりゃ。SF小説の読み過ぎだぜ!」
『いえ、実際に火星では、成長した私を火星の指導者に据える計画が進められていました。AIの管理する幸せな統一国家を作るという理念です』
「そりゃ、独立するとなると本国の連中も怒るぜ。だが、俺個人としては、火星統一は夢だな」
そんなマックスとスフィアの会話を横で聞きつつも、俺はARガイドに従って避難をしている。地下にシェルターがあるらしい。
やがて、俺達はシェルターに到着した。
そこでは、複数の研究員達も避難を行なっていた。
「おお、スノーフィールドくん、サンダーバードくん。君達も来たか。着任したばかりで災難だったな」
研究員のお偉いさんらしき人が、俺達を迎えてくれる。
そして、研究員達と自己紹介を交わし、俺達はシェルターで息をひそめる。だが。
『敵軍が対シェルター用のバンカーバスターを用意しているようです』
スフィアのその言葉に、周囲がどよめく。
「どうにかできないのかよ!」
マックスがそう叫ぶが、周りはざわつくのみだ。
だが、そこでスフィアが落ち着いた声色で告げた。
『手立てはあります。地下区画に、開発されていた新兵器があります。それで迎撃するのです』
「おお、そんな物が」
希望を見いだし、研究者達の顔が明るくなる。
『ただし、これは人が搭乗する必要がある兵器です。乗員は一名。それが二機あります』
「あの機体を使うのか! 稼働試験すらまだなのだぞ!」
研究者の一人が、そんな悲鳴のような声を上げた。だが、スフィアはそれを半ば無視するように言う。
『ここで手をこまねいていては、死を待つのみです。事前の調査で、マックスとサンダーバードさんが適性値Aを示しています。お二人を乗員候補者として推薦します。……乗ってくださいませんか?』
「そ、そんなこと急に言われても……」
マックスが、ひるんだように言う。
ふ、マックスよ。お前が行かないなら、俺が先に行かせてもらうぞ! ロボットに最初に乗るのは、俺だ!
「俺は乗るぞ」
「フレディ、お前……」
「マックスはそこで大人しく震えてな。俺が全部片づけてきてやる」
『ヨシちゃん男気溢れまくり』『突然の主人公ムーブ』『急に口を開いたと思ったら、やる気全開だった件』『早くロボットに乗りたいからってテンション上がりすぎている予感』『ヨシちゃんかわかわ』
さあ、さあ、早くロボットの場所に案内してくれ!
「くっ、俺も行くぜ! スフィア、ガイド頼む!」
そうして俺達はシェルターを出て、敵軍の攻撃で振動する地下区画を進んでいく。
まだ攻撃は地下まで届いていないのか、火災が発生したり道が途切れていたりはしていなかった。
やがて、俺達は開けた空間に辿り着いた。
そこには、高さ十メートル弱はありそうな、人型ロボットが鎮座していた。
「うおおお! 人型ロボット! しかもあれ、ニホンタナカインダストリにあったのじゃん!」
俺がそう興奮して言うが、マックスの反応は違った。
「これが兵器!? 工事用の重機じゃないか!」
なんだって?
もしかして、人型搭乗ロボットを工事用重機として使っているのか。そういえば昔、そんな漫画あったなぁ。
『はい。マーズマシーナリーです。日本製のベニキキョウと、北アメリカ統一国製のスピカの二機です』
「これで戦えって言うのか?」
『ただのマーズマシーナリーではありません。これは、サイコタイプ。ソウルエネルギーが貯蔵された、超能力で動く兵器です』
「ソウルエネルギー!? 最先端科学が兵器化されているっていうのか!」
「超能力で動く人型ロボットだと!? これは、スーパーロボットの予感がしてきたぞ!」
マックスと俺は、スフィアの言葉にそれぞれ驚きの声を上げた。
『マックスと同じことで驚いているはずなのに、どこかずれている……』『研究者目線と架空ロボ好き目線』『21世紀人のヨシちゃんにとっては超能力もフィクションの中の存在なんだよな』『言われてみればそうだな』『超能力知らないとか、ちょっと想像できない』
うぐぐ、視聴者とはこのロマンは共有できなかったか。
『それでは、乗る機体を決めてください。時間はないので即決でお願いします』
「ベニキキョウで!」
はい、俺、即決しましたよ。実物を見たことがある機体でしかも日本製と聞いて、選ばない理由がない。
『ベニキキョウですね。日本の町工場で作られたと聞きますが、性能は保証します。このベニキキョウを改造した機体には、マルスという開発コードネームがつけられています』
なるほど、マルス。「第一話 マルス発進!」ってことは、どちらにしろこの機体を選ばされていたっぽいな。
俺はマルスに近づく。すると、マルスの胸部が開いて、ロープがするすると下りてきた。
ロープには足を引っかける部分と、手で掴むための取っ手がある。AR表示でそこに足をかけて取っ手を掴めと指示が来たので、それに従う。
ロープは自動で上に引き上げられ、俺は開いた胸部の空間に身を躍らせた。
コックピット! ロボットのコックピットだ!
俺はわくわくしながら、用意されていたシートの上に座る。すると、開いていた胸部が自動で閉まった。
『起動シークエンスを確認。ようこそ、マルスへ』
システム音声が鳴り響く。いや、待て。システム音声じゃないぞ。この声は、ヒスイさんの声だ!
「なにやってんのヒスイさん」
『どうも。オペレーター役のヒスイです』
「またゲームをハックでもした?」
『いえ、プレイヤーとして正式に参加しています。マーズマシーナリーは超能力で動くためAIでは操作できないのですが、代わりにオペレーターを務めることができるのですよ。開発中の新AIというポジションです』
「なるほどなー。パイロットとオペレーターでの二人用ゲームモードってことか」
『その通りです。では、まずは機体の起動からです。この機体は通常の作業向けマーズマシーナリーとは違い、操縦者の超能力で動きます。機体にはソウルエネルギーが貯蔵されており、操縦者の超能力を増幅させる仕組みとなっています』
「俺、超能力とか使ったことないけど」
『この機体の兵器として優れているところは、超能力未経験の人間でも、操作方法を感覚的に理解できるように作られているところです。ヨシムネ様、操縦桿を握ってください』
「はいよ。これね」
俺は、車のシフトレバーのように椅子の肘掛けの先から突き出た、左右二本の操縦桿をそれぞれ握った。
すると、俺は頭の中で何かが繋がるような感覚を覚えた。
これは……なんというか、三本目の腕が急に背中から生えてきたような、そんな感覚だ。
『接続されましたね。今、ヨシムネ様は魂が機体とつながり、機体に貯蔵されたソウルエネルギーを自在に使用できる状態となっています。その状態で機体に動けと念じることでサイコキネシスが発動し、機体が思った通りに動きます。まずは歩いてみましょう』
ヒスイさんがそう言うと、コックピットの壁面に機体の周囲の状況が映し出されるようになった。機体に取り付けられた外部カメラが起動でもしたのか?
『いえ、これは透視と念写のESP能力を応用したモニターです。カメラのように、壊されたら映らなくなるような代物ではありません』
「本格的にスーパーロボットじみているな……よし、歩くぞ。動け!」
すると、俺の操る機体は一歩を踏み出し、モニターの背景が少し後ろへと流れた。
「よし、よーし、行けるぞ!」
『では、地上への道を開きます。道が開いたら、マルスの後部にはスラスターが搭載されていますので、それを噴かすイメージを持って飛んでください』
と、そこまでヒスイさんが説明したところで、機体に通信が入った。
『フレディ! 行けそうか? こっちはちゃんと動かせそうだぜ!』
「ああ、マックスか。問題ないぞ!」
『まさか、機体を動かす適性値ってのが、超能力適性のこととは思わなかったぜ。俺、学生時代に少し超能力研究分野をかじっていたんだ』
「そりゃあうらやましい。俺はこれが超能力初体験だ。と、地上への道が開いたな。先に向かうぞ!」
『お、おい、フレディ!』
マックスの言葉を半ば無視して、俺は操縦桿越しに後部スラスターを意識する。
すると、まるで自分の背中に何かを背負っているような感覚となったので、そこへソウルエネルギーとやらを送り込むイメージを持った。
「それじゃあ……アルフレッド・サンダーバード改め、ヨシムネ、行きます!」
『行けえ!』『ヨシちゃんがんばれー!』『ヨシちゃんならやれるぜー!』『サイキッカーヨシちゃん誕生の時』『張り切るヨシちゃんかわかわ』『戦闘BGM流れた! これは勝てる!』
俺は、スラスターを噴かし地上へと飛び出すのであった。
マルス、火星の大地に立つ!