サクラ大戦 剣聖の新たな道 作: ノーリ
今回は原作第二話の戦闘パートになります。ですが、メインはそこではありません。
では何がメインかというと、そこは本文を読んでご確認いただければと思います。
では、どうぞ。
芝公園。
突如として現れた魔操機兵の襲撃に人々は恐怖と混乱に陥りながら一目散に逃げてゆく。そんな中、帝都タワーの麓には一つの人影があった。
「オンキリキリバサラウンバッタ…オンキリキリバサラウンバッタ…オンキリキリバサラウンバッタ…」
呪文のようなものを唱えるその人影。この人物こそ帝国華撃団の敵である黒之巣会の首領…天海その人である。徳川に仕え、百を超える齢を生きたあの南光坊天海本人であった。
そして、その隣には楔のようなものが佇んでいたのだが、天海が紡ぐ呪文と共に消えるように地中へと沈んでいったのであった。
「魔都の門は見えたり!」
ニヤリと笑いながらそう宣言する天海。現時点ではその目的はわからないものの、その表情を見るだけで碌でもないことを企んでいるのがわかる。そこへ、
「そこまでや!」
誰かの声が響き渡った。そして、上空から五つの影が地上へと降り立つ。
『帝国華撃団、参上!』
大神を始めとする帝国華撃団が芝公園へと到着したのだった。今回は銀座から距離があることもあり、輸送列車である轟雷号ではなく、輸送飛行船である翔鯨丸を使用しての現地到着だったため、このような登場になったのであった。
「むぅ!?」
参上した帝国華撃団に天海の表情が歪む。そして、空間転移でも使ったかのように天海は一瞬で帝都タワーの屋上へと移動したのであった。
「おのれ! 帝都タワーは後回しだ。先に奴らを始末してくれる!」
眼下の帝国華撃団を睥睨する天海。同時に、帝国華撃団もまたはるか上空の天海の思惑通りにはさせじと作戦を練っていた。
「敵の狙いは帝都タワー…帝都の情報網をマヒさせる目的のようね。ならば、敵を全滅させなくては帝都タワーは守りきれないわ」
マリアが天海の目的を推察して全員に通信を回した。
「ちゅうことは…敵に帝都タワーを壊されても任務失敗になるんやな」
「帝都タワーを守る…か。重大な任務だな。よし、やるぞ!」
紅蘭の指摘に、大神が改めて気を引き締めた。が、
「待ってください、少尉! 敵は既に大掛かりな戦闘準備を整えています!」
逸る大神を諭したのは、やはりマリアだった。そのままマリアは敵の戦力分析結果を各人の機体へと送る。まず表示されたのは、帝都タワーへと通じる道のりにある固定砲台のようなものだった。
「これは砲台のようですが、横に並んだ目標を狙うようです。破壊して進みましょう」
次に表示されたのは、蒸気を吹き出している大掛かりな装置のようなもの。
「これは『蒸気スタンド』です。耐久力を回復できるので、ここを確保すれば有利ですね」
「戦況はわかった。ようし、戦闘開始だ!」
『了解!』
こうして帝国華撃団対黒之巣会の芝公園での戦いが始まったのだった。
「よっしゃ、行くで!」
初陣ということもあり、今回の戦いで先陣を切ったのは紅蘭だった。紅蘭の量子甲冑…光武は中距離戦闘型のため、中衛として支援や攪乱を行うのが主な役割になる。だが、それも時と場合によった。
「ほいっ!」
紅蘭の攻撃が少し離れたところの敵魔操機兵…脇侍を捉える。予想外に強力な攻撃だったからか、それとも急所を捉えたからか、脇侍は一撃で粉砕された。
「やった、やったで! ウチの初白星や!」
「よしっ! その調子だ!」
喜ぶ紅蘭を鼓舞する大神。彼女に負けじと、他の隊員たちも敵陣へと斬り込む。
「ふふ、負けていられませんわね」
「ええ、行きます!」
「二人とも、突出は控えなさい!」
逸るすみれとさくらをマリアが牽制する。
「油断するな、各個撃破で着実に敵の数を減らしていくんだ!」
『了解!』
大神の命令に従い、華撃団の隊員たちは次々と敵を倒していく。その様子を帝劇の指令室で見ていた米田は予想以上の戦果に驚きつつも喜んでいた。
(どうなるかと思ったが…)
花組の戦果に思わず相好が崩れかける。とはいえ、今はまだ戦闘中ということもあって決してそんな真似はしなかったが。それにしても驚くべきなのは大神である。初陣でその能力の高さの片鱗は垣間見たが、こうして目の当たりにすると改めてその能力というか特殊性に驚かされるばかりであった。
考えてみれば、大神という人材は花組の隊長に適任という以上はなかった。
男の身でありながら霊子甲冑を動かせる特殊性
海軍士官学校首席の高い能力と実力
そして、今はまだ未知ながら花組の隊員たちの実力を最大限に発揮させることができる『触媒』としての役割
考えれば考えるだけ花組の隊長としてうってつけの人物なのである。それを証明するかのような目の前の戦いぶりに、米田はこの僥倖に感謝する以外はなかった。
(後は…あいつとあいつか…)
米田の脳裏に二人の人物の姿が浮かんだ。一人は修行のために帝劇を離れている最後の花組の隊員。そしてもう一人は、花組のジョーカーとなるかもしれない男。
隊員の方はそろそろ帝劇の方に戻ってくる。問題はジョーカーの方だった。その人物…ソーンバルケが本当にジョーカーとなるか、それともただのババかはまだわからない。先日の身体検査の結果はまだ出ていないのだ。
(あいつに光武が操れるのかどうか…)
その能力があれば自分たちのことを打ち明け、協力を要請するつもりだ。だが、その力がなければ…非常に難しい立場の存在になる。
確かに脇侍ぐらいならば生身でも倒せはする。実際、さくらもソーンバルケも上野公園でやってのけたのだから。だが、相手が『降魔』となればどうだろうか。決して楽観視はできなかった。かつての苦い思い出が頭によぎり、米田が一瞬だけ顔を伏せた。
(一馬…山崎…)
かつての戦いで失った戦友たちのことを思い出し、米田は奥歯をギリッと噛み締めた。あの悲劇を繰り返すわけにはいかない。だからこそ、ソーンバルケが戦力として計算できるなら、それは大きな力となる。その点で今の米田に出来るのは、自分の望む結果が花やしきから上がってくるのを祈って待つことだけだった。
そうして米田が戦果に満足しつつも葛藤を抱えている間にも戦況は刻々と変化し、程なく一つの節目を迎える。花組によって芝公園に配置された敵はすべて掃討されたのだった。
「よし、敵は全て片付けたな!」
周囲の敵影全てを言葉通り片付けた大神がホッと一息ついた。が、
「いいえ、あれを見てください!」
最初に異変を感じ取ったマリアがその方向を指し示す。そこには、帝都タワーの最上部で佇み、花組を見下ろしている天海の姿があった。
「な…何ですの? この異常な妖気は? 化け物…!?」
その尋常ならざる気配を感じ取ったすみれが吐き捨てるようにそう呟いた。
「成る程…こやつらが叉丹を…」
天海が呟く。彼の部下である葵叉丹という人物と花組は既に一戦交えており、花組が勝利していったのだ。そのことを思い出したのであろう。
「貴様、何者だ!」
遥か頭上の天海に向かって大神が声を張り上げた。
「我は天海! 偉大なる黒之巣会の総帥…帝都の最初にして最後の支配者である!」
「何ッ!」
敵の正体を知り、大神の視線が鋭くなった。が、天海は対照的に気にする様子など欠片も見せない。
「我が野望を阻む愚か者どもめ…頭が高いわ! うぬらに我が相手は務まらぬ! かああああああっ!」
その一言が合図となったかのように、帝都タワーの麓に一騎の脇侍が現れた。が、その脇侍は只の脇侍ではなかった。
「な、何ぃ!?」
「隊長、今までの敵よりも強力です! 防御中心の陣形で行きましょう!」
「ッ! わかった!」
突然の敵の出現に驚いた大神だったが、マリアの冷静なフォローですぐさま落ち着くと、その進言に従って戦いを挑んだ。だが、
「くっ!」
すみれが得意の薙刀で切り払うが、その機体を捉えることができない。いや、捉えてはいるのだが弾かれているような霞を斬っているような説明のつかない手ごたえで、まるで攻撃している感触がないのだ。
「はああああっ!」
さくらも同じように斬りかかるが、結果はすみれと同じだった。その脇侍はまるでダメージをくらった様子がない。逆に、
「きゃああああっ!」
強烈なボディーブローをくらって吹き飛ばされたのだ。
「さくらくん!」
「さくら!」
「紅蘭、さくらくんのフォローに!」
「了解! 任しとき!」
マリアが牽制とばかりに脇侍の足元に銃弾を放ち、足止めしている間に紅蘭がさくらの許へ向かった。
「さくらはん、大丈夫か?」
「ええ、ありがとう、紅蘭」
「全く…何ですのこの敵は! 斬ってもまるで手ごたえがありませんわ!」
イラつきを吐き捨てるかのようにすみれが脇侍を睨む。それは同じく斬りかかったさくらも抱いた感想だった。
「ええ。まるで、影や霞を相手にしてるみたいですね」
「冗談言わないでくださいな。こっちの攻撃は通用しないのに向こうの攻撃は通用するなんて、詐欺もいいところですわよ!」
「まったくやで。まあ、手段として大いに有効なのは認めるけどな」
少し離れたところで悪態をつくさくら、すみれ、紅蘭の三人。彼女たちをかばうように大神が立ちはだかり、その後方にはマリアが控える。
「隊長、どうしますか?」
「そうだな…」
マリアの問いかけに大神が考え始めた。
(さくらくんもすみれくんも相当な使い手であるのは間違いない。なのに、その攻撃はまるで通じなかった。二人が影や霞を斬っているようだと言っていたがその言葉、満更世迷い言っていうわけでもないのかもしれない。だったら…)
ある程度考えが纏まりかけてきたその時、不意に翔鯨丸より通信が入る。
『敵の本隊を探知したわ。これから翔鯨丸で砲撃します。着弾点にいる人は退避して!』
そしてほぼ同時に各光武に位置情報が送られてきたのだった。突然の通信に誰だと訝しがりながらもその位置情報を確認し、全隊員が付近に誰もいないのを大神たちが確認した直後、翔鯨丸からの砲撃がその場所を捉えた。土煙が上がりそれが晴れた直後、そこには一体の脇侍の姿があったのだった。
『あれが本体のようね…本体を倒せば亡霊も消えるはず。後は任せたわよ、大神隊長』
「り、了解! 全機本体を集中攻撃せよ!」
「任せてください!」
「タネがわかればこっちのもんですわ!」
「おイタの時間は終わりやで?」
「死になさい」
全機、新たに現れた本体に集中攻撃をかける。が、その本体である脇侍は一切花組には目もくれなかった。只真っ直ぐに帝都タワーに向かっているのである。
「何や、けったいな動きやなぁ…」
こちらをほぼ無視しているその脇侍の行動に紅蘭が訝しげな表情になった。が、その理由はすぐにわかることになる。三度翔鯨丸から通信が入ったのだ。
『大神少尉、敵本体の目標は帝都タワーのようです。辿り着くまでに破壊しなさい!』
「何だって!? くそぉ、させるか!」
「とことんナメてくれますわね!」
「させるもんですか!」
「……」
無言でマリアが銃弾を放ち、本体をハチの巣にする。そして行動の鈍った本体にさくらとすみれが襲い掛かったのだった。
「マリアはん、怖いで…」
紅蘭がツッコミを入れるのと同時に本隊が爆発四散した。と、影も同様に爆発四散する。
「やったぞ!」
任務を遂行し、大神が喜びと同時にホッと一息ついたのであった。
「まあ、私がいれば当然ですわね」
『大神くん、よくやったわね』
最後まで誰かわからずの謎の通信に大神は疑問を隠せなかった。まあ、すぐにその声の正体が誰かはわかることになるのだが。だがその前に、花組流のカーテンコールが控えている。
「ほな、アレ行こか」
今回の音頭を取るのは紅蘭だった。そして、
『勝利のポーズ、決めっ!』
いつものお約束が展開されたのである。
「ごくろうさま」
戦いが終わり翔鯨丸へと帰投した花組を待っていたのは、先日大神がセットを修理中に舞台であったあの女性だった。
「え…?」
思わぬ再会に大神が固まってしまう。そしてその声から、この女性が通信を入れてきた人物だということがわかった。と、紅蘭が進み出るとその女性に向けて腕を差し出した。
「こちらが帝国華撃団副司令、花やしき支部長はんです」
「え、ええ!? ふ、副司令!?」
思わぬその肩書に更に大神が固まってしまう。そんな大神の緊張を解きほぐすためだろうか、女性はニッコリと微笑んだ。
「藤枝あやめです。よろしくね、大神くん」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします!」
少しの間固まり続けていた大神だったが、すぐに挨拶を返した。
「隊長には瞬間の判断力が必要よ。あなたには期待しています。しっかりね、大神くん」
「は、はい! がんばりましょう、皆さん!」
思わぬ再会に舞い上がった大神が顔を綻ばせて隊員たちに振り返る。
「あ~あ…」
その様に、さくらが頬を少しぷくっと膨らませて不満を表したのだった。
華撃団がそんな和やかな戦闘後を迎えている一方で、天海は己の本拠地で顔を醜く歪めていた。
「おのれ、帝国華撃団め! あくまで逆らうのか! ならば、この天海の恐ろしさ、たっぷりと教えてくれるわ。死天王!」
天海の招集に応えて集合する、その死天王と思しき四人。
「帝都殲滅! 抹殺、帝国華撃団!」
『抹殺! 抹殺! 抹殺!』
そのうちの紅一点である妙齢の女性が檄を上げると、それに呼応するかのようにその場に無数にいる脇侍たちが抹殺の合唱をしたのであった。そんな不気味な胎動はいつ終わることまなく続いていく。そして華撃団と脇侍たちの戦いの一部始終を見た者は、当然当人たちだけではなかった。
時間は少し巻き戻り、大神たちと天海たちが衝突する前。椿のお供として備品の買い出しや荷物持ちに同行していたソーンバルケは椿の後に付き従って業者や問屋を梯子していた。普段は当然納入してもらうものばかリなのでこのような手間はないのだが、予想外に減りが早かったものや新規の備品などが複数あったために、在庫を切らせるわけにもいかず、早めに確認しておくためにもこうして珍しく買い出しに出ていたのであった。
「♪~♪♪~」
椿が鼻唄を唄いながら足取りも軽やかに先導する。その様を後ろから微笑ましく見ながら、ソーンバルケはお供をしていた。と、
「あ…ふ…」
陽気に誘われてか、それとも十分な睡眠時間が取れていなかったからか、思わず欠伸が出でしまった。それに気付いた椿が振り返る。
「寝不足ですか?」
そして、そう尋ねてきたのだった。
「かもしれないな…」
大きく息を吸って吐き出すと、ソーンバルケは苦笑しながらそう答えた。
「この陽気に誘われただけかもしれないが」
「ふふっ」
ソーンバルケのその一言に、思わず椿がクスクスと笑っていた。
「? おかしなことを言ったかな?」
ソーンバルケがそんな椿に尋ねる。
「あ、ごめんなさい」
椿がペロッと舌を出して謝った。
「ただ、昨日の顛末は私たちも当然知ってますから。だから、陽気に誘われたなんていうのがおかしくって」
「ふ、そうか」
椿の説明を聞いたソーンバルケも軽く微笑んだ。
「眠いですよね?」
「まあな。こうしてお前の供をするのは普通にこなせるが、さりとて布団を敷いてくれたら今すぐに寝れる自信がある」
「ごめんなさい」
「気にするな。それに、あの惨事があったのはお前に頼まれた後だからな。あの惨事の後に頼まれたならともかく、あの惨事の前に頼まれた以上は約束を反故にするわけにもいくまい」
「あはは、そう言ってくれると助かります」
椿が苦笑する。
「…とは言え、少し疲れたのも事実だからどこかで休ませてくれると、それはそれでありがたいのだが」
ソーンバルケが素直にそう告げた。
「そうですか」
「まだ寄るところはあるのか?」
「いえ、もう目的地は回りましたので。後は帰るだけですよ」
「そうか」
「ええ。ですから、ちょっと休憩していきましょうか」
「すまんな」
「いえいえ、お手伝いしてもらってるんですし、このぐらいは」
それじゃあ、ついてきてくださいと言う椿の先導に付き従い、ソーンバルケはその後を着いていった。そして数刻後、とあるデパートのテナントに入っている喫茶店の店内に二人は腰を下ろすことになった。
「ここは行きつけなのか?」
椅子に腰を下ろして一息ついたソーンバルケが何とはなしに椿に尋ねた。
「そんなことないですよ」
椿はそのソーンバルケの一言にブンブンと首を左右に振る。
「雑誌で紹介されてて、それで一度行ってみたいなって思っただけです」
「そうか。では無理を聞いてもらった礼に、ここは私がもとう」
「え? いいんですか?」
ソーンバルケの思わぬ申し出に椿が目を丸くして尋ねた。
「ああ。休みたいといったのは私だし、それに給金をもらっているがほとんど使うこともないのでな」
「で、でもそんな…」
流石に気が引けるのかやんわりとだが断ろうとする。だが、ソーンバルケは一向に意に介さなかった。
「気にするな。金は死蔵してても意味がない。有効に使って初めて意味がある。それだけのことだ」
「え…それってつまり、私とのこの時間はお金を使う価値があるって…そういう意味ですか?」
椿が頬を赤らめながら上目遣いになってそう尋ねた。心なしか、動機も早くなっている。
「無意味ではないだろう。それに、私の我儘を受け入れてくれたのだから、勘定はこちらが持つのは当然のことではないか?」
「そ、そうですか」
望んでいるのかいないのかわからない返答に複雑になりつつも、否定されたわけではないのでそれは単純に喜び、椿がメニューを開いた。
(おかしな奴だな…)
そんな椿の変化に戸惑いながらもソーンバルケもメニューを開いた。三人の教育の賜物により文字は読めるようになってきたが、残念ながらメニューとそのメニューがどういう品なのかが頭の中で結びつかなかった。そのため、ここでも椿にリサーチをかけ、ようやくソーンバルケはメニューを決めたのだった。
「ふぅ…」
注文を待つ間、ソーンバルケが開口一番溜め息をつく。
「疲れました?」
「さっきも言ったが少しな。まあ、寝不足が一番の原因だが」
「大変でしたからね、昨日は…」
昨日の惨状を思い出し、椿が力なく笑った。
「全くな」
ソーンバルケも同意して苦笑する。
「あの連中が集まると、どうしてああいうことになるのやら」
「ふふふ…」
おどけたように肩を竦めるソーンバルケに、椿がクスクスと笑った。と、
「お待たせしました」
女給が注文した品を持ってきた。そして、それぞれの目の前に置く。
「ごゆっくりどうぞ」
ペコリと頭を下げると、そのまま女給は立ち去っていった。その後で、ソーンバルケが椿に手を差し出す。
「さあ、遠慮なく食べてくれ」
「はぁい♪」
ニコニコとこれ以上ないほど顔を綻ばせると椿は自分の目の前に置かれたパフェに齧り付いたのだった。
「美・味・し・ぃ~!」
ニコニコの恵比須顔を更に綻ばせながら椿は感想を述べる。その様にソーンバルケも嬉しくなりながら、自分が注文したお茶を手に取ってゆっくりと嗜んだ。
「お気に召したようだな」
「はい! とっても!」
「それは何より」
上機嫌の椿を優しい目で見ながらソーンバルケが微笑む。そして、その姿を目の当たりにした椿が、今更ながらあることに気付いた。
(こ、これって、傍から見たらデートしてるみたいに見えるのか…なあ?)
それを意識した瞬間、体温が上昇し顔が赤くなるのを椿はハッキリと自覚していた。鼓動も早くなっている。
(ど、ど、どうしよう!)
一度意識しだすともうどうしようもなく、抑える術はようとして見つからない。そして間の悪いことに、椿の異変をソーンバルケも気づいてしまった。
「? 疲れたのか?」
「はへっ!?」
テンパっているところにいきなり声をかけられ、椿は変な声を上げてしまった。そんな椿の姿に、ソーンバルケは目を丸くしている。
「どうかしたか?」
「いいいいいいえ、な、何でもないです!」
「? そうか?」
ワタワタしながらブンブンと手を振る椿に首を傾げながら、ソーンバルケはまたお茶に口を付けた。
「そそ、そうですよ。何でもないです!」
「…まあ、本人がそう言うのなら」
怪しいことこの上ないのだが、無理やり聞き出せるようでもなさそうなので、仕方なくこれ以上の追及は止めることにした。
「そうですよ! だ、大体、何でそんなことを思ったんですか!?」
「何でと言われてもな…顔が真っ赤だぞ」
「えっ!?」
慌てて椿は外出用に持ってきた私物の中から手鏡を出すとそれを覗き込んだ。そこに映る自分の顔は、確かにソーンバルケに指摘されたように赤くなっていたのであった。そしてそれを自覚した途端、また椿の顔の赤みが増す。
「疲労でないなら…体調不良か?」
ソーンバルケが身を乗り出すと、熱を測ろうとでもいうのだろうか椿の額に手を当てようとした。が、
「だ、だだ、大丈夫ですから!」
それを察知した椿が慌てて引っ込んでしまった。そして、先ほどと同じようにまたブンブンと手を振る。
「そうか」
「そうです、そうです! お気遣いなく!」
「まあ、そこまで本人が言うのなら…」
釈然としない思いは抱えつつも、本人がそう言っているとあればこれ以上無理強いすることもできず、ソーンバルケは矛を収めるしかなかった。
(び、び、び、ビックリした~…!)
一方椿は内心でホッと胸を撫で下ろしていた。ただでさえテンパっているのに、この上で更にソーンバルケに触れられでもしたら頭がショートしかねない。そんな醜態は見せたくはなかった。
(お、お、落ち着こう)
何はともあれまずは冷静になることだと考えた椿は大きく深い呼吸を何度か繰り返す。そうしてようやくある程度落ち着いたのだった。とは言え、まだ体温の上昇や鼓動の早鐘や顔の赤みは感じているのだが。
(あうう…)
舞い上がっちゃってカッコ悪いところを見せちゃったなぁと少し項垂れつつも、ようやくソーンバルケと向き合う程度には椿は落ち着くことができたのだった。
(…コロコロとよく変わるものだ)
そんな椿の百面相と態度の変化にソーンバルケは内心で首を傾げながらも、先ほどまでのことがあるためにそれ以上はツッコミはせずにお茶を嗜んだのだった。と、
「…ん?」
椿から視線を外して、何とはなしにボーっと外を見ていたソーンバルケがあることに気付いた。
「? どうかしましたか?」
それに気付いた椿が尋ねると、ソーンバルケは険しい表情になった。そして、
「あれは…」
その視線を外すことなく、そんな一言を呟いたのだった。
「あれって…?」
椿がソーンバルケが視線を向けている方向に同じように顔を向ける。そして、その先にあった光景に固まってしまった。そこにあったのは敵…黒之巣会と戦っている花組の姿だったからだ。
(ま、マズうぃ…)
その光景をソーンバルケが見てしまったことに椿が内心で脂汗を流す。ソーンバルケの扱いについて支配人であり司令でもある米田からのお達しで、いずれは花組に力を貸してもらうように要請するのは知っていた。ただ、まだその時期ではない。まだ光武…霊子甲冑を操縦できる資格があるかどうかの結論が出ていないのだ。
そうでなくとも米田はソーンバルケを手放したくはないようだが、どっちになるにしても花組の実情…正体を今の段階で知られてしまうのは非常にまずかった。隠し事をして引き入れたのは間違いないからである。ソーンバルケも実際のところは帝劇が何か含むところがあるのは百も承知だとは思うが、それを指摘したところで惚けられたら何も証拠がないだけに終わりである。そして、それを理由に帝劇を去られても何も文句は言えない。
その辺りを考えると、偶然華撃団と黒之巣会の戦闘シーンを目の当たりに辺りにしたのは間が悪い以外のなにものでもなかった。
(何でよりによってこのタイミングでここに現れたの!?)
椿がタイミングの悪さに黒之巣会を恨む。場所的に舞台は芝公園であり、となれば目的は帝都タワーなのだろう。だが、それにしたって計ったようにこのタイミングで襲撃しなくてもいいじゃない! と、椿は散々内心で黒之巣会に毒づいていた。
が、表面上はそれを欠片も見せずにソーンバルケに応対する。
「さあ? 何でしょうね?」
アトラクションの類かなんかじゃないですか? と、興味なさげにそう言った。勿論、本当は心臓バクバクの上に冷や汗が止まらないのだが。
「アトラクション…と言うのが何のことかわからないが、催し物のことか?」
「ええ、まあ」
「そんなことはないだろう」
「? どうしてです?」
椿がすっとぼけて尋ねる。何とかソーンバルケの興味を他に向けようとしているが、さりとて有効的な手段も思いつかずに進退窮まっていた。
「あの戦いは空言のものではない。動きを見ればわかる。それに…」
「それに?」
「お前は知っているかわからないが、帝劇に私とさくらが尋ねてきたあの日、上野公園で斬り伏せた甲冑の化け物が、あそこで戦っている二つの勢力のうちの一つと同じ姿形をしていた。上野公園で本物の破壊活動をしていた連中が、ここでの戦いは催し物であるわけもないだろう」
「そ、そうなんですか…」
ソーンバルケの的確な指摘に椿はそれ以上何も言えなくなってしまった。元々無理筋の言い訳というか誤魔化しなので、押し通すには言葉通り無理があるのだ。そこを突かれればどうしようもなくなってしまう。
「そ、そうだ!」
なので、違う方向から攻めてみることにした。
「どうした?」
視線は戦場から外さぬまま、ソーンバルケが尋ねた。
「そろそろ帰りませんか!? いつまでも留守にしているのも何なので!」
「人手は足りているだろう? 私の代わりは大神に頑張ってもらえばいいし、かすみも由里も釘を刺すようなことは言ってなかったが」
出掛ける前のことを思い出しながらソーンバルケがそう指摘した。
「でもでも、いつまでもほっつき歩いていたら悪いですよ!」
しかし椿も食い下がる。この方面から押していってどれだけ効果があるかはわからないが、この手段しか浮かばない以上これで押すしかなかった。
「真面目なことだな」
相変わらず戦場から視線は外さすにソーンバルケがお茶に口を付けた。
「しかし、注文の品がまだ残っているだろう。ならばもう少しゆっくりしようではないか」
「! ご心配なく!」
椿はいきなり大口を開けると、残っていたパフェをその中に放り込んだ。ほとんど噛まずに飲み込んだのとほぼ変わりないため甘いわ冷たいわ苦しいわで卒倒しそうになったがそんなわけにはいかない。
「…ぷはぁ!」
何とか吐き出すことなくそれを胃に流し込んだ椿が酸素を求めて大きく息を吐いた。その椿の予想外の行動に、流石にソーンバルケも驚く以外には反応の余地もなく、視線を戻してビックリしていた。
「…大丈夫か?」
そして、一番気になったことを尋ねる。
「お気遣いなく!」
椿が手の平をグッとソーンバルケに向けて広げて制した。そして口元を拭くと慌てて椅子から立ち上がる。
「さあ、帰りましょう!」
そのまま椿はソーンバルケの隣に回り込むとその腕をとってグイグイと引っ張った。それに対してソーンバルケはというと、
「…そうだな」
以外にもすんなりと椿の意見に了承して椅子から立ち上がったのだった。
「そうです! 皆待っていますからね!」
「わかったわかった」
苦笑しながら椿の後についていき会計を済ませると、再び荷物持ちとして帝劇への帰路に着いた。ソーンバルケの興味を何とか戦場から引き剥がすことができた椿は安心からかホッとした表情で先導する。せっかくの御馳走になったパフェを台なしにされたことに黒之巣会への怒りを募らせてはいたが。
そんな椿の内心の憤りなど到底知らぬソーンバルケだが、勿論すんなりと椿に従ったのにも理由があった。もう十分だったのだ。
(あの動き…)
ソーンバルケが上野公園で斬り伏せた甲冑の化け物…脇侍と対峙していたもう一つの勢力、花組に対して思いを馳せる。その脳裏にまず浮かんだのは、ピンク色の甲冑…光武だった。その動き、そして太刀筋にはよく見覚えがあったのだ。
(あれを操っているのは十中八九さくらだ、間違いない。それに…)
次に脳裏に浮かんだのは漆黒の光武だった。
(あの身のこなし、体捌き…あれも間違いなく…)
ソーンバルケの脳裏にプラチナブロンドの女傑の姿が浮かぶ。そして何より
(あの白銀の機体、あれは…)
先ほどまでの動きを見るに、今思いを馳せている白銀の機体が司令塔のようだった。そしてその得物…二刀流の刀を持つその姿に思い当たるところがあった。
(そういうことか。あいつらの『裏』というのはこれだったのか…)
思わぬところで花組の…華撃団の真の姿を知るところになり、ソーンバルケが内心で深く頷いていた。であれば、椿が無理から引き剥がそうとしたのも何となくわかる。余計な情報を与えたくはなかったのだろう。もっとも、もう手遅れなのだが。
(だが…)
チラッと、自分の前を歩く椿にソーンバルケは視線を向けた。
(どうやらこのお嬢さんは、私が帝劇が何者であるかを知ってほしくはないらしい。…いや、本人の独断とは思えないから上からの指示があったと見るべきか)
その上というのは当然副支配人であるあやめであり、そして支配人である米田ということになる。
(あの二人が何を考えているのかは知らないが…)
ならば、それが判明するまでこの茶番に付き合ってやるか。そう考えたソーンバルケは暫く道化になることにした。何時まで経っても何も動きがない、あるいは茶番を続けるようだったらこちらとしてもそれ相応の手段に出ればいいだけだ。
(さて、これからどうなることやら…)
思わぬところで帝劇での楽しみが増え、ソーンバルケがクスッと微笑んだのだった。