21世紀TS少女による未来世紀VRゲーム実況配信! 作:Leni
8月のある日、俺とヒスイさんは朝食を食べ終え小休憩をした後、VR空間に接続した。
今日は配信をするわけでも、私的にゲームをやるわけでもない。バーチャルインディーズマーケットというイベントに参加するためだ。
「開始は10時からか……全宇宙同時開催のイベントって、開催時間に悩みそうだな」
日本屋敷のSCホームで、俺はヒスイさんに向けてそう言った。
「私達の普段のライブ配信も全宇宙に向けて配信していますから、事情は同じですよ」
「それもそうか。俺達はニホン国区の日中に合わせて配信しているけど、人によっては真夜中に配信開始しているってこともあるんだよな」
俺が元いた21世紀では、日本人配信者によるライブ配信は基本的に同じ日本人だけ相手にしていればよかった。
だが、自動翻訳が一般的になったこの時代、言語の壁というものは一切存在しない。
だから、自分達の時間に合わせてライブ配信したら、違う地域の人にとっては視聴しにくい時間帯ということも想定されるのだ。
だが、これは解決できない問題である。
俺達にできるのは可能な限り配信時間をずらさないことくらいだ。配信時間がいつも同じなら、それに合わせて生活時間を変えてくれるファンが出るかもしれない。
「全ての人間に向けた配信は不可能ということですね。このイベントくらいになると、人の方から率先して時間や都合を合わせますが」
そうヒスイさんが言ったので、俺はイベント初日の電子カタログを表示しながら言葉を返す。
「全宇宙で最大級のインディーズイベントだっけ」
「ええ。年々規模が大きくなっていっているようですよ。開催は四日間で、初日の今日はゲームと音楽がメインです」
「VR空間なら全宇宙の人が接続してきても場所に困ることはないか……宇宙規模ってすげえな」
電子カタログをペラペラとめくりながら、俺はそう言った。
カタログは事前に目を通してある。全宇宙規模のイベントのカタログだけあってものすごいページ数だが、ゲームに絞って検索し目を引くタイトルをチェック済みだ。ゲーム制作者の人気は考慮していない。ネットワーク上のデモページはチェックしてあるが、そのゲームが実際に面白いかどうかは運を天に任せるのみ。
「では、そろそろ接続しましょうか」
「了解。それじゃ、行こうか」
ヒスイさんとグループを組み、はぐれないよう設定。そして、バーチャルインディーズマーケットの会場にアクセスした。
視界が暗転し、俺達は広場に転送される。広場は大量の人に埋もれていた。
そして、遠くに巨大なイベント会場の建物が見える。
「うひ、こりゃすごい人出だな。かなり並ばなきゃいかんか」
「いえ、大丈夫ですよ。バーチャルな会場ですから、直接会場の中に跳べます。他者と接触しそうになってもぶつからず位置が重なるようになっています」
「重なるのかー。どれ」
俺はヒスイさんに向けて手を伸ばすと、ちゃんとヒスイさんの手を握れた。透過したりはしない。
「あれ?」
「同じグループに属している人とは重なりませんよ」
「そっか。でも、この人出で他人と接触しないのはありがたいな。この人数だったら満員電車なんて目じゃないだろう」
「満員電車ですか……20世紀のニホン国区の悪習ですね」
「21世紀でも解決していなかったよ。その点、アーコロジーは混んでなくていいな」
人が積極的に部屋の外に出るようになったら、また違うのだろうが。
と、そんなことを話している間に、時刻はニホン国区時間の10時に。開場の時間だ。
『皆様お待たせいたしました。これより、第786回、バーチャルインディーズマーケットを開催いたします』
そのアナウンスと共に「わあっ」と歓声が上がり、周囲の人々がどんどんと消えていった。
おお、本当に直接会場に跳べるんだな。俺の視界にも、『会場に入る』という表示がされている。
「じゃ、ヒスイさん、ぼちぼち行こうか」
「はい、まずはインディーズゲームブースからですね」
『会場に入る』を選択し、俺達はその場から転移した。
会場の中はちょっと見たことがない空間だった。
半透明のパーティションで各所が区切られており、パーティションの中に机が用意され、売り子が参加者に仮想のゲームパッケージを頒布している。
人は多数行き交っているが、行列の類は見えない。VRだから行列も何か特殊な処理をしているのかもしれない。
「ヨシムネ様、こちらです」
隣に立っていたヒスイさんについていく。
ヒスイさんは前に人がいないかのごとく遠慮なく歩をすすめるが、前方の人とある程度近づいた段階で相手は半透明になり、綺麗にすり抜ける。すり抜けられた人も気にしていないようだ。俺は正面から人にぶつかるのがちょっと怖いので、人の間をぬうようにして移動した。
移動速度の違いではぐれそうなものだが、ゲームのようにMAPが視界に表示されて同じグループのヒスイさんの位置が見えているので、迷子になることはないだろう。
指定した区画に直接飛ぶ機能もあるようだが、俺達はまず歩いてインディーズゲームのブースへと向かった。
半透明のパーティションに分けられたブースが、ずらりと並んでいる。ブースの数は膨大だ。
さらに天井の下付近には広告なのか、空間投影されたゲームの映像が流れている。
「まずはここですね」
とあるパーティションの前でヒスイさんが立ち止まる。
パーティションの前方を塞いでいる半透明の壁の前には、なにやらメニュー表のような画面が表示されている。
「直接ブースの中に入らなくても、この画面から購入が可能です。ブースの中に入る場合、前に人がいると並ぶ必要があります」
「なるほどなるほど。並ばなくてもすむようになっているのか。でも、せっかくだから直接売り子さんから買いたいな」
「では、入室しましょう」
ヒスイさんが半透明の壁にそのまま突っ込んでいったので、俺もそれを追った。
「どうぞ見ていってくださいー」
にこやかな女性アバターがそう言って俺達を迎えてくれる。
頒布しているゲームの登場人物のアバターなのだろうか。ファンタジー物に出てきそうな魔女の格好をしている。
ヒスイさんが立ったままこちらを見てくるので、俺は前に出て女性アバターの売り子さんと相対する。
そして勢いに任せたまま、俺は売り子さんに向けて言った。
「新作一つください」
「はい、ありがとうございます」
パッケージを渡してきてくれたので俺はそれを受け取り、クレジットを支払った。
パッケージには宇宙船が描かれている。宇宙を舞台にしたレースゲームだ。……宇宙レースに魔女が出るんだろうか?
俺はパッケージを見ながら売り子さんに言う。
「面白かったら、配信に使わせていただきますね」
「配信者の方でしたか。どうぞよろしくお願いします。あ、チャンネルのアドレスもらえますか?」
「あ、はい」
俺はメッセージで配信チャンネルのアドレスを相手に送る。
「あはは、21世紀おじさん少女ですか。チェックしてみますね」
「ありがとうございます」
そう言葉を交わしてブースを後にした。
「ふう、問題なく手に入れられたな」
俺は手元のパッケージを虚空に消しながら、そうひとりごつ。
実はこういったインディーズのイベントに参加するのはこれが初めてだ。ちょっと緊張した。
ちなみに渡されたパッケージは雰囲気作りの物であり、実際は電子データを受け取っているので、買ったパッケージを持ち運び続ける必要はない。
「大丈夫のようですね。では、次に向かいましょうか」
ヒスイさんに案内され、会場を歩く。会場は広大だ。こんなにゲーム作りを趣味にしている人がいるんだなぁ。
これだけブースが多いと、参加者が多いとはいえ誰にも頒布できなかったというところも出てくるんだろうな。苦労して作ったのに誰にも見てもらえない……辛そうだ。俺の配信はちゃんと人がついてきてくれていて本当によかった。
まあ、インディーズでも参入できるゲームの販売サービスは21世紀の頃と同じく存在しているので、このイベントで人が寄りつかなくても後日そちらでリリースするのだろうが。
「次はここですね」
「じゃ、行こうか」
ヒスイさんが立ち止まったので、俺は先行してブースに入っていく。
そこもまた、先客がいる様子はなく俺は男性の売り子の前に進んだ。
「新作一つください」
「おっ、ありがとう」
パッケージを手渡され、クレジットを支払う。パッケージに描かれたタイトルは、『僕らの地球を守れ! 20世紀地球防衛軍』だ。
事前に読んでいた電子カタログでこのゲームを見つけたとき、俺はその場で手に入れることを決めていた。
俺は売り子の男性に向けて言う。
「楽しみです。地球防衛軍を扱ったゲーム、好きなんですよね」
「おお、仲間!」
「ゲームの配信をしているので、面白かったら配信に使わせていただきます」
「マジで!? やったー!」
男性は大喜びで万歳をした。うーん、ヒスイさんチェックを通らないと配信には使わないので、まだ確定ではないんだけどな。
俺は念のため相手に配信チャンネルのアドレスを渡すと、相手は21世紀おじさん少女という名前に感心したらしく、握手を求めてきた。
「21世紀かー。僕は20世紀が好きだけど、21世紀もいいよね」
「そうですね」
そう言って俺達は握手を交わした。そして、次の参加者がブースに入ってきたので俺とヒスイさんはブースを後にする。
なんだか愉快な人だったな。きっとこのゲームを作った制作者の一人なのだろう。
「次に行きましょう」
そう言ってヒスイさんが先導する。本当は直接ブース前に転移することもできるようなのだが、わざわざ歩いて向かっている。
人混みに紛れて向かった方がイベントに参加しているという気分になれるからだ。実際、俺の気分は今とても高揚している。こんな大きなイベントの一員として参加しているのだなという、なんとも言えない楽しさがある。
そして新たなブースの前で、ヒスイさんが立ち止まる。
「行きましょうか」
「おう」
ブースの中に入り、売り子さんの前に。売り子は二人で、男女のペアだ。男性が人間で、女性が耳にアンテナをつけたAIである。
彼らの前に立ち、言う。
「新作一つください」
「はーい、って……うわー! ヨシちゃんだー!」
「お、おお?」
男性の売り子が驚きの声を上げ、女性がそれに対し困惑をしている。
むむ、まさか俺を知っているゲーム制作者がいたとは。ふむ、ここは……。
「どうもー。21世紀おじさん少女だよー」
「うっわー、生ヨシちゃんだ! うわー、うわー!」
「ええと、どういう……?」
女性が困惑したままなので、俺は彼女にも自己紹介をする。
「ゲーム配信者をやっています、ヨシムネです」
「ああー、なるほど。配信者の方でしたか。それで、こいつがファンか何かだったと」
女性はようやく納得がいった、という感じでうなずいた。
そして、女性がゲームのパッケージを手渡してくる。
「はい、新作です」
「ああっ、俺が渡したかったのに!」
男性の叫びを聞きながら、俺はパッケージを受け取りクレジットを支払う。
パッケージに描かれているのは背中に翼の生えた女神様。概要によると、この女神様はダンジョンの女神様だ。ゲームタイトルは『ダンジョン前の雑貨屋さん』。経営ゲームである。
「ヨシちゃん、電子サインもらえますか!」
「ええよ」
俺は海水浴の時に覚えた手順で、電子サインを作り男性に送った。
「ううわ、やったー!」
男性は飛び上がって喜んだ。うーん、ここまで喜んでくれるようなファンは初めてだな。ちょっと新鮮。
「それじゃあ、面白かったら配信に使わせてもらいますね」
「ヒスイさんチェックですね! でも大丈夫、今回のは自信作ですから!」
「楽しみにしていますね」
そう言葉を交わし、俺達はブースを後にした。
うーん、面白い人だったな。
「では、次に行きましょうか」
そうして俺達はブースをいくつも回り、一級市民の持つクレジットのパワーでインディーズゲームを入手しまくった。
すごろくゲームにパズルゲームに人形操作型のメトロイドヴァニア。アクションにシミュレーションにドット絵のレトロ風ゲームまで様々だ。
どんどん増えていく新作ゲームに、俺はほくほく顔になるのであった。ゲームの質は全く保証されていない? それもまたよし!