21世紀TS少女による未来世紀VRゲーム実況配信! 作:Leni
次のライブ配信に備えて、ARでゲームの説明書を読んでいたある日の午前。
ヒスイさんはイノウエさんを前に、なにやら話していた。
「いいですか、イノウエさん。この魚は餌ではありません。ロボットなので食べられませんよ」
金魚鉢をイノウエさんに見せながらそんなことを言っている。
……いや、ヒスイさんなにやっているのさ。
「ヒスイさん、猫を相手に高度なしつけは無理でしょ」
「やってみなければ判りませんよ」
「いや、金魚がイノウエさんに噛み砕かれてからじゃ遅いよ。素直に機体設定いじろう?」
「そうですか……」
俺の言葉に、ヒスイさんはしょんぼりとうなだれた。
犬じゃないんだから、そう都合のいいように言うことを聞かせられるわけがない。いや、犬だってそうそう言うこと聞くわけじゃないけど。
落ち込むヒスイさんを前に、俺は説明書のキャラクター紹介ページを空間投影しながら言う。
「まあまあヒスイさん、次の配信でしゃべる猫が出てくるし、そっちで我慢しよう」
その言葉を聞いて、ヒスイさんの身体に力が入る。
「『ダンジョン前の雑貨屋さん』ですか。いい猫ゲームでした」
「猫ゲーム扱いかぁ……」
ヒスイさんには配信に出してもいいゲームかどうか先行してプレイしてもらっているので、このゲームはすでに彼女にとってクリア済みのゲームなのだ。
「そろそろ視聴者の犬派が、犬を出せとか言ってきそうだな……」
「猫がいればそれでいいのですよ」
うーん、猫過激派。
と、そんな話をしているうちにイノウエさんが金魚鉢に手を突っ込んでいる。
こりゃいかんと、俺はイノウエさんを抱えて金魚鉢から離し、ヒスイさんに手渡した。
「はい、設定しておいてね」
「……了解しました」
しぶしぶといった感じで了承するヒスイさん。
いや、ロボット金魚はヒスイさんの持ち物だし、イノウエさんがいたずらしたら被害を受けるのはヒスイさんなんだから、そんな仕方なくみたいな表情するんじゃないよ。
◆◇◆◇◆
今日も予定していたライブ配信が始まる。
まずはリアルパートからの始まりだ。
「どうもー。ゲームのライブ配信は二週間ぶり! 21世紀おじさん少女のヨシムネだよー」
「次々回配信予定のゲームまですでに精査済みです。助手のミドリシリーズガイノイド、ヒスイです」
挨拶の始まりと共に、多数の視聴者が接続してくる。その接続者数は、初めてライブ配信したときと比べると何倍もの人数になっている。順調に人気が出ているようで嬉しい。
『わこつ』『わこつって言いたかった』『とてもわこつです』『オブ・ザ・デッドからそんなに経っているのか』『配信自体は続いていたから気づかなかったですね』
巧妙なタイミングで、抽出された視聴者コメントが読み上げられる。こちらの台詞とは被ってこないし、賢い読み上げ機能である。
「まずはリアルパートからお送りしているぞ。今回は、我が家の新たな仲間を紹介しよう」
そう言って、キューブくんを引き連れて移動する。
カメラに映すのは、金魚鉢。
「ヒスイさんが夏祭りで取ってきたロボット金魚だ。餌いらずなのでペットというよりインテリアだな」
『丸い水槽が可愛い』『金魚鉢だね』『カラフルな魚だし、オシャレなインテリアだ』『ロボットでアクアリウムかぁ。ちょっといいかも』
視聴者の反応もいいようだ。ロボットなので、餌いらずということは水も汚れないので水替えも頻繁にやらなくてすむ。手間がかからなくて俺的には大歓迎である。
まあ、本物のアクアリウムを用意しても、世話はヒスイさんがやるだろうけどね。
「次に、俺の予備ボディを流用したお留守番役のホムくんだ」
『皆様、どうも初めまして。ホムと申します』
フリルのついた執事服に身を包んだホムくんが、キューブくんに向けてうやうやしく礼をする。
『予備ボディ……?』『ヨシちゃんの男ボディか!』『男の子になるなんておじさん許しませんよ!』『落ち着け。こうして役目を与えているってことは、男に戻るつもりはないってことだ』『どうなのヨシちゃん』
「配信を続けている限り、ミドリシリーズの見た目を維持し続けるつもりだぞ。ちなみにホムくんは留守番が必要なときしか起動しないから、普段の配信には映らないな」
視聴者達の安心するコメントを聞きながら、俺は場所を移動。いつものソウルコネクトチェアがある部屋までやってきた。
「それじゃあ、リアルパートはここまで。SCホームに移動するぞ」
俺はソウルコネクトチェアに意識をゆだね、魂の世界にログインした。
畳の敷かれた日本家屋の居間に、靴を脱いだ状態で降り立つ。
隣にはいつもの行政区の制服を着たヒスイさんがいる。
「さて、早速ゲームをやっていくぞ。今回やるゲームはこちら!」
俺がそう言うと、ヒスイさんがバスケットボールサイズのゲームアイコンを掲げた。
「新作インディーズゲーム、『ダンジョン前の雑貨屋さん』だ!」
『インディーズか』『解りやすいタイトルだ』『経営ゲームかな?』『やったー! うちのゲームだー!』『おっ、制作者さんおるやん』
おや、制作者の人がいるのか。インケットで電子サインをねだってきた人かな?
どうやら配信されるのを喜ぶタイプの人だったようだな。ネタバレ禁止! とか言われなくてよかった。
そんなことを思っている間にも、ヒスイさんがゲームの説明を始める。
「『ダンジョン前の雑貨屋さん』はダンジョンを攻略するRPGパートと、雑貨屋を経営するシミュレーションパートに分かれたゲームです。プレイヤーは雑貨屋の店主となり、ダンジョンで素材を集めてアイテムを調合し、それを販売することでお金を稼いでいきます。両方のパートを進めることでストーリーが進行していきます」
「最初はただの経営ゲームかと思ったんだが、RPGの要素があってちょっとびっくり」
「一人称視点のソウルコネクトゲームですので、戦闘はいつもの通りアクションになりますけれどね」
「アクション戦闘なら任せろ! 素手で虎だって倒してみせるさ」
『頼もしい』『あのヨシちゃんが成長したもんだ……』『まあこのゲーム、武器は魔法銃なんだけどね』『マジかよ』『ヨシちゃんのスタイリッシュガンアクションが炸裂する!』
銃、銃なぁ。この時代に来てからいくつかVRガンシューティングをプレイしてきているが、時間加速機能で鍛え上げた武器アクションと比べると、自信はあまりないんだよな。このゲームでは銃の練習をするつもりで挑もうか。
「ちなみにこのゲームは素手に攻撃判定がありません」
ヒスイさんがそう言い、俺は本格的に銃を頑張らなければと決意する。
さて、ゲームを始めようか。
「じゃあ、『ダンジョン前の雑貨屋さん』スタートだ!」
俺がそう言うと、日本家屋の背景が崩れていき、タイトル画面に変わる。
タイトルロゴが正面に表示され、背景は小さな村落が映っている。そして、女の子の歌う歌が流れている。
「明るい歌だな」
「制作者の一人であるガイノイドが歌うタイトル曲ですね」
「制作者本人の歌かよ。面白い人達だなぁ」
インケットの時にファンの男性と一緒に売り子をしていた子かな?
『どうしても入れてくれって言われて……』『何それ笑える』『自己主張激しい子やな』『でも歌、ちゃんと上手ですよ』『作詞作曲もその子です』『多才なAIだな』
コメントが盛り上がっていくが、ゲームを進めていこう。
「オプションは大丈夫? ヒスイさん」
「はい、NPCとの会話が頻発するRPGなので、以前の通り強く念じることで視聴者の皆様との会話を可能としています。難易度設定はありません。ゲーム速度は1倍。インディーズゲームですので、高度有機AIサーバへの接続はありません」
「ん、ありがと。では、『はじめから』を選択!」
メニューから『はじめから』を選ぶと、カメラが村落にある『雑貨屋』という看板が掲げられた一軒の家にフォーカスしていく。
雑貨屋の軒先にカメラが近づき、そして雑貨屋の家屋内でカメラが止まる。
商品が並べられた棚のある店内。そこで『キャラクターを作成してください』というメッセージが流れる。
「んじゃ、いつも通り現実準拠で」
SCホーム用のアバターそのままの見た目を適用し、名前をヨシムネと入力する。
一方で、ヒスイさんはお助けキャラという項目で自分のキャラを作成していた。
このゲームのダンジョン探索は一人で行なう仕様となっているが、店の売り子やアイテム作りのサポートキャラとして二人目以降も参加することができる。
ダンジョンに挑むRPGパートは一人用、雑貨屋を経営するシミュレーションパートは複数人でプレイ可能となっているのだ。主にサポートAIの参加を想定していると説明書に書いてあった。
「では、私は店番を担当します」
ヒスイさんはそう言ってキャラクターを作成し終えた。
そうしてキャラメイクが終わり、ゲーム本編が開始される。
カメラは再び家の外へと移動し、ナレーションが入る。
『剣と魔法のファンタジー世界セラス。魔王が討伐されて100年の月日が流れたこの時代、人々は平和な日々を送っています』
村の全体を映したカメラは、村の真ん中に置かれた門を大写しにする。ダンジョン門と文字が画面の下に表示された。
『この『ダンジョン村』もそんな平和な場所の一つ。ゴブリンとスライムが出現する小さなダンジョンがある小さな村で、あなた『ヨシムネ』は雑貨屋を営んでいます』
カメラが再び雑貨屋の店内に移動する。すると、店内のカウンターに俺とヒスイさんのアバターが座っていた。
カメラは俺に近づいていき、俺の一人称視点へと変わる。アバターに魂が憑依した感覚があり、言葉を話せるようになった。
『ヨシムネー。ヨシムネー』
と、俺を呼ぶ声がする。声の方向に視線を向けると、そこには黒猫が一匹。
視界に文字が表示される。『雑貨屋の住民メケポン』。これが説明書にあったしゃべる猫メケポンか。
『ヨシムネー。初級ポーションの在庫がなくなりそうなのじゃ。調合室でポーションを作るのじゃ』
「お、おう」
早速、チュートリアル的な何かが始まりそうになっている。
『しゃべる猫』『ヒスイさん大歓喜である』『古くさい言葉遣いがあざといな』『ねえ今回このゲーム配信したの、この猫がいるからじゃあ』
妙な勘ぐりはよせ!
俺はしゃべる猫メケポンにうながされ、椅子から立ち上がりカウンターの奥の部屋に移動する。
当然のようにヒスイさんもついてきた。
『いやし草をすりつぶしてお湯で煎じるのじゃ。さあ、やってみるのじゃ』
視界にガイドが表示されて、手順を説明してくれる。
棚からいやし草を取り出して、薬研ですりつぶす。ゲームだからか、数回やっただけで完全にすりつぶせた。
部屋の隅に置かれた水瓶――視界のガイドによると無限に水が湧き出る水瓶らしい――から水を確保し、鍋に入れ魔法のコンロで湯を沸かす。
30秒ほどで沸騰してきたので、すりつぶした薬草をお湯の中に投入。30秒煮込むと湯が緑色になる。
火を止め布で薬草をこして、初級ポーションの完成だ。ガラスの瓶に初級ポーションを注いで小分けにして、初級ポーション×10ができあがった。
『よくやったのじゃ。ヒスイ、これをお店に並べておくのじゃ』
「かしこまりました」
ヒスイさんが初級ポーションをカゴに入れ、お店に運んでいく。
商品を用意するには、こうやっていちいち作成していかなければならないんだな。ヒスイさんは売り子のお助けキャラでしかないし、配信のために時間短縮する手段も探していかないと。
『ヨシムネ、いやし草の在庫が心もとないのじゃ。ダンジョンに取りに行くぞい』
おっ、次はRPGパートのチュートリアルか。
「それなら、さっき作った初級ポーションを持っていかないとな」
『何を言っているのじゃ。おぬしのレベルだと、在庫の初心者ポーションで十分なのじゃ。それよりも、魔法銃を持っていくのを忘れてはいかん』
視界にガイドが表示され、棚にある銃の位置を知らせてくれる。
革製のガンベルトに革のホルスターがついており、ホルスターの中には見たことのない形状の銃が収まっていた。
俺はガンベルトを手に取ると、メニューの装備欄からそれを装着する。
村娘の格好にガンベルトが浮いている。防具もそのうちそろうのだろうか。
『さあ、初心者ポーションを持ってダンジョンに向かうぞい』
メケポンが先導して調合室から雑貨屋の店内へと向かう。
店内では、すでにヒスイさんが初心者ポーションを用意して待っていた。
「ヨシムネ様、こちらをどうぞ」
「ありがとう。行ってくるよ」
『行くのじゃ』
メケポンが店内から出ようとする。それを俺は慌てて追った。
「メケポンもダンジョンについてくるのか。危なくないか?」
俺がそう言うと、メケポンはこちらに振り返り答える。
『儂はダンジョンの精霊なのじゃ。ダンジョンのモンスターは儂に危害を与えられん』
なるほどなー。しゃべる猫は精霊さんでしたか。
メケポンは雑貨屋のすぐ前にある、ダンジョンの門の前で立ち止まる。
建物の類はなく、ただ門だけが不自然に立っている。
『このダンジョンも、昔は立派な巨大ダンジョンだったのじゃがなぁ。訪れる人が減り、すっかりしょぼくれた初心者ダンジョンに変わってしもうた』
へえ、ダンジョンの規模って変動するのか。
『つまり人が増えるとダンジョンが大きくなる?』『商品を増やして人を呼び込んで、ダンジョンを育てよう的な?』『雑貨屋経営と思ったらダンジョン経営が始まりそう』『なんで訪れる人が減ったんだろう』
その辺の謎はおいおい説明されていくだろう。されるよね? インディーズだからどうだろう。でも、ヒスイさんが配信にちゃんと使えると判断したゲームだからな。
『では、行くぞい』
メケポンがそう言うと、ダンジョンの門はゆっくりと開いていき、門の向こうに苔むした洞窟が見えた。
俺は腰の銃の感触を手で確かめると、警戒しながら洞窟へと足を踏み入れるのであった。