21世紀TS少女による未来世紀VRゲーム実況配信!   作:Leni

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63.超電脳空手

『リドラの箱舟』の配信を終えた次の日。俺とヒスイさんは、とあるVR空間に訪れていた。

 それは、来馬流超電脳空手のサイバー道場。チャンプの家が開いている、VR上の空手道場だ。今回は、体験入門をしにここに来ている。

 

 俺は事前に購入していたアバター用の空手着を着込み、畳敷きの道場に素足で立つ。形から入り過ぎだが、配信者なのだしこれくらい極端でも構わないだろう。

 道場はとても広く、各所で門下生達が稽古にはげんでいる。

 指導側に回っているのは人間のアバターだけでなく、耳にアンテナをつけたAIもいるようだった。

 

 想像していたよりも、本格的な人気道場なのかもしれない。

 

「それでは、本日の指導を開始します。よろしくお願いします」

 

 空手着を着込んだ体格のいい青年、チャンプがそう挨拶をした。

 

押忍(おす)! よろしくお願いします!」

 

「よろしくお願いします」

 

「よろしくお願いします」

 

 上から、俺、ヒスイさん、そしてミズキさんの返事だ。

 本日の体験入門だが、事前にチャンプに連絡を取って予約を取ったら、ぜひお友達もお誘いの上お越しくださいとのメッセージがあった。すると、ヒスイさんがなぜかミズキさんを誘ったのだ。SNSでのフレンドらしい。

 ミズキさんと一緒に道場にやってきたときのチャンプの驚愕の表情といったら、これがまたすごかった。

 

 今回はチャンプに許可を取って俺達の体験入門の様子を撮影をしているから、配信としての〝おいしさ〟をヒスイさんは求めたんだろうな。

 あわよくば、アバターの身体性能に差が存在しない状態での、チャンプ対ミズキさんの絵が撮れるかもしれないという狙いもあるだろうか。

 

「体験コースは体験者のゲーム熟練度でコースを分けていますが、上級者コースでよろしいですね?」

 

 今は動揺も収まり温和な表情を浮かべているチャンプが、そう聞いてくる。

 それに対し、俺は腹に力を入れて答えた。

 

「押忍! 虎に素手で勝てるようにしてください!」

 

「リアルの虎ですか? 業務用ガイノイドなら腕力だけで勝てるでしょう」

 

「いえ、ゲームの虎で……」

 

「ははっ、冗談です。解ってますよ。コーラライガーにレベル1で勝てるようにですね」

 

 チャンプ、『リドラの箱舟』配信見てたのか……。見たのはライブ配信の方ではなく15分のまとめ動画版の方かもしれないが、すっかりお馴染みの視聴者になったなぁ。ありがたいことだ。

 

「さて、では駆け足で基本のアシスト動作をやっていきましょう。まずは拳の握り方。俺の手をよーく見てくださいね」

 

 チャンプが、ゆっくりとその場で拳を握ってみせた。

 すると、視界に拳の様子がアップで表示された。おお、VRならではの演出だな。

 

「これと同じ握り方になるのをイメージして、アシスト動作を発動してください」

 

 VR上での超人的なアクションを可能とするシステムアシストには、アシスト動作という身体をオートで動かしてくれる機能がある。

 それは動きだけでなく構えや歩行などもカバーしていて、剣の握り方などにもアシスト動作が存在する。

 空手の拳の握りもカバーしているのだろう。俺は視界にアップになっているチャンプの拳を見ながら、システムアシストに身を任せ拳を握った。

 

「よろしい。次に構えです。いくつか空手の構えをお教えしますので、自分に合った物を探ってください」

 

 チャンプにならって、構えを取っていく。攻撃的な物、防御的な物といろいろあるのだな。

 

「よし、いいでしょう。では、次はいよいよ攻撃です。どのアクションゲームにも採用されている、正拳突きからやっていきましょう。こうです」

 

 チャンプはそう言葉を続けると、その場で腰を落としてするどい突きを放った。

 ううむ、すごい迫力だ。

 

「アシスト動作を発動させるには、正確な動きをイメージすることが大事なので、何度も繰り返して頭に動きを叩き込みます。とはいっても上級者コース。キリキリ行きますよ。さあ、正拳突きをやってみてください」

 

「押忍!」

 

「了解しました」

 

「解りました」

 

 そして俺は、アシスト動作が発動するのを意識して、チャンプの見よう見まねで正拳突きをした。

 うむ、さすがシステムアシスト。初めてなのにいい突きが出たぞ。

 

「さあ、繰り返して!」

 

「押忍!」

 

 せい! せい! せい! せい!

 

「いいですね。殴る対象を出しますので、アシスト動作で踏み込んで正拳突きを当ててください」

 

 チャンプがそう言うと、目の前に等身大の藁人形が出現する。

 手本として、チャンプが踏み込みからの正拳突きを見せてくれた。

 

 俺はチャンプの指示通り一連の動作をイメージして、正拳突きを放った。

 

「よし、そこまで。正拳突きは覚えましたね? これはどんなときでもとっさに出せるようしっかり身につけましょう。次は、前蹴りです」

 

 そうして俺達は、前蹴り、連突き、諸手突き、手刀打ち、足刀蹴り等、空手の動作を教え込まれていった。

 次に、アシスト動作独自の超人的な動きも学んでいく。

 

「10メートル先の獲物に飛び込んで、勢いのまま貫手です。大丈夫、ソウルコネクト内なので指は折れません」

 

 まさに超電脳空手って感じだ。

 踏み込みの類は『St-Knight』で散々反復練習したので、あとはそれを素手での基本動作と合わせるだけだ。なので、習得は難なくできた。

 ヒスイさんはもちろん、現『St-Knight』年間王者のミズキさんも、失敗することなくこなしている。

 

「うん、やはり『St-Knight』ナイトメアクリアまで行っただけあって、覚えがいいですね、ヨシムネさん」

 

「押忍!」

 

 チャンプは褒めて伸ばすタイプなのだろうか。素直に称賛を受け取っておくことにする。

 

「私はどうなのですか?」

 

 そうチャンプに聞くミズキさん。

 

「さすが俺の後に年間王者になっただけありますね。指摘する点は何もありません」

 

「ふふん、もしかするとクルマムにも勝てるかもしれませんね」

 

「ミズキさん」

 

 ミズキさんの言葉を受けて、チャンプは彼女の名を呼びながらじっとミズキさんの目を見た。

 

「な、なんですか。撤回はしませんよ」

 

「いえ、今の俺はクルマムではなく、超電脳空手の師範、クルマ・ムジンゾウです。間違えないように」

 

 なるほど、ゲームの中の名前で呼ぶなってことね。

 あ、そうだとしたら。

 

「チャンプって呼ぶのも駄目だったか」

 

 俺がそう呟くと、チャンプは「いいえ」と言って、言葉を続けた。

 

「門下生や他の師範にもチャンプって呼ばれていますので、それは構いませんよ」

 

「道場の他の人にもチャンプ扱いされているんだ……」

 

「『St-Knight』や『Stella』で超電脳空手を知って、入門してくる人も多いですからね」

 

 宣伝のためにゲームをやっている面もあるんだなぁ。

 クレジットは行政区から配給される物だから、門下生がいくら増えてもチャンプの手元に入る金額は変わらないだろう。でも、門下生が少なすぎてサイバー道場が潰れる事態は、回避することができる。

 

 今のご時世、わざわざこうやって働いているということはやりがいを求めてだろうし、門下生が多いという事実はやる気が出るだろうな。

 

「さて、ミズキさん。せっかくですから組み手をしてみますか?」

 

「!? はい、今度こそ勝ちますよ!」

 

 そうして行なわれたチャンプ対ミズキさんの組み手。その結果は……チャンプが圧倒して終わった。

 

「くっ、なぜですか……! こんなにも差が……!」

 

「ふー、いや、すごい物をお持ちだ……」

 

 ミズキさんの悔しがる言葉に、チャンプはそう額の汗をぬぐうようにして言った。

 VRなので汗はかかないが、チャンプ的には、ばるんばるん揺れるミズキさんの胸に視線を奪われて、冷や汗ものの攻防だったのだろう。

 

「さて、ヨシムネさん。なぜ俺が優位に立てたのか理解できていますか?」

 

 と、本調子に戻ったのか、チャンプがそんなことを聞いてきた。

 

「えっ!? いや……解らないです!」

 

「そうですか。ヒスイさんは?」

 

「間合いの取り方の差でしょうね。ミズキ様は、短槍の間合いのままで戦っていました」

 

「そうですね。正解です」

 

 なるほどなー。

 間合いは大事だよなー。『-TOUMA-』でいろんな種類の武器を経験したから解るわ。

 

「つまり、まだ素手での戦いに慣れていないということです。ですので、今日の残りの時間は、ひたすら戦ってもらいます」

 

 チャンプがそう言うと、俺達の周囲に半透明の壁が出現した。

 さらに、その壁で区切られた空間が三等分され、俺達はそれぞれのエリアに転送される。

 そして、チャンプが言葉を続ける。

 

「順番にエネミーを出していきますので、今まで覚えた超電脳空手で倒していってください」

 

 おお、実戦稽古! さすがVRだ。

 俺は、目の前に出現した人間サイズの人形と向かい合い、構えを取った。

 

「始め!」

 

 しゃーおら!

 俺は次々と出現する敵に、覚えたアシスト動作を駆使して立ち向かっていく。

 使うのは、今日覚えた動作のみだ。倒すことそのものよりも、反復練習することが大事だからな。

 

 敵は等身大の者だけでなく、4メートルはありそうな巨人や、人型ですらない大型犬なども出現した。この道場はアクションゲームを上手くなりたい人のための道場。戦うのは人間だけとは限らないってことだな。

 

 戦いの最中にも、チャンプはここが駄目だとか、ここはこうした方がいいといった指示を飛ばしてくれる。それを受けて、俺の動きは洗練されていった。

 

「次は、いよいよ虎ですよ。コーラライガーはいませんが、人食い虎です」

 

 よっしゃ!

 俺は防御の構えを取り、虎を迎え撃った。真っ直ぐ飛び込んできたので横に回避し、ガラ空きの胴体に手刀打ち。

 厚い毛皮に守られ効果はいまひとつだが、地に落ちたところをひたすらに打ちすえた。

 極力前に立たないように立ち回り、確実に攻撃を加えていく。

 やがて……。

 

「勝ったどー!」

 

「おつかれさまでした。これで虎系のエネミーとの戦い方は理解できたでしょう」

 

「押忍! ありがとうございます、チャンプ!」

 

 俺は拳を握り腹の斜め前で構え、そのポーズのまま頭を下げた。

 

「はい。では、次はコーラライガーが群れで現れた時を想定して、人食い虎四匹同時に行ってみましょう」

 

「……マジでー」

 

 そうして、体験入門の時間いっぱいになるまで、俺の奮闘は続いたのだった。

 

「いかがでしたか、体験入門上級者コースは」

 

 へとへとになった俺と、余裕のあるヒスイさんとミズキさんを前に、チャンプがそんなことを聞いてきた。

 

「押忍! ためになりました!」

 

「それはよかった。ヒスイさんはいかがでしたか?」

 

 俺の言葉に満足そうにうなずいたチャンプは、今度はヒスイさんに尋ねた。

 

「はい、いい映像が撮れました。あとで完成した動画の確認をお願いします」

 

「ははは、配信のプロですね。確認しておきます。ミズキさんは?」

 

「体験入門だけでは(いただき)には遠いです。正式に入門しますので、私が駆け上がるその日まで首を洗って待っていなさい」

 

 おや、思わぬ方向に転がったな。

 

「入門ありがとうございます。次回からは、一般の門下生ということで。ヨシムネさん達はどうします?」

 

 ふーむ、入門かぁ。

 

「配信があるので毎回参加とはいかないから、来られそうな時だけたまに来るってあり?」

 

「ええ、ありですよ。人それぞれゲームの予定というものがありますからね。ただし、うちの道場は三日に一回しかやっていないので、その点だけは注意してください」

 

 俺の都合のいい問いに、チャンプはそう答えてくれた。

 やったぜ。俺のアクションゲームでのメイン武器は打刀だが、これで武器なしの状況でも生き残れる可能性が上がるぞ。

 

「では、最後に、鍛錬に役立つゲーム一覧表をプレゼントしますので、ゲーム生活に活用してください」

 

 チャンプがそう言うと、こちらにメッセージが届いた。ゲームカタログが添付されている。

 ふーむ、どれどれ。

 

「おっ、『-TOUMA-』がある。システムアシストに頼らない身体の動かし方を学べるゲームかぁ……」

 

「ええ、本当にいいゲームを発掘してくれましたね」

 

 チャンプがにっこりと笑ってそんなことを言った。この人、『-TOUMA-』の最高難易度素手縛りプレイ動画とかも上げているらしいんだよな……。

 

「見つけてきたのはヒスイさんなんだよなぁ……」

 

 俺がそう言ってヒスイさんに視線を向ける。すると、ヒスイさんは、すました顔で言った。

 

「ミドリシリーズは優秀ですから」

 

 はいはい、すごいすごい。

 

「では、以上で体験入門を終わります。おつかれさまでした」

 

 チャンプがそう締めの言葉を口にしたので、俺は気合いを入れて礼を言った。

 

「押忍! ありがとうございました!」

 

 そうして俺は、また一歩、熟練ゲーマーへの道を進んだのだった。

 年間王者とかになるのは無理だろうが、配信映えする動きは視聴者に見せられるようになっていくんじゃないかな?

 人気配信者目指して、精進あるのみだ。

 


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