「…何か言いなさいよ」
「…」
あの後騒ぎを聞きつけた教師陣によって、教師シュヴルーズが気絶したり、俺以外の使い魔どもが阿鼻叫喚の騒動を引き起こしたりといった状況を収拾、原因となったルイズ(と使い魔である俺)に罰として教室の後始末を命じた。
…先程から聞くに堪えない生徒達のルイズへの罵倒が原因で、怒りのタコメーターが振り切れかけている俺は、片付けに集中する事でそれを抑えつけようとしている。
…ルイズから話を振られているのは分かっていたが、正直、答える余裕は無かった。
「…分かったでしょ?私の渾名である『ゼロ』の意味が。魔法成功率『ゼロ』って意味よ」
「…」
「…ヴァリエール家の娘として恥じないメイジにならなきゃって、生まれつきの病気で寝込んでいるちぃねえ様を元気にしたいって、そう思って幼い頃からずっと努力してきたの」
「…」
「…出来るだけ多く知識を得たかったから座学も頑張ったし、いつかは使える様になると信じて魔法も沢山練習した。何度吹っ飛ばされても、それでも諦めなかった。諦めたくなかった」
「…」
「…なのに、なのにどんな魔法を唱えても、結果はいつもあんな『爆発』しか起こらない!系統魔法はおろか、簡単なコモン・マジックすら『爆発』で終わる!他に無い失敗例だったし、お母様達も原因を調べてくれたけど、結局は何の手がかりも無かったわ!」
「…」
「昨日の春の使い魔召喚で、やっとの思いで初めて成功したかと思ったら、召喚されたのは微妙なスタンドが使えるだけの平民であるアンタだし、それと同時に私が使える様になったスタンドまで『爆発』しか取り柄が無い!私には『爆発』しか個性が無いと言われた様な物よ!」
「…」
「…アンタだって、アンタだって本当は私を馬鹿にしているんでしょ?『ゼロのルイズ』だって、見下しているんでしょ?そんな私の使い魔になった事、後悔しているんでしょ?」
プッツーン
…俺の堪忍袋の緒が切り裂かれた音が聞こえた気がした…もう…限界だっ!!!
「アンタさっきから黙ってないで「ふざけんじゃねぇぇぇぇぇぇぇ!」!?」
ふざけんな、ふざけんなよ、こんな馬鹿な現実があってたまるかっ!
「お前も、お前の同級生も、さっきからお前の事何つったぁ!?お前が、ルイズが、俺のご主人様が、ゼロだとぉ、能無しだとぉ!?ふざけんじゃねぇよ!良いかルイズ!スタンドは本体であるスタンド使いの意思で動くと昨日説明したが、それはそのスタンドを御せる程の強い思いがあってこそだっ!思いの弱い奴がスタンド使いになった所で勝手な行動を起こさせ、逆に精神的に脅かされるのがオチだっ!スタンドの性質が凶暴であればある程それも顕著で、お前のキラークイーンは、俺が見てきたスタンドの中でも飛びぬけて強く、そして残忍な奴だった!スタンドのスの字を覚えた程度の奴が1日程度で思い通りに出来る代物じゃあ断じてねぇ!それをお前は呼び出すまで大人しくさせてみせたっ!それだけお前には物凄く強固な思いを持っているって事だっ!魔法だってそうな筈だっ!魔法については一朝一夕の知識しか無い俺だが、あの爆発からは、何か知らねぇが物凄く膨大な力を感じたっ!あんな凄い爆発が失敗な訳があるかっ!絶対別の、もしかしたらこの世界が知らないだけかも知れねぇ魔法が発動したに決まっている!それを使えるルイズが、ゼロの筈がねぇ!お前も周りも、そしてこの世界の理屈も、お前を全っ然理解していねぇだけだっ!」
「え…?」
ルイズは、其処までの意志を持って、ずっと必死に頑張って来たんだ。
爆発に巻き込まれる前の教師シュヴルーズが「大変勤勉な生徒」と言う迄も無く、その努力は、僅かながら張りを訴える肩肘からひしひしと伝わっていた。
その意志を持って、重ちーを爆殺し、承太郎や仗助、億泰や康一と互角以上の戦いを披露した吉良吉影のスタンドであるキラークイーンを、しっかりと制御して見せているのだ。
そんなルイズがゼロなら、それは吉良吉影の強さの否定=俺の恩師達の強さの否定だ。
それは断じて我慢ならねぇ!
「ルイズ、確か『メイジの実力を計るならまず使い魔を見ろ』って言葉が、この世界にはあったよな?」
「…え、えぇ」
「ルイズはゼロどころか、物凄いメイジだ。俺がそれを証明して見せらぁ」
「…」
「それでもお前をゼロのルイズだと罵倒する奴がいるんなら、
その時はこの平賀才人が直々にぶちのめすっ!」
…ああ、何だかすっとしたぜぇ。
「…う」
「何だ?どうしたんだ、ご主人様?」
「…あり…がとう…」
泣いていた。
俺の喚き散らす様な説教と決意を聞いたルイズは、今までの鬱屈を流すかのように、泣いていた。
「今までずっと頑張って来たんだし、これからもそうな筈…だから今は休んでいろ」
「…う…うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
こうなったら使い魔である俺、いや、事情を知っている誰でも、今彼女にすべき事は唯一つ。
彼女がその人生で負った心の負傷と疲れを、癒す手立てが何か考え、それを実践する事だ。
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「…やれやれだ、癇癪持ちのご主人様を持つと、大変だな…尤も、元気になったから良しとするか」
あの後、正気に戻ったルイズに「主人に怒鳴る使い魔なんて前代未聞よ!罰としてごはん抜き!」と怒られてしまい、その状態で食堂に入る訳にもいかなかったので、こうして食堂の扉の前でルイズの帰りを待っていた、ら、
「あの…どうしたんですか?」
恐らくこの学院で働いているらしい、メイド服を着た女性が通り掛かり、声を掛けてきた。
「ん?…ああ、俺はサイト・ヒラガ。ご主人様の帰りを待っている」
「サイトさんですか。私はシエスタって言います。…ご主人様って事はもしかして、ミス・ヴァリエールが召喚した平民の…」
「俺そんなに噂になっているんだ…異例とは言え、其処まで騒がれるとはな…」
シエスタと名乗ったその少女は(俺位の年だし、この表現で間違い無いだろ?)杖やマントの類が無い事から恐らく貴族でもメイジでも無いだろう。
この世界では他にまだ見ていない、しかし日本人ではお馴染みの黒髪と黒い眼、ちょっと低めな鼻筋と、美人と言うよりは可愛い系と言った方が良いかな…そんな顔立ち、胸はルイズとあのビッチの間位か?
そしてその立ち振る舞いとか雰囲気とかからは可憐さと言うか、優しさと言うか…まあ一言で言うなら癒し系な第一印象を抱かせる…ルイズにはあった芯の強さがイマイチ感じられないのは残念だが、それでも79点、Greatだぜ…!
「ところで…さっきミス・ヴァリエールの帰りを待っていると聞きましたが…どうして食堂前で?」
「…それが檄を飛ばしたらご主人様の逆鱗に触れたらしく、昼食無しを通告されて…」
「まあ!それはお辛いでしょう。こちらにいらして下さい」
そう告げるや否や腕を引っ張るシエスタに連れられるまま、俺が案内されたのは、食堂の裏の厨房。
あの質量共にオーバースペックな食事を何百人ものメイジ(+俺)分作らなければならないのだ、結構な人数が、俺のイメージより広めの空間を飛び交うが、それでもかなりの忙しさだ。
…シエスタに勧められるまま隅の椅子に座らされたが、良いのか?
そんな俺の葛藤を他所に、シエスタはシチューが盛られた大きめの皿を俺の前に差し出してくれた。
「料理の余り物で作ったシチューですけど…」
「ありがとうな、忙しい中」
礼を言いつつ、差し出されたシチューを一口食べる、と、
「…旨いな、朝の料理も流石だったが、これはまた違った旨さだ…」
「あ、ありがとうございます!私が作ったのですが、喜んでくれて何よりです」
「え、シエスタが、こんな短時間で?」
これは驚きだ、俺がこの厨房に入ってから何分も経っていない筈だが…。
それはともかく、この世界に来て、いや生涯初の女の子の手料理に俺のスプーンは進み、あっという間に完食した。
…手料理も上手いなんて、かなり高得点だぜ!
「ごちそうさま。旨かったな」
「良かったです。お腹が空いていたら何時でも来て下さいね」
「ありがとう…でも此処までお世話になって何もしないのも申し訳無いな。何か手伝える事無い?」
「い、いえ良いですよ!それよりもミス・ヴァリエールとの待ち合わせの方を…」
「俺の主義に反するんだよ。何か手伝って欲しい事があれば言ってくれよ」
「そ、そしたら、デザートを配るのを手伝ってくれますか?」
「はいよ、了解」
俺が手伝いを申し出ると、一度は断ろうとしたシエスタだったが折れて、ケーキの配膳を頼んで来た。
勿論了解した俺は、早速取り掛かる事に。
その途上、
「なあギーシュ!今度は誰と付き合っているんだよ!?」
「誰が恋人なんだ?ギーシュ!」
「付き合う?僕にそんな特定の女性はいないよ。薔薇は多くの人を楽しませる為に咲くのだから」
何て言うか、キザったらしい金髪の生徒と、その周囲の生徒が恋バナで花を咲かせていた。
具体的には、キザな金髪を周囲が冷かしていた。
…阿呆らしい、さっさと終わらせるか。
と思い配膳台に目を移そうとしたら、その金髪の近くに紫色のガラスの小ビンが落ちているのが見えた。
…コイツが落としたのか?一応聞いておくか。
「なあ、これが落ちていたが、知らないか?」
「む、それかい?…い、いや知らないよ?」
違うのか?と一瞬思ったが、
「む、その香水は…もしやモンモランシーの香水じゃないか!?」
「この鮮やかな紫色っ!正にモンモランシーが調合している香水だっ!」
「これが近くにあった…つまりモンモランシーがギーシュへ贈った物だな!」
「つまりギーシュは今、モンモランシーと付き合っている、と」
「ち、違うんだ!良いかい、彼女の名誉の為に言っておくが…」
周囲の追及に何やらテンパるギーシュと呼ばれた金髪…これは何かあるな。
と、思って直ぐ、
「ギーシュ様…やはりミス・モンモランシーと…!」
「待ってくれケティ!彼らは誤解している、僕の心の中に住んでいるのは君だけ…」
パシィン!
「その香水が何よりの証拠ですわ!さようなら!」
ケティと呼ばれた茶髪の、恐らく1学年下(マントの色が違うのでそうだろう)の女子生徒が問い詰め、去り際にビンタ1発が入った…修羅場か、此処は?
と思ったら今度は金髪を2つのロール状にした同学年の女子生徒がやってきて、
「誤解だよモンモランシー!彼女とはただ「やっぱりあの1年生に手を出していたのね、ギーシュ?」お願いだよモンモランシー、君の素敵な笑顔を僕に見せて」
ドバドバドバドバ
「嘘つき!最ッ低!」
またも言い訳を言おうとするギーシュにワイン(何であるんだ?トリスティンではお酒は15歳からなのか?)を頭からぶっ掛けて去って行った。
「ふふ…薔薇の花の良さが伝えられなかったみたいだな」
…うわぁ、浮気発覚して尚悪びれていないぞコイツ、関わりたくねぇ人種だな。
と決意してケーキ配膳に戻ろうとしたが、
「待ちたまえ、君。君の軽率な行いで2人のレディの名誉が傷つけられたんだが、どうしてくれる?」
…何で俺が呼び止められる?何で追求されなきゃならない?
「オレェ?何言ってんの、アンタ?俺は落し物の小ビンに見覚えがあるか聞いただけだ。あんな反応をしては、突っ込んでくれ!と言わんばかりだぞ?」
「そうだギーシュ!お前が悪い!」
「リア充燃やされろ!」
「もしくは溺れ死ね!」
「むしろ木端微塵にされろ!」
「いっそ石でボコられろ!」
俺の真っ当な反論に周囲も同調するが(途中から僻み入るが)、ギーシュの怒りは収まっていない様子。
「む?…そういえば君は確か『ゼロのルイズ』が呼び出した平民だったね」
プッツーン
「成る程、『ゼロのルイズ』が呼び出したが故に貴族への礼も『ゼロ』という訳「てめー今、ルイズの事」」
「何つったぁ!?」
ごすぅぅぅぅぅぅ!
「がっ!?…あ…!」
「な!?一体どうしたんだギーシュ!?」
「何だ急に崩れ落ちて!?」
ルイズを、俺のご主人様を『ゼロ』だとぉ…!?
よーし…シルバーチャリオッツによる腹への掌底だけで済ますのは止めだ。
…徹底的に、ぶちのめすっ!
「てめー…表に出ろ」
「ぅ…がはっ…どうやら君は…貴族に対する…礼を知らないらしい…ごほっ…丁度良い…礼儀と言うものを…教えてやろう…ヴェストリの広場で…待っている…」
「ヴェストリの広場だな…腹下し治しながら待っていろ」
そう言い残し、ギーシュは取り巻きに連れられて外へ出た…ヴェストリの広場へと向かって行く様だ。
「サ、サイトさん…あ、貴方殺されちゃう…!」
「…あー、シエスタ。悪いがこう言う状況だからケーキの「貴族様を、本気で怒らせたら…」配膳…」
残りを頼むと言おうとしたのだが、言いだす前に逃げ出してしまった。
…まあいい、デザートどころではない状況だろうしな。
っと、今度はルイズが、俺のご主人様がこっちに向かって来るな。
「ちょっとサイト!アンタ何勝手にギーシュと決闘の約束してんのよ!?」
「おお、ルイズ。丁度良い所に来たな」
「何呑気な事言っているのよ!?早くギーシュに謝って来なさい!」
「悪いがご主人様の命令でもそれは無理だな。こればかりは…俺とルイズの名誉に関わる話だ」
「良い!?平民はメイジに絶対勝てないの!幾らアンタに『アレ』があるからって、『アレ』が平民と大して変わらなかったら同じよ!」
『アレ』は恐らくシルバーチャリオッツの事か。
確かに人並みの力、俺から半径10メートル内でしか動けない行動範囲、キャストオフ能力のみの特殊能力…スピードこそあれど、それ以外は普通の人とそう変わらない身体能力だろう。
だがシルバーチャリオッツ、いや、全てのスタンドには、普通の『人』とは明らかに違う性質があるっ!
同じく精神力を糧とする『魔法』を使うこの世界でもそれは健在なのを既に証明した今、勝機はあるっ!
それに…!
「言っただろうルイズ。お前が『ゼロ』じゃあ決して無いという事を俺が証明する、お前を『ゼロ』と罵る奴は、この平賀才人が直々にぶちのめすっ!とな…これがその第一歩だっ!」
そう言い残し、
「準備OKだ。ヴェストリの広場への案内を頼む」
「こっちだ、平民」
恐らく見張りとして残っていたギーシュの取り巻きの案内で、ヴェストリの広場で向かう事にした。