雪乃side
比企谷くんが教室に来てくれた………この時間がもっと長ければ良いと思っている自分がいる。私は比企谷くんと過ごす時間が好き。他の誰かといる時よりも比企谷くんと過ごす時の方が落ち着くし、何よりも幸福感を感じる。
そして今日は私の作ったお弁当を比企谷くんに食べてもらう日。実はこの瞬間、柄にもなく少しだけ緊張してしまっているの。異性に自分の作った物を食べてもらうって緊張するもの。
けど、比企谷くんは決まってこう言ってくれる。
八幡「んぐっ、んぐっ……んっ、おぉ〜やっぱ美味いな。お前また腕上げたんじゃねぇの?」
雪乃「そんな事ないわよ、前に作ってから1週間しか経ってないのよ?」
八幡「いや、『継続は力なり』っていうだろ?お前日頃から料理してそうだからな。」
毎回彼からはこんな言葉をもらう。そう言われるのがとても嬉しい。
ーーー数分後ーーー
八幡「ご馳走さん……美味かったわ。サンキューな、雪ノ下。」
雪乃「いいのよこれくらい。次もまた作ってくるから、その時はまた此処で。」
八幡「あぁ。じゃあ俺はちょいと仕事するわ。」
雪乃「えぇ。」
私は比企谷くんのお仕事についてはちょっとだけ知っている。極道組織、所謂暴力団ね。比企谷くんはそこに所属していて上の立場にいるみたいね。そして今は経理を比企谷くんの母親から任されているみたい。
それにしても速いタイピングね。私でもこんなに早く出来ないわ。
雪乃「………」
八幡「………」
雪乃「………」
八幡「………」
長い静寂だけど、この静けさも私のお気に入りよ。教室ではこんな静けさは無いもの。
雪乃「……やっぱり綺麗な字ね、貴方の文字は。」
八幡「そうか?俺は普通に描いてるつもりだが。それを言うならお前も綺麗だと思うけどな。」
雪乃「女子はそうかもしれないけれど、男子はどちらかといえば汚い方でしょ?」
八幡「まぁそうだろうな………うん、やっぱ変わったよな、お前。」
雪乃「?何がかしら?」
八幡「いや、なんて言うの?俺への態度。」
雪乃「………懐かしいわね。あの時は貴方に突っかかっていたものね。」
そう、これは私がまだ比企谷くんを知らなかった時の話。あれは確か……入学して初めての期末テストの結果発表の時かしら………
ーーー回想ーーー
雪乃「………」
1位. 比企谷八幡 490点
2位. 雪ノ下雪乃 485点
雪乃「2位………」
八幡「10点、か………あの問題、完璧にしてたはずなんだけどな。見直しが甘かったか。他は取り敢えず100点だからいっか。」
雪乃「……待ちなさい。」
八幡「あ?」
雪乃「貴方が比企谷くん?」
八幡「そうだが………お前は?」
雪乃「私は雪ノ下雪乃。今回のテストで2位だったわ。」
八幡「そうか………で、なんか用?」
雪乃「あまり良い気にならない事ね、次は私が1位になるわ。」
八幡「………あっそ、んじゃ。」テクテク
雪乃「っ!」
当時の私はテスト結果で負けた屈辱からか、比企谷くんに敵対心を持っていたわ。次のテストでは彼に勝つ。そう思って勉強に勤しんでいたのだけど……
ーーー図書室ーーー
雪乃「………」
雪乃「………いきなりこれは難しすぎたかしら。」
八幡「当たり前だ。」
雪乃「っ!!」
八幡「お前、そこはまだ教えてもらってない範囲だろう?我流で身につけても為にならねぇぞ。」
雪乃「あら、誰かと思えば主席谷くんじゃない。何かようかしら?貶しにでも来たのかしら?」
八幡「何で努力してる奴を貶さなきゃならねぇんだよ。意味が分からん。」
雪乃「………」
その時は真っ直ぐな正論に言い返せなかったわ。
八幡「………見せてみろ。」
雪乃「ちょ!?勝手に「いいから教科書見とけ。いいか、ここの〜は………」」
ーーー数時間後ーーー
八幡「………ん?もうこんな時間か。随分とやり込んだな。悪いな、なんか付き合わせる形になっちまってよ。」
雪乃「い、いえ……別に。」
八幡「じゃな。またどっか分かんねぇとこあったら言えよ。可能な限り教えてやる。」
雪乃「あ、あの……」
八幡「ん?どした?」
雪乃「何で……私にそんな風に接してくれるの?私、貴方には余り良くない態度を取っていたのに………」
八幡「別に理由なんかねぇよ。ただお前が困っていたから勉強を教えてやっただけだ。それに、何かに向かって努力をする奴は嫌いじゃない。むしろ好感を持てる。お前が最初に俺に八つ当たり気味に話してきたのだって、それが理由なら頷けるしな。努力したのに他人に負けたらムカつくからな。だからお前は次は勝てるようにこうして努力してる。違うか?」
雪乃「………」
八幡「まぁ簡単に言えば、俺がただお節介焼いただけって事だ。あんま気にすんな。」
………そう言って彼は図書室を出て行った。その時、私はとても嬉しかった。私の事を初めて認めてくれた人。家族以外で初めて私を見てくれた人だったから。
それから私は、分からない所があったら比企谷くんに聞くという習慣が身につき、いつしかお弁当を作るようにまでなっていた。彼の前でなら、私は素直でいられる。普段通りの私でいられる。
彼は
ーーー回想終了ーーー
雪乃「………懐かしいわね。」
八幡「そうだな。今ではこんな風に偶に一緒に飯を食う仲になってんだから、驚きだよな。」
雪乃「ふふっ、そうね。前の私なら考えられなかったわね。」
八幡「………ふっ。」
雪乃「?どうかしたの?」
八幡「いや、やっぱり変わったなって。タッチが柔らかくなってる。」
雪乃「接しやすい、という意味かしら?」
八幡「あぁ。」
雪乃「ふふふっ、貴方だけよ。」
だって、他の人には向けたくないもの。