21世紀TS少女による未来世紀VRゲーム実況配信!   作:Leni

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6.ニホンタナカインダストリ

 実のところ、この未来の世界に来てからというもの、ヒスイさん以外の人と会うのは今回が初めてである。

 タイムスリップに関係した事情は、すべてヒスイさんが教えてくれた。身の回りの世話は全てヒスイさんがしてくれて、俺はゲームに専念していたので、割り当てられた住居から出てすらいない。

 なので、このヨコハマに住む住人に、遠目ですらお目にかかったことはない。

 

 思えば、農家をやっていた頃も業者との接触は親父に全て任せ、自宅と畑を行き来する生活であった。

 別に引きこもりでもなんでもないのに、家族以外とほとんど顔を合わせていなかった。

 

 だから、私室を出るときから、俺は少し緊張していた。

 ヨコハマ・アーコロジー。この時代の人類はひたすら趣味に生きるというが、意外と人通りはあった。

 見るからにサイボーグボディの人とかもいて、ちょっと心が躍ったりもした。アンドロイドが人と遜色ない外見にできるんだから、あのメカメカしい外見はきっとファッションだな。

 

 そうして俺は、会社のロビーのような施設へと足を踏み入れ、ヒスイさんと一緒に個室へと通された。

 

「ヒスイさん、ロビーがなんだか会社っぽい雰囲気があったけど、ここはミドリシリーズってやつの開発室ってところか?」

 

「はい。ミドリシリーズを製造・開発しているニホンタナカインダストリのヨコハマ・アーコロジー支社、その開発区画ですね」

 

「ニホンタナカインダストリ……」

 

 タナカか。創業者の苗字をそのまま使った社名だろうか。

 

「宇宙暦が始まる以前からあった、日本田中工業という機械部品を作っていた町工場が前身だそうです」

 

「ニホンタナカインダストリの企業規模は知らんが、長寿企業なんだなぁ」

 

「アンドロイドの製造分野では太陽系屈指の企業ですよ」

 

 宇宙一と言わないあたり、業界トップではないのだろうな。人類は太陽系の外にも飛び出しているらしいし。

 まあそれでも、太陽系屈指の企業なら、今の俺のボディは優秀だと思ってもよさそうだ。引きこもり生活していたから、ボディの性能を気にすることなんてなかったけど。

 

 と、そんな雑談を交わしていたら、部屋が三度ノックされる。

 そして、部屋に白衣を着た男が入室してきた。

 

 その男は、こちらを見てにこりと笑うと、座っている俺達の下へとゆっくりと歩いてきた。

 

「どうも初めまして。こういうものです」

 

 と、男がそう言うと、こちらの内蔵端末にメッセージが送信されてきた。

 確認してみると、名刺代わりの文字情報のようだ。

 

 ニホンタナカインダストリ シブヤ・アーコロジー本社

 第一事業部 第一アンドロイド開発室室長

 タナカ・ゲンゴロウ

 

 社名と同じタナカの苗字だ。

 

「どうも、瓜畑吉宗です」

 

 こちらは特に肩書きのようなものもないので、口頭で名前を言う。

 軽くお辞儀をして、改めて相手を観察する。

 

 若い男だ。

 だが、この時代、見た目と年齢は一致しないことが往々あるはずだ。

 アンチエイジング手術をしていたり、サイボーグ化していたり、俺みたいに肉体から魂を取り出して、身体をアンドロイドに入れ替えていたり。

 魂のインストールされていない純正のアンドロイドであることを示す、アンテナ状のアクセサリが耳にくっついていないから、彼がAI搭載のアンドロイドということだけはないだろう。

 

「それじゃちょっと失礼して」

 

 そう言いながらタナカさんは俺の正面に座り、席を挟むようにして置かれているテーブルの端末に触れる。

 

「飲み物はなにかいる? 僕はエナジードリンクにするけど」

 

 すると、目の前に飲み物メニューの画面が空間投影して表示される。

 

「あ、ああ、コーヒーでお願いします」

 

「私はミネラルウォーターを」

 

「ん、OK」

 

 タナカさんが操作を終えると、部屋の隅に鎮座していた円筒形のオブジェが動き出し、こちらのテーブルに近づいてくる。

 そして、テーブルの横で止まると、ボディの中からコップが出てきて、それを細長いアームでテーブルの上に配膳した。これは人型じゃないロボットか。初めて見たな……。

 

「それで、調子はどうかな? ミドリシリーズは民生品じゃないから、魂のインストールは君が初めてなんだ」

 

 タナカさんがそう俺に話しかけてくる。

 

「ええと、特に問題は発生してないですね」

 

「そうか。僕もまさかこのアーコロジーの研究者が、業務用ハイエンド機をこんな用途に使うとは思ってなかったよ。お金ってあるところにはあるもんだね」

 

 もしかして、俺のボディって思っていた以上に高性能機なのか。

 俺と同じ種類のボディであろうミドリシリーズのヒスイさんは、俺の家政婦なんていう思いっきり民生品っぽい仕事しているけれど。

 

「俺の今のボディって、ミドリシリーズっていうんですよね?」

 

「ああ、そうだよ。業務用の人気シリーズさ」

 

「ミドリシリーズって高級機なんですか? ヒスイさんとか、俺専属で家事とかしていますけれど」

 

「そうだね。ロボットスポーツとか、芸能活動とか、護衛だとか、まあそのへんの用途に使われているくらい、機体性能はすごく高いよ。民生用は、機能をグレードダウンしたワカバシリーズとモエギシリーズっていうのを売っているよ」

 

「へえ……」

 

「その子はここのアーコロジーの公的な機関である実験区に配属されていたんだけど、君に払い下げたみたいだね。実験区からは新規で二体、即納でと発注があったよ」

 

「私はヨシムネ様に売られてしまったのですね」

 

「俺、お金払ってないからな!?」

 

 ヒスイさんと実験区の人達、関係が上手くいっていなかったとかあるのかなぁ。聞くに聞けないが。

 でもヒスイさんの所属は、行政区のままって言っていたな。

 

「わざわざその子が選ばれたのは、貴重な時間移動者の保護をするためだね。AIの稼働時間がそれなりに長いから、経験豊富でどんな事態にも対応できると判断されたんだろう」

 

「よかった、研究者に疎まれていたガイノイドはいなかったんだ……」

 

「ヨシムネ様、あとで話し合いましょうね」

 

 最初に売られたとか言ったのヒスイさんですよね!?

 そんな話をしてから、ドリンクを口にして一息入れた俺達。そろそろ本題を聞くことにしよう。

 

「それで、俺とわざわざ面会したいというのは、どのようなご用件でしょうか」

 

「ああ、それね。うん、君、面白いことやっているよね。ゲーム動画配信。あれ、まだまだ人気は伸びるよ」

 

「ありがとうございます。ヒスイさんが編集を行なってくれるおかげですね」

 

「それで、見たところ、どうやらあのゲームが終わってからも、配信は続ける予定みたいだね」

 

「はい、あのゲームはあくまで本格的に配信するための事前練習みたいなものです」

 

 まあ、その練習台をチョイスしたのもヒスイさんだけどな。

 

「君が今後も配信を続けるというなら……僕達ニホンタナカインダストリは、君のスポンサーになる用意ができている」

 

「スポンサー、ですか……?」

 

「君は一級市民で、クレジットは豊富に配布されているかもしれない。でも、突然この時代に湧いて出た人間だ。社会的な信用はゼロに等しい。ゲーム以外も配信したいとなったときに、配信に必要な物品を揃えられないかもしれない。そういうときに、僕達が必要なものを用意できる」

 

「なるほど……?」

 

「ミドリシリーズは宇宙一の性能を持つガイノイドだという自負が、僕達にはある。でも、宇宙一の知名度ではない。そこで、宣伝のために君の動画を使いたいんだ」

 

「うーん……宣伝用のスポンサーですか……。あまり動画の方向性を縛られるのはちょっと」

 

「僕達は公序良俗に反しない限り、普段の動画の内容を指示することはないつもりだ。方向性も自由だ。こういう動画を作ってほしい、とは言うけれど、こういう動画を作っては駄目だ、とは言わない」

 

「それなら、ありですかね……?」

 

 スポンサーについてもらってゲーム動画を配信する。言ってしまえばプロだ。それって、俺が望んでいた〝働く〟ってことではないだろうか。

 だとしたら、ありだな。ただ遊ぶのではなく、何かしらの義務感がほしかったのだ。

 

「あ、方向性について、一点だけ。動画の第一段目でヒスイくんも言っていたけど、できるだけミドリシリーズの外見で動画を作り続けてほしい。宣伝効果を期待したいのでね」

 

「問題ありません。この外見は視聴者の人気がすごく高いので、ゲームのアバターもこのままでいくつもりです」

 

「よかったよ。今後ともよろしくね。視聴者参加型のライブ配信とかも、今から楽しみだよ」

 

「いえ、話を受けるかは、契約書の内容次第ですけれど……」

 

「契約書の精査は私にお任せください」

 

 ずっと黙っていたヒスイさんが、そう胸を張って言ってくれる。

 農家時代も契約関連は親父に任せていたから、助かるよ。まあ、ヒスイさんは、その契約をする相手である、ニホンタナカインダストリ製のガイノイドなのだが……。

 

「ミドリシリーズにソウルインストールした君が活躍すれば、肉体の寿命を迎えた後、ワカバシリーズを使って現世で生き続けたいと思う顧客も増えるかもしれない」

 

 この27世紀の未来では、肉体の死は個人の死とはイコールではない。

 ヒスイさんから以前聞いたのだが、寿命を迎えた人は、ソウルサーバというものに魂を移し、電脳生命体として第二の人生を生きるらしいのだ。そして、高級品であるアンドロイドを購入できる資金のある人は、ソウルサーバではなくアンドロイドに魂をインストールし、俺のようにリアルの世界で生き続けるらしかった。

 魂が現世から消滅した後の死後の世界については、この時代の科学であっても存在を証明できていない。そのため、人は皆、寿命を迎えた後もなんらかの方法で生き続けるのだ。

 

「あの、それなんですが、一つ質問したいことが……」

 

「ん、なんだい?」

 

 俺は、この会話の中でふと生まれた、今更ながらの質問を彼にぶつけてみることにした。

 

「俺、男なのに、なんで女のボディにインストールされたんですか?」

 

 その質問をしたとたん、タナカさんはきょとんとした表情を顔に浮かべた。

 

 そう、俺は今更だが、なんで女になってしまったかを聞きたかったのだ。

 俺はこの時代に来てからの約四ヶ月間、自分が女だということを意識してこなかった。

 

 生身の人間じゃないから食事をすれどもトイレにも行かないし、服を着たまま身体を洗浄できる機器があるからお風呂にも入っていない。だから、自分が女性型のアンドロイドになっているということを今日まであまり意識してこなかった。

 人間みたいに食事はしているから、エネルギーにしきれない老廃物が身体の中に少しずつ溜まっていってしまうが、これは俺が眠っている間にヒスイさんが取り出してくれる予定だ。

 だから、俺は今まで自分が女だという自覚がなかった。

 動画のコメントで視聴者から可愛いと言われているのも、どこか遠いところの出来事のように思えていたのだ。

 

 しかし、こうしてヒスイさん以外の人間と対面して、その視線にさらされてみると、どこか自分に「恥ずかしい」という感情が芽生えてしまったのだ。そこを自覚してしまうと、なんで自分は女になっているんだろうという思いが、ふつふつと湧きあがってきて止まらない。

 

「君を次元の狭間からサルベージした研究機関はニホンタナカインダストリではないから、伝聞で構わないかな?」

 

 表情を戻したタナカさんが、そう言ってくる。

 

「はい」

 

「なんでも、次元の狭間から死体回収した後に魂の処遇に困って、ソウルインストールできそうな機体が、近くにいたミドリシリーズのガイノイドだけしかなかったかららしいよ。つまり、たまたまだね」

 

「たまたま、ですか」

 

「そのガイノイドが当時のヒスイくんだね。つまり、今のヒスイくんのボディは、四ヶ月前に納品したばかりの新品だよ」

 

「えっ、そうだったんですか!?」

 

 このボディ、中古品だったのか……。

 ヒスイさんが使っていたものと聞くと、ちょっとドキドキする。なんだろうこの背徳感。

 

「君は、男の身体に戻りたいと思うかな?」

 

「えっと、はい。そりゃあ、男ですから……」

 

「ふむ。ちなみに弊社で扱っている、ソウルインストール用の男アンドロイドの値段はこんなものだ。AIを抜いた値段だよ」

 

 と、俺の目の前に画面が展開する。

 ニホンタナカインダストリ民生用アンドロイド、ツユクサシリーズ。お値段は……。

 

「うっ、こんなに……」

 

「一級市民の支給クレジットでも、貯蓄に努めて四年はかかりますね」

 

 横から画面を眺めながら、ヒスイさんがそうコメントをする。高いなぁ。こりゃ確かに、二級市民がみんな肉体の死後、アンドロイドで現世を生きるのではなく、ソウルサーバ入りを選択するというのも解るよ。

 

「ソウルインストール用のものは、人間ができる行為を全て可能にするためのハイエンド品だからね。そりゃあ高くなるさ」

 

 ドリンクを飲みながら、笑顔でタナカさんがそう言う。

 そして、彼はさらに言葉を続けた。

 

「ちなみに、スポンサーの話を受けてくれるなら、これを一体、君のために贈呈してもいいよ」

 

「契約します!」

 

「ヨシムネ様、そんなまだ、契約書も受け取っていないのに……」

 

 そうは言っても、男に戻れるんだぞ、こんちくしょうが。

 

「ははは。でも、さっきも言ったとおり、動画に映るときはミドリシリーズのボディでお願いするよ。短期間でのボディの行き来は、魂がすり減るから、気を付けるんだよ」

 

 あさおん(朝起きたら女になっていた)だと思ったら、可逆TSとかたまげたなぁ。この場合可逆って言っていいのか? でも、魂がすり減るとか、何それ怖い。

 

「さて、話がまとまったところで営業の時間だ。君の今のボディはヒスイくんが自分の見た目に無頓着だったからほぼカスタマイズされていないけれど、胸の大きさとか、顔の構造とか、髪色とか、髪の長さとかが変えられるよ。民生用と違って、顔は少数パターンからの選択だけどね。ある程度同じ顔じゃないと宣伝効果がないからさ」

 

 そういえば、今の俺の姿って、ヒスイさんと瓜二つなんだよな。動画で同一人物が映っていると視聴者が混乱するだろうと、髪型は変えているが。

 

「ええと、顔は変えるつもりはないですね。視聴者の人がこれに慣れたと思うので。でも、髪色はヒスイさんと被って見分けがつきにくいと思うので、変更お願いします」

 

 今の俺とヒスイさんは、黒髪だ。日本製ということで、黒髪にしているのだろうか。

 

「色の希望は?」

 

「うーん……」

 

 やるのは主にVRゲームの配信なので、動画の俺はバーチャルな存在だよな。つまりバーチャルユーチューバーの未来版。そしてバーチャルユーチューバーが人気だったとある国における、人気配信者の特徴と言えば……。

 

「銀髪でお願いします」

 

「了解。胸の大きさとか変えてみるかい? 大きければ、視聴者受けがいいんじゃないか」

 

「……今更途中で変えたら、絶対に視聴者に胸ネタでいじられるので、変更なしで」

 

 胸ネタは一度定着すると、本当にしつこいくらい後を引くからな。危険だ。

 

「そうかい。それは残念」

 

 巨乳がいいというのは、あんたの趣味じゃないか……? まあ口には出さないけど。

 

「それじゃ、贈呈する男性型アンドロイドの外見仕様を詰めていこうか」

 

 そうして、俺は一時間ほどタナカさんと一緒にアンドロイドの仕様を考え、ニホンタナカインダストリを後にした。髪色変更は今のゲームが終わってからにしてもらうことになった。

 ちなみに時間に余裕があったので、その後しっかりゲーム撮影を行なった。

 ゲームもいよいよ終盤だ。最後まで気を抜かずに、人気の動画を目指して頑張ろう。

 


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