ブレイクデカール。
それはGBNの一部で流通している、デカール(シール)状の非公式パーツ。このブレイクデカールをガンプラのどこかに表面に張り付けることで、通常のGBNでは不可能な挙動、現象を引き起こす事を可能とする。
その結果として、圧倒的な性能、戦闘能力を獲得することができるため、強さを求める下位ランカーを中心に徐々に広まっている。という話だ。
「そんなので勝ったって……ズルじゃないか!」
「それでも勝ちたいんだろうよ」
「でも!」
イツキとレイジロウは、ロビーの外……仮想空間の星空が見える場所で。二人だけで語らっていた。
昨日の、ブレイクデカールを使用したダイバー……マスダイバーに三人がかりで敗北した事実。イツキはそれが上手く受け入れられず、苛立ちを隠せないままでいた。
それは、やはり新たな姿を手に入れたレムナントガンダムが。圧倒的な強さを見せてくれたはずの愛機が、一方的に敗北したという事も大きな理由となっているのだろう。
しかも、正々堂々ではなく。ブレイクデカールという力によって圧倒されたのだ。
対するレイジロウは、幾度もの勝利と敗北を重ねてきた。勝負をしているのだから、勝つ者がいれば、当然誰かが負ける。たとえそれがマスダイバー相手でも、当然と割り切っている。だが。
「反則だよ。ブレイクデカールなんて……マスダイバーなんて……!」
「そりゃ、そうだけどよ……」
実際、問題視されている。最近増えつつあるバグも、ブレイクデカールの影響ではないか。マスダイバーのマナー違反行為も目立つ。そもそも、ブレイクデカールを使うこと自体がマナー違反ではないか。
しかし運営は手をこまねいているばかりで、マスダイバーは増える一方だ。このままいけば、GBNのマナーの崩壊は避けられないだろうともいわれる。
「なぁ、イツキ」
そんな世論よりも、今最も気になるのは。
「お前、何に怒ってるんだ?」
「え?」
レイジロウが最も気にするのは、イツキの心情。
普段は穏やかだが、負けず嫌いだと知っている。
優しすぎる程だが、曲がった事が嫌いなのも知っている。
だから。
「そんなの、マスダイバーに……」
「違う」
それは、即断できる。断言できる。親友は伊達ではない。
「負けた事だろうが」
「っ!!」
イツキは一瞬、泣きそうな顔をして。そしてそれを隠すように、そっぽを向く。
「頑張ったもんな。レムナントの強化。あーでもない。こうでもないってよ」
「……」
思い起こされるのは、レイジロウと二人で語り合い、そして作り上げた、レムナントガンダムの姿。
燃え盛る炎を模した、放熱板を展開したレムナントブレイズ発動形態。その圧倒的なパワーは、イツキにとって初めての体験だった。
自分の作り上げた初めてのガンプラが強く、格好よく思えた。
「で、勝って」
格上を相手に、その出力で圧倒し、勝利した瞬間を思い浮かべ。
「負けて」
そして。マスダイバー相手に一方的に敗北し。
「それは……相手がマスダイバーで……!」
「ちーがーう。ほれ、コレ」
悔しさに表情を歪めるイツキの肩を、レイジロウが抱き寄せ。そして表示された動画を見せる。
それは、紫色のオーラを纏ったブレイクデカールを使用したらしきグリモアが、一機のガンプラを狙う映像。ハルートの改造機らしきそのガンプラは、射撃を高速機動で易々と回避し。
『GBNは……この瞬間が、素晴らしい!』
変形を繰り返し、グリモアの視界から消え。
直後。グリモアの腕が切断され、マスダイバーが悪態をつくと。
動画は、そこで終了した。
「すげーだろ。マスダイバーを圧倒してんぜ? ブレイクデカールなしで」
「何が、言いたいのさ……」
イツキの真っ直ぐな問いかけを。その瞳を真っ直ぐに見つめ返し、レイジロウは、言う。
「俺たちが弱いから負けたんだよ」
「!!」
それは、イツキが無意識に否定し、逃げていた答え。
相手がマスダイバーだから負けた。ブレイクデカールを使った相手だから負けた。ズルだから負けた。
自分の、愛機の弱さを直視できず。
「だったら……」
「だったら。お前はどうする? どうしたい?」
イツキは拳を強く握り、勢いよく立ち上がる。
どうする。どうしたい。決まっている。
夜風が吹く。仮想現実の風が、イツキの頬をなでる。そして、何かを決心したかのような顔つきで。
「強くなる。強くなりたい」
「おう」
イツキの答えに、レイジロウはにやりと不敵な笑みを浮かべ。
何となしに、二人は同時に月へと手を伸ばす。どこまで手を伸ばしても届かない、高みへと。
そしてその月を、ガンダムAGE‐2の改造機と、二機のクランシェカスタムが横切る。
「あ、チャンプ」
「え!? どこ? どこ!?」
「で、夜更けまでGBNでバト……遊んでたから、学校では寝てました、って?」
「はい……」
「失敗を認めて、次の糧にします」
翌日。イツキとジロウの二人は授業時間の半分以上を居眠りで過ごした。結果、こうやって委員長であるアイに教室で説教を受けている。
「それは大人! じゃなくて……」
「あれ? 委員長ガンダム知ってんの?」
「い、今はどうでもいいの! それより、居眠りが続くような事があれば……」
ずい。としかめっ面を二人に近づけると、やけにドスの利いた声で。
「保護者に連絡させていただきます」
「ごめんなさい」
「もうしません」
二人はただ、土下座する他無かった。
「はぁ。怒られて当然よ」
「ごもっともで」
その夜。イツキとレイジロウはいつものようにマギアと合流すると、ハンガーで屯っていた。どうやら学校で受けたお叱りについて話していたらしい。
「学生の本分は勉強でしょう? GBNは遊び。息抜き。ちゃんと割り切りなさい?」
「委員長みたいなこと言うね、マギアさん」
「自称美少女アイドルダイバーとは思えねーお言葉」
「……ふ、普段はもっとアイドルらしくしてるわよ」
ふいっ。とそっぽを向くマギア。ひらひらとしたアイドル衣装のフリルがふわっと揺れる。
「悪い悪い。ていうか、普段何してんだ? GBNで」
「あ、僕も気になる」
そう。イツキもレイジロウも、マギアについて知っていることは少ない。が、何故か妙に親しみやすく、またマギアもこの二人に対しては、常に自然体で接していた。だがしかし、リアルの事はもちろん、GBNでどのようなプレイをしているのかも知らなかった。
「そうね。主に動画配信よ。マギア☆ちゃんねる、ていう、可愛い系のミッションとか紹介するチャンネルね」
そう言うと、マギアはメニューを操作し、ある動画を表示する。それをイツキとレイジロウの二人に見せると、得意げな表情を浮かべる。
画面の中では、いかにもアイドルらしい声音と仕草で、プチッガイと戯れるマギアの姿。
「おぉ。アイドルしてんな」
「だからアイドルダイバーだってば」
再生数やチャンネル登録者も、決して少なくはない。なるほど、これは「自称」アイドルではないな、とレイジロウは認識を改める。
「っていうか、いいのかよ? アイドル様が俺たちみたいな一般市民ダイバーと組んでて。スキャンダルにならねーの?」
「そこまでアイドルに縛られるつもりはないわよ。気晴らしって言ったでしょ? 私は、この世界ではなりたい自分で、やりたい事をやるのよ」
キラッ☆という効果音でも付きそうなポーズで言い切るマギア。
「いいね、格好いいじゃねーか」
「うん、うん!」
「ありがと!」
そしてこの日。マギアのチャンネル登録者が、更に二人増えた。
その日はイツキもレイジロウも、昨夜の疲れから早々にログアウトした。しかしまだ眠るには早く。イツキはレムナントガンダムを手に、考え事をしていた。
強くなるには。
バトルの腕を磨く。ガンプラの完成度を高める。
腕を磨くなら、強敵とのバトルを、経験を積むしかない。
完成度を高めるなら、ガンプラをどこまでも作りこみ、磨き上げるしかない。
「でも」
足りない。それだけでは足りない、隔絶した強さ。
あの日の敗北を思う。レムナントガンダムの最大出力、ブレイジングレムナントのパワーが、相手にもならなかった。パワーも、スピードも足りない。
「なら、どうする」
今まで以上のパワー? 強力な武器? それとも……
「あ。そうだ」
イツキはレムナントガンダムのベースキットを思い出す。ガンダムダブルエックスと、ウイングガンダムプロトゼロ。ならば。
「兄さんに聞いてみなきゃ」
この時間ならまだ寝ていないハズ。そう考えたイツキは自分の兄……田堂マサルへと、携帯端末で連絡を取る。
「兄さん? 夜にごめん。今大丈夫かな?」
『おぉ、イツキか。何だ?』
端末の向こうから聞こえてきたのは、やや軽薄そうな声色だった。が、間違いなくイツキの実の兄である、マサルの声だった。大学進学を機に、遠方へと引っ越したのだ。
「ちょっとガンプラで、聞きたいことがあってさ……のパーツなんだけど、使ってる?」
『あー? いや。ってそんなこと聞くって事はお前。GBN始めたのか?』
「うん。ジロウに色々教わりながらね」
『そうかそうか! なら話は早ぇわ!』
「え?」
『俺と戦え。そしたらくれてやるよ』
そしてもったいぶるように、一拍の間を置き。
『ウイングゼロのシールド』
端末の向こうで、兄がにやりと笑ったのを感じた。