21世紀TS少女による未来世紀VRゲーム実況配信! 作:Leni
「もうよいでしょうね」
朝食後の植物観賞の時間。ライトに照らされたプランターの前で、ヒスイさんがそんなことを言った。
プランターに生えているのは、ホヌンとペペリンド。未来の時代の新種野菜だ。
先月末に花が咲き、そして七月末日の今日、とうとう収穫の時を迎えた。瑞々しい実が、いくつも実っている。
ホヌンは、赤いナスのような野菜。ペペリンドは、小さなカボチャのような形をした青色の野菜だ。
二つ同時に収穫のタイミングとは、ヒスイさん何かやったのかね。まあ、それはどうでもいいか。
「収穫だ! キューブくんカモン!」
俺はキューブくんを呼び、撮影モードをオンにして早速、収穫を始めた。
「さて、収穫だけど、もいでいけばいいのか?」
「これをお使いください」
野菜を前に迷っていると、ヒスイさんが何かを差し出してきた。それは、おもちゃのような外観をしたハサミ。
「エナジーハサミです。人体には刃が通らないようになっている、安全な刃物です」
「ああ、ヒスイさんが持っているエナジーブレードのハサミ版ね。未来の人達、刃物を忌避しているから物を切りたいときどうするんだと思っていたけど、こういうのがあるんだ」
「人の肉と動物の肉の判別ができないので、料理用のエナジー包丁の類はありませんけれどね」
まあ、そんなものがあったら、以前料理したときにヒスイさんが用意しているよな。
俺はハサミを受け取り、実った野菜を一つ一つ切って収穫していく。
ヒスイさんがいつの間にかカゴを手に持っていたので、収穫した野菜はヒスイさんに渡していく。
「どんな味かな? 楽しみだなー」
「近年作られた品種ですから、味に期待が持てますね」
俺とヒスイさんは、そのように言葉を交わしながら収穫を進めた。
そうして、二つの小さな苗から始まったガーデニングは、見事にカゴ一杯の野菜という結果を残したのだった。
「結構な量になったな」
カゴの中の野菜を見ながら、俺はそう言った。
それに対し、ヒスイさんも口を開く。
「時間停止で保存して、少しずつ食べていきましょうか」
「そうしようか」
キッチンへ向かうヒスイさんについていって、ヒスイさんが保存庫に野菜をしまっていくのを眺める。
「とりあえず今日は味見でしょうか?」
そんなことを言うヒスイさんに、俺はこう答えた。
「久しぶりに料理配信しよう。収穫の次は手ずから料理して、実食だ!」
そうして、今回も突発料理配信を行なうことになった。
料理の内容は、美味しい食べ方として検索で出てきた……アヒージョだ!
◆◇◆◇◆
「どうもー、料理回はいつも唐突。21世紀おじさん少女だよー」
「今回は最初からサポートを務めます。助手のミドリシリーズ、ヒスイです」
その日の昼前、俺達は二人で並んでキッチンに立っていた。カメラ役は今回もキューブくんに任せている。
『わこつ』『わこーつ!』『またいきなり始めよってからに……』『やったー! 二人のエプロン姿だー!』『包丁使うってマジ?』
ライブ配信に早速、多くの視聴者達が接続してきている。「わこつ」という挨拶もすっかり定着したな。
「さて、実は今朝、とうとうガーデニングのホヌンとペペリンドを収穫したぞ。そこで、今回はそれを使った料理を作っていく!」
俺がそう宣言すると、視聴者達が反応する。
『ホヌンとペペリンドかぁ。食べ応えがあって美味いんだよな』『ホヌンは肉厚でジューシー』『料理は何かな? 何かな?』『エッコトチーノじゃね?』
「すまん、エッコトチーノって料理知らない」
「21世紀以降に生まれた料理ですね。今度、自動調理器で作りましょうか」
ヒスイさんがそう説明をしてくれる。ふむふむ、未来料理か。21世紀から600年も経っているんだから、そりゃあ新料理も山ほど生まれているよな。普段の食事でも、よく知らない料理いっぱい出てくるし。
「さて、じゃあ料理を進めていこう。今回の料理はー、アヒージョ!」
『アヒージョかー』『何それ知らない』『油煮だよ』『油の暴力!』『油を温めるとか炎上が怖いわ……』
ふむ、やっぱり知らない人がいるか。
「ヒスイさん、解説よろしく」
「はい、アヒージョは惑星テラのヨーロッパ国区の料理で、オリーブオイルの中にニンニクと具材を入れて煮込んだ料理となります。具材を直接食べるほか、油をバゲットに塗って食したりもします」
「ありがとう。というわけで、今回はバゲット、いわゆるフランスパンを用意しているぞ。これを一から作るのは俺にはできないので、出来合いのものを買ってある」
ヒスイさんが、ささっとフランスパンの載ったカゴをキューブくんの前に差し出す。
「今回のアヒージョは、具材に鮭、鶏肉、マッシュルーム、ホヌン、ペペリンドを使うぞ。さあ、料理していこう」
『わくわく』『リアルで料理する風景とか初めて見るわ』『チキン南蛮回の動画見てない? 笑えるよ』『笑うよりも心配になりますねぇ』『ガイノイドボディだし、大丈夫じゃろ』
そんな視聴者の声を聞きながら、俺はナノマシン洗浄機で手を洗い、まな板の前に立つ。頭上にキューブくんが移動し、まな板を見下ろすようにカメラに映した。
「さあ、包丁使うよ!」
『ひえっ!』『うわー、リアルの包丁だ』『リアルの金属製刃物、初めて見るわ』『怖い!』『大丈夫なのかこれ』
うーん、視聴者達の反応が前回のお料理配信と同じだ。
「ヒスイさん、なんで未来の人達はここまでリアルの刃物を怖がるのかな?」
俺がそう尋ねると、ヒスイさんは俺の隣で説明を始めた。
「今の人類は幼少期を過ごす養育施設で、現実における刃物と火、そして高所の危なさをすり込まれるのです。これは、現実とゲームを混同しないようにするための措置ですね。刃物は人を簡単に死に至らしめることを知らないと、ゲームの感覚で思わぬ事故を起こしてしまいます」
「なるほどなー。すり込まれるんじゃ、リアルで料理を趣味にしている人は相当な克服の努力をしていそうだ」
『慣れるのに結構時間かかったよ』『うわ、ここにもリアルで料理できる人がいた』『前回のお料理配信見てから、料理本格的に始めたよ!』『料理スキルなしで卵割りできるとか言っていた人か』『いい趣味持っているなぁ』
ふむ、俺の配信を見て何かを始めてくれるというのは嬉しいものだな。怪我には気をつけてほしいが。
さて、それはともかく具材を切っていこう。
まずはニンニクを刻んでいく。皮をむいて、トントントンっと。
さすがに二回目の料理配信とあってか、視聴者の絶叫は聞こえない。
さらに、養殖の鮭、オーガニックの鶏肉と生ものを一口サイズに切る。さらに、鮭と鶏肉には塩で下味をつけた。次にマッシュルームを輪切りにする。
そして、次はいよいよ主役のホヌンとペペリンドに取りかかる。
「ホヌン、死ねぇ! ふふ、オリーブさんの真似。オリーブオイルだけに」
俺がそう言いながら赤いホヌンを切ると、中から白い身がお目見えした。本格的にナスっぽいな。
『親父ギャグをかましてきましたわよ』『言葉遊びは自動翻訳されないから控えろって閣下が言ってた』『確かにオリーブ選手ってすぐ死ね死ね言うよね』『なお再起不能になったアンドロイドはいない模様』『ヨシ、私そんなに死ねって言ってるのか?』
ひえっ、オリーブさんおるやん。いけないいけない。
さあ、次はペペリンドだ。
「小さなカボチャみたいな形をしているけど、カボチャみたいに皮ごと食べられるんだよな?」
「はい、そうですね。皮も美味しいらしいです」
「んじゃあ、これも一口大に切ってと」
青い皮を切ってみると、中はピンク色をしていた。なんだ、この不思議な彩色は……。
とりあえず、一通り切り終わったので、いよいよ煮る作業だ。
「よし、アヒっていこう。ヒスイさん、鍋の準備を」
「はい、こちらになります」
ヒスイさんが小さめの鍋を用意し、そこにオリーブオイルを注いでいく。そして、コンロの火をつけた。
『ひえっ、油と火の組み合わせとか、あかんやつやん』『引火怖いなぁ』『まあ、ミドリシリーズなら燃え移っても無傷で済むだろう』『むしろ服が燃え尽きた後、配信に裸が映るのを心配すべき』『絵面がギャグすぎる……』
マイクロドレッサーの服は、別に耐熱服だったりしないからな。火事には気をつけていこう。
「オリーブオイルに刻んだニンニクと鷹の爪を入れて、しばし温める」
俺がそう言うと、ヒスイさんが手早く鍋の中にその二つを入れて行く。
「ちなみに鷹の爪とは、唐辛子の品種のことですね。猛禽類の鷹の爪に見た目が似ていることから、この名前がつけられています。一般的に乾燥した物が使われます」
ヒスイさんがそう補足を入れてくれる。台本を用意したわけじゃないのに、よくすらすら言葉が出てくるなぁ。
俺が感心しているうちに、ニンニクから小さな泡が出てくる。
「もうよいでしょう」
ヒスイさんがそう合図をしてくれたので、具材を投入していくことにする。
「鮭と鶏肉をまず入れて、ホヌンとペペリンド、マッシュルームの順に入れる」
ヒスイさんが指示通りに具材を入れていってくれる。
さあ、あとは煮込むだけだ。
「このとき、火を強くしすぎますと素揚げになってしまうので注意ですね」
「火加減はヒスイさんにお任せするよ」
『うわー、本当に油煮になってる』『やればできるもんなんだなぁ』『これを自動でやってくれる自動調理器さんの偉大さよ』『ぷくぷく泡が立っているのが可愛い』『ヒスイさんのエプロン姿可愛い』『ヨシちゃんが一番可愛いよ(はぁと)』
はいはい、可愛い可愛い。キューブくんも、コンロの前に立つヒスイさんを器用にカメラに映していて可愛い。
そうして、弱火で15分ほど煮込み、粗挽き胡椒を上に振って、完成である。
「できましたー!」
俺はヒスイさんと場所を交代し、完成したアヒージョの鍋をキューブくんに掲げてみせた。
『危ない、危ないから』『中身煮えた油ですよ!』『ゆっくり下ろして、ゆっくり』『獲物を狩った原始人の感覚まだ抜けてないな、この子』
むう、美味しそうにできたのにな。
俺は鍋をコンロに一旦下ろすと、再度鍋を持って食卓に向かった。
「ヒスイさーん、鍋敷きテーブルに敷いて」
「はい」
ヒスイさんが小皿を手に、食卓に先回りしてくれる。
俺が食卓に向かうと、そこにはヒスイさんとイノウエさんが待ち受けていた。
俺は、食卓の上に鍋を置くと、キッチンへと引き返す。そして、アヒージョを煮込んでいる間に用意していたイノウエさんの食事、鶏肉のミンチを持ってまた食卓に戻った。
「ほうれ、イノウエさん、昼食だぞー」
床にミンチの入った皿を置くと、イノウエさんはそれに飛びつき食べ始めた。
「よし、ヒスイさん、俺達も食事にしようか」
「はい。では、まずはフランスパンを切りましょう」
ヒスイさんが何かのスティックを手に取ると、スイッチを入れた瞬間ビームの刃がスティックから伸びた。
俺は、謎の武器に怪訝な顔になってヒスイさんに尋ねた。
「それは何?」
「エナジーパン切り包丁です」
「ああ、エナジーハサミの仲間ね……」
フランスパンは切り分けられ、小皿におしゃれに並べられている。
まあ、食卓のど真ん中に鍋が鎮座しているから、おしゃれさとはほど遠い光景なのだが。
ヒスイさんが取り皿を用意して、箸もそれぞれ配り終える。食事の準備は整った。
「では、いただきます!」
「いただきます」
二人して食前の挨拶を述べ、食事を開始する。
今回は急な配信だったが、しっかり味覚共有機能の使用申請を配信サービス側に通してあるので、視聴者も一緒に料理を楽しんでくれることだろう。
「まずはフランスパンを油に浸して……」
鍋に直接フランスパンを突っ込み、オリーブオイルを染みこませる。
一方、ヒスイさんはスプーンを使ってオリーブオイルをフランスパンに塗っていた。
『この所作の差よ』『でも浸した方が美味そうだ』『二人で鍋共有というのもどうなの?』『唾液がつくといってもアンドロイドなんだから、気にするこたぁない』『ニホン国区の鍋料理は複数人で一つの鍋を共有するものだよ』
すんません、鍋そのまま食卓に置いているのは、鍋料理とかじゃなくて皿にあけるのが面倒だっただけです……。
ともあれ、フランスパンをぱくり。もぐもぐ。ごくん。
「うーん、油美味え。具材の香りが溶け出していたりするのかな?」
「どうなのでしょう。香りには、水溶性の成分と脂溶性の成分があるようですが」
「ただのオリーブオイルでは、この風味は出せないだろうなぁ。よし、次は具材を実食だ」
俺は、鍋から箸で油煮された具材を小皿に取り分けていく。
まずは、本日の主役の一つ、ホヌンから。もぐもぐ。
「おお、ぎっしり身が詰まっている感じのする野菜だな。それでいてとろりとした食感もあって、こりゃ食いでがあるぞ」
「ホヌンはナスとウリを掛け合わせた品種ですね。ヨシムネ様の言ったとおり、そのジューシーな食感が人気の野菜です」
「『リドラの箱舟』みたいなキメラ食材なのか……」
さて、次はペペリンドだ。
どれどれ……。
「皮ごと食べたのにふわふわしとる……。うわ、これ、うま味がすごいな!」
「キノコのうま味成分が豊富に含まれている野菜ですね」
「野菜なのにキノコってどういうことなの……」
未来の食材は不思議でいっぱいだ。
『ヨシちゃん次は鶏肉お願い』『マッシュルーム! マッシュルーム!』『フランスパンもう一度!』『どんどん食べて、どんどん』
味覚を共有している視聴者のリクエストがうるせえ! せめて次食べる物を統一してくれ!
「次は鮭だ!」
好みで決めさせてもらった。
「うーん、鮭の風味がいいねぇ」
「美味しいですね」
ヒスイさんも俺に合わせて鮭を食べたようだ。そういえば、俺は魚では鮭が好きだけど、ヒスイさんの好きな食べ物とか聞いたことないな。
「ヒスイさん、好きな食べ物とかあるの?」
俺がそう尋ねると、ヒスイさんは少し困ったような表情で答えた。
「なにぶん、食事を始めてから半年しか経っていないので、まだ好みという物が固定されていない気がしますね」
そういえば、研究区にいた頃は食事を取ったことがないとか言っていたな。
「今まで一番美味しいと思った物は……そうですね、ラーメンでしょうか」
「おお、もしかして山形ラーメン……!」
「いえ、ヨコハマVRラーメン記念館で食べた味噌ラーメンです」
「VRにリアルの食事が負けたぁ!」
そんな無駄話を挟みつつも、食事は進む。
そして、鍋の中の具材は全て消え、フランスパンも一本丸々食べきってしまった。
「ふう、ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
『ごちそうさま!』『美味かったよ!』『存分にアヒった』『また料理回やってほしいな』『自動調理器にアヒージョ作らせてみるかなー』
俺もヒスイさんも視聴者達も、アヒージョの味に満足したみたいだ。
鍋には、もうオリーブオイルしか残っていない。
「残った油はどうしましょうか」
ヒスイさんがそう尋ねてきたので、俺は答える。
「普段パン食べるときにつけて食べるなり、パスタに使うなりいろいろ使い道はあるから、保存庫に鍋ごとしまっておこうか」
「了解しました」
そして、俺は食事風景を映し続けていたキューブくんの方を向いて言う。
「それじゃあ、今回のお料理配信はこれで終わりだ。次回何を配信するかは未定! 以上、太らない身体っていいなとしみじみ思う、元おじさんのヨシムネでした」
「食事の楽しさは他のミドリシリーズにも伝えていきたいと思います。助手のヒスイでした」
キューブくんの撮影中を知らせる赤いランプが消え、俺は息を吐いた。
こうして、俺達の小さな収穫祭は終わった。
作物を育ててそれを食すのは、やはり何物にも代えがたい楽しさがあるな。魂に染みついた農家の習性は、まだまだ消えることはなさそうである。