21世紀TS少女による未来世紀VRゲーム実況配信! 作:Leni
ロボットゲームの配信が終わった翌日の昼。俺は、とうとう花が咲いたプランターのホヌンとペペリンドを眺めながら、食後のお茶をのほほんと楽しんでいた。
すると、荷物の到着を知らせるチャイムが鳴り、即座にヒスイさんが玄関に向かう。
そして、居間に荷物の入った箱を持ってきたヒスイさんは、箱を開けて中の荷物を仕分け始めた。いつもご苦労様です。
「これはヨシムネ様宛てですね。どうぞ」
ヒスイさんが、人間の顔の大きさくらいの箱を俺に手渡してきた。
俺は、その箱をワクワクした気持ちで受け取る。
これは俺がわざわざ自分で注文した品なのだ。その品とは……。
「ベニキキョウプラモデル! ウイングサンダーバードだ!」
そう、昨日までライブ配信していたゲームのプラモである。
プラモを組み立てる趣味は持っていないのだが……ゲームの関連商品を眺めていたら、どうしても欲しくなってしまったのだ。14日間も自分の手で操作してきた機体とあって、思い入れができてしまったのだろう。
「さて、せっかくの商品購入だ。こういうのは、開封の儀式から撮影しなければな。キューブくんカモン!」
部屋の隅に待機していたキューブくんが、俺の号令で即座に近くに飛んでくる。
「それじゃあ、ヒスイさん、撮影するよー」
俺がそう言うと、ヒスイさんはすぐさま湯飲みをキッチンに片付けて、そして居間に戻ってきた。
「キューブくん、今回の撮影はこの箱の開封ね。いい感じに頼むよ」
電子音で答えが返ってくる。この丸くて喋れない機体も、慣れれば可愛く思えてくるから不思議だ。
「じゃ、撮影開始!」
そう宣言すると、キューブくんの前面についている撮影中を示す赤いランプが点灯した。
「どうもー。戦いを終えて休憩中の21世紀おじさん少女だよー」
「先ほどまで、お茶の一時を楽しんでおりました。助手のミドリシリーズ、ヒスイです」
「今日はちょっと趣旨を変えて、商品レビュー的な動画だ! スポンサーのニホンタナカインダストリには関わりがあるようなないような、そんな品で楽しむぞ。ちなみにスポンサーの指示ではないので自費購入だ」
うーむ、突発的に始めた台本なしの一発撮りなのに、スラスラと言葉が出てくるものだな。俺も配信に慣れてきたというわけか。
「商品はー、こちら! ベニキキョウプラモ!」
俺はキューブくんに向けて、箱を掲げてみせた。
「正確には、マーズマシーナリーセルモデル、ベニキキョウシリーズ、アルフレッド・サンダーバード専用機ウイングサンダーバードです」
「お、おう」
ヒスイさんの説明に、一瞬言葉が詰まる。
そうだな、正確な商品名は必要だな。改めて俺は言葉を続ける。
「そう、プラモデルじゃなくて、セルモデルっていうんだよな。俺のいた21世紀ではプラモデルっていうプラスチックパーツを組み立てる模型があったんだけど、この時代じゃセルモデルに名前が変わっているようだな。確か、素材が違うんだっけ」
「石油を原料としたプラスチックは、現代では使われなくなりました。石油製プラスチックはアーコロジーから流出した場合、そのままでは自然に還りません。また、多くの惑星では石油が産出されないのが、使われなくなった主な理由ですね」
そういえば、マイクロプラスチックとかが俺の元いた時代で社会問題になっていた。
でも、『MARS~英傑の絆~』のラストで語られた、汚れきった地球を浄化した技術力があれば、それにも対応できるだろうけどな。
「セルっていうのは?」
「セルロース樹脂のことです。人造石油よりもセルロースの方が工場で安価に生産できるため、石油製プラスチックに取って代わりました」
「セルロースなら知っているぞ。植物に含まれる繊維で、人間の胃腸では消化できない物質だな。木にも含まれていて、人間が木を食べることができないのはそのセルロースのせいってわけだ」
農大出なので、さすがにそのあたりは知っているぞ。
「そうですね。セルロース樹脂は、そのセルロースを主成分にした合成樹脂、いわゆる生分解性プラスチックです。いつも配達される荷物の箱も、このセルロース樹脂でできています。ヨシムネ様のいた時代のダンボールよりも頑丈で、水濡れに強い素材です」
「イノウエさんがよく詰まっているスーパーダンボールは、セルロース製だったのか……」
ふーむ。ダンボールの代替品となっている物質で、プラモが作られているのか。
「そういえば、21世紀のゲームに、強化ダンボールで作られたフィールドでホビー用小型ロボットを操作して戦う、ロボットRPGがあったな」
お、いいこと考えた。このセルモデルもその方向で遊んでみようか。
「でも、腐食する素材って使い勝手が悪そう」
「その場合は一定年数、生分解を抑える塗装がされますので、問題にはなっていないようですよ。塗装がはげる荒い使い方をする場所では、そもそも合成樹脂ではなく軽量合金を使いますしね」
なるほどなー。原油が存在しない宇宙時代の新素材ってわけだ。
「それじゃあ、そんなセルモデルのベニキキョウを開封していくぞー」
俺は、そう宣言して、箱の表面をおおっている透明なフィルムを手で破いた。
「このフィルムのような物も、もしかして……」
「セルロース樹脂ですね」
「マジで石油製品並に万能だな、セルロース」
フィルムを破いた下には紙の箱。透明なフィルムだったので、パッケージを改めてカメラに映す必要はない。なので、すぐに箱をその場で開けた。
「中から出てきたのはー、おお、確かにプラモっぽいパーツが入っているぞ」
プラモは一度も組み立てたことないけどな!
よく見てみると、四角い枠の中にパーツがいっぱいくっついている。パーツはそれぞれ最初から色がついているので、初心者の俺でも塗装にすることなくカラフルな機体を作り上げることができるだろう。
「その四角い枠とパーツが一体化した物をランナーと呼びます」
「ランナーね。プラモなら、これをニッパーっていう刃物で切り離していくはずなんだが……包丁を怖がる未来の世界で、そんな物を使うはずがないよな」
「そうですね。手できれいに切り離せるようになっているようです」
「リアルのホビーも進化しているなぁ」
ランナーの他には、説明書が入っていた。
俺はその説明書を広げ、それをキューブくんに見せつけた。
「紙! 紙の説明書です! 正直、ARで手順を指示してくると思っていたのに、とてもアナログ!」
「セルモデルはプラモデル時代を含めると700年近い歴史を持つ伝統のホビーですので、そのあたり、雰囲気を重視しているようですね」
「なるほどなー。意外と、高貴で優雅なホビーだったりするのかもしれないな」
俺は、ランナーを箱から取り出していき、テーブルの上に並べた。
ふーむ、紫色がメインだが、細かい部分でなかなか色が多彩だな。
「さて、では組み立てていこう。商品の説明書きには道具いらず! って書いてあったから、接着剤も必要ないってことだな。それなら、散らかることもないだろうし……ヒスイさん、夕食までには終わらせるから、テーブル使うよ」
「はい、どうぞ」
そう、ここは居間のテーブルだ。食卓とも言う!
そんな場所で、俺はセルモデルの組み立てを始めた。
「まずはー、これか。ふむむ。むむー。……うん。あ、なるほどなー。よし……」
「どうやらヨシムネ様は組み立て中、実況ができないようですので、私の方から補足を。このセルモデルは縮尺1/72のキットです。実物のベニキキョウの高さが8メートルですから、約11センチメートルの大きさの模型になります」
「……お、いい感じじゃないか?」
「機体は先ほどヨシムネ様が説明しました通り、ベニキキョウの中でも特に活躍したアルフレッド・サンダーバード博士の専用機の地上戦モデル、ウイングサンダーバードとなります」
「あっ、あれ……おかしいな……」
「サンダーバードとは、惑星テラにある北アメリカ大陸の原住民の間に伝わっていた、神の鳥のことだそうです。そのサンダーバードの改造を担当した日本田中工業の田中氏が、新たにウイングサンダーバードと名付けました。鳥にさらに翼をつけるとか、日本人のネーミングセンスはどうなっているのだと、アルフレッド・サンダーバード博士はこぼしたそうです」
「うぬぬぬぬ……」
「ちなみにこのキットはパーツ数の多い中級者向けだそうです。ヨシムネ様は21世紀でも数々のプラモデルを組み立ててきたのでしょうか。実験区に、ヨシムネ様の作ったプラモデルが回収されていないか、問い合わせてみましょう」
「ううっ、パーツが細かい……」
「ふむ。ロボットの完成模型はあったそうですが、プラモデルはなかったそうです。次元の狭間に送られた際に、ねじ切れてしまったのかもしれませんね。ヨシムネ様のご遺体は、それはもう見事にねじ切れておりました」
「ぬがー!」
「では、完成を楽しみにしておきましょう。ここから倍速です」
「…………」
そうしてセルモデルと格闘すること数時間。俺は、思わぬ結果に冷や汗を流していた。
「ごめん、ヒスイさん……ご飯までに終わらなかったよ……」
まだ工程の3分の1も終わっていやしなかった。
俺はヒスイさんに平謝りするばかりだ。
「仕方ありませんよ。初心者が、中級者向けの物に挑戦しているのですから」
途中、俺の手際の悪さを見かねたヒスイさんが、プラモデルの組み立て経験はあるのかと聞いてきた。
俺の答えは当然ノー。
だが、そこでヒスイさんは無情な言葉を放った。このキットは組み立てに慣れた中級者向けだと。
まいったなぁ。見栄え重視で選んだのだが、まさか玄人用の品だとは。
ヒスイさん曰く、見栄えがいいということはパーツ数がそれだけ多くなるらしかった。
「食卓の上に広げたままだけど、夕食どうしようか……」
「たまには外に食べに行きましょうか」
「この様子じゃ、明日は三食外食になりそうだなぁ」
いや、別に食事は取らなくても活動に支障はきたさないのだけどさ。でも、それなりに人間らしく生きたいから、一応食事だけは取るようにしているのだ。
だから俺達は、食卓の上のパーツをそのままにしておいて、中華街へ中華料理を食べに向かうのだった。
ちなみに食卓にはイノウエさんを近づけないようにしてもらったので、うっかり大崩壊だけは起きないはずだ。
◆◇◆◇◆
「完成! 完成です!」
俺は、紫色のセルモデルを片手で持ち上げ、キューブくんの前に掲げた。
長かった……完成までに三日もかかってしまった。
「おめでとうございます。さすがですね」
そうヒスイさんが称賛してくれる。いやー、キットを組んだだけのことだから、褒められても困るのだが。
しかし、こうして完成したのを見るとデザイン格好いいな。元が工事用の重機とは思えない。
「飾る場所を用意しないといけませんね」
ヒスイさんが部屋を見回すが、ちょっと待ってほしい。
「今すぐ飾るってわけじゃないからじっくり決めてくれ。俺は、これで遊んでいるよ」
「遊ぶ、ですか?」
「ああ、俺が『MARS』で学んだのは、歴史だけじゃないんだ。行くぞ! サイコキネシス!」
俺は、魂からソウルエネルギーを絞り出すのをイメージして、超能力を発動した。
すると、手に持っていたセルモデルが宙に浮き、部屋の中を飛び回り始める。うおー! ロボットが俺の力で飛んでいる!
「ぬぬっ!」
念じると、セルモデルは空中でポーズを変え、付属の武装であるブレードを振りかぶった。
「行け! サンダーバード! 悪の地球人をやっつけろ!」
「地球人は、この場にヨシムネ様しかおりませんが」
宇宙を浮くセルモデルに指示を飛ばしていると、ヒスイさんの冷たい突っ込みが入った。
くっ、倒されるのは俺であったか……!
「うーん、こうなると、もう一機用意して戦わせたくなるな」
「強度に限界があるので、衝突だけは気をつけてください。……しかし、サイコキネシスで操作ですか。面白いことを考えつきましたね」
「あー、ヒスイさんは超能力を使えないから、ちょっとこういうのは思いつかないかもな」
超能力は魂のエネルギーを使う超常能力。魂を持たないAIには使用できないのだ。
そして俺は、存分にセルモデルを飛行させ、イノウエさんにちょっかいをかけたりしたりもして、動かすのに満足したのだった。
「ふー、これ、ちょっと広いところで飛ばしてみたいな」
「市街地で人が乗り物や物品を自分の手で飛ばすことは、法で禁止されています」
「あー、自動運転の機械が飛び交っているからなぁ。となると、アーコロジーの外に出るか、市民体育館に行くかだな」
「どちらも物を飛ばすとなると、申請が必要になりますね」
「……諦めようか」
〝セルモデル、空を駆ける〟計画は頓挫し、俺は素直にセルモデルを部屋に飾ることにしたのだった。
そして、どんなポーズが一番格好いいかで一時間近く悩むことになる。
うーん、こうして眺めていると、他の機体も欲しくなってくるな。
俺は、内蔵端末でホビーショップのページを眺めて、新しいセルモデルを見つくろうのであった。