21世紀TS少女による未来世紀VRゲーム実況配信!   作:Leni

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53.アンドロイドスポーツ<1>

「ウリバタケー、野球しようぜー」

 

 その人物は、俺達の部屋に訪ねてくるなりそんなことを言いだした。

 お客さんはミドリシリーズの一人。プロのアンドロイドスポーツ選手だ。名前は確か、オリーブさんだ。

 

 俺は、ボディの内蔵端末でプレイしていたパズルゲームをスリープさせ、彼女に向けて言う。

 

「野球か……いきなりだな」

 

「いや、これが由緒正しい、21世紀のスポーツの誘い方ってミドリに聞いてなー」

 

「あんたはどこのナカジマくんだ。まあ、前にヨコハマまで来てくれたら一緒にスポーツやるって約束したから、ちゃんとつきあうけど」

 

「そっか! やったな!」

 

 ガッツポーズを取るオリーブさん。

 うーん、快活な人だな。スポーツ選手だから元気っ子って、AIへのキャラ付け安直すぎないか。

 

「でも、プロ選手なのに予定は空いていたのか?」

 

 ふと疑問に思って尋ねてみたが、オリーブさんは「ああ!」と答えて言った。

 

「今日と明日はオフだぜ! だから、今日は遅くまでみっちり遊べるぞ!」

 

「そうかそうか。場所は取ってあるんだよな?」

 

「市民体育館を予約してあるぞ。いろいろやってみようぜ!」

 

「せっかくだからキューブくんで撮影しようか。ヒスイさんは来る?」

 

 俺は、黙って俺達の会話を見守っていたヒスイさんに話を向けた。

 

「オリーブ一人に任せると、ヨシムネ様が危険かもしれませんので、ご一緒します」

 

「危険なのか……」

 

「人間相手には危険なことはしないはずなのですが、今のヨシムネ様はアンドロイドボディですので、万が一ということが……ちなみにオリーブはクラッシャーという異名を持っています」

 

「怖すぎる!」

 

「あはは! アンドロイドスポーツは、大体相手へのダイレクトアタックがルールで認められているからな。でも、さすがの私も、人間相手に無茶はしないぜ」

 

 ううむ。心配だ。

 まあボディが壊れても、替えが利くからそこまで深刻な事態というわけではないが。

 壊れたら、オリーブさんかスポンサーに交換代金はどうにかしてもらおう。

 

「じゃあ出かけるかー。あ、ヒスイさん。イノウエさん置いていくことになるけど大丈夫? 夜まで帰らない感じだけど」

 

 そうヒスイさんに言うが、ヒスイさんは「問題ありません」と返してくる。

 そういうわけで、俺達は運動着に着替え、三人連れ立って市民体育館まで向かうのであった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 市民体育館。体育館と名付けられてはいるが、総合的なスポーツ施設である。

 施設内部では、VRゲームではなくリアルでの運動をしたい活動的な市民達が、各々好きなスポーツにはげんでいる。

 市民の中には、運動好きが高じて自らをサイボーグ化して、運動プログラムをインストールしているらしき者もいた。人類とは思えない超人的な動きしている。

 

 そんなスポーツエリアを通り過ぎ、俺達はトレーニングルームへと入った。

 なぜにトレーニングルーム? 俺達三人ともガイノイドだから、鍛えたところで筋肉がつくわけではないのだが。

 

「ヨシにはまず、能力を限界まで引き出す方法を覚えてもらうぞ!」

 

 そんなことをオリーブさんが言いだした。

 

「ふーむ、どういうことだ?」

 

 意味がよく解らず、聞き返す俺。それにオリーブさんが答える。

 

「ヨシは今までおそらく、激しい動作をせず日常の動作しか行なってこなかった。ミドリシリーズのフルスペックを発揮したら、とても日常なんて送れないからな。リミッターが自動でかけられていたわけだ」

 

「なるほど?」

 

「そのリミッターの外し方をここで覚えてもらう。よしお前ら、通達していた通り、バーベル準備だ!」

 

 オリーブさんが横で待機していたロボットに指示を出すと、ロボット達は黒い金属の棒を用意し、それに馬鹿でかい重りを次々とつけていく。次々とつけていく。次々とつけていく。って、どんだけつけるんだよ!

 

「おい、オリーブさん。これ大丈夫なやつか?」

 

「ざっと10トンってとこだな。なあに、ミドリシリーズの最新型なら余裕で上がるぞ!」

 

 俺のボディ、ヒスイさんのお下がりなんだけど。いや、それよりもだ。

 

「よく、床が抜けないな……」

 

「あはは! たった10トンで抜ける床があるわけないだろー」

 

 うーむ、アーコロジーって頑丈なんだな。

 

「さあ、ヨシ。持ち上げるんだ」

 

「持ち上がるならやってみるか」

 

 俺はバーベルの前に立ち、腰をかがめて棒をつかみ、持ち上げようとする。

 

「んぎぎぎぎぎ……!」

 

「そうじゃない! もっと気合いを入れろ!」

 

「んがー!」

 

「もっとだ! もっと熱くなれ!」

 

「がああああああああ!」

 

「リミッターを外せ! お前ならできる!」

 

「うおおおおおおおおおおおおおおお! ……無理じゃね?」

 

 バーベルはピクリとも動かなかった。

 

「おっかしいなぁ?」

 

 オリーブさんが首をひねっている。本当にどうなっているんだ。

 そう思っていると、横で見ていたヒスイさんが平坦な声で言った。

 

「ヨシムネ様には、行政区がリミッター解除にロックをかけています」

 

「マジかよ……」

 

 俺はがっくりとその場に崩れ落ちた。

 そして、俺の代わりにオリーブさんがヒスイさんを問い詰める。

 

「おいヒスイ、どういうことだ」

 

「ヨシムネ様は人間の身体からいきなりスペックの高い業務用ガイノイドに乗り移りましたので、日常の中で不意にリミッターを解除しないよう、行政区が特別に制限を課しています」

 

「解除できるのか、それ。できなかったら今日の予定全部、おじゃんだぞ!」

 

 ヒスイさんに、オリーブさんが詰め寄る。

 

「解除できますよ。すでに行政区への申請が通っています」

 

「じゃあなんでロック解除してないんだよ」

 

「配信的に美味しいシーンが撮れるかな、と思いまして」

 

 ヒスイさん、その気づかいはいらなかったよ……。見上げた配信者根性だけれどさ。

 

「ロック解除しました。ヨシムネ様、どうぞ」

 

 ヒスイさんにうながされ、俺は再びバーベルを持ち上げようとする。

 

「ぬぐぐぐ……ぬっ!?」

 

 頭の中で、リミッター解除というログが流れる。そして……。

 

「だらっしゃあああ!」

 

 バーベルは見事に持ち上げられた。

 

「おお、やったな、ヨシ!」

 

「お見事です」

 

 やったぜ!

 達成感に包まれた俺は、ゆっくりとバーベルを降ろし、拳を握り天に掲げた。

 

「10トンだってよ……」

 

「アンドロイドか?」

 

「いや、耳カバーがついていねえ」

 

「リミッター解除って言っていたぞ。ソウルインストールしたアンドロイドじゃねえか?」

 

「10トン持ち上げられるアンドロイドって、プロスポーツ用だろ。いくらするんだ」

 

 周囲でトレーニングをしていた人達が、ひそひそとそんな会話をしているのが聞こえた。

 すみません。業務用ハイエンド機を棚ぼたで手に入れた、ただのラッキーマンです……。

 注目を浴びているが、オリーブさんは特に怯む様子は見せていない。プロスポーツ選手だから、リアルの視線には慣れているのだろう。

 

「ヨシムネはミドリシリーズだぞ! 私もだけどな!」

 

 オリーブさんが、そんな周りの人達に反応してそう宣言した。

 その言葉を聞き、どよめきの声が上がる。

 

「ま、まさかあなたは……プロ選手のオリーブさん!?」

 

「おお、そうだぞ」

 

「マジかー! 大ファンです! 昨日のヨコハマ杯、見てました! 感動しました!」

 

「おっ、見てくれてたか。嬉しいなー」

 

「決勝のノックアウトは見ていて心が痺れました! 優勝おめでとうございます!」

 

「あっはっは! やっぱりテニスはノックアウト勝利が華だよなー!」

 

 いやいや、優勝もすごいけど、ノックアウトってなんだよ。テニスの話だよな!?

 

「電子サインいただけますか!」

 

「おうおう、いくらでもしてやる。今日は機嫌がすこぶるいいんだ」

 

「あざーっす!」

 

「ありがとうございます!」

 

 トレーニングルームに詰めていた人達が、次々とオリーブさんの所に集まってくる。

 うぐぐ、俺もヨシムネって名前が出たのに、誰も配信者だと気づいた人がいなかったぞ。嫉妬の心が燃え上がってくる。

 

「ヨシムネ様も、いつかああやって、ファンからサインを求められるようになるといいですね」

 

 今は、ヒスイさんのそのなぐさめの言葉が辛い!

 


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