…さて、どうした物か。
ウェールズ皇太子殿下との別れ際に健闘を誓い合い、風のルビーを預かった俺達だったが、『家に帰るまでがミッション』というどっかのゲームの重要人物の名言を思い知る程の状況下に今、直面していた。
尤も、レコン・キスタに捕縛されたという意味では無い、既にアルビオンからは遠く離れ、今はアンリエッタ姫様が待っているであろうトリスティン王宮だからだ。
…そう、俺達を乗せたシルフィードがトリスティン王宮に侵入したのが発端になった。
王宮の庭に着陸した俺達、その周囲には俺達をまるで『養豚場の豚を見る様な』…とまでは行かないが、如何にも不審者発見と言わんばかりの目つきで殺気立っている騎士達が囲んでいた。
まあ確かに何の許可も無く王国の最重要拠点に空から入る等正気の沙汰では無いと今更ながら思うが、それにしても殺伐とし過ぎだし、何より俺達は姫様からの命を受けて任務に当たった帰りである、姫様から少なからず連絡は来ている(任務に触れない程度だろうが)筈だが…
「杖を捨てろ!」
そんな逡巡を待つ事無く、取り囲む騎士の隊長格らしき男が俺達に向けて大声で命令を発した。
…どうやら連絡にあった連中が俺らだと思っていないのだろうか、それとも連絡そのものがなかったか…俺は前者に賭けたい。
その高圧的な態度にルイズが食って掛かろうとしていたが、タバサに窘められ、皆揃って杖を置いた…俺もついでに、デルフリンガーを地べたに置く。
「今現在、王宮の上空は飛行禁止である!ふれを知らんのか?」
…今現在、だと?
つまりは何かあった訳だが…レコン・キスタ関連の事か?
「私はラ・ヴァリエール公爵が三女、ルイズ・フランソワーズです。姫殿下にお取次ぎを」
状況を打開すべく、ルイズが毅然と名乗り出る。
キラークイーンを油断なく侍らせていたからこそだろうが、それでもその堂々たる態度は流石だった。
「ラ・ヴァリエール公爵様の三女殿とな。成る程、母君に良く似ている、して、殿下への要件は?」
「それは言えません。他言は無用との命なので」
「では殿下に取り次ぐ訳にはいかぬ。要件も分からぬまま取り付いた日には我が首が飛ぶからな」
…どうやら後者の様だ…やれやれだ、初対面の時のマジボケといい、姫様って意外と天然な所があるな…
ルイズと騎士のリーダーとの押し問答の中で俺が人知れず嘆息していたその時、
「ルイズ!」
騒ぎを聞きつけてと言わんばかりに響く、一つの聞き覚えのある、ルイズを呼ぶ声…この声は…!
「姫殿下!」
間違いない、件の姫様だ…!
その声に反応したルイズが一目散に飛び出し、互いに抱き付く…おいおいルイズ、俺達が見ている所だろう…
「ああ…無事に帰ってきてくれたのね…ルイズ…!」
「姫殿下…!」
…もしもーし、状況を早く説明して下さい、姫様ー。
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程無く誤解を解いてくれた姫様に促され、ルイズと俺は部屋に入り(ギーシュ達は外で待機)、任務の報告をする事となった。
レコン・キスタのスパイだったワルドの裏切り、そしてこの場にいない皇太子殿下…口に出すのが憚られる程の重苦しい旅路だったが、ルイズは一部始終を話した。
「まさか…あの子爵が裏切り者だったなんて…私は何という事を…」
「姫殿下…」
トリスティンを裏切っていたワルドを使者に選んでしまった事を後悔する姫様に、ルイズは何も声を掛けられない様子だった…姫様の責任では無いのは承知だろうが、それでもルイズの負った心の傷は余りに大きい物だったからな…
今でも簡単に思い出す…あんなに仲の良かったワルド、その振る舞い全てがルイズの『力』の為だと知った時の、柱の男を前にした時のシーザーにも劣らぬあの怒りを。
そしてそれによって皮肉にも、俺は『理解』した…ルイズへの想いを…『黄金の精神』への憧れや使い魔としての忠誠だけじゃあ無い、純粋なる想いを…
「やはり…あの方は誇りを選ばれたのですね…私よりも…」
そして、この場にいない皇太子殿下へ想いを馳せ、悲痛の声を上げる姫様。
だが、
「姫様…それは違います。皇太子殿下は、貴女を選んだからこそ、戦場に残る選択をしたのです。貴女を、此処トリスティンを愛するが故に、残る選択をしたのです。トリスティンに亡命すれば…不利益を被るは姫様だと…」
「しかし…残された私は…どうすれば…!」
「それに、皇太子殿下はまだ亡くなられていませんよ」
「…え?」
…これが今一番、この場で言いたかった事だ。
「ルイズからも報告がありましたが、俺は皇太子殿下に『矢』を献上した事で、殿下はエアロスミスを操るスタンド使いとなりました。その力を見て、殿下は別れ際にこう決意しました。『死をも辞さぬ覚悟』で、勝利を掴むと。絶対に反乱を鎮圧して見せると。その為の手段、それを成せる力があると…何を根拠に、と言われれば俺に返す言葉はありません。3百対5万、余りに多勢に無勢です。スタンドがいたとして、焼け石に水でしかありません…普通なら。けれど、そう言い放った殿下の眼は、『やると言ったら絶対にやる。絶対に出来る』という眼をしていました。強がりでも自暴自棄でも無く、純粋なる自信でそう言い放ったのです。そして…」
言いつつ、俺がポケットから取り出したのは、
「これは…風のルビーではありませんか」
「殿下は俺に、こう言って風のルビーを託しました。『暫く預かっていてくれ。いつか必ず、私の下に戻ってきてくれ』と」
「!」
俺の脚色が混じってはいるが、大筋は変わりない、その言葉。
それは根拠の無い言葉だったが、俺には疑う余地は無い様に感じた。
「姫様…まだアルビオンの戦乱は終わっていません。皇太子殿下の存命を…諦めないで頂きたい…!」
「…はい…!」
少しでも客観的に考えれば無茶苦茶で現実味の無い話だったが、姫様はそれでも信じてくれた。
そして事態は、その想いの通りに進んでくれる事になる…
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そして、俺も『或る事』に対する一つの決意をした。
「ルイズ」
「何、サイト?」
「平民である俺が貴族のお前に、無礼を承知で言わせて貰う…
好きだ」
「!」
このハルケギニアに来て、そしてルイズと『コントラクト・サーヴァント』による契約を結んでから、何となく引っ掛かっていた事が一つあった。
俺の、ルイズへ向ける俺の『想い』だった。
最初にルイズを見た時の感想は『結構俺好みな女の子』、そこに、使い魔として契約してから少し話を交わしてからは『真っ当な貴族たらんとする、『黄金の精神』を持った尊敬すべき人』も加る等、俺は最初に会った時からルイズに対して少なからず好意を抱いていた。
お嬢様にありがちな意地っ張りさも結構あるし、自他共に未だに『無才』と思っている(俺は『異才』だと思うがな…)魔法の才能に対して卑屈になっている所もあるが、それらもまた真っ当な貴族たらんと、誇り高き貴族たらんとする想い故だろうと、俺には映った。
けれど、そんな思いだけでは説明できない事を、俺は何度も、それも無意識に起こしていた。
ルイズの二つ名『ゼロ』の意味を知り、その事で進むべき道を見失いかけていたルイズに対して、余りの怒りで自分でも何言っているのか覚えていなかったが、怒鳴り散らす様に叱咤した。
ルイズを『ゼロ』と言ったギーシュを、スタンドが見えていないのを良い事に一方的に腹パンをぶちかまし、その後の決闘で暗黙のルールを逆手に取ってフルボッコにした挙げ句、それに割って入ったモンモンに対して無茶苦茶にも程がある説教をした。
初めて酒をかっくらって酔っ払っていたのもあったかも知れんが、やはりルイズを『ゼロ』と言ったキュルケ(聞き間違い?違うな、ありゃあ確かに『ゼロ』と言った)を、貴族の女を殴ればタダじゃあ済まないと言い訳してその使い魔に八つ当たりし、去り際に罵詈雑言を浴びせた。
ワルドの奴がちょっと怪しいという理由だけで、移動の際に無理矢理ルイズの側に行こうとした(結果的にその直感は正しかった訳だが)。
そして、ルイズの想いを踏みにじったワルドを、『矢』の拒絶反応で…殺した。
初めてだった、こんなディオやプッチ神父、ディアボロ位しか平然とやりそうに無い事を、無意識にやったのは。
初めてだった、こんな形容しがたい程の怒りを覚え、そしてそのままに行動したのは。
初めてだった、ここまでの怒りを起こしたのは…
今までに起こした事、全てルイズを想う余りに暴走したと言えば『理解』出来る。
今までに起こした事の発端は全て、ルイズに関わる事だったからだ。
けれど…『理解』は出来たけれど…『納得』は出来なかった。
その『想い』が『何』なのか…それが分からなかったからだ。
その答えが、ワルドと対峙した時に見つかったのは何という皮肉だろうか。
あの時俺はこう決意した…『使い魔として…いや、1人の男として、ルイズを絶対に守る。ずっと側にいる』…と。
そう、俺はルイズを、俺のご主人様を『1人の女』として好きになったのだ、恋をしたのだ。
決して許される恋ではないのは分かる、このハルケギニアでは俺は平民でルイズは貴族、そもそも俺は使い魔でルイズはご主人様なのだ。
だが、俺がルイズに恋をした、その事は決して揺らぐ事など無い。
例えこの恋が許され無くとも、結ばれる事無くとも、俺の『想い』は、それに尽きるのだ。
「ルイズ、俺をこのハルケギニアに召喚してくれたのがお前で、俺のご主人様がお前で、本当に良かった。今の俺の気分は、これまで感じた事が無い位に、最高にハイって奴だ。お前への想いを、こうして実感出来たから。例えこの恋が実る事無くても…無礼であっても、な」
「本当に…本当に無礼な使い魔よ…アンタは…今まで見て来た…他の平民の誰よりも…無礼な奴よ…アンタは…!」
そう…か、そうだよな…
「初めて会った時からそうだったわ…!平民の分際でサモン・サーヴァントでノコノコと来て、『矢』で私を生命の危機に晒して、恥ずかしげも無く歯の浮くような台詞を言って、貴族の私に向かって怒鳴り散らして、忠告も聞かずに決闘を勝手に受けて、命知らずにも姫殿下を説教した末に泣かせて、ワルドのグリフォンに無理矢理同乗しようとして、そのワルドと勝手に決闘をしでかして、私の悩みを軽く受け流して、お父様との約束を破って皇太子殿下をスタンド使いにして、それでいて…私を誰よりも気遣ってくれて、事ある毎に騎士を気取って、
私に、今のアンタと同じ想いを抱かせて、本当に無礼よアンタは!」
…お、オレェ?
「る、ルイズ?…今、なんて…?」
「聞いていなかったの!?それこそ無礼よ!だから私も…
アンタの事が好きなの!アンタに恋しているの!」
…本当、なのか…ルイズが…俺を…?
「犬みたいな顔なのに今まで会った他の誰も出した事が無い位に精悍で屈強な雰囲気で、私の言う事を聞かない癖していざと言う時は忠誠心丸出しで、平民でありながら誰よりも誇り高くて、心優しくて、勇敢で、手抜きを知らなくて…そう、アンタが『真っ当な貴族』と言っていた私よりも貴族らしくて…そんなアンタに、私は何時しか恋心を抱いたの。けれど私は貴族でアンタは平民、そもそもアンタはこのハルケギニアとは違った世界から私が呼び出してしまった存在、この主人と使い魔という関係も一時的な物でしかないって心に留めていた。この想いも、断ち切らなきゃって、思っていたの。けれど…アンタもそうだと言うなら、もう我慢しないわ。どう、これで分かったでしょ!?分からないというなら何度でも…!」
ズギュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!
「んぅ!?」
「ん…」
2度言う必要は無ぇぜ、ルイズ…お前の俺への想い、はっきりと伝わったぜ!
「ありがとう、ルイズ…今は、それだけしか言える言葉が無い…」
「ば…バカ…不意打ち…!でも…ありがとう…」
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「ルイズ…ひょっとしたらこりゃあ運命なのかも知れねぇな。ルイズが…周囲が『ゼロ』だ無才だと言うけど俺に言わせれば途轍もない異才を有し、俺とルイズが、サモン・サーヴァントによって開く筈の無い異世界のゲートが開いた事で出会い、そして前代未聞の『平民』の使い魔に俺がなって、そして惹かれあった事…さしずめ…始祖ブリミルが繋げた運命の赤い糸って奴か?」
「運命の…赤い糸…?」
何気なく今の俺達を例えた俺の表現に、首を傾げるルイズだったが、やがて少し悲しげな顔に…オレェ、まずったか?
「でも…その赤い糸も、私が『ゼロ』で無くなって、アンタが元の世界に帰る手段が見つかったら…切れちゃう…折角始祖ブリミルが繋いでくれた運命が…断ち切れちゃう…!」
あ…こりゃあ地雷だった…やっちまった…
「サイト…例え元の世界に戻っても…私の事、絶対に忘れないで…私との…どの位続くか分からないけど、このハルケギニアで過ごした日々を絶対に…忘れないで…!」
「ルイズ…勿論だ…絶対に忘れやしない…!」
この時俺は、一度はどうすべきか決めていた事柄に対する『答え』が『揺らいだ』。
この『揺らぎ』が、新たな騒動を引き起こすとは考えもせずに。