21世紀TS少女による未来世紀VRゲーム実況配信! 作:Leni
「港で花火大会がありますので、是非来てくださいね!」
そんなことを部屋に来るなり言い出したのは、ヨコハマ・アーコロジー観光大使のハマコちゃんだ。
なんでも、ヨコハマ内の名士のもとを挨拶回りしている最中なのだという。その名士って俺も含まれるの? 別にヨコハマ内で何かの地位についた記憶はないのだが。
「花火大会か。夏らしいな。天井のあるアーコロジーで花火が見られるとは思っていなかったが」
俺がそう言うと、ハマコちゃんがにっこりと笑って言葉を返してくる。
「海のあるヨコハマ・アーコロジーの特権ですね! あと、お祭りも一緒に開催されますので、どうぞ一日楽しんでいってください」
海の付近はアーコロジーの天井がなく、空が見えるのだ。
「夏祭りかぁ。なんの祭り?」
俺がそんなことを聞き返すと、ハマコちゃんはきょとんとした顔になった。
「お祭りはお祭りですが?」
「いや、ほら、神社の例大祭とかあるだろ?」
「宗教的なお祭りではないですねー。夏の風物詩、ヨコハマ・アーコロジー行政区主催の夏祭りです。盆踊りとかもありますよ」
「盆祭りじゃねーか。お盆って宗教的な風習だろ。普通に盆祭りが開催されているのか。意外だな」
科学信仰がいきすぎたこの時代では、宗教色を嫌う人は多いようなのだが。
俺の言葉に、ハマコちゃんは何かを考え込むようにして答えた。
「お盆……お盆……ああ、祖先の霊をまつる風習ですか。そういうのじゃないですよ。盆踊りはただそういう踊りが、現代まで残っているというだけです」
「そうなのか」
「だって、300年前に生きていた人が、今もソウルサーバで存在し続けているんですよ。祖先をまつるなら、ソウルサーバを拝めばいいんですよ」
うーん、このオカルトだかSFだか判らない死生観よ。
未来の文明は、今日も元気にサイエンス・ファンタジーしていやがるな。
「この分じゃ、クリスマスも宗教色抜いて祝っていそうだな」
「惑星テラの冬至を祝うお祭り扱いですね!」
「宗教色抜きすぎて原典に返ってやがる……!」
クリスマスは確か、他の宗教が冬至を祝っていたのを後から乗っ取った形の祝祭だったはずだ。
「MMOでは時節のイベントは定番ですから、クリスマスもハロウィンも扱いますよ」
そんな補足をヒスイさんが入れてくれる。
確かに21世紀にいた頃も、日本のネトゲがなぜかイースターとか祝っていたな!
そのイベント好きな風習、今も続いているのかよ。この時代にもイースターが扱われるとしたら、春分を祝う謎の卵のお祭りとかになるのかね。
「宇宙時代なのに、惑星テラの季節が基準なんだな」
「そもそも一年という単位が惑星テラ基準ですからね」
俺の言葉に、ヒスイさんがそう説明を入れてくれる。なるほど、今の宇宙文明の中心は惑星テラってことか。
そんな無駄話を繰り広げたあと、ハマコちゃんは「次の訪問先に向かうので」と退出を切り出してきた。
「それじゃあ、15日ですからね! 撮影許可を出しますので、ライブ配信でもしちゃってください」
席から立ち上がりながら、ハマコちゃんがそんなことを言う。
「お、いいのか。配信前のチェックとか通さなくても大丈夫か?」
「はい、海水浴の時と同じように背景の人が映らないよう処置してくださるなら、そのまま流しちゃって大丈夫です!」
そう言ってハマコちゃんは俺の部屋を去っていった。
今日も元気な人だったな。見ているだけでほっこりする。
「さて、予定を空けておかないとな」
俺はヒスイさんに向けてそう言った。ヒスイさんはうなずき、言葉を返してくる。
「浴衣を用意しませんとね」
そのヒスイさんの声は、とても弾んでいた。相変わらず、俺を着飾らせるのが好きなんだな。
だが、今回はヒスイさんにも浴衣を着てもらうぞ。配信に映るのだ。ヒスイさんも着飾るのは義務ってもんだ。
◆◇◆◇◆
ヨコハマ・アーコロジーの港近くでは、多数の屋台が出ていた。
その風景は21世紀の縁日の風景となんら変わりはなく、よくもまあ600年も文化が残り続けていたものだと感心するばかりであった。
「すげえな。俺の知る祭りの風景だ」
「そうなのですか? だとしたら、ハマコ様達観光局が古い文化の復興をしているのかもしれませんね」
「あー、文化が残り続けていたとかじゃなくて、再現しているのか」
普段のアーコロジーの風景とは違い、屋台が並ぶ道を多数の市民達が行き交っている。ゲーム漬けの未来人も、祭りとなると部屋を出るらしい。
そういえばヨコハマ・アーコロジーの行政区から、事前に祭りがある旨のメッセージが端末に届いていた。二ヶ月前の開港記念日もこんな感じだったな。
「じゃ、花火までまだまだ時間あるから、屋台を見て回ろうか」
「はい。はぐれないように気をつけましょう」
「バーチャルインディーズマーケットのときとは違って、人と接触したらぶつかるからな」
「さすがに解っていますよ」
俺とヒスイさんはそう言葉を交わして、屋台を回り始めた。
型抜きにヨーヨー釣り、クジ引き、射的に輪投げと様々な遊戯屋台があるようだ。
「景品のある屋台は荷物になるからちょっとあれだな」
俺はそう言って、今の自分の格好を見下ろした。金魚柄の白い浴衣だ。手には一応荷物入れとして赤い巾着袋を持っているが、景品の類はそう多く入れられない。
ちなみにヒスイさんは緑色の浴衣を着ており、柄は翼の生えた白猫。つまりイノウエさんの柄だ。
俺とヒスイさんのどちらも、マイクロドレッサーに着せてもらった浴衣である。万が一着崩れても、ヒスイさんが着付けをできるらしいのでそこは安心だ。
『民族衣装いいよね』『いい……』『惑星テラのニホン国区における夏の伝統衣装である浴衣可愛いね』『説明ご苦労』
そして、今日は撮影者としてカメラロボットのキューブくんが同行しており、ライブ配信を行なっている。周囲を歩く市民からは、ライブ配信である旨が、俺達の頭上にARで表示されているのが見えるだろう。
「まずは食事を取ろうか。味覚共有機能の申請は通っているんだよな?」
「はい、抜かりなく。では、まずはあちらのたこ焼きから」
『おっ、早速、祭りの食べ物か』『伝統的屋台飯楽しみだなー』『ニホン国区系は全然馴染みがないわ』『そもそもニホン国区ってどこ?』
まあ、一惑星の小さな島国のことなんて知らない人も多いか。今日はそのよく知らない島国の古い文化を楽しんでいってくれたらと思う。
「おっちゃん、たこ焼き二つ!」
『あいよ!』
ねじり鉢巻きをした調理ロボットに注文し、焼き上がるのを待つ。
「自動調理器が発達した時代に、こうやって料理を作ってくれるロボットがいるというのもまた古い文化の復興なのかね」
「外食産業では、まだまだ調理ロボットや料理人アンドロイドは健在ですけれどね」
「そういえば寿司屋もそうか」
ニホンタナカインダストリのタナカさんに連れていってもらった寿司屋『天然みなと』には、その後も個人的に数回訪れている。あそこも寿司職人の大将と女将さんはアンドロイドだ。
「じゃあ早速たこ焼きを……おほっ、あちゅい……うまうま」
熱すぎて火傷をすることはないが、熱さを感じる機能はミドリシリーズにもしっかりある。熱さを感じないと、美味い物も美味いと思えないことだってあるからな。
『いいね!』『カリッとしてとろっとしてうまあい』『中のたこがいいアクセントしているよ』『たことか滅多に食わんけど美味いもんだな』
よかった、デビルフィッシュとか言って、たこを忌避する人はいないようだった。未来人の食文化は寛容だったりするのかな。虫食とかは聞いたことがないが。
そして俺達は焼きたてのたこ焼きをその場で食べきり、道行く掃除ロボットに空き容器を回収してもらう。
「さあ、どんどん食おう」
「はい」
俺達が次に向かったのはかき氷屋台だ。
「おっちゃん、ブルーハワイを一つ」
「私はメロンで」
『あいよー』
ロボット店主からかき氷を受け取る。見事に青い色をしている。
「21世紀だと、かき氷のシロップは全部同じ味で、色とフレーバーだけが違うって言われていたけれど、これはどうなんだろうな」
「食べ比べてみますか?」
「じゃあ、一口ずつ食べよう」
お互い交互にかき氷を食べていく。
だが、味の違いはあるようなないような……。
「うーん、判らん!」
「香りは違いますね。メロン味はメロンの香りです」
「ブルーハワイは……ブルーハワイってなんの味だよ!」
そう言い合って俺達は笑った。
『イチャイチャしおって……』『姉妹じゃなかったら嫉妬の念を送っていたところだ』『姉も妹もいないからこういうのが普通なのか判別できない』『養育施設の仲間は皆、兄弟姉妹!』『いや、そういうのはいいです』
視聴者コメントを聞きながら、俺達はかき氷を最後まで食べきった。
「夏とは言ってもアーコロジーの中は快適な室温だから、一個で十分だな」
「そうですね」
ガイノイドのボディが、かき氷を食べ過ぎた程度でどうにかなるとは思わないが。
空の容器を掃除ロボットに渡し、俺達は次の屋台に向かう。
サンガ焼きという屋台ではあまり見ない料理を売っているところがあったので、そこに向かう。
「サンガ焼き二人分! ってあれ、大将じゃないか」
その屋台には、寿司屋『天然みなと』の寿司職人の大将と女将さんの二人のアンドロイドがいた。
「おお、こりゃヨシムネさん。どうも!」
大将が元気に挨拶を返してくる。
『ヨシちゃん知り合い?』『顔がぼやけているから誰か判らん』『うーん、誰だろう』『ヨコハマ・アーコロジーで大将……ああ、寿司屋か』
察しがいい視聴者がいたようだ。
俺は大将に向けて一つ確認を取る。
「大将、ライブ配信中なんだけど、顔しっかり映して大丈夫かな?」
「へい、問題ないでさあ。これでも客商売。顔売ってなんぼです」
「私も問題ありません」
大将と女将さんが了承したので、俺はキューブくんに向けて言う。
「じゃあ、キューブくんよろしく」
キューブくんが電子音を返してくる。配信画面を念のため確認すると、大将と女将さんの顔がしっかりと映っていた。
「で、サンガ焼き二人分ですね。焼きたてを作りますんで!」
大将が元気にそんなことを言い、ミンチになった魚肉を鉄板で焼き始める。
「よろしくー。しかし大将、今日はお店休みかい?」
「祭りの最中はお客さんもこないだろうって、観光局に駆り出されたんでさあ。何か料理屋台をやれってんで、寿司職人なら魚を扱ってなんぼと思いやしてね」
「それでサンガ焼きかぁ。うーん、いい匂いだ」
鉄板の上で魚肉が焼かれていき、一口サイズのサンガ焼きがいくつもできあがった。
「はい、どうぞ!」
「美味そうだ。早速いただくよ」
俺はクレジットを支払い、容器を二つ受け取って片方をヒスイさんに渡した。
小さめのサンガ焼きが四つ容器に入っており、爪楊枝が備え付けられている。
爪楊枝を使ってサンガ焼きを一つ取り、それを一口でぱくり。
「ほふっほふっ……んー」
『美味え!』『なにこれすごい』『これが職人の料理!』『魚肉をただ焼いただけじゃない、調理の妙を感じる』
「ありがとうございやす!」
ライブ配信に接続して視聴者コメントを聞いたのか、大将が頭を下げて礼を言ってくる。
「いや大将、これ本当に美味いよ。さすが魚を使わせたら一流だな」
「魚じゃヨコハマではそうそう負けやせんよ」
にやりと大将が笑う。すると、俺達のやりとりを見ていたのか、屋台に人が集まり始めた。
「おっと、こりゃあ邪魔しちゃいかんな。じゃあ大将、今度また店で」
「はい、ありがとうございやした!」
そうして俺達は屋台から少し距離を取り、残りのサンガ焼きを食べていく。
うーん、このクオリティの料理が屋台で食べられるとは思っていなかったな。ごちそうさまだ。
「よし、ヒスイさんまだ食べられる?」
「はい、余裕ですよ」
「じゃあ、次はあっちのベビーカステラだ!」
その後も俺達は、ベビーカステラ、リンゴ飴、イカ焼き、綿飴、焼きそばと食べていく。
ミドリシリーズのボディにはバイオ動力炉が搭載されているので、食べるそばから消化されて満腹になるということがない。
『健啖家やね』『俺サイボーグ化していないから、リアルでこんだけ食えば動けなくなるわ』『そもそも消費クレジットが気になってここまで買えない』『でも屋台の値段結構安くない?』『お祭りに参加していただきやすいよう、値段は頑張って下げています!』
屋台の値段か。そういえば気にしてなかったな。一級市民の配給クレジットは多いので、金銭感覚がずれてきているのかもしれない。成金趣味にならないよう気をつけなければ。
まあ、今は配信のためなので屋台行脚を止めないけどな!