21世紀TS少女による未来世紀VRゲーム実況配信! 作:Leni
「21世紀TSおじさん少女だよー。30日間ゲームの世界に閉じ込められる冒険活劇、今日もはじまるよー」
「閉じ込められる、ですか……その通りですけれど、積極性を持ってくださると嬉しいですね。熟練に影響が出ますので」
「今朝、動画の再生数見たら40万再生もいっていたから、やる気は十分だ!」
いろいろ未来の動画を見た感覚としては、この時代の10万再生は現代日本の1000再生くらいだったな。多分。初投稿としては快挙だと思う。
「では今日も、ゲームで始める達人への道、やっていきましょう」
「ゲームをやったらリアルでの肉体の使い方がよくなるとか、本当にびっくらこいたべさ……」
そんなこんなで二年目。ヒスイさんが言うには、まだ剣に専念した方がいいとのことで、木刀と打刀を道場で振るう日々である。
実戦、すなわち妖怪退治も忘れずにだ。
「泥田坊つええ……」
「本体にはそれといった特徴はありませんが、足場が問題ですね」
「21世紀に居た頃は農家やってて、米だって作っていたから、水田ステージは得意だと思っていたんだがなぁ」
「こればかりは慣れるしかありませんね」
「何度やられてもしっかり遺体回収してくれる、黒子衆の人達好き……!」
「負けたらゲームオーバーのゲームじゃなくてよかったですね」
敵に負けたら完全回復した状態で、屋敷で復活だ。呪術があるので、死なない限り傷は治るという設定のようだ。
まあ、どこぞの剣豪格闘ゲームのように手足を切られたら、欠損したままゲーム続行とかやられても困るのだが。
「ぬーりーかーべぇ! かてえよ!」
「刃が欠けてしまいましたね」
「他の武器に浮気していないから資金はある。よりよい刀に換えよう。いいよな?」
「まあ、斬鉄の類を習得しろとは言いませんが……」
「ファンタジーすぎる……。このゲームはそういうの多分ないだろ」
「ファンタジーじゃなくても鉄パイプくらいなら……」
「できるの!? 剣豪すげえ!」
武器屋には、同じ武器でも高い値段で上位互換の物が売っていたりする。よい鋼を使っているとかだろう。
妖怪とか呪術とか出てくるファンタジーゲームなのに、武器の消耗に関しては嫌にリアルだ。妖怪に何度も刀を打ちつけていたら、刃は曲がるし欠ける。だから、妖怪退治の報酬は、今まで一番安い打刀を買い直すのに使っていた。
「しかし、武器屋のラインナップはこれで全部なのか? 妖怪からのドロップアイテムが溜まっているが、武器の材料になったりしないのか」
「攻略情報によると、なるそうですよ」
「マジで!? ファンタジー武器あるなら乗り換えたい!」
「ただし、鍛冶師のNPCとの交流が必要ですが」
「……今の設定じゃ無理じゃん」
「ええ、ですので、どうしようもないほど進行が詰まったら、交流少しだけ解禁しましょうか」
「ゆるい縛りプレイかぁ。初心者には厳しいよ」
「すでに1000時間以上遊んでいるので、このゲームに関しては初心者とは言えませんね」
1000時間とか、大人気狩猟ゲームでもそうそういかないぞ……!
「それだけ遊んでいるのに、まだ大物妖怪が登場していない件について」
「二十年モードですからね。一年モードなどでは、大物妖怪が弱いAIを載せてすぐに登場するそうです」
「あー、弱いAIはちょっと盛り上がらないな……今のモードは野犬ですら本気で殺しにかかってきたけど」
そんなこんなで、刀一筋で二年目は終わった。
リアルに帰り、ヒスイさんが自動調理器に食材を突っ込んでいる間に、自分の情報端末を起動する。
俺の情報端末は、身体に内蔵されている。その画面は空中に投影することもできるのだが、自分一人で見るだけなので網膜に表示させることにした。
VRの一種で、AR……拡張現実ってやつだ。多分。
そして昨日の動画を表示してみると……90万再生だと!? 未来人の人口が膨大だとしても、たった一日でこれは快挙だぞ!
「なにやら嬉しそうですね」
食事を運びながら、ヒスイさんが尋ねてくる。
「ああ、昨日の動画が90万再生までいってた」
「それはまた、おめでとうございます」
「ヒスイさんもおめでとう。動画を作ってるのは主にヒスイさんだからね」
「ありがとうございます。100万再生も近いですね。このまま伸び続ければ、他のミドリシリーズに自慢できますよ。ふふ……」
俺達の動画が面白いのは、確実にヒスイさんのおかげだ。休憩時間と睡眠時間を含めた700時間超の収録動画の中から、面白いシーンを上手く繋ぎ合わせているのだ。
今日の分の動画も期待しておこう。水田で足を滑らせたシーンとか、ぬりかべに刀が負けたシーンとか絶対に入ってるだろうな!
◆◇◆◇◆
今、俺の目の前には巨人がいます。
こちらの武器は打刀。どう渡り合えというのでしょうか。
「がしゃどくろとか、本格的に狩猟ゲーっぽくなってきやがった……!」
がしゃどくろ。巨大な人骨の妖怪である。
その巨体から繰り広げられる一撃は、こちらに命中すれば一撃で重傷まで持っていかれるだろう。
だが、そのモーションは遅い。
敵は前傾姿勢なので、こちらに手を振り下ろしてきたときに、その腕を駆けのぼって頭に刀を叩き込めば、いけるか!?
「うおー!」
避けて、駆けのぼる。今まで散々不安定な足場で妖怪と戦ってきたため、骨の上を走るなどわけがない。天狗のステージとか、岩山の上でかなりひどかったぞ!
「そおい!」
顔面に刀を打ちつける。すると、眼孔の奥に煌めいていた瞳が変色し、火花が散る。
よし、多分効いてる。今のはおそらくダメージエフェクトだ。他の妖怪でもこういう演出があった。
このまま顔面をボコボコにしてやる!
『おおおおお!』
「ぬわー!」
がしゃどくろがいきなり暴れ、振り落とされてしまった。安全地帯の確保は厳しいってか!
「ぐへっ!」
地面へと投げ出される。受け身は道場で散々練習をしてきた。ダメージは最小限だ。
しかし。
『おおおおお!』
「ぎゃー!」
起き上がる前に、がしゃどくろの腕の一撃が直撃し、俺の視界は暗転したのだった。
「油断しましたね」
「はい、面目ない……」
今日もヒスイさんと一緒に反省会だ。
その後、二回目の挑戦でがしゃどくろは無事に倒せた。
しかし、巨大ボス戦とか、いよいよ本格的に〝アクションVRゲームに求められる動き〟を必要とするようになってきたな。
今後、ただの人型サイズの妖怪の登場は少なくなってくるかもしれない。剣豪アクションという売り文句だが、それ以前にこれは妖怪退治ゲーム、すなわちクリーチャーと戦うゲームなのだ。対人戦の技術がどこまで通用するか判らなくなってくる。
つまり、道場でのヒスイさんとの地稽古や掛かり稽古は、ゲーム進行に必要な鍛錬としての効果が薄くなっていくかもしれない。
では、どうするかというと……ひたすら妖怪退治で実地訓練だな! ゲームらしくなってきやがった……!
そんなことを考える十二年目であった。
◆◇◆◇◆
ある日のリアル側の休息時間。俺は、投稿済みの動画のコメントを眺めて楽しんでいた。
初日に投稿した動画の再生数は1000万再生をとうに超え、日々再生数は増え続けている。なにやら、SNSで『21世紀人がプレイするマゾゲー動画』として話題になっているらしい。やっぱりマゾゲーかよ、これ!
俺の外見の可愛さを褒めるコメントも多いが、この見た目はガイノイドの借り物の姿だ。生まれつきの俺本来の姿じゃないので、褒められてもいまいち心に響かない。
だが、内面を可愛いと言い出すやつらがいるのには困惑した。
たとえば、鍛冶師の女性NPCに「あざとい!」と言ったシーンのコメントなどは、こうだ。
『オレっ娘TS美少女のお前の方があざと可愛いよ(はぁと)』
俺という一人称を認識しているあたり、日本語圏の人だろうか。俺が少しでも知っている他の言語は英語くらいだが。まあ、男言葉があざといと言われようが、俺は女言葉を使うつもりはない。自然体が一番だ。
大学を出てから社会に出ずに実家で働いて、そのうえ顧客や農協との対応は親父に任せていた。そのため、丁寧な言葉遣いというものが苦手なんだよな。
だからコメントでは『お口悪子さん(だがそれがいい!)』とか『21世紀に性別と礼節を忘れてきた美少女』などと書かれるのだ。俺くらいの口調でお口悪子さんとか、他の動画投稿者はどんだけ丁寧なんだよ。
しかし、生まれてこの方可愛いなどと言われたことのない俺が、美少女ガイノイドのボディになったとたんに可愛いを連呼されるなど、人の見た目って想像以上に重要なのだな。元の俺は、ただの農家のおっさんだったんだぞ。
こういったコメントをどう受け止めていいのか、ゲームの中で合計一年以上の歳月を過ごしても、未だに心の整理が付かない。
「ヨシムネ様、少しよろしいでしょうか」
そんな風にコメントを読んでいたら、掃除ロボットの点検をしていたヒスイさんが話しかけてきた。
「ん、どうかしたか? もしかして、道場稽古減らしたのまずかったか」
「いえ、ゲームを進行させることは何も悪くありませんよ」
まあそうだよな。緊急依頼にも、膝より体高が低いかまいたちの集団だとか、侍のNPC総出で対決した巨人妖怪の大入道など、対人訓練が役に立たなくなるケースが増えている。
必然的にヒスイさんの相手をする機会も減ってしまっているのだが……そんなヒスイさんが続けて言葉を告げた。
「そうではなく、ヨシムネ様にコンタクトを取りたいという方がいらっしゃるのです」
「動画投稿で有名になったから、リアルで会いたいとかそれ系?」
「一応それ系ではあるのですが……。実は、ミドリシリーズのガイノイド開発室長が、ヨシムネ様に会いたいとおっしゃっていまして」
ガイノイドの開発室長? なんでそんな偉そうな人が俺に会いたがっているんだ。
「ミドリシリーズを使った動画配信について、話を聞きたいと」
「え、もしかして怒られたりする?」
「そういったニュアンスは、なさそうでしたね」
「そっかー。会った方がいい?」
「私はヨコハマ・アーコロジー行政区の所属ですが、ミドリシリーズの一員としては、開発室の意向には可能ならば従いたいところです」
まあ、開発者が相手だと仕方ないね。
「じゃ、会おうか。いつになる?」
「急ですが明日にしましょうか。もう十五日も連続で動画の撮影を続けていますし、一日くらい休みを入れてもいいでしょう」
「いや、動画の完結まで毎日更新は続けたいから、面会が早く終わるならゲームプレイもしたいな……」
「そうですか? それでしたら、ゲーム内での休息を多く取りましょうか。ちなみに室長はもうヨコハマ・アーコロジーまで来ているようですので、面会までそう時間もかからないと思いますよ」
そういうわけで、なんだかよく分からないけれど、お偉いさんと会うことになったのだった。
怒られないなら、どっしり構えておくか。