21世紀TS少女による未来世紀VRゲーム実況配信! 作:Leni
信仰ポイントを溜め人々を解放し、畑を広げさらに信仰ポイントを稼ぐ。
そんなことの繰り返しで、今や村の人口は500人を超えていた。
順調に信仰ポイントは集まり、そして、とうとう女王リドラの解放の時が来た。
箱舟が光り輝き、女王が大地に降臨する。
「よくぞここまで奇跡の力をたくわえましたね。感謝の言葉しかありません」
そう礼を述べてくる女王に向けて、俺は言った。
「よーし、じゃあ明日からの神聖魔法の担当区画を決めようか」
「感動も何もないですね!?」
「いやあ、神聖魔法のスキル上げが、畑の拡張に追いつかなくてな……」
神聖魔法のスキルレベルが上がると一度の発動でカバーできる面積が広がるのだが、今は箱舟周辺の草原を埋め尽くす勢いで畑を広げているのだ。
そんな事情があるのに女王は俺の言葉が気にくわないのか、ぷりぷりと怒りながら言う。
「まったく、民をまとめて祭りを取り仕切る仕事も、私にはあるのですよ」
「まあ今は、信仰ポイントを溜めることに専念しようや」
天のゆりかごで眠る神様を起こすのには、より多くの人々の祈りが必要だ。
人を増やすには、信仰ポイントを使って箱舟から解放してやる必要がある。だが、女王の再生でだいぶ信仰ポイントを消費してしまったので、ポイントはまた溜めなおしである。
信仰ポイントを効率よく溜めるには、神に捧げる農作物の収穫が必要だ。
このゲームは農業シミュレーションだというのに、今はほとんど作物に神聖魔法を使う作業に追われている。なので、あんまり農業をやっている感覚がない。まあ、ぐんぐん育つ作物を見ていると気持ちがいいのだが。
しかし、人の祈りで神の力が増すというのは俺の元いた時代のゲームなどでもたまに見た設定だが、ずいぶんと人に都合のいい仕組みだ。なんというか、神よりも人が優位に立っているというか……。まあ、いいか。
「じゃあ、神聖魔法の担当は俺が普通の農作物をやるから、女王はキメラ作物をやってくれ」
そう俺が言うと、女王は首をかしげた。
「キメラ作物ですか?」
「複数の食材が混ざったような奇妙な作物のことだよ。ブドウイチゴとか、肉の木とか、もち芋とか」
『確かにキメラだわ』『ブドウイチゴとか味が想像できないのに、実際味わってみるとその通りの味なんだよな』『中に麺が詰まっているスイカはびびった』『開発はなんだってこんな奇妙な作物を……』『ゲームの売りになると思ったんだろうか』
味覚共有機能で、キメラ作物は視聴者達も味わっている。まあ、幸い外れ作物にはあたったことがないのだが……。
俺の説明に、女王は「ああ」とうなずいて答えた。
「あれらの植物は、神がアイテムクラフトで作りだした品種ですね。神は新しい種を作り出すのを趣味にしていらっしゃいますので」
『犯人、神かよ!』『神がやったんじゃ、生命への冒涜とかも言えねえ……』『血がコーラの肉食獣とか、なんで作ろうと思ったんですかねぇ』『なぜコーラの実を毒物にした! 言え!』
意外と面白い人なのかもな、神様。でも、コーラの実を即死毒にしたのは今でも許していません。
「それらの作物を祭りで捧げると、神はきっと喜んでくれることでしょう」
「あー、祭りなぁ。どんな祭りにするんだ? 住民が一人ずつ食べ物を持ち寄って、巨大な鍋で煮てそれをみんなで食べるとか?」
「なんですかその奇祭は……音楽をかなで、皆で踊り、作物を神に捧げる常識的な収穫祭ですよ」
伝統的な農業シミュレーションゲームの祭りが、奇祭扱いされた!
「ですので、我が子ヨシムネよ。楽器職人と楽士を解放するのです」
「あー、そういう趣味系の人材は解放していなかったな……木工職人ならいるんだが」
「神に捧げる音楽をかなでるのですから、一流の楽器職人と楽士が必要です」
「また信仰ポイントをがっつり使いそうな人材だな……」
そういうわけで、女王と畑の担当区画をきっちり分けると、また農作物を作り信仰ポイントを溜める時間が始まった。
とにかく神聖魔法を使って使いまくる。
『魔法使うヨシちゃん可愛いよね……』『女王と並んで神聖魔法使ってほしい』『鍬で耕している姿は微妙だったけどな』『肉体労働は農奴に任せて、もっと光振りまいて』
おう、農夫NPCのみなさんを農奴扱いするなや。カブ奴隷ではあるけれど。
ちなみにカブは今、全七色あるカラフルな品種を育てている。七色全て揃えて神に捧げると、コンボ扱いになって信仰ポイントがより多く貰えるのだ。
コンボってなんだよ神様……。
そんなことを思いつつ農作業にはげんでいたあるとき、大工のアーキナーが俺を訪ねてきた。
彼女は、今や大工達をまとめる棟梁的立場になっている。最初に解放して散々働かせてきたから、魔法の腕がぐんぐん伸びているのだ。
「神様の御殿が必要なのですが……神様が住むのにふさわしい木材がありません。神樹を育ててくださいませんか?」
そうアーキナーが言う。
ふむ、木材か。今まで木材はコーラライガーの住む森から調達してきたから、わざわざ木材用の木を育てるということはしてこなかった。
神様の住む場所には相応の材料が必要ってことか。農耕神である半神の俺の家にはわざわざそんな材料を使わなかったあたり、神にも格というものがあるのだな。
「で、神樹」
「はい。千年神樹と呼ばれる木の苗が、箱舟に保存されているはずです。それを育てれば……」
ご神木を切り倒せとかじゃなくて、千年神樹という品種の木が存在するのか。
「千年とか名前ついているが、育つのに千年かかるとかじゃないよな」
「かかります。千年分育って、初めて神の住まう場所に相応しい木材となります」
「神聖魔法駆使しても、育つまでにいったいどれだけかかるんだ……」
「うっ、で、でも、神様はその木を一晩で育てたと神話にはあります。ですので、農耕神様ならできるはず……」
できるはず、とか言われてもなぁ。困る。
困ったときは? そう、ヒスイさんである。
「ヒスイさーん。どうやって育てるの?」
俺がそう呼びかけると、姿を消していたヒスイさんが、妖精の姿で目の前に現れる。
「長老に尋ねてみましょう。新しい神聖魔法が習得できます」
「サンキュー、ヒスイさん」
『さすヒス』『有能』『一家に一台』『妖精かわかわ』『不動のヒロイン』『は? ヒロインはアーキナーちゃんだが?』『女王だろ!』『はー、何を言っているのか。ヨシちゃん自身がヒロインだよ』
また視聴者が抽出コメントで会話している……。総意的なコメントを抽出する機能のはずなんだがなぁ。
ともあれ、俺はアーキナーと別れ、長老のもとへと向かった。年若い少年の姿をした長老が、麦藁を編んで帽子を作っている。
「長老ー。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「おう、農耕神か。儂も知らんことはあるぞ」
「千年神樹を育てる必要ができたんだが、千年も育つのに必要な植物をどうやって神聖魔法で育てればいいんだ?」
「なんじゃ、そんなことか。おぬし、魔法を使いこなしておらんな」
ふむ、魔法のスキルレベルは一通り上げてあるのだが。
「魔法は、GPを多く注ぎ込むことでその威力を上げることができるのじゃ」
「マジか」
「おぬしの持つGPを全て一回の神聖魔法に注ぎ、さらに魔法の範囲を狭めて千年神樹だけに魔法をかけるのじゃ」
「GP操作なんてできたんだ」
「相応のスキルレベルは必要となるが、今のおぬしなら大丈夫じゃろう」
「おっけ。サンキュー、長老」
そうして俺は、神樹の苗を箱舟から取り出した。
さて、どこで育てるかだが……。
「箱舟周辺で育てたら、倒すとき危険だよなぁ」
俺がそう独り言をもらすと、ヒスイさんが出てきて言った。
「千年神樹は樹高がとてつもなく高くなりますので、この周辺で育てると、木のてっぺんが天のゆりかごにぶつかってしまいます」
「うわ、そんなに伸びるんだ。でも、ぶつかるってよく判ったね」
「私がプレイしたときの経験談です」
『ヒスイさんもそんな失敗するんだな』『ヒスイさん普通に失敗するよ』『『-TOUMA-』のラストアタックとかな』『もう忘れてやれよ……』
視聴者のみんな、あまりヒスイさんをいじめないであげて!
そして俺は適当な場所を見つくろい、千年神樹の苗を植えて水魔法で水を与えると、GPを全てつぎ込む意思を込めて神聖魔法を発動した。
手から赤い光が飛び出し、全て苗に注ぎ込まれた。すると次の瞬間、にょきにょきと木が伸び始める。
「あはは、なんだこれ面白い。しかし、こんだけ成長するのに水が不足したりしないのか?」
俺がそう言うと、ヒスイさんが出てきて説明してくれた。
「神聖魔法には水と土の力も含まれています。今までも、神聖魔法で作物を急成長させて、土地が枯れたことはなかったでしょう?」
「なるほどなー。都合のいいシステムになっているわけだ」
成長し続ける木を眺めることしばらく。やがて、立派な巨木となった。
「今回の成長は350年分といったところでしょうか」
そうヒスイさんが説明してくれたので、空のGPを回復させるためにその日は就寝。
ゲーム内で次の日、そして次の日と神聖魔法を使うと、千年神樹は天を突くような大樹へと成長した。
「これ、そのまま切り倒したら、倒れた衝撃で木に傷がつきそうだな」
「神樹なので大丈夫ですよ」
俺の感想に、ヒスイさんがそう簡素な説明を入れる。
俺はとりあえず村の木こり衆に相談しに行くと、あれよあれよの間に木の周辺に村人達全員が集まって、切り倒す作業を見学することになった。
この時点ですでにお祭り騒ぎだ。木こり衆の手によって木は倒され、アーキナーの指示で木材へと加工されていく。
魔法があれば木材の乾燥作業も一瞬で済ませられるので、すぐさま神様の御殿作りは始まった。
そして、祭りの開催が間近となる。俺は覚えたばかりのGP操作で農作物を成長促進させ、大量の信仰ポイントを稼いでいく。
女王は精力的に働き、皆をまとめ祭りの準備に忙しそうにしていた。俺は準備にはノータッチである。知らない収穫祭の手伝いとか無理だしな。
やがて、ゲーム内の日々は過ぎ、祭り開催当日となった。
「こうして無事に収穫祭が行なえること、嬉しく思います。かつてのアトランティスの威容にはまだまだ追いつきませんが、神の蘇る今日この日を出発点として、新たな栄光の日々を歩み始めることといたしましょう」
そんな女王の挨拶で、祭りは始まる。
俺も祭りの専用衣装で村人の前に立った。
女王のように演説をする……わけではない。どういうわけか、俺は歌を歌うことになっていた。
農作物を神様に奉納する際に、神に捧げる歌を歌うというのだ。
「危なかった……『アイドルスター伝説』をプレイしていなかったら、音痴な歌を晒すところだった」
『俺達にはすでに晒しているけどな!』『前のヨシちゃんひどかったねえ』『それがああまで成長するんだからすごい』『音痴は直るんやなって』『お歌配信も定番になってきたね』
うむ。今では自信を持って歌をみんなに聴かせられるぞ。みんなもやろう、『アイドルスター伝説』!
「では、奉納の儀を始めます」
おっと、女王の開始の合図だ。集中しないと。
新品の楽器が演奏され、踊り子達が積まれた農作物の周りで踊り始める。伴奏が進み、そして俺は高らかに歌い始めた。
すると、農作物が少しずつ光の粒子に変わっていき、空の上に浮かぶ天のゆりかごに光が吸い込まれていく。
『はわー』『神秘的だな』『感動のエンディングだな』『どんでん返しでさらなる敵が出現とかないよね?』
今更どんでん返しはやめて! もう大団円の気分なんだよ。
やがて、農作物は全て天のゆりかごに吸い込まれていった。さらに、周囲の人々の身体から天のゆりかごに向けて光の粒が大量に飛び出していく。
光が収まると、今度は天のゆりかごがゆっくりと変形、展開していき、空の上から地上までつながる半透明の柱が作られた。
よく見てみると、その柱の中を神様が下降しているようだ。
神様が地上に降り立つ。すると、柱が上の方から折りたたまれていき、変形を繰り返して、最終的に神様の背中に生える機械的な翼へと変わった。なにそれ格好いい。
地上に降りた神様は、その場で音楽に耳を傾けるようにたたずむ。
歌はしばらく続き、やがて演奏が終わる。
踊りも止まり、場が静まりかえったところで神様が口を開く。
「やあ、ただいま。みんな楽しそうなことをしているね。私も混ぜてもらっていいかな?」
その言葉が終わると共に、「わあっ!」と村人達が歓声を上げた。
そこで、また別の音楽が鳴り始め、視界の中にスタッフロールが流れ始める。
「よし、ゲームクリアだ。視聴者のみんな、12日間に及ぶ配信に付き合ってくれてありがとう」
俺はスタッフロールを背景に、視聴者に向けてそんな挨拶をした。
「ゲームはまだまだ続けられますが、メインストーリーはこれで終了です。おつかれさまでした」
ヒスイさんが妖精姿で現れて、そんなことを言った。
『おつかれー』『まあまあ楽しかったよ』『農業ゲーというか神聖魔法ゲーだったな』『素手のヨシちゃんは弱いということが露見した放送だった』『結局、ラ・ムーの暴走の謎は?』
ラ・ムーか。あれは謎が明かされるのだろうか。
「ラ・ムーの暴走に関しては、レムリアと敵対していた文明であるヴァルーシアの破壊工作による物だと、神から聞くことができます」
そうヒスイさんが説明を入れてくれた。ほうほう、そういう事情があったのか。
俺は、ヒスイさんに向けてふとした疑問を投げかけた。
「もしかして隠しボスでヴァルーシア勢と戦ったりする?」
「いえ、ヴァルーシアは暴走したラ・ムーによって、レムリアともども海の底に沈められました」
「馬鹿じゃん! でも、隠しボスいないっぽいのか。せっかくラ・ムーの残骸で新しい武器作ったのになぁ」
『神に挑むとかは?』『できんの?』『アトランティス側のNPCには攻撃できないようになっているよ』『残念だ』『悪人プレイは不可能かー』
となると、このゲームに残った要素は、箱舟に保存された人の全解放くらいだな。
さすがにそれはどれだけ時間がかかるか判らないし、ライブ配信するのは止めておこう。
「それじゃあ、祭りを最後まで楽しんだら、このゲームの配信は終了とするぞ。料理がいっぱい用意されているみたいだから、キメラ作物の料理を味わっていこう!」
『チャレンジャーな』『味覚共有機能はオンでよろしく!』『もち麦っていうの気になっていたんだよな』『もち麦はキメラ作物じゃないですよ!』『オレンジトマトもう一回味わいたい』『プリンウニよろしく!』
そうして『リドラの箱船』のライブ配信は、この日を最後に終わることになった。
ゲーム中に仲よくなったNPCと別れるのは少し寂しいが、彼らに会いたくなったときには、またこのゲームの続きを楽しむことにしようか。
キメラ作物を味わうために、ちょっとだけプレイすることの方が多くなりそうだけどな!