21世紀TS少女による未来世紀VRゲーム実況配信! 作:Leni
収穫が終わったためレイク以外が撤去されたガーデニングの部屋で、俺は朝食後ののんびりした一時を満喫していた。
レイクは結局実をつけなかったな。動く植物の実を食べるのはちょっと気が引けるので、安心したと言っていいのだろうか。
レイクに水やりをするヒスイさんをぼんやりと眺めながら、俺は思考を次の配信へと切り替える。
次の配信は、ミドリさんに貰った『Space Colony of the Dead』をプレイする予定だ。
ただ、このゲーム、ゾンビが出てくるんだよな。
俺は、レイクと握手をしてたわむれているヒスイさんに向けて話しかけた。
「ヒスイさん、ゾンビは大丈夫?」
「ゾンビですか? 特に問題ありませんが、ヨシムネ様はゾンビが苦手ですか?」
「いや、俺は大丈夫。でも、ホラーって苦手な視聴者もいるだろうからさ」
俺がそう言うと、ヒスイさんは一瞬考え込んで、そして言葉を返してきた。
「ホラーではなくアクションなので、大丈夫ではないでしょうか」
「大丈夫か。まあ、注意はうながしておこう」
「そうですね」
そう結論をつけた俺達は、また各々の好きな行動を取るのに戻る。
ヒスイさんはジョウロをしまってイノウエさんをかまいに行き、俺は内蔵端末で21世紀のゲームの復刻作品をプレイする。
レトロゲームの復刻はマザー・スフィアが熱心に進めているらしく、俺が時空観測実験事故に巻き込まれた後に発売されたゲームも復刻されていたりする。
俺にとっては最新のゲームばかりなのだが、この時代からするとレトロゲーム扱いを受けるんだな、と少ししみじみしてしまう。
そんな復刻ゲームの中には、インディーズのPCゲームなんかも存在していたりする。
日本語化MODが存在しなくてプレイできていなかった名作も、自動翻訳機能のおかげで問題なくプレイできるのは本当にありがたい。
そういえば、今回配信する『Space Colony of the Dead』もインディーズのゲームなんだよな。
「ヒスイさん、今の時代のインディーズゲームの扱いって、どんなんなの?」
「インディーズですか。主に二級市民の方が趣味で制作しているゲームですね。ゲームメーカーに所属してゲーム制作を仕事にする場合、その人は一級市民となりますが、趣味で制作する分には仕事扱いとはなりません」
俺の疑問に、ヒスイさんがすぐさま答えてくれる。
そして、さらにヒスイさんは説明を続けた。
「そして、趣味で制作したインディーズゲームを販売する場合、売上金は制作者の収入となります。配給クレジットとは別にお金を稼ぐ手段の一つですね。爆発的な人気が出た場合、二級市民にもかかわらず一級市民並みのクレジットを得る人も出てきます」
「へー。それじゃあ、みんなお金欲しさにゲーム制作始めない?」
「クレジットが欲しいのなら、仕事に就いて一級市民になればよいのではないでしょうか? 一級市民に配給されるクレジット額は多いのですから」
「それもそうか」
俺は納得して『Space Colony of the Dead』の情報を改めて眺めた。
制作者は二人組。ゲーム制作と、音楽制作に分かれている。複数人で作ると、売上金の分配でもめるとかもありそうだな。
そして、また浮かんできた疑問をヒスイさんにぶつける。
「趣味で制作しているってことは、フリーゲームもやっぱりあるのかな?」
フリーゲームとは、ネットを通じて無料で配布されるゲームのことだ。
「ありますね。クレジットを取るか、より多くの人にプレイしてもらうのを取るか、人それぞれなのでしょう」
なるほどなー。俺は配信をするうえで視聴者からお金をもらったりはしていないが、配信には視聴者からお金をもらう投げ銭とかの仕組みがあったりもするんだよな。
他にも、広告を表示して広告料をもらうだとか。俺の場合は、ミドリシリーズの姿で配信をするという行為そのものが、スポンサーであるニホンタナカインダストリの広告になっている。
でも、できれば視聴者にはお金だとか広告だとかを意識しないで、純粋に配信を楽しんでもらいたいと思っている。
これは、俺が一級市民だから持てている余裕なのだろうか。なのだろうなぁ。
まあ、だからといって何があるわけでもないのだが。
俺は俺のペースで好きなように配信を行なっていこう。趣味ではなく、半ば仕事のつもりで配信しているけれども。
義務感がないただ遊ぶだけの生活は、あれはあれでなかなかに辛いのだ。
◆◇◆◇◆
その日の午後、ライブ配信が始まる。
今回はリアルではなくSCホームからの開始だ。
「どうもー。惑星テラの夏を満喫中の21世紀おじさん少女だよー」
「久しぶりに季節らしさを感じております。助手のミドリシリーズガイノイド、ヒスイです」
予告通りの時間に始めたため、続々と視聴者が接続しにきている。
『わこつ』『わこつを言う瞬間を待っていたんだッ!』『リアルで海水浴とかうらやましい』『うちのコロニーはプールしかないわ』『惑星マルス住みですけど、海は塩水じゃないんですよね』『ヨシちゃんの水着姿キュートだったぞ』
そんな視聴者の抽出コメントを聞いて、俺は「おっ!」となった。
「前回のリアル海水浴動画、見てくれたんだな。ありがとう。そう、このヨコハマ・アーコロジーの季節は夏。夏といえば海水浴、キャンプ、バーベキュー。レジャーの季節だ。だが、夏はそれだけじゃないぞ!」
俺は、そこでヒスイさんに目配せする。すると、ヒスイさんはバスケットボール大のゲームアイコンを出現させ、両手に持って頭の上に掲げた。
そして俺は言葉を続ける。
「夏といえば怪談! ホラー! つまりゾンビ! 今回のゲームは、ゾンビを撃って倒すガンシューティング、『Space Colony of the Dead』だ!」
『うわあああ! オブ・ザ・デッドだー!』『ゾンビ!』『定番中の定番、ゾンビゲー!』『なんで夏といえばホラーなのかは解らんが!』『知らないオブ・ザ・デッドだ』『どこのメーカー?』
ふむ、さすがに出て半年しか経っていないインディーズゲームは、誰も知らないか。
「ヒスイさん、解説よろしく」
「はい。『Space Colony of the Dead』は二人組のゲーム制作グループ『MOSCO GRAPHY』によって制作されたインディーズゲームです。昨年12月のバーチャルインディーズマーケットで発表されました」
『インディーズか』『カバー範囲広いな』『インディーズのゾンビゲーとか、別の意味で怖くなってきやがった』『タイトルからあふれ出るB級臭』
大丈夫、ヒスイさんが先行してプレイして、配信に耐えられるゲーム内容だって確認しているからな。
そして、俺は一つ気になったことがあったので、ピックアップされる視聴者コメントが途切れた瞬間を狙って発言する。
「オブ・ザ・デッドがゾンビ物のタイトルにつけられる言葉なのは20世紀からの伝統だが、まさか600年後の未来でも残っている文化だとは思わなかったぞ」
「ゾンビとサメは、いにしえから続く映像作品の定番ですね」
「海が身近じゃない宇宙時代に、サメが残り続けているのがすごいよ……」
『そういえば『ヨコハマ・サンポ』でもサメが空飛んでたな』『なんでサメ? って思ったわ』『ゲーム以外のメディアにあんま触れない人? 映像作品だとサメはこってこての古典ネタだぞ』『サメは時空を泳ぐからな。海とかいらない』
宇宙どころか時空を泳ぐようになったかぁ……。サメすげえな。
「なので、ゾンビが苦手な人はここから注意だ。何日もこのゲームを配信するわけじゃないからな。無理して見続けなくても大丈夫」
『優し味』『その気づかい、キュンとなる』『ゾンビは大丈夫』『ホラーは苦手だけどガンシューティングならまあなんとか』『小粋なトークで恐怖を紛らわして?』
さて、注意もうながしたし、雑談はここまでだ。早速、ゲームを始めていくことにしよう。
「それじゃあ、インディーズのガンシューティングゲーム、スタート!」」
俺がそう言うと、ヒスイさんがゲームを起動し、SCホームの背景が崩れていく。
『スペースコロニー・オブ・ザ・デーッド』
そんなタイトルコールがされ、背景が市街地に変わる。その市街地には天井があり、夕刻を知らせる赤い照明で照らされていた。そして、街の通りに身体がぼろぼろになった人間、ゾンビがうろついている。
おそらく、ゾンビアポカリプス後のスペースコロニーだろう。
「このタイトルコール、制作者の人がアテレコしたのかな?」
俺がそんなことを言うと、ヒスイさんが否定の言葉を述べた。
「いえ、おそらく人工音声ではないでしょうか」
「ああ、そうか。21世紀でも十分人の声に聞こえる人工音声があったんだから、この時代じゃ完璧な人工音声があるのか」
普段ゲームで触れているNPC達も、人工音声で声を出しているわけだし。
俺は納得して、ゲームを進めることにした。
「では、ゲームスタートっと、オプションは任せるよ、ヒスイさん」
「お任せください。プレイモードは二人、難易度はノーマルです」
ゲームが開始され、『キャラクター名を音声入力してください』と出たので、「ヨシムネ」と発音して入力する。ヒスイさんも、「ヒスイ」と言って入力を終えていた。
今回は、二人での協力プレイだ。ヒスイさんの存在が頼もしいぜ。
そうして、オープニングが始まる。キャラクターメイクはないようだ。アバターがそのまま適用されるのかな?
『とある時代、とある星系のとあるスペースコロニーで、人々は平和な暮らしを続けていた』
タイトルコールにもあった、男性ボイスがそんなナレーションを始めた。
宇宙から四角いスペースコロニーを映し出す映像が流れている。
『だが、ある日、近くの星系で超新星爆発が発生。未知の宇宙線が、スペースコロニーに降り注いだ』
未知の宇宙線か。SFっぽい設定だな。
『未知の宇宙線にさらされ、電子機器は狂い、ロボットは暴走し、人間はゾンビとなった』
シンプル! 解りやすい導入だ。でも、ゾンビアポカリプスはこれくらい簡潔な原因でいい。凝った設定とか、ガンシューティングを純粋に楽しむのには必要ないからな。
『だが、その中でも生き残っている者がいた! ヨシムネ、ヒスイ。彼女達は、分厚い医療用カプセルの中で検診を受けていたため、宇宙線にさらされずに済んだのだ!』
スペースコロニーには宇宙線から人間を守る外壁があるはずだ。それを突破する未知の宇宙線を医療用カプセル程度で防げるのか。
いや、突っ込みは止そう。そういうのは野暮だ。
『電子機器は狂い、いずれこのスペースコロニーは機能しなくなってしまう。超能力艦を探しだし、スペースコロニーから脱出するのだ!』
と、そこで感覚がアバターに戻る。オープニングはこれで終わりかな?
俺は、どうやらどこかに閉じ込められているようだ。狭い。どうにか出られないかと目の前の壁を押すと、意外と簡単に壁は動いた。
薄暗い明かりが目に入ってくる。
俺は、狭い空間から抜け出そうと身体を前に押しだした。ここは、どこかの部屋のようだ。
天井の照明は落ちており、非常灯らしきものが部屋を照らしている。
後ろを振り返ると、ナレーションにあった医療用カプセルらしきものが、フタを開けて鎮座していた。これに閉じ込められていたのか。
カプセルは他にも複数個並んでいる。
眺めていると、カプセルの一つが開き、中からヒスイさんが出てきた。
黒髪に行政区の制服を着たいつものヒスイさん。そのはずだったのだが、いつもと違う部分が一箇所あった。
「あれ、ヒスイさん、耳のアンテナがついていないな」
俺の言葉に、ヒスイさんがこちらを向く。そして、露出した耳に手を当てながら言った。
「プレイヤーは人間という設定のようですね。おそらく、医療用カプセルに入っている理由付けをしたのでしょう。ガイノイドなら、入るのはメンテナンスポッドのはずですから」
「なるほどなー。『Stella』でアマゾネスになったときも耳アンテナついたままだったから、新鮮だね」
『人間のヒスイさんも可愛い』『役者のアンドロイド以外は、基本耳カバー外さないからな』『アンドロイドの人達、あれをアイデンティティと思っているっぽいから』『ゲーム中くらい人間に仮装してこっちに混ざってくればいいのにな』『耳カバー格好いいから外したくないです!』
ほーん。いろいろあるんだな。
さて、ゲームを進めよう。
「ガンシューティングということだけど、武装はあるかな?」
俺は身体を確認すると、腰に銃がぶら下がっているのが見えた。銃つけたまま医療カプセルに入っていたのか……。いや、突っ込みは止そう。
「これはなんの銃かな?」
「熱線銃ですね。スペースコロニー内での武装は厳しく規制されているので、PCはおそらく行政の重要人物だったのでしょう」
「ほー、SF的な銃か」
「バッテリーに限りがありますので、新たに銃を入手する必要があります」
ヒスイさんがそんな解説を入れてくれる。うん、チュートリアルいらずだな。
「ゾンビが持っている銃を奪うのかな?」
そんな問いをヒスイさんに投げかけたのだが、ヒスイさんは「いいえ」と否定して説明を続けた。
「電気で動く銃は全て未知の宇宙線の影響で動作が狂っています。ですので、火薬式の銃を入手する必要があります」
「火薬式の銃って、この時代にそんなものがあるの?」
「この施設を出るとアナウンスされますが、近くの博物館で銃の歴史という展示がされています」
「そうきたかー」
さすがゾンビゲー。解りやすくていい。
「では、進んでいきましょうか」
「おうよ」
俺は銃を手に持ち、医療用カプセルの並ぶ部屋から脱出する。
ヒスイさんと二人で並びながら、非常灯に照らされる薄暗い廊下を小走りで進む。AR表示で非常口への案内がされているので、それに従っている。
曲がり角に来たので、注意しながら角を確認すると、そこにはゾンビが!
「ヴァアアア!」
「ていっ!」
銃の引き金を引くと、熱線が飛んでいき、ゾンビを吹き飛ばした。なかなかの威力だ。民間人が持っていていい銃じゃないな、こりゃ。
一撃で吹き飛んだゾンビを確認すると、倒れ伏して起き上がってくる様子はない。
「ゾンビに噛まれたらこっちもゾンビになるとかあるのかな?」
「いえ、そういう要素はないですね。あくまで最初の未知の宇宙線を浴びたことでのみ起きる変異のようです」
俺の疑問に、ヒスイさんはそう答えた。お決まりのゾンビウィルスによる感染とかはないのね。
まあ、生き残り同士が集まるゾンビサバイバルではないから、感染がどうこうとかは気にする必要はないだろうけど。
「じゃあ、進もうか」
そうして、廊下の途中で遭遇するゾンビを撃っていき、非常口近くまでやってきた。
と、そこでヒスイさんが注意をうながしてくる。
「暴走したアンドロイドがいるようです」
確かに、非常口の前に、何かが待ち構えているのが遠目に見えた。
「ここから狙撃は無理だよな」
「ハンドガンですからね」
仕方なく、俺達は銃を構えながら、ゆっくりとアンドロイドに近づいていく。
黒髪のアンドロイド。皮膚がところどころはがれ落ち、金属部分が露出している。ゾンビアンドロイドって感じだ。
そのアンドロイドは、こちらに気づき素早い動きでこちらに迫ってくる。
「アアアアアア! ヨシムネサアアアアアン!」
「ひいっ!」
思わぬ速さに俺はあせって熱線を撃ち込むが、それをことごとく相手はかわしていった。
「甘いです」
だが、ヒスイさんが見事なエイムで熱線を命中させる。
相手は吹き飛び、倒れる。そこに、ヒスイさんが追加で熱線を撃ち込んでいった。
「撃破です」
「ふう、あせったー」
『ヒュー!』『さすがヒスイさんです!』『的確な射撃! これが業務用ガイノイドの力量か!』『ヒスイさんの活躍を見るのは『Stella』以来だな……』
視聴者コメントが沸き立ち、
このゲーム、ゾンビは歩くっぽいから安心していたら、アンドロイドは走るのか。注意しないとな。
いや、それよりも……。
「この暴走したアンドロイド、すごく見覚えがあったんだけど……」
「そうですね」
「ミドリシリーズじゃね?」
「はい、そうです。このゲームでは、エキストラとしてゾンビ役や、暴走アンドロイド役を参加させることができるのですよ。そこで、ミドリシリーズ総員287名を動員して、敵役を務めてもらっています」
「ええー」
何そのサプライズ展開! 台本にないよ! いや、台本とか作ってないけど。
「じゃあこの暴走アンドロイドは……」
「ヤナギですね」
マジかー。
『うーん、やられるならヨシムネさん相手がよかったですね』『おっ、ヤナギさんおつかれー』『マルスの歌姫がまさかのゾンビ役』『貴重なシーンすぎる……』
どうやら、ここから先は大量のミドリシリーズが待ち受けているようだった。
難易度ノーマルとか言っていたけど、一筋縄ではいきそうにないな!