「パールジャムはその身体の一部が、病を治したい人の体内に入り、その人が抱える病の患部を取り除いて全く新しい物に作り替える事によって、病を治す事が出来るスタンドです」
「病の患部を取り除いて全く新しい物に…?つまりそれを使えばちぃ姉さまも…!?」
「ちぃ姉さま…?もしやルイズ、貴女の2番目の姉であるカトレア殿の事ですか?あの…不治の病で苦しんでいるという?まさかこのパールジャムというスタンドに、それが治せると言うのですか!?」
「はい。どんな病気でも、それこそ治療法が見つかっていない病気であっても、です。ただ…」
「ただ…?何なのよ?」
「その…治る際に起こる『ある事』が…余りにおぞましい物で…」
「お…おぞましい『ある事』…ですか?それは一体どの様な…」
「…目に疾患を抱えている人なら『本当に』滝の如く涙を流し、歯が悪い人ならその歯が全て銃の弾の如く発射された後に新しい歯が生え、内蔵が悪い人ならその内蔵が体内から飛び出してから新しい物が作られる…そういった光景です」
「ちょっ!?それ本当に大丈夫なの!?」
「大丈夫だ、問題ない。実際にその状態に置かれている人は、実は何も感じ無い」
「ほ、本当に大丈夫なんでしょうね…」
見た目だけで言えば思いっきりかけ離れてはいるが、その人間性や、ルイズ曰く水のトライアングルらしいメイジとしての才能…それらを考えればアンリエッタ姫様にピッタリのスタンドだ…調理の経験は流石に無いだろうが。
…スタンドについての説明が一段落した所で、ふと、姫様が何故ルイズの部屋を、人目を忍ぶ様に訪ねてきて、挙げ句に入って早々に探知魔法を使うという所業に出たのかが気になった。
「それはそうと姫様、どうしてこちらへ?周囲への警戒心丸出しでルイズの部屋をお尋ねになったのです。幼馴染に会いたいだけ…何て事は無いでしょう?」
「はい、そうでした…今から話す事は、誰にも話してはなりません」
挙げ句に口外厳禁…か、これは重大な裏がありそうだな…
「その話は俺が聞くと不味いでしょうか?ならば俺は部屋の外で待っています」
「いえ、そのまま。メイジにとって使い魔は一心同体。席を外さなくても結構ですよ」
使い魔である以前に異世界人である俺がこの場でルイズと一緒に聞くのはどうかとも思ったが、姫様は同席を許してくれた。
…だが、その口調に影が差したかの様に重苦しく感じたのは気のせいか?
「私は…ゲルマニア帝国の皇帝、アルブレヒト3世に嫁ぐ事になりました」
「ゲルマニア!?あの、野蛮な成り上がりの国に!?」
ははは…酷い言われ様だな…まあでも、ルイズから見ればそうなんだろうな。
ゲルマニア帝国は、此処トリスティンを始めとした『始まりの4大国』よりも後に建国された国らしく、そこでは貴族による合議政治が行われているらしい。
国家元首である、姫様が言っていた皇帝という存在もその代表という位置づけでしか無く、他の国のトップが『陛下』と呼ばれるのに対してアルブレヒト3世『閣下』と一般的には呼ばれているとか。
そしてルイズが以前の説明の時に最も嫌悪していた点が…『平民も金で貴族になれる』という制度。
そこは流石に『嫌悪しているルイズの方を』おいおいと思った…トリスティン以外の国は分からないが、少なくとも此処ではオールド・オスマンやルイズ等の一部を除いた貴族の、平民への扱いは物凄く悪い。
俺はルイズの使い魔であるという事もあって、そこまでじゃあ無いがそれ以外…例えばシエスタ達の扱いを見ると『奴隷』に対する様なそれなのだ。
その理不尽な扱いを改善したいと思い立ち、必死に成り上がろうとする努力を『野蛮』と言って嫌悪するのは、現代の日本で生まれ育った俺にはどうも我慢ならない。
だがルイズの言い分にも一理ある。
ルイズ達『真っ当な貴族』が持っている『黄金の精神』…それは人に教えられただけで簡単に身に着く物では無い。
幼い頃から心身共に教わり、その意味を思い知る出来事を潜り抜けながら時間を費やしていく…そうする事で少しずつ、自然と身についていく物だと思っている。
ゲルマニアの平民達が、貴族に成り上がる過程でその道のりを歩んでくれればそれがベストなのだが…制度的にそれは期待できない。
俺をそう思わせた制度、それは『金で貴族の地位が買える』という事。
ルイズの話だと、それに必要な金は一番下の地位でも日本円で換算すれば億のハードルを軽く超えるクラスだという。
当然そこまでの金を稼げる奴となれば…商人か盗賊、それも一度に大量の利潤を得られるような方面だ。
貴族ですら大半は身についていないというのに、そんな奴らに身に着けられるとは…正直思えない。
仮にそれを持った奴が貴族にのし上がったとしても、周囲はほぼ確実に『平民からの成り上がり』と見る。
そこで周囲とズレた…『黄金の精神』を持っていない奴らとズレた言動をしていれば、直ぐに追い落とされるのが関の山って奴だ。
「それはそうですが…ルイズ、今のアルビオンの状況は分かりますか?」
「確か…『聖地奪還』を掲げて決起した貴族派とそれを鎮圧しようとする王党派の間で内乱が起き、今にも王党派が押し潰されそうになっているとか…」
アルビオンというのはトリスティンと同じく『始まりの4大国』の一角で、何とそれは雲の上にあるとか…原理からしてONE PIECEの空島みたいな物か?
空中に浮いている事と関連しているかは不明だが飛行船の製造能力や、ドラゴン等の飛行能力のある大型の使い魔を操る術等に長けており、航空戦力は他の国を軽く凌駕しているらしい。
もしその戦力の半分近くでも貴族派に流れ、それが健在のままだったとしたら…
「アルビオン王党派が潰れれば次はトリスティンが狙われ、それを防ぐ為にゲルマニアと同盟を…という訳ですか?」
「ええ…その条件として、私がゲルマニア皇帝に嫁ぐ事となったのです」
有り体に言ってしまえば、政略結婚て訳か…そりゃあ、気も沈むわな。
王族とはいえ姫様は、今現在は実権を持っていない身の上だし、トリスティン自体も他の大国と比べて国力は弱いらしい。
婚姻に関する自由などあったもんじゃあ無い。
「ですが、その同盟をアルビオン貴族派は良しとせず、それを妨げられる様な材料を探しているとの情報を得たのです…」
「ま、まさか姫殿下…その様な材料が、存在すると言うのですか…!?」
「おお始祖ブリミルよ…この不幸な姫をお救い下さい…」
まあ、そうなるわな…そして姫様のリアクションからしてその材料は存在してしまっているらしい。
だが、俺は此処でさっきから気になっていた姫様のオーバーアクション振りが、再び気に掛かった。
幾ら幼馴染との再会だからって、幾ら理不尽な政略結婚を結ばされるからって…此処までオーバーなアクションをしないと収まらない物なのだろうか?
ましてやそのオーバーなアクションをしているのは『黄金の精神』を持っていると俺は見ている姫様だ…その時々の感情は疑い様も無いが、振る舞いは余りに不自然過ぎる。
「その材料は…以前、アルビオンのウェールズ皇太子殿下にしたためた1通の手紙なのです。ラグドリアン湖の精霊に誓って、婚儀を約束する、という主旨の。幼い頃の約束とはいえ、これがゲルマニアに渡ってしまえば私に二心ありと見られ、同盟を破棄されてしまうに違いありません。そしてその手紙は今、ウェールズ様の下にあります」
はは、成程な…これで合点がいったぜ…
「つまり、その手紙を貴族派が手にしてしまう前に、ルイズと俺がアルビオンに渡ってその手紙を手に入れて姫様にお届けする…その依頼の為に此処へお尋ねになられたのですね?」
「い、いえ決してその様な事ではありません!貴族派と王党派が戦乱を繰り広げているアルビオンに赴くなんて危険な事、頼める訳がありません!ただ、ただ1人心を許せるルイズに、打ち明けたかっただけです」
「いえ姫殿下!このルイズ、例え地獄の釜の中であろうと、龍のアギトのなかであろうと、姫殿下の命とあらば「待ちなルイズ!」きゃぁっ!?」
「さ、サイトさん?」
全く、姫様も案外あくどい事を考えるな…こりゃあ『黄金の精神』じゃあ無く『暗黒の意志』かもしれねぇな…
「姫様、1つお聞きしたい義が御座います」
「ちょっとサイト!ご主人様の話遮って、しかも姫殿下を問いただすなんて無礼にも程が」
「良く聞きなルイズ!本当に信用に足る配下っていうのはな、どんな命にもハイハイと従うイエスマンの事じゃあねぇ!重大なる間違いを起こしそうだと感づいたら面と向かって諫言出来る奴の事を言うんだ!」
ルイズの母、カリーヌさんが正にそうだと俺は思う…トリスティンの先代の王が亡くなった折、何時まで経っても喪に服したままだったマリアンヌ太后殿下を、武装した身なりで引っ張り出したらしいからな。
「ルイズと姫様の仲を疑う余地は無いと俺は思っていますし、姫様のトリスティンに対する御心への疑いも持ち合わせておりません。パールジャムは慈愛と純真なる心を司っているスタンドだと俺は思っています、これまでの姫様の言動を偽りだと疑う気は微塵もありません。不自然なまでに大仰なリアクションでルイズの同情を引き、この件を承諾させようとしたのも、トリスティンの太平を願っての事でしょう?」
「サイト、その物言いは無礼過ぎるわ!」
「待ってルイズ!…はい、サイトさん、その通りです。私ったら最悪な女ですね、唯一人の親友であるルイズを騙して危険な目に合わせようとするなんて…」
「いえ、それを咎める気は更々ありません。あそこまでしなければならないというのは、ルイズ以外に信用に足る知り合いがいない事の裏返しでしょう?それは良いのですが…此処からが本題です。
その信用できる唯1人の親友であるルイズを、恐らく失う事になる…それに対する覚悟は出来ていますか?」
ルイズと俺が向かうかも知れない所は、ハルケギニアでも髄一の航空戦力を持つアルビオンの、国力を二分した争いが繰り広げられている場所なのだ。
幾らフーケを圧倒したルイズと俺でも、相手のスケールが違いすぎる。
極秘任務だから人員は期待できないし、2人揃ってスタンドは近距離パワー型だ。
激戦区に足を踏み入れたら最後、魔法によるオラオララッシュの餌食だ。
トリスティンに帰還できる確率は、余り高いとは言い難い。
そして、姫様にとって唯1人信用できる親友であるルイズを失うという事は…
「これから姫様が向かう先は、野蛮だと言われているゲルマニアです。今までいたトリスティンとは全く風習が違うでしょうし、そこでの諸々の自由は厳しく制限されるでしょう。その地で、本当に頼れる人を全て失って、恐らくは一生を過ごさなければならない…そんな地獄の様な未来へ足を踏み入れる覚悟が、姫様、貴女にはおありですか!?」
「っ!」
…やれやれ、少し言い過ぎたか…だがこうでも言わなければ、その『心からの』真意は聞き出せまい。
俺の恫喝とも言える問い掛けに暫く黙りこくってしまったが、
「本当は…思いを寄せていたウェールズ様でなく…ゲルマニアのアルブレヒト3世になど…嫁ぎたくなどありませんし…それを成し遂げる為の…こんな依頼…ルイズには…頼みたくありません…!仮にトリスティンと…ゲルマニアが同盟を成し遂げ…アルビオン貴族派を…防いだとしても…私がトリスティンに…我が故郷に…帰る機会は限られているでしょう…!もしルイズまで…いなくなってしまったら…私は孤独な身で…ゲルマニアで一生を…過ごさなくてはなりません…!そんな未来に…どう希望を見出せば良いのか…見当も付きません…!」
…泣きじゃくりながら、心からの叫びを上げていた…その想い、どれだけの物だったか、現代の日本で人並みの生活をして来た俺の想像を軽く凌駕しているだろう。
姫様だって、生まれが違えば俺達と同じ年代の女子学生だったかもしれないのだ、その女子学生だったかもしれない存在には今、『トリスティン王国の存亡』という、余りに大きすぎる重量物が伸し掛かっている。
「ですが…これもトリスティンを…私の故郷を守る為です…!このトリスティンを、トリスティンにいる民を、何と引き換えても、守りたいんです!その為の覚悟は、全て出来ていますっ!」
けれど姫様は、その重量物を真正面から受け止めたっ!
素晴らしい…やはり姫様は『黄金の精神』を持った御方だっ!
「ブラボー…おお…ブラボー…!姫様の想いと覚悟、身をもって感じました…!」
「姫殿下の御心…その想いに答える事程、誉な事はありません!今回の任務、このルイズに是非お任せを!」
「俺も喜んで今回の件、承ります!」
「ありがとう、ルイズ、サイトさん…!私は貴女達の様な存在に巡り合えて、幸せです…!」
こうして、ルイズと俺はアルビオンの地へ赴く事となった。